たかしまりょうのかたりましょう♫

かたりすと・高島 亮のブログです。



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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

いきなりですが、

セコム、してますか?

 

ちゃうちゃう!

聞こうと思ったのは、これです。

 

自信、ありますか?

 

これは、長嶋さん級にチョー大事なことなんです。

 

元気があれば何でもできる!という、アントニオさんの素晴らしい言葉がありますが、

それと同じくらい、いやもしかするとそれ以上に、

チョー大事なのが次の言葉。

 

「自信があればそれでOK♪」

 

人間、自信があれば、どんなことが起こっても大丈夫。

 

極端な話、自信さえあれば他のことはどうでもいいと言ってもいいくらい、

自信があるって大事なんですね。

 

ちなみに、自信と自慢は違いますよ。

 

では、自信を持つにはどうすればいいか?

 

これが問題ですよねー。

自信があれば苦労はしないけど、

自信がなかなか持てないから問題なわけですから。

 

どうすれば自信を持てるでしょう?

 

できることややったことのあることは、自信がありますよね?

実績や経験や結果があれば、自信も持てますよね?

 

だから、自信を持つためには、

できることや実績や経験や結果を重ねていくことです。

 

それが王道です。

 

でも、もう1つの道があります。

それは・・・

 

自信からはじめること。

 

すでに自信があることにするんです。

いきなり、自信を持つことからはじめるんです。

 

これは王道ではなく、

裏道ですが(笑)。

 

できることや実績や経験や結果はなくてもいいから(もちろんあってもいいけど)、

まず自信を持ってしまう。

 

理由もなく、

根拠もなく、

無条件に。

 

理由がなくてもいいから、

根拠もなくていいから、

無条件に、

自信があることにしてしまうんです。

 

ただ口にしてみるだけでいい。

 

「自信あるなぁ」

 

「自信があるから大丈夫♪」

 

「自信?ありますよ、普通に」

 

人に言う必要はないので、

自分で自分に言ってみるといいですよ。

 

なぜ、それでいいのか?

理由は・・・

 

自信ないけど(笑)、それでいいんです。

 

理由は、またの機会に。

 

あれ?

この話って、前にも書いたことあったっけ?

 

自信がないなぁ(笑)。

 

でも、いいんです。

忘れててもいいんです。

とにかく発信してみました。

 

というわけで、

 

自信からはじめよう♪

 

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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

前回、和!でいきなりお和ってしまいましたが、

今回もいきなり和の和題です。

 

ぼくは「和」をこんなふうに考えています、

ということで、

5年前にこんな文章で表現しました(前回もご紹介しましたね)。

 

============

 

1つは、「調和」。 

全体としてバランスがとれていて、いざこざのないことです。 

和やか、温和、平和の和でもあります。

 

  もう1つは、「和合」。 

それぞれの違いを認め、足し合わせることです。 

それぞれの存在を受け入れ、足し合わせることで、個も全体もより生かされます。  

 

============

 

実は、ちょうどその頃、

「和」の歌とダンスが、

和の国日本に降ってきてたんです。

 

どんなふうに降ってきたかというと、

ジャッパーン!って。

日本だけに。

 

というのはジョーダンで、

実際はとっても軽やかに、

フッ♪って降ってきたのでした。

 

いきなり降ってきたので、

和!フッ♪ってきた!

と驚き桃の木ビッ栗しましたねー。

 

こんな歌とダンスです。

聞いたことあるかな?

見たことあるかな?

 

 

い〜んだよう〜♪

い〜んだよう〜♪

陰でも陽でもい〜んだよう〜♪

 

 

歴史に残る歌とダンスですが(笑)、

次のような意味です。

 

世の中(宇宙)は陰(マイナス)と陽(プラス)からできている。

人生にもプラスとマイナスはつきもの。

 

でも、物事には本来プラスもマイナスもなくて、

ただそれがあるだけ、それが起きているだけ。

 

そして、プラスとかマイナスとか(人間が、自分が)色付けしているだけ。

 

だから、「プラスは良い、マイナスは悪い」と見られがちだけど、

それ自体は良くも悪くもなくて、

プラスに見えるものもマイナスに見えるものもどちらも必要。

 

プラスもマイナスも、どちらもOK。

 

だから、

陰でも陽でもいんだよう(陰だ陽)。

 

い〜んだよう〜♪

い〜んだよう〜♪

陰でも陽でもい〜んだよう〜♪

 

ステキなメロディーとともに左右にゆらゆらとゆれるこのダンス。

『陰だ陽〜♪ダンス』と名付けています。

 

「和」というのはどこにも出てきていないんですが、

実は、『陰だ陽〜♪ダンス』は(ぼくの考える)和そのものなんです。

 

それぞれの違いを認め、足し合わせる(和合)ことで、

全体としてバランスがとれる(調和)。 

 

プラスも認め、マイナスも認め、

どちらもOKだよ〜♪

と足し合わせているわけですから、

陰でも陽でもい〜んだよう〜♪と歌ってゆれるのは、

和そのものを体現することにもなるわけです。

 

そして、その究極というか根本は、

すべての陰と陽の和合なんです。

 

さらに、それは、

(ぼくの考える)愛へとつながっている・・・

 

どうつながるかというと、

それはまたの機会に。

 

今日のところは、

まず和ゆれてみますか。

 

い〜んだよう〜♪

い〜んだよう〜♪

陰でも陽でもい〜んだよう〜♪

 

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DJ レインボーのRYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

今年は戌年。

 

ワンワン(11)なので、

1+1=2にもなって、

ニッと笑って広がる(広げる)年。

 

そして、ワンダフルな年です。

 

犬がいっぱいワンダフル♪

WONDAも飲んでワンダフォー♪

 

と、飲んで歌って踊っていたら、

ワンダフォーになりますよ。

 

その証拠に、

昨年、プロ野球の福岡ソフトバンクホークスは、

「ワン(1)ダホー!」をスローガンにしたら、

本当にワンダホー!なこと(日本一)になったでしょ?

 

酉年だったけど(笑)。

 

いや、去年は酉年だけど「1」の年だったので、

ワン(1)ダホー!でよかったんです。

 

ちなみに、ホークスの選手たちが打つときは、

王会長直伝、ワン(1)打法だったのだとか(ウソです笑)。

 

今年は戌年だから、

今年もワンダフォー♪でいいんです。

 

いや、ワンワン(11)で1+1=2の年だから、

ワンワンダフォー♪

でいきましょうか。

 

足し算的には、ワンワンダツー!だけど、

フォー♪でよしとしましょう。

 

きっと今年は、耳を澄ましてみると、

犬たちも「ワンワン!ダフォー♪」って鳴くと思いますよ(笑)。

 

特にどこでよく聞こえるかというと・・・

 

やっぱり福岡犬ですかね〜。

 

やはり、今年もソフトバンクが来るのでしょうか?

ちなみに、おじいちゃんと行くといい銀行って、ご存じですか?

祖父とバン・・・

 

もひとつちなみに、

福岡犬は幸せを知らせてくれるって、ご存じでしたか?

 

ほら、耳を澄ましてごらん。

 

福多かけん♪

福多かけん♪

 

ちゃんと博多弁で?教えてくれるんです。

 

もうこれだけで、

福がたくさんやって来る感じがするし、

福はすでにたくさんあるんだよということにも気づかせてもらえるでしょう?

 

ということで、

今年も福岡犬には大いにお世話になりましょう。

 

犬といえば、

思い出すのが例のなぞなぞ。

 

犬が寝る場所はどーこだ?

 

答え:ケンネル(kennel=犬小屋=犬寝る)

 

たしかこれ、小学生のときによく聞いたなぞなぞです。

英語まで使っちゃって、音読み(「いぬ」じゃなくて「けん」)まで駆使して、

なかなか高度ななぞなぞですよね〜。

 

ちなみに、

ぼくはこのなぞなぞ以外でkennelという単語は使ったことがありません。

 

ところが、

驚くべきことが発覚!

 

なんと、「寝ぬ」と書いて「いぬ」と読むんです。

昔は、「寝る」ことを「寝ぬ(いぬ)」と言っていたんですね。

 

だから、

「kennel(ケンネル)」は「犬寝る」であり「いぬいぬ」でもあったんです!

 

感動ー。

 

イヤー、今年一番感動した。

まだ3日ですが。

 

ということで、

戌年は別名、寝る年となります。

 

今年はいっぱい寝るぞー♪

 

いっぱい寝て、いっぱい錬るぞー♪

 

何を錬るかというと、

もちろん、ネタです。

 

寝たらネタを錬った(笑)。

 

寝る子は育つ。

錬る子も育つ。

 

いいネタがいっぱい練れそうです♪

 

ということで、

戌年の2018年は、

 

福岡犬にたくさんお世話になって、

ワンワンダフォー♪

福多かけん♪

と歌って踊って楽しみながら、

 

ワンワン♪犬寝ぬ♪で、

いっぱい寝て、

いっぱい錬って、

いっぱいいいネタを生み出しながら、

 

わー!GOー!(和合)でニッと笑っていきましょー♪

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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

ヤッホー(^o^)/

 

2018年

あけましておめでとうございます

 

昨年もおかげさまでいい年になりました。

夢路いい年君恋し・・・

って、

それは去年の(昨日の)ネタでしたね(ちょっとだけ違うけど)。

 

今年もおかげさまでいい年になります。

ありがとうございます。

 

YOU・MEじーっとし喜味濃いし・・・

って、

やっぱり今年もそのあたりは変わらず、

Lightに(軽く)Lightに(明るく)Lightで(光で)いきらいと思います。

 

今年は幅と広がりの年。

 

去年は新たなはじまりの年でした。

1つを大事にして、1人を大事にして、1日を大事にして、

1つになって、1歩を踏み出したスタートの年。

 

「1」を意識することの多い年でしたが、

今年は「2」や「1+1」がテーマになる気がします。

 

ニッと(2ッと)笑って幅を広げ、

1と1が和合(わー!GO!)することで、

力を合わせ補い合い、

さらなる広がりへとつながっていく。

 

そんな年になると思いますし、

そんな年になったらいいですね。

 

なりますけどね。

 

どんな1と1をプラスしていきますか?

考えるだけでもワクワクですね♪

 

ありがとう!2018年!

今年もよろしくお願いします。

 

 

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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

ヤッホー(^o^)/

 

2017年もあとわずかですねー。

今年はどんな年でしたかー?

 

ぼくにとっては、

今年もいい年でした。

 

年にいいも悪いもないんですが、

それでもいい年でしたよ。

 

ありがとう、2017年。

 

それにしても、

年々いい年になっていくなぁ。

 

そういえば、昔、

いい年恋し

という漫才師さんがいましたね。

 

今年もいい年だったなぁと、

恋しがりながら振り返る芸風の。

 

ちがーう!

夢路いとし・喜味こいしのお2人でした。

 

それにしてもこのコンビ名って、

素敵ですよね〜。

 

だって、

 

夢の路を喜び味わいながら

愛し恋しで共に歩もう

 

でしょ?

それに、

 

YOU・ME時いい年君恋路

 

ですもんね?

もー、素敵すぎて漫才やってる場合じゃないかもしれません。

 

めおと漫才ならいいかもしれないけど(笑)。

 

漫才じゃなくて、

万歳ですね。

 

バンザーイ!

バンザーイ!

めおとバンザーイ!o(^▽^)o

 

あ。

いとしこいしさんは、めおと漫才じゃなくて兄弟漫才でしたね。

 

いい年こいてワケわからなくなってきましたが、

ルパン半世紀になりまして、

いい年になりました(笑)。

 

半世紀ですが、

反省期ではなく、

やっと本番がはじまったので、

半生記もこれからです。

 

ルパン弱酸性から、

ルパン感性を発動させ、

ルパン歓声とともに、

ルパン完成へ・・・

 

まだまだこれからなので、

ますますこれからが楽しみです。

 

2017年は、

いろいろなことがあり、

いろいろなことを感じ、

いろいろなところにいき、

いろいろなご縁をいただき、

いろいろな支えや応援もいただき、

いろいろな結びもできた、

普通の年でした。

 

そして、

普通だけど普通じゃない、

当たり前が当たり前じゃない、

当たり前が有り難い、

ということを感じさせてもらった年でした。

 

普通で有り難い年。

本当にありがたいねん。

 

それをベースに、

陰でも陽でもい〜んだよう〜♪

がまたまた自分の中でも広がって、

陰も陽もどちらも認め(見留め)、

陰も陽も足して(和して)合わせることが、

また少しできたかな〜。

 

陰と陽の和合。

いろいろな色をプラスしていくこと。

それが人生を真に豊かなものにしてくれる。

 

そのことを深く深く感じた年でした。

 

いい年だったなぁ。

ありがとう!2017!

 

来年もますます、

いろいろな色をプラスして、

有り難いご縁の中で、

みなさんと共に、

YOU・ME路愛し喜魅濃いし〜♪

な年にしていきます。

 

楽しみだねん♪

 

 

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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

今年もあとわずかで終わりますね。

 

やだー!

終わりなんてイヤだー!

と言っても、仕方ないんです。

 

年は必ず終わります。

いくらイヤだと言っても、

イヤーだから(笑)。

 

でも、終わるということは、

次が始まるということ。

 

何かが終わるときには、さびしさや辛さが伴うこともありますが、

新たなものが始まるということに目を向ければ、悪いことではありませんね。

 

「イヤだ」は別名、「執着」といいます。

 

「◯◯したい」「◯◯が欲しい」は、

願い、欲求、希望、夢。

 

これ自体は悪いものではありません。

いや、むしろいいものなんじゃないでしょうか。

 

次なるものへの原動力やモチベーションになるし、

ワクワクも続くでしょう?

 

そういう意味では、

夢も希望もあっていいと思います。

 

でも、この思いが強くなって、強くなりすぎて、

「◯◯じゃなきゃイヤだ」「◯◯が得られないとイヤだ」となると、

執着になります。

 

執着も、それ自体は別に悪いものではありません(物事に良い悪いはないので)が、

苦しさやしんどさを生むというのも事実。

 

ワクワクも終わります。

執着はワクワクの終着。

 

しかも、執着には際限がありません。

執着すればするほど際限がなくなって、

もはや再現できないくらいになることもあります。

 

どこまで行っても終わりがない。

 

そういう意味では、

執着は、終着だけど、終着がない。

 

どっちやねん!(笑)

 

はい、どっちもです(笑)

 

「◯◯でいい」「◯◯でよかった」と思える(感じられる)状態を、

「幸せ」といいます。

 

「◯◯じゃなきゃイヤだ」「◯◯が得られないとイヤだ」と思う(感じる)状態が、

「執着」でしたね。

 

「いい(よかった)」と「イヤだ」ですから、

正反対です。

 

つまり、幸せと執着は正反対ということ。

だから、執着すると幸せにはなれない。

 

正確に言うと、

執着しているときは幸せを感じられないんです。

 

幸せを感じられないどころか、

苦しかったりしんどかったりします。

 

苦しかったりしんどかったりって、イヤですよね?

そうでもない?(笑)

 

そうでもなかったらそれでいいんですが、

もし苦しくてしんどいのがイヤで、

楽になりたい場合はどうすればいいか?

 

思いを弱くすればいいんです。

思いを軽くすればいいんです。

思いを手放せばいいんです。

 

思いが強くなって重くなって手放せなくなると執着になるのだから、

思いを弱くして軽くして手放せば楽になります。

 

原理的にはそういうことですね。

 

だから、楽になりたければ(幸せを感じたければ)、

ものの見方を変えて(たとえば、「ない」ものを見るのではなく「ある」ものを見る)、

思いを「重い」から「軽い」に切り替えればいい。

 

でも、だからと言ってそうしなきゃいけないわけではありません。

それに、実際には、思いは思い通りにならない(変えられない)ことも多々ありますから。

 

楽がよくて執着が悪いわけではないんです。

ただ、執着すると苦しくてしんどいというだけ。

 

苦しくてしんどいかもしれないけど、

それだけ思いが強いということは、

それだけ大事にしている(思っている)ということ。

 

だから、何かに執着してしまっているときは、

苦しくてしんどくもあるけれど、

それだけ自分にとってはそれが大事なんだな、

自分はそれほどそれを大事に思っているんだな、

と思えば(認めれば)いいんです。

 

認めれば、問題ではなくなります。

 

認めないと、問題が生まれるので、

苦しさやしんどさは終着なく続きます。

 

執着を問題と見て、なくそう(取り除こう)とすればするほど、

問題はなくならない(問題であり続ける)ので苦しさもなくならないけど、

執着も問題と見ずに、それはそれでいい(仕方ない)と認めると、

問題でなくなるので苦しさもなくなる。

 

かもしれません(笑)。

 

重いも軽いもい〜んだよう〜♪

執着するのも手放すのもい〜んだよう〜♪

 

と歌ってゆれると、

少しは楽になるかもしれませんね。

 

しんどいことも、

はー、しんどー、と言いながらゆれればいいんです。

 

はー、しんどーもい〜んだよう〜♪

と歌いながら、

振動(笑)。

 

執着は、ワクワクの終着で、しんどさが終着なく続く。

執着は、しんどさの終着で、大事にする思いが終着なく続く。

 

どちらもあり。

好きなほうでいけばい〜んだよう〜♪

 

年の終わりに執着のことを書き始めたら、

イヤー長くなりました。

 

今日はこの辺で終着にして、

新たな道(新道)の始まりを楽しみにすることにしましょう♪

 

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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

あい〜んを語らせたら志村けんさん、

愛〜んだよう〜を語らせたらたかしまりょう(研鑽中)、

というわけで、

今日も(って、いつ以来だ?)、

たかしまりょうの愛についてかたりましょう、

スタートです。

 

愛は曖昧、I・My・Me。

愛とは?の答えも人の数だけあると思いますが、

今日もまた1つ、プラスしてみましょう。

 

愛とは、認めること。

 

そのままありのままを認める。

どのママもアリのママも認める。

それが愛。

 

認めることで、存在が生まれる。

存在が生まれると、有りになる。

それが存在。

 

有りのままは存在のまま。

有りのママは存在の母。

 

一世を風靡した歌がありましたね。

 

アリの〜ママの〜♪

 

昔、こんな歌もありましたね。

 

これもあり♪

あれもあり♪

たぶんあり♪

きっとあり♪

 

『ありの承認歌』という歌でしたかね〜?(承認か!)

 

あれもあり、これもあり、と認めることが、

やっぱり愛なんでしょうね。

 

ちなみに、

小林正観さんはイースター島に行ったとき、

ずっと歌っていたそうです。

 

これモアイ♪

あれモアイ♪

たぶんモアイ♪

きっとモアイ♪

 

イースター島はモアイアイランドですが、

モアイのあふれる愛ランドだったんですねー。

 

モアイは島のあちこちに千体以上あるんですが、

実はさっきの歌は海の中のモアイに向かって歌うのが正式だそうです。

 

『モアイの水中か!』

 

ちなみに、

『アリのスイカ中』という歌もあって、こんな感じです。

 

これあまい♪

アリあまい♪

たぶんあまい♪

きっとあまい♪

 

愛は曖昧、あまい見ー。

アリはスイカで甘い実ー。

愛もあまいものなんでしょうね。

 

これもあり♪

とあまく認めてやってください(笑)。

 

愛とは認めることというのは、

そのままでい〜んだよう〜♪と、

すべてを受け入れ、承認する(あたたかく包む、認めて許す)ことではあるんですが、

もっと根源的にはこうなります。

 

認めるは、見留める。

 

認める=見る+留める。

見て、心に留める。

それが愛。

 

見るものと見られるもの、

私とあれこれ、

私とあなた、

すべてがセット。

 

そこに、存在が生まれます。

存在が存在として存在できます。

 

正確に言うと、

存在が存在として存在できるのは、

見るものが見られるものを見て、心に留めた(意識した)とき。

見られるものが見られて、心に留められた(意識された)とき。

 

見て、意識するとき、

見るものは認識して、

見られて、意識されるとき、

見られるものは認識される。

 

つまり、認識(認める)が存在を生み出し、有りを生むというわけです。

 

だから、愛とは認めることなんですね〜。

 

ちょっと小難しい話になっちゃいましたが、

これが意識の一式です(結構いい式、かな〜?)。

 

見ても意識しなければ、認識できません。

見ても心に留めなければ、ない(存在しない)と同じです。

 

「愛の反対(語)は、無関心」とよく言われるのも、

まさにそのこと。

 

無関心とは心に留めないということですから、

存在しないと同じことになってしまいます。

 

存在(を生み出すもの)が愛ですから、

存在しない(させない)ものは愛の反対ということですね。

 

これもない♪

あれもない♪

たぶんない♪

きっとない♪

 

これはあたたかい歌とは言えないので、タイトルとしては、

『ないの冷し中華』かなー。

 

正観さんのお話の中に、「2つの死」という話があります。

 

人には2つの死がある。

1つは「肉体の死」、もう1つは「存在の死」。

誰の話題にも思い出の中にも出なくなったとき、

人は存在の死を迎える。

肉体の死を迎えても、誰かの話題や思い出の中に出てくる間は、

その人は存在の死は迎えない。

 

という話です。

別の言い方をすると、こうなります。

 

誰かの話題や思い出の中に出てくる(忘れられていない)間は、

その人は存在として生きている。

 

つまり、その人のことを見て心に留める人が1人でもいれば、

その人は存在できるということです。

 

認める=見留める=見て心に留める=見て意識する=認識=存在=愛。

 

長い式(名が意識?)ですが、

長い文章(名がいい文章?)になりましたが、

歌でも歌いながら認めてやってください。

 

これ長い♪

あれ長い♪

たぶん名がいい♪

きっと名がいい♪

 

ふ〜。

これでやっと終わり。

 

かと思いきや、

終わりじゃないのよ涙は♪母〜ん♪

 

「続続・愛とは?」に続々とつづく・・・(ゾクゾクしますね〜)

 

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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

先日、天才コピーライターでベストセラー作家のひすいこたろうさんが話していました。

「ぼくは、デビューして12年で、

幸せになるための本はもう書き切ったという思いなんです。

だから、これからは余生ですね(笑)」

 

ひすいさんファンが聞いたら言うでしょう。

「ひすいさん、そんなこと言うのはよせー!」

 

映画監督で「へそ道」創始者のふーちゃんこと入江富美子さんも話していました。

「今年、命にかかわる病気をして、奇跡の生還をしたんですが、

もと(へそのそ)につながるだけでなく、とけ込むことができたんです。

もう一度命をいただいたとしか思えなくて、感謝しかありません。

あとは余生ですね(笑)」

 

ふーちゃんファンが聞いたら言うでしょう。

「はよせー!とは言わないので、ゆっくりゆったり楽しんでください」

 

お2人とも、スゴイなあ。

スゴイ境地ですね。

 

ぼくはずっと以前から、

「人生、50からが本番だな」

と思っていたので、

余生どころかやっとスタートしたところですから(笑)。

 

ルパン半世紀(反省期?)です(^-^)/

 

ルパンといえば、

ぼくは「ルパンに似てるー」と言われて以来、

もみあげを伸ばしたり、

ルパンの格好(赤ジャケと緑ジャケ。塩ジャケはないよ)をしたり、

「回答ルパン」を名乗ったり、

「ルパン弱酸性」を名乗ったりしているんですが、

余生になったら「ルパン4世」になりますかね。

 

でも、やっぱり次元に言われるんでしょうね。

「ルパン、よせー!」

 

「次元〜、い〜んだよう〜♪」

明るく答えて、ルパン陽性。

でも、い〜んだよう〜的には、ルパン陰性もあり。

 

陰も陽もどっちもあり。

陰も陽も色付けですから。

陰も陽もすべて認めると、彩り豊かになります。

 

いっそのこと、

「陰でも陽でもい〜んだ養成講座」でもやろうかな。

 

講座の内容はないよー、

じゃなくて、

陽性養成と陰性養成。

 

陰も陽も認めると、

軽く(Light)なって光(Light)に近くので、

その姿はまるで妖精のようになります。

 

妖精養成講座だー♪

ふわふわキラキラ妖精のような人が増えて、楽しいだろうな〜♪

 

万が一要請があったら、やりたいと思います(笑)。

 

 

余生だと思うと肩の力も抜けて、

何でもあり♪となるので、

ひすいさんもふーちゃんも、これからますますスゴイことになるでしょう。

 

楽しみですね〜。

 

ぼくはスタートしたばかりなので、

せめてよせ鍋でもつつこうかな。

 

でも考えてみれば、

人は生まれた瞬間から余生を生きているんですよね。

 

余生と書いて、「余りの人生」と読むこともできます。

余生と書いて、「有り余る人生」と読むこともできます。

余生と書いて、「余りに生き生きとした人生」とすることもできます。

 

どれを選んでもい〜んだよう〜♪ですが、

せっかくなら余勢もかって、

楽しくいってみよーぜー(^o^)/

 

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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

ちわーっす!

 

じゃなかった、

 

しわーっす!

 

師走ですね〜。

12月でっせんばー。

 

今年もあと1カ月。

 

もう1カ月しかない、と見ることもできますが、

まだ1カ月もある、と見ることもできます。

 

 

2017年はどんな年でしたか?

まだ1カ月も残っていますが、

いろいろな思い出ができたんではないでしょうか?

 

あまり思い出に残ることはなかったなという人もいるかもしれませんが、

もう十分すぎるほどたくさんの思い出ができた人もいるでしょう。

でも、もしたくさんあっても、

 

おー、もーいいで。

 

とは言わないですね、きっと。

思い出はいくらあってもいいものですから。

 

うれしい思い出。

たのしい思い出。

しあわせな思い出。

 

そういう思い出はいくらあってもいいものです。

でも、

 

かなしい思い出。

くるしい思い出。

つらい思い出。

 

そんな思い出も、

そのときは、おー、もーいいで!かんべんしてくれー!

と思うかもしれませんが、

 

あとになってみると、

それもまた思い出の1コマ。

 

そのときはコマっちゃっても、

過ぎてみればコマの1つになりますね。

 

どれもかけがえのないワンピースです。

 

 

「(人間は)なぜ生まれてくる(きた)のか?」

という問いには、

いろいろな答えや見方があると思いますが、

「いろいろな経験をするために生まれてくる(きた)」

というのもその1つ。

 

けっ!いけんなー。

というのも経験ならば、

 

あ〜、けいけ〜ん♪(KAIKA〜N♪)

というのも経験(チトくるしい!?笑)。

 

経験とは、

言い方を変えると「思い出」です。

 

つまり、

「(人間は)思い出をつくるために生まれてくる(きた)」

というふうに見ることができます。

 

「人生は思い出づくり」

と言ってもいいかもしれません。

 

今年はどんな思い出をつくりましたか?

これまでどんな思い出をつくってきましたか?

これからどんな思い出をつくっていきますか?

 

 

思い出は、

何があったか?

何をしたか?

何を食べたか?

どこに行ったか?

も大事ですが、

それ以上に大事なのは、

 

何を思い、何を感じたか?

 

ではないでしょうか。

 

思い出す(記憶から出す)から思い出、ですが、

思いが出る(思い、感じる)経験だから思い出、でもあります。

 

何があったか?

何をしたか?

何を食べたか?

どこに行ったか?

という経験(出来事、事実)に、

思い、感じるということがプラスされることで、

色がつくんですね。

 

出来事、事実という無色の絵が、

思い、感じることで彩り豊かな絵になるわけです。

 

人間は、感じる(ことができる)存在。

感じることで彩りをつくる存在。

 

だから、感情は感じよう。

すると、豊かな人生になりますよ。

 

前にも、言(ゆ)ったかなー?(笑)

 

 

自分がどれだけ感じるかで豊かさは変わるわけですが、

豊かさという点でもう1つ大事なのは、

 

誰といた(した、行った)か?

 

ということ。

 

人間は「人」の「間」で生きる存在なので、

「誰と」というのがとっても大事なんですね。

 

つまり、誰と共に思い出をつくるかで、

豊かさは大きく変わるということです。

 

それはすなわち、人生が大きく変わるということでもあります。

 

こんなふうにも言えるでしょうか。

 

共に生きるということは、

共有できる思い出があるということ。

 

どれくらいの思い出があるかが、

どれくらい共に生きたかということ。

 

共に生きた幅と深さと豊かさは、

共有する思い出の数と深さと豊かさに比例する。

 

思い出は証。

思い出は生きた証。

共有できる思い出は、共に生きた証。

 

共につくる思い出は、

共につくる人生。

 

そう考えると、

共につくる思い出の持つ意味は、

重いで〜。

 

いやいや、意味としては、

思い出は重いで、だとしても、

味わうときは、明るく、楽しく、軽やかに。

 

思い出は、軽いで♪

そして、ありがたいで♪

 

共に思い出をつくり、

思い出を共有し、

思い出を大切にしあい、

重いで♪も軽いで♪も共に味わう。

 

それは、

喜びと深さと豊かさを何倍にもしてくれることであり、

とてもとても有り難いことだと思います。

 

 

今年は誰とどんな思い出をつくりましたか?

これまで誰とどんな思い出をつくってきましたか?

これから誰とどんな思い出をつくっていきますか?

 

 

思い出は重いでっせんばー。

思い出は軽いでっせんばー♪

 

今年もあと1カ月、

そして、その先も、

思い出づくりを共に楽しんでいきましょう〜♪

 

 

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DJ レインボー RYO こと、かたりましょうのたかしまりょうです。

 

今日は、天気がよかったので散歩に行きました。

自転車で。

なので、歩いたのは3歩だけ?

 

行き先は、洗足池。

 

今から6年半前、その日も今日と同じように天気がよかったので、

洗足池に散歩に行ったんです。

自転車で。

 

そのとき、洗足池(公園)に勝海舟のお墓があることを初めて知り、

お参りをしました。

 

するとその次の週、ひすいこたろうさんに、

こんなことを言われたんです。

 

「高島さん、沖縄のツアーをしましょう。

坂本龍馬が日本を次の時代へ導くようなはたらきができたのは、

勝海舟に出会ったからなんです。

勝海舟は、咸臨丸でアメリカに行って見てきたから、

次の時代がどうなるかが見えていたんです。

沖縄は、昔から目に見えないものを大事にする土地柄で、

今もそれが生活に浸透しています。

これからの時代は、目に見えるものと見えないものが融合していくと思うんです。

沖縄は、そういう意味で時代を先取りしています。

だから、沖縄に行くツアーをやって本土との懸け橋を渡して、

勝海舟や龍馬がやったように、未来への懸け橋をかけましょうよ」

 

初めて勝海舟のお墓に行った翌週に、

こんな形で勝海舟が出てくるとは!

 

ビックリのタイミングでしたが、

ぷれし〜どの「沖縄マジカルツアー」はこうして始まったのでした。

 

 

ちなみに、

攘夷派の坂本龍馬は、初めて勝海舟を訪ねて行ったとき、

開国派の海舟を場合によっては斬るつもりだったと言われています。

海舟もそれをお見通しで、「お主、わしを斬りに来たな?」と言ったとか言わないとかされているんですが、

実は、最初に言ったのは別のひと言だったんですねー。

 

そのひと言とは・・・

 

「しゅうかつかい?(就活かい?)」

 

脱藩浪人の龍馬に対して、

海舟は自分の名前のアナグラムで声をかけたんですねー(ウソですよー。笑)。

 

 

というわけで、洗足池に行ったのはその6年半前以来。

 

せんぞくいけ(洗足池)への散歩は、

なかなか続かない(けいぞくせん=継続せん)ですが、

 

前回はマジカルツアーの始まりにつながったように、

今回も何か新たなはじまりにつながるかもしれません。

 

しかも、

俗世に生きる仙人として人生を楽しみ、

仙も俗も極める仙俗プロ(フェッショナル)になりたいぼくとしては、

せんぞくつながりでもあります。

 

某プロダクション(仙俗プロ?)専属なので、

洗足池専属ではありませんが、

ときどきはまた散歩に行こうかな〜♪

自転車で(笑)。

 

 

 

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