・・・《あらすじのつづき》・・・
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2014年09月06日(土) 01時43分54秒

今後の予定とか宣伝とかセクシュアルマイノリティ関係

テーマ:Sexuality & Gender
ごぶさたです。前置きなく始まります。
リンクはハイパーリンク貼ってないのであしからず。


Gender nonconformityに関する特集の論文ですが,proposalの時点で選ばれませんでした。残念!
敗因としては,研究方法が文献研究でパンチが弱いのと,日本のXジェンダーを扱うにしても必要性を示すロジックが弱かったかなぁと思っています。文化性だけを軸にしないといけなくなるものね…。送ったのは,「Psychology of Sexual Orientation and Gender Diversity (PSOGD) 」という雑誌なのですが,特集でなくてレギュラーで出すのと,「International Journal of Transgenderism or the Journal of LGBT Issues in Counseling」もあるよ!と教えてもらいました。優しい。

鳴門の寮に入って新しい環境に慣れるのに手一杯で(買い出しとか),やらなきゃいけないことができていない気がするのですが,ちょっとここで予定をおさらいして,宣伝もしておきます。



9月10日~12日 日本心理学会に参加@京都
:APAでお会いした先生方と,母校淑徳大学の後輩・同期のみんなとの再会を目論みます。もちろん葛西先生の会にも。(当初はAPAで会ったBrianに再会したい邪な気持ち)。会員登録とか参加申し込みが間に合ってなかったので当日参加です。
http://jpa2014.com/

9月14日 Xジェンダーの講演会@東京
:パワポを作ってるのですが,まだ自分で納得できてない…。ユニバーサルデザインとしては,黒背景に白文字の形式に徹するのですが,図で表示することも範疇になります。しかし,図表示は,ロービジョンならまだしも,ブラインドネスだと,図で示した際の説明の独自の情報の受け取りが,健常者と比べて受け取れないやり方になります。しかし,スライドいっぱいに文字を映して説明するのはまったく違う話…。ようは口頭の説明をうまくやることなのですが…。一方,聴覚障害の場合では,文字情報が鍵になると考えます。図表示があっても,それは口頭の説明と合わせたときに効果が生まれるわけで…。ひとまずは,配布資料はしっかりさせて,講演のときには柔軟にスライドを回すことにします。(内容以外のことが気になっているようだ)。
http://ameblo.jp/x-gender-ftx-mtx/entry-11911244723.html

9月16日~19日 上越教育大学で集中講義を受講:新潟
:越先生の講義を受講します。演習形式なのですが,レジュメ(A3用紙×2枚×3件)が…。先生からは楽しみにされてしまっているから裏切れない…ッ!!学級経営心理学という名前の講義です。

10月4日~5日 日本生徒指導学会@鳴門
:会計の事後処理の仕事があるので,ならばとスタッフをやろうかと…。
http://www18.ocn.ne.jp/~jagc/

10月11日 レインボーフェスタ!(関西レインボーパレード2014×関西レインボーパーク2014)@大阪
:ステージとパレードで有志バンドをやるのでぜひ!飛び入りOK!実行委員やってます。去年は天使の格好をしたので(羽も借りて完璧な衣装だったのにキリストだとかメロスだとかテルマエロマエだとか散々な言われようだった),今年は悪魔かな…ふふ…。一昨年の私の衣装は右側男性の左側女性のXジェンダーのヒーロー風で,衣装のテーマは「勇気をあなたに」,昨年の私の衣装のテーマは「希望をあなたに」,今年のテーマは「欲望を解き放て」かな…。
http://blog.kansaiparade.org/?eid=1432637
http://rainbowfesta.org/

10月12日 セクシュアルマイノリティ全国大会で分科会開催@大阪
:「LGBT?QUEER?その説明方法は本当に妥当?」をやるのでぜひ来てください。
セクシュアルマイノリティの説明方法をいろいろ聴いてみて,自分ならどう説明するか考えてみよう,といったワークショップ風です。
http://queersupport2014.wordpress.com/

10月17日~19日 関西クィア映画祭2014@大阪
:性をテーマに様々な映画を上映!実行委員やってます。私が翻訳した映画があります。みんなきて!
http://kansai-qff.org/

10月26日 セクシュアルマイノリティ勉強会@関西
:こないだ友達になった前田さんが頑張って企画しているので,卒論,修論をみんなで検討したいという方はとりあえず私に連絡を!教育,心理,福祉,看護関係で研究している方が対象のようです。対人援助職関係ですね。おそらく医療も入るかと…。第2回も企画中とのことです。

11月9日 学生参加プロジェクトの合同研究会@鳴門
:博士1年関係です。今の研究を活かしてなんとかします。

11月15日~16日 鳴門教育大学の学祭@鳴門
:SAG徳島が「SAGレインボークレープ」を販売します。

12月6日~7日 クィア学会@名古屋
:研究大会で発表予定です。セクシュアルマイノリティの説明方法を体系化したものを発表する予定です。選挙管理委員もやってます。
http://queerjp.org/

12月20日~21日:D2学生研究発表会@大阪
:学年が違いますが,先輩方の研究を見てみようと☆(あきちゃん~)


わー…。
9月24日から,火曜,水曜,木曜は鳴門の臨床の教務補佐室にいます。
セクシュアルマイノリティに関する卒論や修論の研究は大好物なので,添削などあればぜひ!
2月はSAG徳島で徳島カラーフリー文化祭を開催で,今年度の私の中の総まとめになりそうです。
昨年の徳島カラーフリー映画祭はみんな輝いていて,私も好き勝手やれていてとっても素敵な思い出だった。
性の多様性を表現した,あるいはモチーフに,映画,音楽,絵,写真,書道,展示,そのほか出したいものがあれば,今のうちにでも私個人にでも連絡くれるととっても嬉しいです。
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2014年06月14日(土) 21時20分19秒

境界性パーソナリティ障害に関連して

テーマ:疾患
Facebookに投稿したものの覚書,私の忘れてはいけない記録,誰か同じように苦しんでいる人への参考のためのもの。


6月6日
大阪愛ダホ関係で失敗したことと関西クィア映画祭プレ企画で失敗したことで気分急降下で絶賛スランプ中です。今日はこないだ出した論文がリジェクトされた夢を見ました…。起きてから夢と現実の区別がつかなくて、あぁAPAのジャーナル用に直さなきゃいけないか…など呆然としたよ…。前にはAPAの発表時間に間に合わなかった夢とか、博士候補認定試験に論文条件が間に合ってない夢を見てたり(でもあなたそれ2年次だからね…)、次は博士修了してから非常勤講師先すら見つからず路頭に迷う夢かな…。

APAの発表は要旨直していいよーというメールが来たのでまた考えないといけないし、再来週にはD1セミナーの報告会があるし、8月までの論文投稿(英語と日本語)が2本あります。あと関クィの字幕翻訳。元気になればなんてこたない、私にはできるだろうと(かれこれ高校からだろうか、毎度の経験則として)分かっているので(でもその気分の状態のときは無理なものは無理なので、客観的に自分を判断する能力が伸びてるだけな気が)、卑屈になりながらもよく養生します。ネパール語とエスペラント語と韓国語を写経(?)したら少しはよくなりました。ネパール語は字の頭にお花咲かせるのが可愛いです。

あと持病が…。ある他者を対象として(おそらく無意識に)認識されてしまったときだけボーダーに似た症状が出るんですが、なんなんでしょう。ボーダーを説明する文脈にぴったりなので、その考え方で対処してるのですが…。最初は過度の理想化、言ってしまうと理想の人に会えてハッピー全開な状態です。次いでくるのはその対象の周囲への強烈な嫉妬と不安感。夜中家に押しかけて怒りが高ぶってなんてよくありました。ごめんなさい。
ときおり空虚感はあるにしても、それは感情的に落ち着いてるほうだと捉えているのでいくぶんかポジティブに見ています。高校から対象が変わるごとに生じていて、やっと徐々に情動のコントロールができてきたほうです。高校、学部はたびたび自傷があったんですが、毎度かなり浅いので治りは早かったが、腹から腕にかけて何度もおこなっていた。学部卒してからは自傷はパタリとなくなりました。とはいえ衝動はあったり、叫びたくなったり、物を壊したくなったりとかはあります。(実際やってないけど)。
とかく対象となってしまう方々は賢いので、私からの何かしらのやりとりを的確に応答しようとしてしまいます。それがために、私の感情的で、論理の破綻している部分と様々なやりとりの整合性が合わなくなり、巻き込まれてしまうわけですが…。それについて私は私で分かっていると思っているので、私の状況やそれについての推察全てを伝えようと試みたことがあります。しかし、それも相手を巻き込んでしまう私の策略だったと私自身が気づきます。どれだけどのように考えても、二重三重四重に、私がしようとしてしまっていて、それを相手に伝えようとして、そしてその伝えようとしてしまっている危険を伝えようとして、そして、その危険を伝えようとすることの危険を伝えようとしても、巻き込んでしまいます。
なので、最近の方略は何も考えない、時薬です。その対象を感じなくなるまで何かに打ち込んだり時間を過ごせば…。
少しニュアンスが違いますが、ちょうど思い出すフレーズが、conceal, don't feel です。
ひたすら対象に伝えようとしたり、自分の症状について熟考して整理しようとしましたが、ドツボにはまってしまって長引いていたので、それももうやめようーというプランで今回はいきます。

というか本当に疾患なのか分からないし、これ向けの専門的カウンセリングは高そうだし、認知に対する訓練として構造的に形成されたプランは嫌だし、学部のときに行った学生相談は洗いざらい喋ってもその若いカウンセラーからは「主訴がわからない」なんて言われて距離を感じてしまった( って思いながら臨床心理のコース行ったのはいったいだれだ)。

対象が存在せず、元気なときはこのことすべてを忘れてしまうので、さすがにもう人生何回目だという心境で、記録しておこうかな、なんて思っています。



6月14日
ちょうど2週間,やっと,やっと復活の兆しだよ。D1セミナーの研究報告のパワポに再度取りかかれていることは何よりの証拠。2週間の間,家庭教師へは行けはするものの,ずっと持病と戦っていました。精神は安定しつつあるけど,あまりにも食べなさすぎて貧血で動けないなど,はたまた持ってたジェイゾロフトがSSRIだからって一日1回1錠とはいえ飲み始めた副作用かセロトニン障害か,身体が少しおぼつかないので本調子ではないけれど…(精神が安定しつつあるのでジェイゾロフトはもう飲みません:減薬しようがない)。
高校からずっと,いつもいつも,同じ問題を繰り返してしまうので,さすがにまとめて記録しておきたい。

境界性パーソナリティ障害から併発する統合失調症への過程の様相を自ら目の当たりにしました。高校から大学はパニックや抑うつ状態など神経症止まりと健常状態の行ったり来たりだった,しかし今回,今までの戦歴を踏まえて感情と思考を無理にコントロールしようとした結果,統合失調症特有の思考が勝手にかき乱されてまとまらなくなり,何が本来の自身の思考と感情か分からなくなるという状態までいってしまった。病を病として自己の内に否定しすぎた結果なんだと思う。つまり,どれも病気から発生しうる,本来の自己の思考と感情ではない,という認知によって,生じてしまった。

統合失調症については詳しく知識はありませんでしたが,以前に日本臨床心理学会でいただいた「幻聴の世界」や「ヒアリングボイシズ」を読んだときに覚えていた,「幻聴さんと共に生きること」といったことを覚えていたのがヒントでした。私の場合は幻聴までいかないが,私の頭の中で「勝手に発生する」思考,映像,イメージに対する態度として妥当なものでした。今回初期は対象(ターゲット)について発生する認知のうち「正しい認知は何であるか」を軸に,「勝手に」浮かんでくる思考,映像,イメージなどを否定することによって,自己の存在を否定してしまっていたと思います。しかし,抱えること,どれも自分であることを認めたときに,徐々にそれらの思考や映像,イメージは収まっていきました。試行錯誤の過程ではありましたが…。そこでの過程の生の言葉はTwitterでつぶやいていましたが,だいたいそのようなことです。

心理的支援の考え方のうち,ソーシャルサポートこそM1のときから意識的に重要視していた記憶がありますが,今になって自分ができてないのはお話にならない,という反省があります(それはカウンセリングを携わる者ではなく,学んだ者として)。もう少し友達を頼ったほうがいいと思いました。とはいえ,ボーダー発症中はそれどころではないので,せめて,どのような状態であるかの記録はどこかでとっておきたいと思いました。

ちなみに,境界性パーソナリティ障害は自称なので,診断されたわけではありませんし,今回は病院にいっていません。しかし,あまりにも状態の思考法として理にかなっているため,自称ではありながらもそのように考えることとしました。クリニックにかかったのは,高校から学部まで,だいたいは,抑うつ状態についてであったため,根幹の病については医師のコメントはもらえてない,という状態だと認識しています。

ボーダーの文脈のうち,対象(ターゲット)こそ被害を受けます。今回こそはそうはしたくなかったため,正常な思考のうちに早めに警告をうちましたが,それが功を奏したように思います。ただ,そこでの「連絡がとれない」という状態への怒りのコントロールが最も辛いものでした。でも,私はそれで合っていたと思います。高校,学部,修士でこそそれぞれの対象に何度も何度もメールをしてしまったが,今回は本人の安否を気遣うメールを1通だけで,事なきを得ました。何度も繰り返してしまう私は,それでも,少しずつ進歩している,成長しているんだということ,それだけが救いかもしれません。過去に対象としてしまった人のうち,何人かは親しい関係に戻れています。それも救いです。

これは症状の現れかは判断しませんが,今回で失ったかもしれない友人が無事であるように,また語り合えるように,思っています。
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2014年05月16日(金) 15時55分58秒

アナと雪の女王を見てきました!

テーマ:日常
アナと雪の女王見てきました!!!!3D上映で!!朝早いのきつかった…。3D上映は短編のほうの迫力がすごかった。まさしく飛び出してくるようで。アナ雪のほうはタイトルの雪が目の前まで出てくるようで面白かった。あとはところどころ立体的でほんととても良かった。(ちなみにネットで何度もクリップムービー見て,曲も覚えてしまってからです)。

物語はセクシュアルマイノリティの状況の暗喩のように解釈する見方があるのですが,なるほどまさしく。両親がエルサに言う言葉はほんとそう。よかれと思って隠し通そうとさせる。アナがエルサを追いかけるときに朗らかに「(力を)隠してるからこうなったのもあると思うんだけどね!♪」みたいなことを言うんですが,初めから言っとけば状況が悪くならずにすんだという言われ方も重なりそうです。Let it goの歌詞はまさしく,ですよね。ただ,Let it goで,どうして一人で自らから自身を解き放つことができたのか考えていて,エルサはそんなにも成長する力が潜在的に強かったのかしら?とか,たいていは誰かとの触れ合いや自らへの気づきなど何かのきっかけを2,3越えて自分で少しずつ乗り越えない?,などと思ったんですが,ネガティブなイベントによってリアリティのある現実と未来への見通しに直面して,それをきっかけに,そして,心配しなくて良い環境へ変わったから(inのーすまうんてん),自らから自らをれりごーできたのかなーと思いました。私も高校時代に未遂な家出で一人港町で物思いにふけたり,ものすごい距離を歩いたりして考えながら,自身について考えがまとまっていった気がする(それが性のあり方関係由来だったかは今では分からないけど!)。うーん,でもそこまで一気にれりごーしないよね。それは,エルサの場合は視覚的な面で自身のあり方を見つめやすかった(雪ふぁさーとか氷階段パァアアアアとかアイスパレスピカピカ!とか)からかしら。って,なんか考察になりつつある。えー,もっと多角的にやってくと心理学的分析もできそうですね!すっごい大変そうだけど!

あと,オラフがとても可愛かった!!「ぼくのおしりつかまえて!」ってなんかそれもクィアよね(笑)。なんでオラフのおしりはいつも逃げるのか。お城へ戻るシーンで一人で滑走してるけど,「ゆきだるまがしゃべった!」と驚かせちゃってるのが面白かった。目がくりくりしててかわいい!

あ,あと印象的なのは,思考・記憶と感情を区別した考え方が取られているところね。頭の思考・記憶はごまかしやすいが,心の感情はそうはいかない,と。(現代の心理学ではすべて影響し合ってるということになっていますが)。あえて採用するのはどんな意図があったんだろうと考えます。他者との関係構築で重要なのは,記憶か,感情か,みたいな。

そうそう,「真実の愛」ってオラフが教えてくれたのは,リーの恋愛類型でいうところのアガペーよね。これって現代社会でスタンダードでみんな納得するような,真実の愛に対する観念なのかな?どうなんだろ。


で,帰ってきて昼寝してたら,APAの飛行機に間に合わなかった夢を見ました…。こないだも発表資料を当日現場で作ってる夢を見たし,もうげんなり。修論のときはこんな夢見なかったから,相当かなりいい感じに追い込まれてますね!論文締切までがんば!でもこれから家庭教師連チャン3日目なの!いってきます!
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2014年03月14日(金) 00時24分14秒

論文での文献の引用の仕方

テーマ:研究とか論文とか
現在、ある投稿論文と博士論文の捏造と剽窃が話題になってますね!!
これから博士だよ!って人はこんなありえへんことは起こさへんわ!と思いながらも入学前から神経張り詰めますね!!

ということで、論文における文献の引用の仕方や、参考書や投稿規定にはあんまり書かれてないようなテクニック(と言っても経験論・爆)を今一度私自身が確認して復習するのと、誰かの役に立つようにまとめておこうかなと思います。ただし、ここで取り上げている引用の方法についての学術分野の範疇は心理学であり、さらに偏っているとすれば臨床心理学の範囲になります。とはいえ、心理学以外の論文も私は読むので、知っている範囲で紹介していこうと思います。(って、まだ卒業論文と修士論文しか書いたことがない状態で、投稿論文は現在進行形で書いてる途中なんですけども説得力あるのかないのか・汗)。


今回参考にした投稿規定ないし参考書はこちら
(下の並べ方は文献リストの書き方に沿っているわけではありません)
・「心理学論文の書き方 卒業論文や修士論文を書くために」 松井豊(2010) 河出書房新社
・「心理臨床学研究論文執筆ガイド」 日本心理臨床学会
・「日本心理学会執筆・投稿の手びき 2005年改訂版」 日本心理学会



投稿規定によってけっこう異なってくるので、どこに出すか決めずにどう揃えたいい?というのはちょっと大変です。ただ、卒業論文だとそうでもなく、全体一貫して揃っていたら良しということもあるので、ここらへんじゃない?、というのは知っておきたいですよね。どこから参照されたのかを明示することを軸に、その学術において望まれる引用方法を理解し、自分のやり方を一貫して持ちつつ、論文投稿時(あるいは提出時)にそのつど投稿規定に合わせて修正していくほうが能率的だと思います。ちなみに論文最後に掲載するような「文献リスト」の書き方までは説明してませんのであしからず!



引用の方法とテクニック

ここでは架空の著者、相田(2014)と池田(2014)と上田(2014)と江田(2014)と織田(2014)を仮定して説明してみます。(といっても途中までですけども)。

1★引用を本文中に言及する場合
ex. 相田(2014)は…と指摘している。
ex. 池田(2014)は…と述べている。
ex. 上田(2014)は…と示している。
ex. 江田(2014)は…と説明している。
ex. 織田(2014)は…と明らかにしている。

『著者名(刊行年)』の形で引用します。具体的に考えやすいように、いろいろバリエーションを考えてみたけれど、他にも言い方はあるし、いろいろな文章の作り方はありますね。引用する際に仕様する語彙が少なすぎて、読み進めるテンポが気になる場合があるため、あえて挙げてみました。この引用では、別の著者のアイディアを紹介する場合に使えます。この引用の文章単独では、あるアイディアの紹介だけで終わってしまうので、その引用文のあとに、筆者が主張したい文脈に引き合わせて別の表現で書き表したり(ex. すなわち、~ということである)、筆者が主張したい内容の後押しのために用いたり(ex. このように、~である)します。あるいは、引用と引用を並置(ないし対向)させ、筆者独自の視点を提供することもできます(ex. 相田(2014)は…と指摘しており、一方、池田(2014)は…と述べており、…と言えるだろう)。

引用文をそのまま引っ張ってくる場合は、引用文を鉤括弧「」の中に入れるようにします。引用文をある程度部分的に削ったり、変形させる場合は、鉤括弧「」は必要ありません。鉤括弧「」が用いられたその中にある文章はまごう事なき引用文章である、という位置づけになります。



2★引用を本文中に言及しない場合
ex. …(相田、2014)。
ex. …「…(池田、2014)」。
ex. …「…(上田、2014)」…。
ex. …「…(江田、2014)」、…「…(織田、2014)」。

引用文の最後に『(著者名、刊行年)』の形で引用します。著者と公刊年を記した丸括弧が、引用部分の鉤括弧の中だったり外だったりします(その雑誌の規定を参照)。私は中に入れるタイプで揃えることが多いです。そしてまた投稿規定によってきますが、読点「、」がカンマ「,」だったり、句読点「。」がピリオド「.」だったりするので要注意です。(そしてこれが半角だの全角だのとなったり、半角のあとに半角スペースを入れたりもする!!恐ろしい!!)。

筆者が主張する内容がすでに先行研究・過去の論文・参照した資料で言及されている場合(その学術ではあたりまえに知られていることが、どこの誰がそれを研究したのかを示すことで、筆者がこれまで先行研究を検討してきたことを読み手に示す態度の必要)や、筆者の主張の裏付けが必要な場合(経験論的、日常的に分かっていることでも正確な情報を提供することで論理性・合理性を示す必要)に使えますね。

この引用の仕方では、1★と違い、「誰がどうした」といったことを記述しないため、これまでの先行研究を一気にまとめて、これまでの研究の特徴を掴み、それを明示化することができます。これによって、そのテーマにおいて次に必要とされる研究、明らかにされるべき別のテーマ、さらに検討すべき別の文献などを記述することができるんですね(場合による)。また、別の文献同士であれ、文脈が呼応していれば、引用を並列させ、筆者が示したい論理を示すテクニックもあります(ex. 「…(相田、2014)」であり、それは「…(池田、2014)」とされ、…だと言える)。



3★著者や文献が複数の場合
☆著者が複数で共著の場合
中黒「・」を使って並べます。
ex. 相田・井上(2014)は…。
ex. …(上田・江坂、2014)。

☆複数の論文を引用する場合
セミコロン「;」を使って並べます。
ex. …(相田、2014;池田、2013)。

文章内で「上田(2014);江田(2014)は…。」という表現はせず(とはいえ投稿規定はそこまで多く知らないので、もしかしたらあるかもしれないけど)、「上田(2014)や江田(2014)では…」といった表現をすることが多いです。この場合、引用元と引用元を先に冒頭で並列させてしまっているため、その後に続く文章の内容は必然的に2つ(ないし2つ以上)の文献をまとめた内容となり、引用文章として鍵括弧「」を使うことは推奨されないこととなります。



4★英語論文を引用する場合
例に出している著者名は適当です。ある領域からしたらワクワクするような組み合わせになっていますが…!。ここまで説明した日本語論文のものとだいたい同じですが、共著の場合は中黒「・」ではなく「&」になります。先程までの例では「、」を仕様していましたが、英語論文の場合は半角カンマ半角スペース「, 」と半角ピリオドを使います(ますというか投稿規定によって本当に違うので要参照です)。

ex. Asch(2014)は…。
ex. …(Buber, 2014)。
ex. Colaizzi & Derrida (2014)は…。
ex. …(Erikson & Foucault, 2014)。
ex. …(Giorgi, 2014; Husserl, 2014)。



5★その他の引用のテクニック
ここまでは心理学関係の論文の投稿規定によく載っている範囲なのですが、引用部分のエッセンス、文脈、ニュアンスをそのまま的確に反映するために、長文部分を引用する方法を用いることがあります(と私は認識しているけれど心理学の領域としての是非は分かっていない)。引用文章は引用と分かるように、イタリック体にし、本分と本分の間を改行、インデントを下げます。引用文の最後に丸括弧()で再び引用元を明記すると親切なので私はそうしているのですが、本文中に引用元が示されていたらそうでもなかったりするようです。(これについては調べて!)。

ex.
相田(2014)は…以下のように指摘する。

ほにゃらららららららららららららららら
ほにゃらららららららららららららららら
ほにゃらららららららららら(相田、2014)。


このように…とされる。



6★実は知られてないかも~みたいなこと
文献を引用する場合、冒頭に挙げた『心理学論文の書き方(松井、2010)』では、「正確に言えば主語になっているのは著者個人ではなく文献」であり、引用上で、文献の著者を想定して「彼女/彼は…と述べている」といった表現は好ましくないそうです。しかし、引用の主語を著者と見なして記述する論文は多いと言われています(松井、2010)。(どうしろっちゅうねん)。本来は文献として扱うものが、著者として扱ってしまうのは実は正しくないということです。えー、じゃあその違いってなぁに、って話なんですが、松井(2010)が例示しているように、引用のあとに「『彼はこの問題を次のように論じている』などと書くことは好ましくありません」、ということなんですね。つまり、「この研究では…」とか「これは…を示唆している」といった表現ぐらいがちょうどいいかなと私は認識しています。



7★ちなみに文献リストについて
心理学論文では、ほとんどが、著者のアルファベット順に並び替え、本文末尾に文献リストとして掲載する場合になります。しかし、周辺領域では他にも、引用元を本文同ページの右側に別記する場合や、引用ごとに番号をふり、番号順に本文末尾に文献リストとして掲載する場合があります。



その他にも、同著者で異なる文献の場合はどうするのとか(刊行年の横にa、bとふって区別する)、共著が3人以上の場合はどう書くのとか(『著者・著者・著者』ののち『著者他』とか『著者ら』と書く)、翻訳書の場合はどう書くのとか(『(原著、原著刊行年 訳者訳 訳刊行年)』と書く)、引用元が機関なんですけどもとか、著書名を本文に入れるときはどうとか、いろいろあるんですけども、ここまでにします!!。



引用参考文献
松井豊 (2010) 心理学論文の書き方 卒業論文や修士論文を書くために 河出書房新社
日本心理学会機関誌等編集委員会 (2005) 日本心理学会執筆・投稿の手びき2005年改訂版 日本心理学会 
日本心理臨床学会学会誌編集委員会 (2012) 心理臨床学研究論文執筆ガイド 日本心理臨床学会
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2014年03月11日(火) 00時50分36秒

博士課程入試受かりました

テーマ:大学
博士課程入試が合格しました~!
晴れて、2014年4月春から博士の大学院生…。
論文、発表、各セクシュアルマイノリティ関連のイベント、SAG徳島、関西クィア映画祭、関西レインボーパレード、貧困をなくすためのクィアの会、ガツガツやっていきます。
すでに4月は各イベント関連、論文関連でやらなきゃいけないことがいっぱいで、ワクワクです。
ひとまずここでの簡単なご報告…。
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2013年12月06日(金) 03時41分35秒

DSM-Ⅳ-TRの分類からDSM-5の分類

テーマ:心理
勉強としてまとめてみました。


参考にしました。

DSM-5勉強メモ:DSM5の全体像、試訳を集めてみる
http://d.hatena.ne.jp/sutare/20130808/p1

DSM-5
http://www.psychiatry.org/practice/dsm/dsm5


DSM-5の分類

1.神経発達障害
2.統合失調症スペクトラムと他の精神病性障害
3.双極性と関連障害
4.うつ病性障害
5.不安障害
6.強迫と関連障害
7.トラウマとストレッサー関連障害
8.解離性障害
9.身体症状と関連障害
10.哺育と接触の障害
11.排泄障害
12.睡眠覚醒障害
13.性機能不全
14.性別違和
15.破壊性衝動制御行為障害
16.物質関連と嗜癖の障害
17.神経認知障害
18.パーソナリティ障害
19.パラフィリア障害
20.その他の精神障害
21.投薬誘発性運動障害とその他の副作用
22.臨床的関与の対象となることのある他の状態


DSM-Ⅳ-TRでの分類

1.通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害
2.せん妄、痴呆、健忘性障害、および他の認知障害
3.一般身体疾患による精神障害
4.物質関連障害
5.統合失調症および他の精神病性障害
6.気分障害
7.不安障害
8.身体表現性障害
9.虚偽性障害
10.解離性障害
11.性障害および性同一性障害
12.摂食障害
13.睡眠障害
14.他のどこにも分類されない衝動制御の障害
15.適応障害
16.パーソナリティ障害
17.臨床的関与の対象となることのある他の状態





DSM-5での細かい名称の変更や診断基準は省略してⅣ-TRからどう変わったかについてざっくり。

Ⅳ:DSM-Ⅳ-TR
5-:DSM-5

Ⅳ1.通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害
:「精神遅滞」から「チック障害」までほぼ「5-1.神経発達障害」へ。「排泄障害」が「5-11.排泄障害」へ独立。
「分離不安障害」と「選択的緘黙」が「5-5.不安障害」へ。「幼児期または小児期早期の反応性愛着障害」が「5-7.トラウマとストレッサー関連障害」へ。「素行障害」が「5-15.破壊性衝動制御行為障害」へ。「常同運動障害」は「5-1.神経発達障害」へ。

Ⅳ2.せん妄、痴呆、健忘性障害、および他の認知障害
:ほぼ「5-17.神経認知障害」へ。

Ⅳ3.一般身体疾患による精神障害
:それぞれの分類へ割り振られ、単独の分類は無し。「一般身体疾患による緊張病性障害」は「5-2.統合失調症スペクトラムと他の精神病性障害」の「カタトニア」へ。「一般身体疾患による性機能不全」と「一般身体疾患による睡眠障害」は無し。

Ⅳ4.物質関連障害
:ほぼ「5-16.物質関連と嗜癖の障害」へ。(アンフェタミンとかコカインとかが無くなってる?)

Ⅳ5.統合失調症および他の精神病性障害
:ほぼ「5-2.統合失調症スペクトラムと他の精神病性障害」へ。(共有精神病性障害は無くなってる?)

Ⅳ6.気分障害
:ほぼ「5-3.双極性と関連障害」と「5-4.うつ病性障害」へ区別される。

Ⅳ7.不安障害
:「5-5.不安障害」と「5-6.強迫と関連障害」と「5-7.トラウマとストレッサー関連障害」へ区別される。
「強迫性障害」は「5-6.強迫と関連障害」へ。「心的外傷後ストレス障害」と「急性ストレス障害」は「5-7.トラウマとストレッサー関連障害」へ。残りは「5-5.不安障害」。

Ⅳ8.身体表現性障害
:ほぼ「5-9.身体症状と関連障害」へ。(ここらへん微妙に名称が変わって分かりにくい。疼痛性障害は無し?)
「身体醜形障害」は「5-6.強迫と関連障害」へ。

Ⅳ9.虚偽性障害
:「5-9.身体症状と関連障害」へ。

Ⅳ10.解離性障害
:「5-8.解離性障害」へ。

Ⅳ11.性障害および性同一性障害
:「5-13.性機能不全」と「5-19.パラフィリア障害」と「5-14.性別違和」へそれぞれ独立。

Ⅳ12.摂食障害
:「5-10.哺育と接触の障害」へ。

Ⅳ13.睡眠障害
:「5-12.睡眠覚醒障害」へ。(微妙に増えたり減ったりしてる)

Ⅳ14.他のどこにも分類されない衝動制御の障害
:「間欠性爆発性障害」と「窃盗癖」と「放火癖」が「5-15.破壊性衝動制御行為障害」へ。
「抜毛癖」は「5-6.強迫と関連障害」へ。(病的賭博が無くなった?)

Ⅳ15.適応障害
:「5-7.トラウマとストレッサー関連障害」へ。

Ⅳ16.パーソナリティ障害
:ほとんど「5-18.パーソナリティ障害」。
「反社会性パーソナリティ障害」が「5-15.破壊性衝動制御行為障害」にも追加される。
「統合失調型パーソナリティ障害」が「5-2.統合失調症スペクトラムと他の精神病性障害」にも追加される。

Ⅳ17.臨床的関与の対象となることのある他の状態
:「5-22.臨床的関与の対象となることのある他の状態」へ。

のこり?
5-20.その他の精神障害
5-21.投薬誘発性運動障害とその他の副作用
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2013年06月03日(月) 20時14分37秒

労働と学術の綱渡り

テーマ:労働
今日は派遣の事務所に行って給料をもらいました。土日から午前勤入れてたのだけど、いずれも仕事が来なかったのでピンチだったのですが、なんとか明日は仕事を入れてもらいました…。ちょうど前に同じ現場で働いてた人とも再会して、新情報をゲット。明日は7時16時で7500円くらい。通信料もなんとか払えそう。

今週末は鳴門でゼミ新歓があるのでそのためのお金も稼がないとです。この先1年間大学関係で集まれるのもこれが最後かもしれないと思い…。SAGや映画祭はあるけれど。
やっと体力仕事も慣れてきたので毎日勤務入れても大丈夫かなと思いながら、やはりパートアルバイトはシフト制によって休みを動かせなくなり、それに関連してメンタル落ちたときに追い討ちの悲劇を招きかねないので、やはりこのまま日雇い労働まっしぐら。これが妥当かなと思いつつ…。

日本社会の労働が何を標準としてしまっているのか(つまり9時5時週5日が標準とされてしまっていること・それが無理なら就職「外」となること)、日本社会の学術が何を標準としてしまっているのか(つまり手持ちの金がなければ研究はできない・時間もとれない・ブルジョワ中心・奨学金は借金であって無いようなもの・奨学金がとれる/とれないの圧倒的落差)、思考は責め立てられるのであった…。ちなみに労働者派遣法によって、今の学生の立場を失うと、今の仕事は続けられなくなる。今では派遣は副収入のみとする法律上の位置づけ。四面楚歌。

絶賛綱渡り失敗中…。大学から院卒までずっと奨学金と免除申請で授業料を「一切」払わずにこれたけど今の「研究生」の身分はなーんもないなんも。なんてリスキーで転落事故仕かけの日本社会の学術システム。
なんだこりゃ。
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2013年05月14日(火) 20時39分28秒

愛ダホ大阪アクション!!5月26日@なんば

テーマ:Sexuality & Gender
愛ダホの宣伝です~。



5月26日(日)
大阪愛ダホは26日の一日の中で、街頭アクションと交流会を二部構成でやります~!
両方参加もOK!片方参加もOKです✩

【大阪愛ダホ街頭アクション!】
●準備時間:9:30~10:00
●アクション時間:10:00~13:00
●集合・活動場所:なんば高島屋前(なんばマルイの向かい)
         http://www.553110.info/shop282/
●持物:タオルや飲み物など熱中症予防のもの、(あれば)フラッグやボードなど表現したいもの。
●備考:申請の都合上、看板は周囲に立てかけることができません。手で支えるものを準備します。
    マイクを使うこともできませんが、拡声器などの簡易マイクを使うことができます。
●内容:なんば高島屋前でメッセージの読み上げをします♪
    メッセージは全国の仲間から集められた「多様な性にYes!」にちなんだものです。
    送り手はセクシュアルマイノリティのみではありません。
    様々な多様な性の在り方を持った仲間たちから送られたものです。
    一緒に読み上げるのが難しいときは、通り過ぎるだけでも、
    遠くから見ているのもなんでもアリ。
    さぁ、街頭に向けていざ発信!!
    なんばの中心で「多様な性にYes!」を叫ぼう!!

【大阪愛ダホ交流会!】
●時間:14:00~16:00
●場所:chotCAST(なんば) http://www.chotcast.com/access.htm
●持物:お菓子や飲み物など、持ち寄ることができる食べ物
●内容:持ち寄りパーティ風に、みんなで集まってお茶しましょう♪
    街頭アクションから打って変わって(?)、交流会ではわいわいとお茶会を開きます。
    お菓子はこちらでも用意しますが、持ち寄り大歓迎!大阪の仲間でおしゃべりしましょう。
    改めてゆっくりメッセージに目を通して、意見交換もできちゃうかも。
    出し物を用意して披露したりもしますよ☆

[参加費]
定収入ありの方400円、パートタイム(アルバイトなど)収入ありの方300円、定収入なしの方200円。
中学生、高校生、大学生、大学院生、専門学校生などはアルバイト状況などからご自身で判断くださいませ。
一部と二部合わせての参加費です。
一部で用いる敷地申請費用・材料費、二部で用いる菓子・お茶代として利用します。
余った費用はIdaho-netへ寄付いたします。

[参加連絡]
斬(ざん)
Twitter:@ZAN__
E-mail:zan1023@gmail.com

[サイト]
http://twipla.jp/events/48355
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2013年05月13日(月) 22時50分40秒

セクシュアルマイノリティの文脈におけるAlly概念の問題を考えよう

テーマ:Sexuality & Gender
性に関わるものの中でも、セクシュアルマイノリティないしクィアの文脈でアライ(Ally)という言葉が使われるようになってきました。
ざっくり言えば、シスジェンダー(トランスジェンダーではない、トランスしない、セクシュアルマジョリティとなる側)で、ヘテロセクシュアル(異性愛者)の、セクシュアルマイノリティの支援者、味方、ないし、セクシュアルマイノリティの活動を共にやっている支援者、味方ということです。


【今月のアライさん】
http://www.nhk.or.jp/heart-net/lgbt/rensai/araisan/archive.html

【ally(アライ)について】
http://ameblo.jp/sasha-aznable/entry-10667682612.html


このアライという言葉は、セクシュアルマイノリティが活動するにあたって、セクシュアルマイノリティでなくとも活動したいとする人々にとって、アイデンティファイしやすい言葉です。
つまり、何かしらの会合においてセクシュアリティの自己紹介のときに言いやすいということですね。
(今ではわざわざセクシュアリティを紹介しましょうなんてあまりないけど)。

例えば、ストレート、ノンケ、シスジェンダー、ヘテロセクシュアル、ひとまずセクシュアルマジョリティとされる人々が、他者から「なぜ活動しているのか?」といった説明を要請された場合に、代わりに一言で片付けることができます。


一方で、このアライという言葉には問題があります。

1.アライとアライでない者を区別する構造がある
 あるカテゴリーを生み出しあるいは用いたとき、そうでない補集合を生み出します。
つまり、アライを用いることによって、アライでない者の存在を作ってしまうのですね。
そこには、アライの意味が支援者であれ、味方であれ、アライでない者に「あなたたちは支援者や味方じゃなーい」と言うことになるのです。
よく言われる「アライを広めよう」は、それとして参加のハードルを高くしている自己矛盾の言葉であると言えます。

2.アライであると名乗る者とアライであると名乗らない者を区別してしまう構造がある
 それまでアライとも名乗らず活動してきた仲間たちは、アライであると名乗る人々と出会って驚くか悩みます。
「支援者とか味方とかそういうつもりじゃないしなぁ…!?」と。
「シスジェンダー・ヘテロセクシュアルでセクシュアルマイノリティの文脈で活動している者=アライ」とは絶対に言えないのですね。
今ではアライという言葉が広まりつつある「前」段階なので、区別されることが視覚化しにくいですが、将来、アライを名乗っているかどうかで区別されてしまう、あるいは、他者から勝手にアライと呼ばれてしまうという危険があります。
(これはひじょーにふゆかいです)。
これはアライという、カテゴリー化された言葉によって生じてしまっている問題です。
(なので、セクシュアリティで言えば他だっておなじ。Xジェンダーとかね)。

3.アライという支援者の意味によって対等な関係性を維持できなくなる
 「支援する」という言葉がどれほどまでに対等でない関係性へシフトしてしまっているのか、考えなくてはいけません(「味方」は置いとくとして)。
相手が支援を必要とされる存在であることを前提に、支援をするという立場をあえてとることは、マジョリティに強者の上塗りです。
(これは臨床心理とか福祉の人間ならどーしても考える内容だけど文脈がまったく異なるので引き合いはやめとく)。
ここから与えてしまう印象として、「可哀想な救われるべき人々とその支援者」となってしまうのですね。
しかし、セクシュアルマイノリティは常に「可哀想な救われるべき人々」ではありません。
「支援は必要ないのだけども」というセクシュアルマイノリティないしクィアもいます(もちろん必要な人は思いっきりいるんだけど!)。

そもそも、アライと名乗らなければ活動しえないことが懸念されることのほうが問題です。
これは他に名乗ることのできる言葉がなかったためとも言えますが、支援者・味方は行き過ぎです。(というかカテゴライズがあかん)。
一方で言い換えれば、アライという言葉は福祉の文脈として特化した言葉ないしカテゴリーと言えるでしょう。
(それが良いかどうかはさておき)。


ほかにも挙げることができると思うのですが、内容を細かく区別することが難しかったため(つまり横断的な問題ばかりということなんだけど)、とりあえずの大きな見出しで書き出してみました。


わざわざ英語のAllyをそのまま使われてきたようにひっぱってきて特別な単語ないしアイデンティファイしえる言葉として使用するのではなく、私は「仲間」でいいと思います。
「仲間」という言葉は日常的に使われる言葉であり、より自由な言葉です。
共に活動しているのであれば「仲間」でええやないか、ということですね。
そこには区別はないはずです。
しかし、誰がどのように名乗るかは自由であるはずなので、誰がアライと名乗ろうと構わないはずです。



このように、アライという言葉には問題がありますが、一方、このアライという文脈を除いた上でさらに言えば、セクシュアルマイノリティないしクィアの活動に参加している、シスジェンダーでヘテロセクシュアルの人々は、度々やりづらさを感じています。
「活動動機の説明を要請される」ことがそうです。
(他にもたんまりあるけど友人の言葉なので自粛)。
これは見ていて痛々しいです。
というのも、「説明できなければこの場に居続けることができないのか?」となるからです。
もっと言えば、「活動できる/できない」の空気を作り出します。
(それがマイノリティにとっての防御となっているということは痛いほどわかるんだけど)。
無意識にやっていることだとしたら意識してほしい事項です。
(意図があるならそれはそれで議論しないといけないけども…)。
誰かを排除してしまうことは避けたいです。


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2013年05月01日(水) 01時19分41秒

東京のレインボープライド2013参加!(+シュプレヒコールの説明)

テーマ:Sexuality & Gender
日雇極貧博浪生★斬です(魔法少女ま○か☆マ○カ風に)。

単発派遣の仕事を始めました。
学費と遠征費と、ルームシェアの共有費を稼ぐためです。
単発なのは、活動と研究の時間を、取りたい時に自由に取るためです。

なんとか学費はぎりぎり間に合い、遠征費用も間に合って、無事(というか風邪ひいてた)、東京レインボープライドに参加することができました。

私はフルートを持参し、やかにゃんのチャンゴ(太鼓)と合わせて適当に演奏しながら歩いてました。
次回は何人かメンバーを増やして、多国籍クィアバンドとしてやってみたいですね!
もちろん、セクシュアリティ、楽器・音声不問で!

演奏のことも考えながら、プラカードのことも考えてありました。
しかし、楽器を持っているぶん、プラカードを持ちながら歩くことができないので、断念…。
背中に背負えるようにしようかしら…。
プラカードの内容は前もって下のように考えてありました。
作りも持ちもしなかったぶん、勝手に叫んでみていました。

漫画家である川原泉の「~がある」シリーズによるパスティーシュです。調べてみてね。
それぞれの作品に「がある」とついているタイトルを参考に、独自に、性の多様性の面ではどのように使えるか、と考えてみました。


#川原泉があるシリーズによるパスティーシュ
1.セクシュアルマイノリティにもマイノリティがある
2.セクマイにだって博士課程浪人がある
3.クィアであろうと貧困がある
4.性的少数者にも日雇いがある
5.LGBTという表記には罠がある
6.異性愛単数関係性別二元論主義にもほどがある
7.結婚制度には裏がある
8.その差別主義には嘘がある
9.シスジェンダー・ヘテロセクシュアル・モノアモリー関係なくあるあるがある


簡単に説明したいと思います。

#川原泉があるシリーズによるパスティーシュ

1.セクシュアルマイノリティにもマイノリティがある
セクシュアルマイノリティはセクシュアルマジョリティとの対比の構造で表記・表現しえる言葉ではありますが、セクシュアルマイノリティの中にも、あるカテゴリーないし同質のまとまりの存在を前提に、さらなるマイノリティがある、という構造があります。
例えば、ゲイは多くてよく知られているものの、バイセクシュアル、パンセクシュアル、Xジェンダーやノンセクシュアル、インターセックス(ここではDSDと異なる意味として扱うことを試みます)は忘れられがち、といったことです。


2.セクマイにだって博士課程浪人がある
これは私のことです。ここでは「私が主張したいこと」として「私」を引き合いに出しましたが、博士課程浪人以外にも、様々な文化的・社会的立場にいる仲間がいることを忘れてはなりません。

3.クィアであろうと貧困がある
表記に「であろうと」でいこうか変えようか迷いましたが、このままいきました。
クィアであろうと、貧富があります。
そして、どんな属性の人たちであろうと、貧富があります。
さらに、クィアだからこそ働きづらい社会によって生じる弊害における「貧困」の問題に取り組まなくてはなりません。

4.性的少数者にも日雇いがある
これも私のことです。様々な文化的・社会的立場にいる人々がいます。

5.LGBTという表記には罠がある
LGBTとは、Lesbian、Gay、Bisexual、Transgenderの頭文字をとって表記したものです。しばしばどういった人々を指し示すかの文脈における記号として「セクシュアルマイノリティ=LGBT」の認識があります。しかし、字面で言えば、そこに表現されているのは、レズビアンとゲイとバイセクシュアルとトランスジェンダーのみです。そういった言葉で表現したくない/されたくない人々もいますし、何よりもXジェンダー、ノンセクシュアル、アセクシュアル、パンセクシュアル、ポリアモリー、ノナモリー、インターセックス、そのほかの性のあり方の人々の存在がかき消されてしまっています。また、LGBTという言葉で表現することによって、LGBTに、その他の性のあり方の人々までを含めた性のあり方すべての「代表性」を与えてしまう危険と、性の多様なあり方すべてにおける人々のそのまとまりの構造における「階層性」を強化させてしまう危険があります。すなわち、「セクシュアルマイノリティとは、レズビアンとゲイとバイセクシュアルとトランスジェンダーである」といったようにLGBTに代表させてしまう問題と、「セクシュアルマイノリティとは、『まず』レズビアンとゲイとバイセクシュアルとトランスジェンダーである」といった全体の階層を強める問題があるのです。


6.異性愛単数関係性別二元論主義にもほどがある
社会において、何が「常識」とされてしまっているか?の面で指摘し、それを主義と捉えるならば、有性愛であること、異性愛であること、単数による関係性であること、性別二元論であること、といったことが考えられました。ここでは異性愛自体が有性愛であるとして、含ませることとしました。つまり、誰かを好きになるのが普通(?)、異性を好きになるのが普通(?)、一対一で付き合うのが普通(?)、性別は男女であることが普通(?)という問題です。ただ、後から考えて、「誰かと付き合うのが普通(?)」もノナモリーとしては指摘せねばならなかったなと思いました。

7.結婚制度には裏がある
結婚制度にまつわる諸々の問題系はジェンダー論で指摘されていることですので割愛します(したい)ですが、第一に私が言いたいことは、「シングル差別をするな」、「シングルでも生きられる制度を」ということです。現在の結婚制度を肯定すれば、シングルを排除することになります。

8.その差別主義には嘘がある
差別するということは誰でもやってしまうことですが、そこを開き直り、肯定してしまうことがあります。しかし、ある差別を肯定してしまうと、ある矛盾を生み出すことになる、ということです。例えば、「誰も好きになることが無い人は差別してよい」という発言は、「誰も好きになることが無い人」を特定しているかのようですが、この発言者は後にも前にも『「誰も好きになることがない人」ではない人』であり続けることが可能であるのでしょうか。人のセクシュアリティは生涯で変わる可能性のあるものです。すでに自らを差別することになるのです。

9.シスジェンダー・ヘテロセクシュアル・モノアモリー関係なくあるあるがある
「その体験あるある」はあるカテゴリーに特化した話題のあり方のように認識されるかもしれませんが、実際は、セクシュアリティに関係なく「あるある」があると思っています。(そろそろ疲れてきた)シス・ジェンダーでも、女の子になりたかったという体験・感情はトランスジェンダーのそれとはどのように異なるのでしょうか?ヘテロセクシュアルでも、女性に魅力を感じたときのときめきはパンセクシュアルやバイセクシュアルやレズビアンのそれとはどのように異なるのでしょうか?モノアモリーでも、他方の人とデートをすることになったときに困ったことはポリアモリーのそれとはどのように異なるのでしょうか?線引きしているのは誰?そういったことです。


川原泉氏の作品はそれこそ初期はホモフォビック、トランスフォビックと指摘されてきたものですが、最近の作品での物語のキャラクターの掘り下げ方や取り上げ方は、その他の著者のホモフォビックでトランスフォビックな作品とは異なった印象であると私は感じています。(たんに、最初から今まで正直なだけのようにもかんじている)。
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