2011-05-02 04:43:49
中国、「在日華僑」が「大震災チャリティ・ディナー」開き大盛況
テーマ:ブログ
在日中国人の多くが、東日本大震災で中国へ帰国したと言われている。その中で、生活の本拠地が日本にある「華僑」は、仕事を放り出して帰るわけにはいかないのだ。その一人、翁為栄氏が、表記の「大震災チャリティ・ディナー」を4月16日(土曜)夕方、経営する中華料理店「山海楼 新横浜店」を会場に開催した。出席者は181人、寄付金総額は55万1000円。翁氏は、自らこの寄付金を携えて近く震災地に出向く。そのとき同時に、自分の店で自慢の「肉まん」や「あんまん」も持参して、罹災者を勇気づけたい、としている。
翁氏は、約20年前に中国福建省から単身日本へ渡り、現在、5店舗を経営するまでになった。この間、多くの日本人の支援を受けてきたので、「今度は私が恩返しする番」と、今回の「チャリティ・ディナー」を思いついたという。当日の挨拶が良かった。「私は日本と日本人が大好きです。決して日本から逃げ帰ったりはしません。小学生の息子もお父さんが日本で頑張っているから、僕も一緒に頑張ると言ってくれた。日本人は団結心が強いので日本は必ず復興する」。会場から大きな拍手が湧き上がった。
翁さんが経営する店からも4人の中国人が帰国してしまったという。その後、職場に復帰したいと言ってきたというが、翁さんは「考慮中」とよほど腹に据えかねた表情だ。「日本人が苦境の中にあるのに帰国してしまうとは、、、」と胸の内を話してくれた。翁さんは中国国籍であるが、心は立派な「日本人」である。
翁さんは福建省出身である。世界の華僑では福建・潮州・広東・海南・客家(はっか)が五大幇(ばん)とされている。幇とは「仲間」「集団」という意味である。中国社会ではこの「幇」が「地縁」団結の象徴として機能している。歴史的にいえばこれら五大幇のうち、広東が東南アジアに対して、福建が東南アジアや琉球(沖縄)、日本へと広範囲に活動範囲を広げていった。福建出身者が日本と馴染みの深い理由はこの背景があるからだ。
日本の華僑では福建と広東の出身者が多いと言われる。一般に、福建人は「商売上手」、広東人は「職人」、客家人は「商売下手」の「理屈好き」と見られている。翁さんは福建人だから「ビジネス」に向いているのであろう。横浜中華街は広東人が多数を占めている。だが最近、「職人」気質ゆえ店の経営が上手く行かず、その跡を「商売上手」の福建人が肩代わりするケースが多いようである。客家人は「商売下手」とされるが、中国の歴代革命家である洪秀全(太平天国の乱)、孫文(辛亥革命)、中国人民解放軍の鄧小平、朱徳、葉剣英らを輩出している。福建人では「阿片戦争」で英国の麻薬商人を広州から強制的に排除した欽差大臣(清朝皇帝の代理人)に林則徐という高級官僚がいる。
日本での華僑の歴史は1859年の横浜開港以来である。欧米人が横浜居留地に住み始めたとき、中国からこれら欧米人と一緒に来たのが日本華僑の始まりである。彼らは、「三把刀」と言われるように、中華料理店(包丁)、理髪店(髪バサミ)、仕立屋(たちバサミ)等の「刀」を使う職業であった。日本では1833年以降、世界的な奴隷制廃止の線に沿って、中国人の単純労働者であった「苦力」(クーリー)の入国を認めなかったので、「三把刀」の職人が華僑の先鞭を切ることになった。
福建人華僑では、戦前の日本農村を回って歩く「古着行商」人が多かった。福建人華僑で成功したと言われる林同春氏(故人)は、著書『橋渡る人』(1997年)等を残している。これによると、林氏は1935年10歳で来日し、日本の小学校に入り直し、旧制中等学校へ進んだが中退。父と共に「古着行商」をした辛い日々を書残している。小学校や中等学校ではイジメの対象にされた。日中戦争当時は敵国人として居住地域を限定され、絶えず日本官憲の監視下にあった。戦後ようやくこれらのくびきから開放されたが、「戦勝国」人として振る舞わず、日本社会への溶け込みを第一に考える習性が身についていた。これが日本華僑の一大特色である。
華僑社会では、名声を得、実力者として認められるためには、金を儲けるだけではだめである。社会に対する積極的な福祉、慈善活動が欠かせない。例えば、華僑の子どもたちを通わせる学校の建設では大金をポンとはたいて寄付することが華僑社会で尊敬、信頼を得る方法とされている。ここでは、欧米の市民社会とまったく同じビヘイビアが認められるのだ。戦時中は、日中戦争下にもかかわらず日本政府発行の「戦時国債」を大量に買い受けるという「美談」も見られたのである。
ここで不思議に思うのは、中国大陸の中国人と日本華僑の行動が甚だしく異なる点である。日本華僑の行動は、日本人以上に「日本人」として振る舞っているのだ。日本という「閉鎖社会」で、日本人から信頼を得て商売をして行くには、「信用」の確立が先決であるからだ。中国大陸では富豪といえども寄付には消極的である。そんな金があれば隠匿して親族に残すという習慣が一般的である。華僑の8割は東南アジアにいると言われている。シンガポールやインドネシアでは経済の支配権を握っている。過去、「華僑排斥」を理由に暴動も起こったが、日本ではそうした現象は見られなかった。華僑が、日本社会へ完全に「同化」している証拠であろう。
もちろん彼らのDNAは中国人であるから、祖国への絶ちがたい思いがあって当然である。だがそれを公然と表面化させて、「中華思想」を唱えるわけでもないのだ。かつて、華僑が夢にまで見たのは「衣錦還郷」とか「落葉帰根」といって、「故郷に錦を飾る」ことであった。現在では、「落地生根」であり「現地で生涯を終える」ことを真剣に考え始めている。華僑出身者が多い福建省では、豪華な住宅があれば華僑の送金で建てた証拠と見られているという。「落葉帰根」ではなく「落地生根」の心境になっているのであろう。前記の故・林同春氏の故郷である福建省福清市高山鎮には、林氏一族の祀堂があって劇場まで付設され、平日でも「福州戯(しばい)」が上演されているという(安井三吉『帝国日本と華僑』)。
『中国新聞社』(3月1日付)によると、福建省僑務弁公室は次のデータを公表した。「改革・開放政策(1978年)以来、福建省へ実際に投資された外資は941億900万ドル(約7兆7000億円)。そのうち華僑関係資本が、680億1600万ドルに上り外資全体の72.27%だった。調査によると、福建省の華僑(本籍は中国)・華人(現地国籍)の総数は1264万6200人で、世界176の国、地域に分布している。2005年から09年の5年間に投資された外資は415億1500万ドルで、うち華僑関係資本が318億8100万ドル、外資全体の76.79%だった」という。華僑が故郷の福建省を思う心は人一倍強いのだ。
台湾人口の約6割は福建省出身とされている。残りは広東省と客家、本土の出身である。台湾の「対日感情」は極めて良く、東日本大震災への義援金は4月13日までに約141億円もの巨額に達している。米国の100億円を上回っている。中国本土の3億4000万円(3月末時点)や韓国の16億円と比べても、台湾の義援金が突出しているのだ。その原因を探ると、古くからの福建人による日本への「親密度」が、時空を超えて今につながっているのかも知れない。台湾をオランダ人から解放した鄭成功(てい・せいこう)の母親は九州・平戸の出身である。彼を祀る神社には母方の祖霊も祀られている。台湾の英雄である鄭成功を通して、日本への親近感が醸成されている面も否定できないであろう。
(2011年5月2日)
インドの飛翔vs中国の屈折/勝又 壽良

¥2,415
Amazon.co.jp
日本株大復活/勝又 壽良

¥1,890
Amazon.co.jp
企業文化力と経営新時代/勝又 壽良

¥2,310
Amazon.co.jp
翁氏は、約20年前に中国福建省から単身日本へ渡り、現在、5店舗を経営するまでになった。この間、多くの日本人の支援を受けてきたので、「今度は私が恩返しする番」と、今回の「チャリティ・ディナー」を思いついたという。当日の挨拶が良かった。「私は日本と日本人が大好きです。決して日本から逃げ帰ったりはしません。小学生の息子もお父さんが日本で頑張っているから、僕も一緒に頑張ると言ってくれた。日本人は団結心が強いので日本は必ず復興する」。会場から大きな拍手が湧き上がった。
翁さんが経営する店からも4人の中国人が帰国してしまったという。その後、職場に復帰したいと言ってきたというが、翁さんは「考慮中」とよほど腹に据えかねた表情だ。「日本人が苦境の中にあるのに帰国してしまうとは、、、」と胸の内を話してくれた。翁さんは中国国籍であるが、心は立派な「日本人」である。
翁さんは福建省出身である。世界の華僑では福建・潮州・広東・海南・客家(はっか)が五大幇(ばん)とされている。幇とは「仲間」「集団」という意味である。中国社会ではこの「幇」が「地縁」団結の象徴として機能している。歴史的にいえばこれら五大幇のうち、広東が東南アジアに対して、福建が東南アジアや琉球(沖縄)、日本へと広範囲に活動範囲を広げていった。福建出身者が日本と馴染みの深い理由はこの背景があるからだ。
日本の華僑では福建と広東の出身者が多いと言われる。一般に、福建人は「商売上手」、広東人は「職人」、客家人は「商売下手」の「理屈好き」と見られている。翁さんは福建人だから「ビジネス」に向いているのであろう。横浜中華街は広東人が多数を占めている。だが最近、「職人」気質ゆえ店の経営が上手く行かず、その跡を「商売上手」の福建人が肩代わりするケースが多いようである。客家人は「商売下手」とされるが、中国の歴代革命家である洪秀全(太平天国の乱)、孫文(辛亥革命)、中国人民解放軍の鄧小平、朱徳、葉剣英らを輩出している。福建人では「阿片戦争」で英国の麻薬商人を広州から強制的に排除した欽差大臣(清朝皇帝の代理人)に林則徐という高級官僚がいる。
日本での華僑の歴史は1859年の横浜開港以来である。欧米人が横浜居留地に住み始めたとき、中国からこれら欧米人と一緒に来たのが日本華僑の始まりである。彼らは、「三把刀」と言われるように、中華料理店(包丁)、理髪店(髪バサミ)、仕立屋(たちバサミ)等の「刀」を使う職業であった。日本では1833年以降、世界的な奴隷制廃止の線に沿って、中国人の単純労働者であった「苦力」(クーリー)の入国を認めなかったので、「三把刀」の職人が華僑の先鞭を切ることになった。
福建人華僑では、戦前の日本農村を回って歩く「古着行商」人が多かった。福建人華僑で成功したと言われる林同春氏(故人)は、著書『橋渡る人』(1997年)等を残している。これによると、林氏は1935年10歳で来日し、日本の小学校に入り直し、旧制中等学校へ進んだが中退。父と共に「古着行商」をした辛い日々を書残している。小学校や中等学校ではイジメの対象にされた。日中戦争当時は敵国人として居住地域を限定され、絶えず日本官憲の監視下にあった。戦後ようやくこれらのくびきから開放されたが、「戦勝国」人として振る舞わず、日本社会への溶け込みを第一に考える習性が身についていた。これが日本華僑の一大特色である。
華僑社会では、名声を得、実力者として認められるためには、金を儲けるだけではだめである。社会に対する積極的な福祉、慈善活動が欠かせない。例えば、華僑の子どもたちを通わせる学校の建設では大金をポンとはたいて寄付することが華僑社会で尊敬、信頼を得る方法とされている。ここでは、欧米の市民社会とまったく同じビヘイビアが認められるのだ。戦時中は、日中戦争下にもかかわらず日本政府発行の「戦時国債」を大量に買い受けるという「美談」も見られたのである。
ここで不思議に思うのは、中国大陸の中国人と日本華僑の行動が甚だしく異なる点である。日本華僑の行動は、日本人以上に「日本人」として振る舞っているのだ。日本という「閉鎖社会」で、日本人から信頼を得て商売をして行くには、「信用」の確立が先決であるからだ。中国大陸では富豪といえども寄付には消極的である。そんな金があれば隠匿して親族に残すという習慣が一般的である。華僑の8割は東南アジアにいると言われている。シンガポールやインドネシアでは経済の支配権を握っている。過去、「華僑排斥」を理由に暴動も起こったが、日本ではそうした現象は見られなかった。華僑が、日本社会へ完全に「同化」している証拠であろう。
もちろん彼らのDNAは中国人であるから、祖国への絶ちがたい思いがあって当然である。だがそれを公然と表面化させて、「中華思想」を唱えるわけでもないのだ。かつて、華僑が夢にまで見たのは「衣錦還郷」とか「落葉帰根」といって、「故郷に錦を飾る」ことであった。現在では、「落地生根」であり「現地で生涯を終える」ことを真剣に考え始めている。華僑出身者が多い福建省では、豪華な住宅があれば華僑の送金で建てた証拠と見られているという。「落葉帰根」ではなく「落地生根」の心境になっているのであろう。前記の故・林同春氏の故郷である福建省福清市高山鎮には、林氏一族の祀堂があって劇場まで付設され、平日でも「福州戯(しばい)」が上演されているという(安井三吉『帝国日本と華僑』)。
『中国新聞社』(3月1日付)によると、福建省僑務弁公室は次のデータを公表した。「改革・開放政策(1978年)以来、福建省へ実際に投資された外資は941億900万ドル(約7兆7000億円)。そのうち華僑関係資本が、680億1600万ドルに上り外資全体の72.27%だった。調査によると、福建省の華僑(本籍は中国)・華人(現地国籍)の総数は1264万6200人で、世界176の国、地域に分布している。2005年から09年の5年間に投資された外資は415億1500万ドルで、うち華僑関係資本が318億8100万ドル、外資全体の76.79%だった」という。華僑が故郷の福建省を思う心は人一倍強いのだ。
台湾人口の約6割は福建省出身とされている。残りは広東省と客家、本土の出身である。台湾の「対日感情」は極めて良く、東日本大震災への義援金は4月13日までに約141億円もの巨額に達している。米国の100億円を上回っている。中国本土の3億4000万円(3月末時点)や韓国の16億円と比べても、台湾の義援金が突出しているのだ。その原因を探ると、古くからの福建人による日本への「親密度」が、時空を超えて今につながっているのかも知れない。台湾をオランダ人から解放した鄭成功(てい・せいこう)の母親は九州・平戸の出身である。彼を祀る神社には母方の祖霊も祀られている。台湾の英雄である鄭成功を通して、日本への親近感が醸成されている面も否定できないであろう。
(2011年5月2日)
インドの飛翔vs中国の屈折/勝又 壽良

¥2,415
Amazon.co.jp
日本株大復活/勝又 壽良

¥1,890
Amazon.co.jp
企業文化力と経営新時代/勝又 壽良

¥2,310
Amazon.co.jp






