ここんとこずっとアメリカ批判ばかりしてきたが、せこい言い方をすると私はどっちの味方でもないし敵でもない。

考え方として自分と合わないところは両国共にある。

長期で永住していると「どっちがいい?」と聞かれることが多いがどっちとは簡単には言い難い。

 

そんなの適当に答えておけばいいんだよ、って人は言うけれど、私はそういうところ融通が聞かないというか(自分では障害と呼んでいる)、聞かれた質問には100%答えたいという変な癖がでる。

 

だから、アメリカ在住時なんかは私が日本人だとわかると「どうしてここに住んでるの」とか「日本よりここの方がいいの?」とか聞かれると話が長くなり、”聞くんじゃなかった”という本心が彼らの顔に現れてくるまでとことん良し悪しを話してしまうのである。

 

さて、前置きが長くなったが、

前回、団体で見るとアメリカ人の方が情に深く、個人でみるとそうでもない。そして日本人はその逆といったがこの件はやっぱり説明が難しい。

 

たとえば、

アリとキリギリスの話を子供の頃によく聞かされた。

いわゆる寓話である。

これはアメリカにもあるがラストが違う。(たしか)

日本はたしかキリギリスは働かずに遊んでたので後に苦労する(というか最後アリに助けを求めて家の中にいれてくれというが入れてもらえず雪の中死んでしまった記憶がある)

アメリカバージョンは確か死なない。

 

日本バージョンを話すとアメリカ人たちは眉を顰めて

「なんでアリはキリギリスを家に入れてあげないの?」

「アリって性格悪いね」

という感想が飛んでくる。

 

ここが日本人とは大きな違いだと思う。

日本人は、キリギリスを”自業自得”と思うだろう。

でもアメリカンはそうは思わない。

なぜ、そうなったのか(この場合怠けてたからだが)その部分を飛び越えて、

現状、助けられる立場にあるなら助けるのが普通、と思っている。

根本的に考え方が違うのだ。

だから、彼らはホームレスも自業自得や自己責任とは思わないし、毎日フリーウェイの前で何十時間も立っている、健康的で飲んだくれのホームレスにも快くチェンジ(小銭)を払うわけだ。

 

ブログでもなんども言っているが、彼らは丸一日立って平均多い時で80ドルは稼ぐ。

私の、一時期の日給と変わらなかった。(かといってフリーフェイの出口でたつきもないしそんな体力もないからやりたくないが)

 

また、話は大きくなるが、私が衝撃的だと思ったニュースで過去のイラクの拉致人質の事件がある。

あれは今でも記憶にのこっていて、アメリカ人が「日本政府は頭がおかしいんじゃないか?」と言っていたが、私もその時はそうおもった。

 

確かに、私にはボランティア精神がないのでボランティアをする人の気持ちがわからないし←(自慢げにいうことではないがw)あんな危ない国や地域に乗り込んでいったらどうなるかなんて少し考えたらわかるし、そこで何かあっても仕方がないとはおもう。それこそ自己責任だと言われても仕方がないが、拉致されたことに関しては完全に自己責任とは言えないとおもうのだ。

 

例えば、普通に私たちが観光で海外に行くのは自己責任だけれど、もしそこでいきなり戦争に巻き込まれて捕虜にされたらそれは自己責任・自業自得とは言えないと思う。ただ運が悪かっただけの国民の一人。国には国民を救う義務がある。

 

これは場所が海外だったというだけで、それが例えば国内旅行に出かけて出かけ先に誰かに人質にとられても自業自得とは言い難い。

今回は場所がイラクであったから”なぜ、そんな危ないと誰でもわかるような場所にボランティアにいったのか。ボランティアなら日本でもできんじゃないの?”的な感情からバッシングされたのはわかるが、政府が、

「救出にかかった費用を人質に払わす」みたいなことを言ってた時は、さすがに神経を疑った。

とにかく、日本政府の人質に対するバッシングがすごすぎて呆れたのを覚えている。

 

福田官房長官の、

「十分な注意も払わず自分の主義や信念を通そうとする人を称賛すべきだろうか」

って、これが、個人的なおやじの意見ならまだわかるが、あんたら政府は国代表だし、国民が困ってたら助けるのが国の役目でしょ?

なんでそうなったが原因はさておき、問題がおきて国民が困っていたら国民を救うのが国の役目。

おっさんの個人の感情なんかで国のあり方を決めないでくれ。

あんただけの国じゃないんだから。

 

私の尊敬する←生物学者の池田先生はそのことについて下記のように述べていた。

政府の政策に反対する国民は、たとえ犯罪に巻き込まれても助けないなどという民主国家がどこにあるのか。国家の存在理由は、国民の安全と財産と自由を守ることにあり、それ以外の存在理由などない。政府に追随する国民しか守らないというのでは、もはや民主国家ではなくて北朝鮮だ。

まったくもってその通りだと思った。

 

日本はアリもしくはアリであろうとする人しか救わない。

キリギリスは自業自得だから勝手に死ねという感じである。

まぁ、日本政府はアリ精神をもつ人々(機械人間)のみ生かしたいのだろうが、そうなると人間とは、自由とは、国とは・・・という話に変わっていく。

 

あのあとたしか、人質となったひとに「まだボランティアを続けますか?」とインタヴューしたら「また行きたい」と言ってさらにバッシング受けた記憶があるが、合ってるかな?

もしそうだとしたらそれは言わない方がよかったんじゃないかとは思ったww

 

ついでに、非難されるのを覚悟でいうと、ああいう海外ボランティアに携わる日本人って、なんでいつも海外なの? なんで日本のボランティアじゃだめなの? 日本にもたくさんボランティア募ってるけど”ボランティアで海外”(ボランティア=海外)という図式がなってるのはなんでだろう。

 

なぜ、そこでないといけないのか。

まずは自国から人や動物助けをしてもいいと思うのだが・・・

 

こういうのはやっぱり、ボランティア精神がまったくない私には理解できないことだからその図式も理解できないってことですかね?

 

すいません。

さらにバッシング覚悟でいうと、ボランティアができる人って心だけじゃなく金にも時間にも余裕があるからできる。または趣味だと思っている。

 

そうでなければ、みんな自分の生活を守るため、その日のご飯代や家賃を稼ぐのに必死ですからね。人にあげる金も時間もないでしょう。

 

最後にアリとキリギリスに戻るが、私はアリほど働き者ではないがキリギリスほど怠け者ではない(と思う)。でも、もし友人がキリギリスだとしても、やっぱり冬のなか置き去りにはしないと思う。

暖かい部屋に入れてあげて、その後説教くらいはするかもしれないが、見殺しにすることはない。

ただ、もしこのキリギリスが全くの他人だとしたら、家には入れてやらないし、国に世話してもらってくれと国に引き渡す。

 

友人でも家族でもないやつを家にいれてやるほど(アメリカ人並みに)寛大な心はわたしは持ち合わせていないのである。

 

 

 

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