『喧嘩するほど仲がいい』って言葉ありますよね。

私と家内はよくケンカします。ほとんどが口喧嘩で、まくしたてるのは私のほうだけど。

私はこの歳(75歳)になって、やっと『喧嘩するほど仲がいい』と思えるようになりました。

もちろん、喧嘩してる最中は相手(家内)をどつき回したい気分なんですけどね。

 

先週、テレビ番組「ざわつく金曜日」で4月22日(よい夫婦の日)を前に「愛妻家だと思う有名人ランキング」で「1位を当てましょ選手権」をやっていた。

 

選ばれていた俳優や有名人はみんな美男美女が多くテレビのドラマ等で観ていると確かに愛妻家に見える。

私はそれを観ていて思った。「そんなこと分かるはずないやろ!彼らの生活を見たことも心の中もわからんのに!おまけに彼らは俳優、演技のプロなんやで。」

 

私は家内がうつ病を発症して以来、15年ぐらいになるが、家内が望むし、健康のためとおもい家内を連れて、ほとんど毎日2キロほど散歩をしてきた。擦れ合う方が「いつも仲がいいですね」と言葉をかけてくださったときは「ありがとうございます。」とか「そうでもないんですよ」とか言葉を返してました。

しかし、現実は炊事、洗濯、買い物、定期的にかかりつけのクリニックまで行かねばならんし、下の世話が大変だった。最近はだいぶ良くなったけど、最初の頃は、あちこちにウンチが付いて、それはそれは大変だった。障害者本人も大変だろけど、世話をする家族や相対者やヘルパーさん達は本当に大変だろうなと、頭が上げられない思いです。

 

 

まず、『喧嘩するほど仲がいい』というのは、どういう意味か調べました。

 

ウィキペディアには

 【喧嘩とは、個人と個人による争いの中でも、裁判に持ち込まれないもののこと。 また、喧嘩の末に、『一方的な暴力』、又は、『決闘』にと至る事件例も 人の日常で生じているが、日本国の『文化』ならば、『暴行』、並びに『決闘』は、喧嘩と区別される。】とある。

 

【『喧嘩するほど仲がいい』の意味とは? 「喧嘩するほど仲がいい」とは、「喧嘩をしても壊れない関係性であること」をいいます。 「お互いの意見がぶつかり合っても、親密な関係が保たれる」という意味のことわざです。 相手に自分のことを分かってほしくて、つい本心をぶつけてしまうこと、ありますよね。】と。

 

「喧嘩するほど仲がいい、は嘘だ」と思う方もいらしゃるかもです。「犬猿の仲」と言う言葉もありますし、「夫婦は因縁の果し合い」という言葉も存在します。

 

私が思うに、「するほど」という言葉を「喧嘩すればするほど仲が良くなる」ではなく、「喧嘩するぐらい仲がいい」とか「喧嘩できるぐらい仲がいい」と。

『喧嘩するほど仲がいい』関係になるには、それ相当の時間がかかるということですね。

 

柳生の石舟斎は「時が夫婦(めおと)にする」と言っていた。(むさし回想より)

 

「喧嘩」について綴ってきましたが、私の頭の中には「喧嘩が巨大していった結果が戦争ではないのか」というのがあり、普段から小さな喧嘩で慣れておくというか、ストレスをため過ぎないためにも時々喧嘩もあったほうがいいのではないかと思うわけです。

 

自動車事故もそうです。18歳以前から自動車を運転して57年になりますが、小さな事故はいっぱいありました。人間は失敗を経験しながら成長していくのです。出来るだけ大きな事故や大きな争いにならないためにも。

 

国と国の喧嘩も大いにやればいいのです。言いたいことを言って論争すればいいんです。

脅しあってどうするんです?殺し合ってどうするんです??

脅しあって、殺し合って、破壊しあって何もいいことがありません。

 

79年前、日本がアメリカに無条件降伏したとはいえ、現在は世界中がネットでつながり、昔とは違う世界になりました。日本がアメリカの子分でいる必要はどこにあるでしょうか?

全くありません。日本がアメリカの言いなりになって、ウクライナ支援しているのは全く馬鹿げている。国際人というのは物事を偏った見方をしないで平等に扱う人のことを言います。

 

 

 

 

 

牡丹です

 

 

 

 

 

ご訪問ありがとうございました。 (^^)/

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合(統一教会) 批判・告発へ
にほんブログ村  

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 天理教へ
にほんブログ村

 

にほんブログ村 健康ブログ 健康的な生活へ