雪ん子の童話

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 今朝、思い立って、例によって家内の母と三人で、山のふもとの温泉に行った。はじめ寒いから遠慮をすると言っていた義母も、娘に押し切られる形でやって来たのだった。温泉も、車を駆ってくれば、30分くらいである。
 温泉に入ると身体の芯まで温まり、夜はよく眠れると。これに勝る極楽はないとも言う。北陸の寒さは、昔のように凍てつく寒さでないにしても、家の中の空気が冷たいから、部屋数の多い百姓家は、冬の生活には合わない。
 昔は、ここらの温泉は、湯治場だった。ふと少年の頃、近所の又右衛門という爺様のことを思い出した。真面目な顔をして語っていたから、嘘とはとても思えなかった。

爺様の話っていうのは・・・


kashi-heigoの随筆風ブログ-三八豪雪


 「俺は春から秋まで、一生懸命になって田圃に出て働いたのじゃ。冬だって、縄なったり、ムシロ編んで、朝は暗がりからよーさる(夜去り)まで、よく働いたもんや。楽しみと言えば、働き過ぎて、病んだ身体こと癒すために、冬は湯治場に行くことだった。そうや、正月明けだった。俺のう、ひと仕事して、昼飯食べてから、山のふもとの湯治場に向かったのよ。」

爺様は、キセルを腰からだして、言葉を続けて、
「歩いて4里くらいだっけ、大したことないと思ったが、折からの雪で足場がわーれん(悪い)じゃ。温泉に着く前によーされ(夜)も更けてきて、雪もしんしんと降っておったわ。山の近くにさしかかったころ、若い愛しげな娘さんが現れて、わて(私)も温泉に行くから、一緒について行っていいかと聞くんや。雪が深いから俺の足跡に、足こと突っ込めば楽でいいんだと、ゆーたがや。紺がすりの着物に赤い帯を締めて、おさげ髪を結うておった。どこぞ、提灯の明かりで見る顔は、寂しげな気配をしておった。」


kashi-heigoの随筆風ブログ-キセル


 ゆっくり、話をするのが、この人のいつもの癖である。そして、キセルに煙草をつめて、
「俺にもな、昔な娘がいた。野良仕事から、帰ってくると、『父ちゃん、疲れたろう。わてが肩こと揉んであげるよ。』ちっとばか、やって貰って、もういいよとゆうても、いつまでも、手こと休めないのよ。10年前にその娘が、雪の降る日に、高い熱を出した。俺は、貧乏だった。薬こと買う銭がなかった。そのためだと思う。三日して、熱が下がらず、亡くしてしもうた。気の優しい、愛しげ子だっただけに、可哀想なことをした。俺は、雪がこんこん降ると、いつもあの子のことを思い出すがや。」


 話が佳境に入って、煙草に火をつけた。
「まだ、温泉までだいぶ距離があった。その娘が、昔のあの子のような気がして、『好かったら俺の背中に乗るか』と聞いたら、素直にうんと言うた。俺は、その子を背中に担いで歩いた。俺ちっとばか、得意だった。どこに住んでおるとか、家は何人家族かとか聞いた。いろいろな話をした。『父ちゃんがいっち好きだ』とも言うておった。俺のことかと思うて、嬉しかったさ。」

kashi-heigoの随筆風ブログ-娘っ子


 二、三度吹かして、煙草盆に灰をを捨てた。
「ちっとばかりして、後ろを
見たら、その子の姿がねぇのよ。温泉の近くまで来たら、ちっとばか荷が軽くなった。翌朝、背負っていた荷物の風呂敷をよく見たら、キツネの毛がいっぱい付いておったわ。あれは、キツネじゃないと思うがよ。娘が、俺に甘えたくて、ほんのちっとばか俺の背中の温もりが欲しかったんや。俺は、嬶にいい土産話が出来たとそればっか考えて、湯に浸かっていたんや。俺は、ほんとうに幸せだった。あんげ、幸せな気持ちになれたのは、あの子が死んでから、初めてだった」と。
キセルを仕舞って、爺さんの話は終わったのだった。


 僕も、又右衛門の爺様の話をもう一度目をつむって頭に画がいてみた。不思議と幸せな気持ちになるものだ。雪の道を車を走らせながら、ふと妙にハンドルが軽いことに気がついた。車には、僕しか乗っていないのだ。もしかして、義母と家内がキツネじゃなかったかと思ったが、もう一度温泉に引返した。二人は、僕を待っていた。すんでのところで、二人を置いてけぼりにするところだった。                2012.1.24

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