松山市はなみずき通り近くの漢方専門薬局・針灸院 春日漢方

体質に合った漢方薬・針灸治療 更年期障害・生理痛・頭痛・めまい・冷え性・のぼせ・不眠症・イライラ・気うつ、肩こり・腰痛・五十肩に穏やかな効き目

春日漢方 薬局・針灸院


松山の南、はなみずき通り近くの

漢方専門薬局・針灸院です。

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漢方専門の薬局・針灸院を開業して、

もう20年になります。その間に積んだ

知識と経験から、東洋医学ならではの

健康情報をおつたえしましょう。


松山市古川北3-13-22  TEL 089-957-0686


   メール takaisyunsuke@yahoo.co.jp




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  花粉症 いろいろ その1

 

 花粉症、アレルギー性鼻炎で、お医者さんにもらうお薬は、わたしはカタカナの名前のお薬のことはよく分からないのですが、そんなに種類は多くは無いんじゃないでしょうか。ましてや、患者さんの体質に応じて、処方を選ぶなんていう考えはないでしょう。
 そもそも、「体質」という言葉で考える中身がまるっきり違うでしょう。

 

 漢方薬なら、比較的おおくの方の鼻炎に、「小青龍湯(しょうせいりゅうとう)」なんかが効くのかなと思いますが、現代薬の抗ヒスタミン薬のように、どんな人にもある程度は効くという効き方はしません。
 「小青龍湯」の合う体質の方には、効く。合わない人には、効かないか、或いは症状が悪化したり、胃が悪くなったりします。
 世間的に、こういう悪くなったほうを、「副作用」といいますが、それは間違い。

 

 

 本当の副作用は、例えば抗ヒスタミン薬なら、眠気がしたり胃が荒れたりします。これは「炎症を抑える」という主作用があっての副作用。患者さんは、ある程度の副作用を我慢して、主作用を期待するか、副作用に我慢できなければ、その処方を諦めるかを選ぶことになります。

 

 漢方薬を飲んで悪くなるのは、「副作用」ではなくて、処方の選び間違い。現代薬でいうと、頭が痛いのに、便秘薬を飲んだのと同じことになります。
 そういうミスが起こるのは、漢方薬は、症状・病名別に処方が作られていないからです。
 「小青龍湯」なら、胃に水分が停滞したために、肺から咽喉の風邪っ気が抜けないという体質に適応します。そういう体質の方の、微熱・寒気・咳・痰・鼻水・くしゃみなどに効きます。
 体質=病気を起こしている状態が違う人には、くしゃみや鼻水があっても、「小青龍湯」は効かないか、悪くなります。


 前置きはこれくらいにして、花粉症の方の治験例を紹介しましょう。

 

   1、40歳 男性 花粉症(スギよりはヒノキらしい)

 

 色は浅黒く、かっちりと締まった身体つき。技術系の仕事で忙しく働いている。
 口数が少なく、問診にはあまり乗ってこない。

 

(主訴) 1月~5月にかけて、鼻炎症状がある。とくに鼻詰まりがひどくて苦痛。

そこまでは普通の鼻炎ですが、問題は、鼻炎がひどくなると、元気な人なのに、数日間、寝込まなくてはいけなくなる。

 

 

 寝込むほどの鼻炎とは? その寝込んでいる状態について、いろいろと尋ねてみました。

 

 何故、寝込むのですか?  何故って、急になるな。とにかく動けなくなる。

 その時、熱が出たりしますか?  ぜんぜん。 寒気とかも?  特に無い。
 その時、ご飯は食べられていますか?  ふつうに食べてる。
 仕事が立て込んで、疲れた時になりますか?  そんな風にも思えないな。

 

 いったい、どういう時になるのか、手がかりを探していろいろ尋ねてみて、雨の日になるような気がする、という大事な情報は得られました。

 

 ふだんから、食欲はしっかりあり、胃もたれなどの胃腸症状はない。
 便秘も下痢もしない。 小便も正常。 睡眠も問題なし。
 足が冷えたり・火照ったりもない。
 ただ、冷たい飲み物をよく取っている。

 

 そこで舌を診せてもらうと、全体に赤みが強いので、内部の熱は多そうですが、ぼってり大きく、舌の表面が濡れています。

 冷たいものを飲んでいるので、舌も乾いていると思ったので、意外でした。

 

 次に脈を診ると、全体に沈み気味で、押さえるとしっかり打っています。
 右手の手首よりの脈=肺の様子を診る部位が、とくに強く感じます。
 だからこの人の鼻炎症状は、肺の熱のせいなのは確かです。

 

 つぎに治療室のベットに横になってもらい、お腹を押さえてみます。
 両方の腹直筋がそれなりに緊張していますが、とくに異常でもない。
 ここはっ、と思ったのは、下腹部。お臍のしたの真ん中あたりが力が抜けてへこんで感じられます。
 これは、腎虚=腎臓の力が衰えてきた証拠で、お年寄りには多いお腹です。
 しかし、腎臓が弱ってきたための、夜間尿とか、足の冷え、腰痛などの症状は見当たりません。

 

 

 得られた情報を整理してみると。
◎ 鼻炎が悪化すると寝込んでしまう。 それも雨天の日に。
○ 口が渇いて冷水をよく飲む。
○ しかし舌は濡れて、ぼったり大きい。
○ 脈は肺の熱
○ お腹は腎虚
○ 食欲・排便・睡眠は正常
○ 無口、頑固そう。

 

 診察法によって得られる情報が、それぞれ別の方向を向いています。さて、どう情報をつないで行けば正解にたどりつけるか?

 取りあえず、寝込んでしまうというのを、疲れているんだろうということにしました。
漢方医学には、「虚労病」というジャンルがあります。過労による病気です。
 虚労病にも、五臓ごとの虚労があって、この方の場合は胃腸は丈夫だし、お腹の様子から腎臓が弱った虚労病だとしました。

 

 腎臓は体液の大元をストックしていますが、腎臓が弱ると体液が減少して、内部の冷却水が減ると熱が出ます。熱は上に昇って肺に停滞したのではないか?
 だから肺の熱になって、口が渇き、鼻炎も起こしている。

 

 それで出した処方が、腎臓に元気をつける「六味地黄丸」。そこに、肺の水分を補って肺の熱を抑える、「麦門冬・五味子」を加えて、「味麦六味丸」としました。
 腹診の腎虚という見立ては良いとして、これで肺の熱が取りきれるかという疑念が残ります。

 疑念を残しつつ、煎じ薬を7日分、お渡ししましたが、7日後の結果は、良くもならないが悪くもない、ということでした。お腹の丈夫な方ですから、そう悪くはならなかったのでしょう。

 

 

 そこでもう一度、急に動けなくなって寝込む理由を、考え直します。

 

 疲れたから=虚労病の線では無さそう。ふだんはあまりしんどそうに言わない。

 

 もう一つは、気ウツ。ウツになれば、身体がだるくなって動きたくなくなります。
 気ウツは、肝臓に熱が詰まった状態か、下腹部に瘀血が停滞した状態で起こります。でも、この方のお腹には、肝臓の熱も瘀血も、それにふさわしい反応は乏しい。
 また、気ウツなら仕事の忙しい時期に悪化しそうですが、そういうわけでもない。

 

 もう一度、寝込んでしまう条件を言うと、鼻炎が悪化して、急に寝込んでしまう。その日は雨天が多いようだ。

 雨の日に身体がだるくなるのは、身体に余計な水分が停滞している人が、手足が重だるくなって、動きが悪くなるのは、ありそうです。


 余計な水分が停滞するのに、二つのタイプがあります。

一つは、胃腸の水の停滞。
そういう人は、ふだんから過食や過労で食欲が落ちたり、胃もたれや下痢などの胃腸症状がありそうです。しかしこの人は、胃腸にはなんの苦情もないから、こちらのタイプでは無さそう。

 

 余計な水分が停滞するもう一つの場所が、皮膚のすぐ下です。

 昔の漢方医学書『金匵要略』には、「湿病」とか「水気病」、湿気が体表に停滞しておこる病気の症状と治療法が書いてあります。
 そこには、「一身、ことごとく沈重」とか「一身、重く、疼く」などの症状が出てきます。

 湿気が停滞しても、全身が重だるく、動きにくくなるようです。

 

 「水気病」編に書いてあるところでは、湿気の病気に大まかに二つのタイプがあって、一つは冷え性で虚弱なタイプ。
 ふつう、浮腫みやすい体質といえば、こちらのタイプを想像します。色白で皮膚に締まりがなく、疲れやすくて、冷え性、暑さ寒さのストレスにも弱そうなイメージがあります。
 こっちのタイプの浮腫みは、プヨプヨと軟らかく指で押すと窪みます。

 

 もう一つの水気病は、体内に熱気が多くて、体表から熱が発散しきれないで浮腫むタイプです。
 こちらのタイプは、浮腫みがブリッと固くて、皮膚はピンと張り詰めて色つやが良く、少しくらい押しても引っこみません。浮腫みがひどくなければ、本人も気づいてないことがあります。


 急にしんどくなって寝込む理由を、身体の表面、皮膚のすぐ下に湿気が集まって汗腺を塞いでしまうと、体内の熱気が外に発散できなくなって、鼻炎の症状が悪化していきます。さらに湿気と熱気が全身をすっぽり覆ってしまうと、熱の行き場が無くなって、すごくしんどくなるのではないかと考えました。

 

 熱性の湿気の病気の代表的な処方が「越婢湯(えっぴとう)」です。

 体表の毛穴を開いて内部の熱を強力に外に発散させる「麻黄(まおう)」と、皮膚のすぐ下の熱気を冷ます「石膏(せっこう)」の組み合わせです。

 

        左が麻黄、右が石膏

 

 この方は、年度末には出張が続くので、煎じ薬は飲めない。粉薬でないといけないということになりました。

 

 粉薬でメーカー品には、「越婢加朮湯」しかありません。「越婢湯」はかなり強力に体内の熱気を冷ましてしまうので、粉薬でも続けて飲むのはちょっと心配です。

 

 「麻黄+石膏」の組み合わせで、もう少しマイルドなのは「小青龍湯加石膏」という処方になります。これもメーカーの既製品にはありませんが、「小青龍湯」と「越婢加朮湯」を半量ずつ混ぜて使うと「小青龍湯加石膏」に近い感じなるでしょう。

 

 この処方をまず、1週間のんでもらうと、まだ花粉の真っ盛りでもなかったので、まあ、良いのかな? という反応でした。さらに1週間続けて、どうも、身体が軽く感じる。鼻のほうも良いようだ、というので、いまも続けて服用しておられます。
 それから、ぐったり寝込んでしまう、ということも起こっていません。

 

 

 

 

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 漢字   藤堂明保 / 白川静 / 落合淳思

 

 漢方屋さんは中国の古い医学書を漢文で読まないといけません。それをしないで、T社のパンフレットなんかを見て、じゃあ、43番にしときましょうか? なんていう人たちは<もぐり>です。

 

 古い時代の医学書といっても、じっさいは漢方医学の理論や診察・治療のための実用書ですから、ものすごく難しいことが書いているわけではありません。それでもこれまで見たこともない漢字が出てくることもあるし、よく知っている漢字でも、それがどんな意味で使われているのかを知るために、漢字の字書を引かなくてはなりません。

 

 

  藤堂明保 『学研 漢和大辞典』

 

 ずいぶん部厚い本ですが、古本で3500円くらいでした。この本が良いと思ったのは、《解字》、その文字のできた来歴がよく分かると思ったからです。

 

 藤堂明保の考えでは、漢字は中国語を表記するために、3千数百年前にできたものだが、それ以前に中国語は数万年の歴史があった。だから漢字は、古代の中国語の影法師である。
 漢字はこれまでの歴史のなかで5万にも増殖したが、古代の中国語の基本の語彙はそんなに多いものではないだろう。

 

 漢字の形よりも<発音>に注目して、古代の語彙を反映した200数十の<単語家族>を想定して、そこに属する漢字は古代人の言葉の<イメージ>を共通にしてくくられる考えた。
 例えば、出(シュツ)、突(トツ)、凸(トツ)と並べて見ると、漢字の形は違えど似たような発音で、同じ<つきでる、でっぱる>という共通の<イメージ>があると思えます。こういうのが<単語家族>です。

 

 漢字より中国語のほうがずっと歴史が長いといわれれば、そうかなと思いますが、あとで取り上げる落合淳思の批判によれば、まず、中国語の発音がさかのぼって検討できる範囲は、古代の詩を集めた『詩経』の春秋時代=紀元前8~4世紀まで。漢字の生まれた殷時代の1000年も後になる。これでは漢字の生まれたころの発音の想定はおぼつかないだろう。

 

 もう1点は、単語家族のもっている<イメージ>というものが、いくらでも恣意的に解釈できる可能性があること。藤堂は、例えば、止・得・歯は、古代では似た発音となり、<じっとひと所にとどまる>という共通イメージがあるとする。
 止は<とどまる>でもよい気がするが、得は<じっと手に持つ>はすこし疑問。歯は<じっと噛みしめる>からとなると、こじつけになります。しかも甲骨文字の研究では、止は足首の象形で、<ゆく>の意味でしか使われない。
 単語家族の<イメージ>というのは、自説に都合のよいように解釈できてしまいます。

 

 

 近ごろは、漢字といえば白川静。礼賛本がいくつも出ています。写真の赤い方は松岡正剛のもの。これは礼賛のしかたが難しくて、何を書いてあったのか今も思い出せません。
 青い方は、共同通信社の記者が書いたもので、一般の方にも分かりやすく礼賛してあります。こちらの本を読んで、またもう一度、白川静の漢字の本を読んでみようかという気になりました。

 

 

 白川静の本は、難しいです。書いている作者が、自分の本の読者はこの程度のことは分かってるよね、と前提にしている範囲が、実際の読者の知識とかなりずれています。
 そのうえで、一行、一句に、持たせてあるアイデア、概念が重たいというか、詰まっているので、さらさらとは読めない。ふつうの一般向けの本の1ページ分が、一行に詰まっているので、何度も行ったりきたりしないといけない。そのせいで読むのに時間がかかります。

 

 上の写真の『孔子伝』は、10数年前に買って読んだけれど、結局、なにも分かってなかったのでしょう。5年経って、読みなおしてみると、まったく聞いたことのない話ばかりが書いてある気がしました。
 ふつう、高校の世界史の知識では、中国の古代思想の2大流派は、儒教と道教。儒教の創始者は孔子さま、となっています。しかし、この『孔子伝』に書いてあるのは、晩年の孔子が行きついたのは、儒家に対する批判者、道教の経典の『荘子』の境地である、ということらしい。これでは受験生は困ってしまいます。

 

 

 これが、先月よんだ『漢字の世界 Ⅰ 』
 白川静の漢字に解釈は、呪術にこだわり過ぎているといわれます。私もそう思っていました。
 しかし、一方でそれは正しいのではないか、という気もします。それは、漢字が作られた「殷」の時代に関する考古学的な解説書を読んでいたからです。

 殷王朝の遺跡を発掘すると、宗教的な施設、神社のようなものでしょうか。その祭壇の四隅、建物の柱の周り、敷地の門柱の周り、至るところから犬の骨が出てきます。そして同じくらいの数の人骨も出てきます。小規模の施設でも、100体くらいの人骨が出てきます。
 歴代の王の墓のあと、殷墟になると、正確な数についての記事を見つけられませんでしたが、3000体をこえる人骨が出てきたような。


 また殷墟などから出てきた甲骨は、当時の占いの記録ですが、それによると犬や牛、豚を、神への捧げものとして10頭、50頭と裂いて焼くのと同じように、北方の異民族の羗人を30人捕えた、10人を首をはねた、焼いたという記事が大量に存在します。

 

 殷というのはそういう時代です。

 

 また、最初の漢字の「甲骨文」とは、占いに使った亀の甲羅や牛の肩甲骨に刻み付けられた占いの記録です。漢字は誕生の時から、そういう呪術的な用途で使われたものです。
 だから漢字の解釈に呪術を持ち込むのは当然かもしれません。

 

 しかし、『漢字の世界』を読んでいて、初めておかしいなと感じたのは、「眉」という文字を含む甲骨文の解釈でした。
 白川静は、「眉」は目のうえに特殊な呪術的なメイクをほどこした女のシャーマンだとしています。
 ある甲骨文の資料には「眉人、三千をして、敵方を望ましめんか」。その解釈を目に呪力をもった三千人のシャーマンによって戦争の場で、敵を威嚇させた、と考えています。
 しかし、いったいこの時代の戦争に、動員できる人数はどれくらいだったんでしょうか? その中に3千人のシャーマンを用意するというのは、不合理ではないか? 3千人が誇張だとして、30人でも多すぎる気がします。
 本当に戦争をするんだったら、大勢の巫女さんよりも、武器をもったふつうの男たちのほうが良いんじゃないでしょうか。

 

 これは後で取り上げる落合淳思の指摘によれば、先の甲骨文は他の資料とも照合すれば「人、三千を眉し、------ 」と読むべきで、「眉」は動詞で人を召集することです。
 白川静の漢字の解釈は、やはり呪術に肩入れし過ぎているというべきでしょう。

 

 その他に疑問に感じ始めたことは、漢字の本当の始まりは甲骨文字なのか? それ以外の資料はないのか? また、 占い以外のことを記した漢字はないのか? たとえば税金の取り立てのための帳簿とか、葬式の埋葬者の記録とか。

 

 

 近ごろはなんでもネットに当たって、安直に知識を得られるようになりました。そこで、<白川静 / 批判>とか入れて検索させてみました。その結果、落合淳思という人の本を取り上げているブログをいくつか見つけました。


 落合淳思なら、『殷ー中国史最古の王朝』という本などで知っています。

 この人は漢字学者ではなくて、中国古代史の研究家、歴史学者です。しかし、殷王朝のことを研究するために、当時の直接の一次資料である甲骨文を分析してきました。

 

  『殷ー ----- 』という本で面白かったのは、まず「殷」というのは後の「周」が、前の時代をおとしめて呼んだ名前。そこは知っていました。「殷」みずからは「商」と名乗ったのだと思っていました。
 しかし、落合によれば、「商」は殷の都の名前であって、みずからの王朝の名前は無かった。なにしろ最初の王朝ですから、他の王朝に対して自分たちは何だ、ということを名乗る必要が無かったわけですね。
 お前は何だと聞かれて、「アイヌ(人間)だ。」と答えたようなものです。

 

 

 落合の『漢字の成り立ち』という本には、これまでの漢字の研究の歴史がまとめてあります。
 その中で、先に取り上げた藤堂明保、加藤常賢などの仕事を、もっとも古い漢字である甲骨文にかんする資料がほとんどない中で研究を進めたために、生まれた時の漢字の本来の字体や意味に届いていないとしています。

 白川静についても、1970年代までの甲骨文の資料だけをもとに研究を進めたために、呪術的な漢字の解釈に偏ったことになると。

 

 また日本の漢字研究が、うえの藤堂明保、加藤常賢、白川静の3人のカリスマ以降、学問的な進展が起こらなかった、とされます。
 これは私の考えですが、この3人は、藤堂は学研から、加藤は角川、白川は平凡社から大部な字典を刊行している。
 出版社としては、3人を大学者として祭りあげておけば、それらの字書が売れるので、後続の研究者たちが新たな境地を切り開いてくれずとも良かったのではないか、という気がします。
 大きな字典を編纂するという大事業を企画しなくなれば、業界としても停滞するのでしょうか。

   

   <落合の白川静 批判>

 

 白川静は、漢字の誕生を「殷墟」時代、紀元前14世紀のころと考えています。ウィキペディアなど多くの資料にも同じことが書いてありますが、落合によればそれは60年代までの発掘資料による知見で、今日では殷墟よりも2百年も古い鄭州遺跡などから、多少の漢字の資料が見つかっている。

 

 また、漢字は甲骨文の初期の段階で、すでに今日使われている漢字と同じような大系が整っており、漢字の部首もいまと同じものがほぼ出そろっている。
 それを考えると漢字の誕生は、白川の考えているより数百年はさかのぼることになる。

 

 もう一つの白川静に対する落合の批判は、白川は甲骨文などで出てくる漢字のおそらく3分の2ほどを呪術儀礼や原始信仰と結びつけて解釈している。
 たしかに甲骨文には多くの呪術儀礼が記されており、それを起源とする文字も多い。
 しかし、たとえば「赤」の字を、火によって人の穢れを祓う儀式があったとしているが、甲骨文の「赤」の字の用例は、家畜や王からの賜物の色の表示に使われていて、儀礼の意味では使われてはいない。

 

 このように存在の確かめられない儀礼を想像して解釈を作っている場合も多く、理念が資料の分析に先行してしまっている。

 

 


  『甲骨文字小字典』

 

 落合淳思が2011年に出した甲骨文字の字典。出ている漢字は、小学校で習う教育漢字1000字のうち、甲骨文の段階ですでに存在した350字に絞って解説した本です。

 

 始めに「甲骨文字と殷王朝」「甲骨文字の構造」という総論のあと、
3章 人の姿を元にした文字   4章 人体の一部を元にした文字
5章 自然物を元にした文字 -------- とあって
最後、10章 元が何か分からない文字   で終わっています。

 

 各文字について、始めに題字があって、次に甲骨文があり、その解説からその文字の成り立ちが考察されます。それを踏まえて、その文字の「意味」。
 最後に、その文字を使った、甲骨文の例文があります。

 

 この本を毎晩、寝る前に寝床で少しずつ読み進めて、半分ちょいまで来ました。
しかしこの本は、面白いかというと、それほどでもありません。

 

 なぜ面白くないのかというと、かんじんのその文字の「意味」が、「甲骨文では地名または人名にしか用いられておらず、意味は分からない。」ということが、たくさん出てきます。
 たしかに『甲骨文字小字典』だから、甲骨文の資料から分かることだけをベースにすると、人名・地名でしか使われない文字の意味は、人名あるいは地名としか書けません。

 

 でも人名・地名になる前には、何がしか、その文字が作られてきた、<古代人の原始の心情>のようなものがあったはずです。しかしその文字が、占いに使用され、甲骨に刻まれる段階になったら、それはすでに文字という「記号」に落ちついてしまったということでしょう。

 

 

 あらためて言いますと、白川静の書いたものは面白い。なぜ面白いかというと、「殷」という中国古代の王朝の呪術的な信仰は、いまの我々からすると、受け入れられない異常なものに思えます。

 

 儀式のさいに、大量の動物や人の血を流し、多くの人命を、殺すために殺す行為は、もっとも壮大な浪費としか思えません。
 私たちは、経済活動といえば、何か新しい価値や財物を生み出すことだと信じています。景気のいい、悪いはGDP=国民総生産の増加率そのものだと疑っていません。

 

 しかし「殷」時代の支配者はそうは考えなかった。生きて生産することだけが良いこととは考えず、「生」の向こう側、生命が「死」に転げこむ瞬間を公開の場で見せること。生命というもっとも貴重なものを惜しげもなく浪費することが、新たな生命を輝かせることになる。それが王の使命だとされていたのではないでしょうか。

 甲骨文字の解釈を通して、そういう<かつて存在した>異常な世界をかいま見ることが、読者を強く引き付けているのではないでしょうか?

 


 

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LP / Open to Love / ポール・ブレイ

 

 

 さいきん、旧蔵のLPレコードをディスク・クリーナーで洗って聞くのに夢中になっていますが、新しいLP盤を仕入れる気はありませんでした。

 なにしろLPレコードはこの20年来、生産されておりません。

 

 一部の好事家を目当てに、「アナログブーム再来!」とか囃したてて、1枚、4、5千円もとって、新たにLP盤を発売したりはしておりますが、そういうのは、私の趣味ではない。

 

 中学のときから、月に1500円のこづかいをやりくりして、当時、2千円弱のジャズのLP盤を必死の思いで買っていました。(親の財布からかなりの額をくすねていたのでしょう。)

 いつでもお金は無いけれど、たくさんのジャズを聞きたい!

 

 というわけで、そのうち中古レコード屋が主な調達先になりました。自分のコレクションも枚数がたまれば、気に入らないレコードは、ちゅうちょなく売り飛ばす。

 昔は、4、5枚売れば、1枚の新品になるという交換レートでしたが、その後は、10枚売って、1枚にレートが下落しました。

 

 とにかく、聞きたいレコードは星の数ほどいくらでもあるのだから、かける金額は1枚あたり、3千円くらいまで。それが私のポリシー。名盤、珍盤と囃して、5千円も1万円も出す奴と

は、ともに音楽を語れません。

 

 

 

 しかし、レコードプレーヤーを復活させてみたら、あのLPが欲しかったんだよな、というものが、いくつか出てきます。

 

 その一番の候補がこれ。ポール・ブレイの『 Open to Love 』。

 これが出たのが高校生のころだから、いまはジャズミュージシャンをやってる赤松敏弘くんか、誰かから貸してもらって、よく聞きました。

 もちろん、ずっと後で買ったCDでは持っています。でも、あの音をレコードで聞きたくなって、とうとうヤフー・オークションに手を出してしまいました。

 

 ポール・ブレイはアメリカのジャズピアニスト。異常に早熟で、高校時代にモダンジャズの初期から、演奏歴をスタート。とにかく芸歴は長い。去年のお正月に、80何歳で死去。

 長いキャリヤも、こういうことをやりました、と一口では語れない面倒な人。

 

 この作品は、1972年にノルウェーのオスロのスタジオで録音された、ソロアルバム。曲は、元女房のカーラ・ブレイが4曲、元愛人のアーネット・ピーコックが3曲。

 北欧のひんやりした空気感を写しとった、静逸きわまりない録音も素晴らしい。

 

 それと、ジャケットのデザインも秀逸。LPの30センチ角だから、この美しさが分かってもらえます。それをCDの10センチ角に縮めてはねえ。

 

 このソロアルバムが、あまりに上出来なので、80年代に日本人が制作したソロアルバムを買ってみましたが、これは全くのダメ。曲名はあとから付けていますが、たぶんスタジオに入って、気ままに指のおもむくままピアノを鳴らしてみたのを、そのまま録音したもの。何回か聞いて、1年後に売却。 

 

 とても有名なアルバムなので、ヤフオクにも何点かLPの出品がありました。その中から、「5千点のジャズLPを、保存用に2重に持っていたものから出品。」「倉庫に遮光、密閉して保存。新品同様」、という売り文句に引かれました。 本体2700円、送料350円。

 3千円はちょっとは高めではありますが、新品同様ならというので買いました。

 

 中古レコードを買うときに、盤面の状態はとても重要です。クラッシクファンなら、ノイズは許せないでしょうが、ジャズのレコードだからあまりうるさくは言いません。でも、できればパチパチ・ノイズは少なくしたい。

 今回、届いたLPをさっき聞いてみると、レコードのA面は1、2回は聞いてるかな? ときにパチッとノイズが入ります。B面はまったくノイズ無し、レコード針を通してないようです。

 

 さて、この名盤アルバム、CDなら簡単に手に入ります。ピアノソロなら、治療室の音楽になるかっていうと、それはまったく無理。

 ジャズはもともと不協和音好き。それ以上に、ポール・ブレイは、ハーモニックな調性の世界と、不協和な無調の世界の境界面を、すれすれで手探りしつつ曲の内面を進むので、聞いてる患者さんは、不安にかられること間違いなし。

 治療するこちらも、ちょっと音楽に耳を取られたら、そこで手が止まってしまうこと請け合いです。

 

 ピアノの音楽の好きな人で、最近はどれを聞いてもマンネリ気味だわ、という人にはお勧めします。

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