文筆家でもないのだから、そんなに筆記用具にこだわるわけではない。ただ、考えていることが文字となって自然に出てくれればいい。これが、鉛筆なんかでは、あっちこちにひっかかるような気がする。最近万年筆を使う人が少ないと聞く。fountain pen というくらいだから、願わくば泉のように、文字が湧き出て欲しい。今回は、万年筆について想いをめぐらして稿を起こしてみた。


先日書架にちょっと置き忘れられて、寂しそうにしている鉄兜をまとった万年筆が目に入った。もう15年も前になるが、結婚したばかりの長女を訪ねてニューヨークに行った。マンハッタンのどのあたりか忘れたが、裏通りを一人ぶらぶら歩いていて、専門店で買い求めたものだ。たいして高くもなかったが、娘のところを訪れた記念にしようと思った。インクの出がいいのとペン先がすべるように走るのが気に入っていた。長く愛用したが、買い置きのインクカートリッジが切れてしまった。あいにく、インクのメーカーがわからず捨て置かれていたのだ。

 

 

 

ボクの万年筆


それから5年ほどして、横浜に住む次女の家に行ったとき、大型のデパートの文具売り場で、その万年筆を見せるとインクカートリッジを探し出してくれた。何年かして、インクが欲しくて再び立ち寄ったが、愛想よく接してくれた店員はおろか、文具コーナーもなくなっていた。悪い癖で、ひとたび恋焦がれると無性に逢いたくなる。たかが万年筆されど汲めども尽きぬ泉である。
その間、ゲルインクのボールペンを使った。それは油性ボールペンの使い勝手と水性ボールペンの良さを併せ持っている。しかも、芯のの太さが1ミリもあるから気に入っていた。滑りがいい上に、色も何種類もそろっている。ネットで注文すれば、一両日のうちに届く。でも、あの泉の湧くがごときインク、走るペンに比べれば数段落ちるのである。

 

 

専門店

 

 


昨日、上京した機会と思って、勇を鼓舞して銀座2丁目の万年筆専門店に行ってみた。どんな万年筆のインクも揃えているという話に嘘はなかった。女店員の応対も感じがよかった。
「お客様、だいぶペン先のインクが固まって汚れています。きれいに洗浄してよろしゅうございますか」
そう言って矯めつ眇めつして、幾種類ものインク・カートリッジを入れ替えて、宣った、
ウオーターマンが一番合うようです」


ほかの用を済ませて息子の家に着いたのは、夕刻の7時を回っていた。ようやくあの万年筆の書き味を楽しめそうである。
思えば、長女のところに行って万年筆を買い求め、次女の家の近くのデパートの文具売り場でインクを探し当て、また息子の家に行く途中で、正しくインクのメーカー名を知った。もう、一生探しあぐねることはなかろう。