• 09 Jul
    • 2012年にありのまま認める×EFTセッションをお受け下さったクライアントさんの現在

      先週、2012年に継続セッションをお受け下さったクライアントのTさんが、感想文を送って下さいました。 ありのまま認める×EFTは、セッションやお一人で行う短期的な取り組みが、長期的に活きることを前提に、セッションを提供しております。 頂いた感想を拝読しながら、「2012年に開始した、自分で自分をありのまま認め満たし、主体的に思考し、行動する取り組み」が、5年後の現在、どのようにTさんに根付き、活きているのかの変化が伺えて、とてもうれしく思いました。   Tさん、どうもありがとうございます。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 【セッションを受けるきっかけ】 パワハラの職場ですっかり精神的にしんどくなって退職しました。 同時に友達との間にトラブルがあり、不信感でいっぱいになり、世界中が敵と思うようになってしまいました。 今まで自分を磨くために、いろんな自己啓発を受けてきたのに、人生はいい方向どころか悪い方向に進んでしまい「まだまだわたしは勉強が足りない…」と自分を責め、ますます自己啓発セミナージプシーをするようになっていました。 けど、何をしてもうまくいかない…。 今後の人生に絶望を感じながら、「わたしの寿命はいつまでなんだろう。あと何年苦しまないといけないのだろう。早く死にたい」そう思いながら、二年ほど無職のまま引きこもっていました。 そんな時見つけた「ありのままの自分でいい」という言葉。 「絶対そんな風に思えない」「どういう意味?」と思いつつ、色々探して行き着いたのが、アイホージュの「ありのまま認めるEFT」でした。 ブログを一晩かけてほぼすべて読んだと思います。 ※現在は、非公開にしています。 ブログを読み進めていくにつれて、「このブログを書いてる人、思考の仕方がわたしにすごく似ている」と感じました。 それは、今までどんな自己啓発セミナーに行っても、本を読んでも、感じたことがない感情でした。 この人がしてくれるセッションなら大丈夫かもしれないと思い、すがる思いでメールを送りました。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 【セッションを受けてみて】 一番最初は正直「よくわからないなあ」と思いましたが、今までの「一気に人生バラ色」じゃなくて、時間かけてもいいから自分の人生を良い方向に向けていきたい、立て直したいとも思いました。 何度かセッションを受けていくにつれて、そんなことに悩んでこだわってたんだということがポロポロ出てきました。 わたしは、自分に自信がないくせに人から認められたいという気持ち(承認欲求)が強いことに気がつきました。 その原因は、幼い頃の兄から可愛がってもらえなかったという傷ついた幼い頃の自分にありました。 それが原因で大人になってからも、自信がなく、自分が人からどう見てもらえているかがとても気になっていました。 とりあえず、頑張って結果を出せば誉めてもらえる。 そのせいで、人から「すごい」と言ってもらえることが、喜びになっていきました。 更なる「すごい」をもらうために、更に頑張りました。 大人になると人から誉められる機会が減るため、更にどんどん自ら困難な道を歩むようになりました。 自分ではダメだ。 もっともっと自分ではない自分にならなくては…。 もっと変わらなきゃ…。 そんな感じで困難に挑むと同時に、自分を磨くために(自分ではない自分になるために)、いろんな自己啓発にのめり込んでいきました。 それではうまくいくはずありません。 パワハラの会社での数ある困難の中、わたしが必死に守っていたもの(ちっぽけな自尊心)がポキッと折れてしまい、引きこもりになりました。 無職になった直後は、数日何もする気が起こらず、ベッドに横たわり部屋の天井を見て過ごしていました。 そして、「ここにいれば、誰もわたしを傷つけない」と思い、外に出るのが怖くなりました。 あの時の孤独感は経験した人にしかわからないと思います。 今でも、心がキューっと締め付けられる感じがします。 今思えば、無駄に頑張っていたなあと思いますが、とにかくわたしは誉められたかったのです。 認められたかった。 でも、元々自分に自信がなく、ありのままの自分を隠して自分ではない自分になろうと頑張っていたので、うまくいくわけありません。 頑張っているのにうまくいかないので、更に自信がなくなるし、「やっぱり自分はダメなんだ。もっともっと変わらなくては!!」と自分を責めていきました。 なんで、いつもわたしはうまくいかないのか…。 ありのまま認めるEFTで自分を掘り下げてとうとう見つけた、疲れきった自分の正体。 それは、認めてほしかった人(兄)に認められなかった自分と、自分からさえも認めてもらえなかった傷つけられ続けてきた自分。 それに気づいたわたしは大泣きしました。 何度もEFTをしながら、傷ついた自分に謝りました。 時間はかかりましたし何度も何度もEFTをやりましたが、ある日朝起きたら劇的に心が軽くなりました。 自分との和解です。 30年以上の確執です。 よく和解ができたなと思うのですが、わたし自身、この不毛な生き方を終わりにしたかったのです。 この事に気づけたわたしは本当についていたと思うし、苦しんでいたわたしがありのまま認めるEFTに出会ったのは必然だったのかなと思います。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 【セッションを受けてから現在】 今は、以前のわたしからは考えられないくらい、人間関係の良い職場で働いています。 以前引きこもりになる前から、わたしは独立して仕事をしたいと思っていました。 今では、人(特に兄)から認められるためにそう思っていたのだと気づきました。 見なくてもいい夢だったのだと今では思います。 以前の伊藤さんとメールでやり取りしたときに、「独立がうまくいかなかった理由はすべて終わったときにわかる」というようなことを言われたのですが、この事なのかなあと思っています。 今は、仕事も以前ほど大変でなく、人間関係もとてもいいので、気兼ねなく素直に自分の言いたいことが言えるし、以前のわたしからは嘘のように心穏やかに毎日を生きています。 これは、ありのまま認めるEFTで自分との和解が済んだからだと思います。 今は、楽しいことがあっても辛いことがあっても、それに一喜一憂することなくそのまま自分の人生だと受け入れられています。 以前だったら、腹立つことがあったら「こんなはずじゃなかったのに!!」と怒っていましたが、今では、「巡りめぐってお互い様なんだろうな」と思えるようになりました。 それでも腹立つときは、職場で吠えてますけど(笑) わたしがイライラする時は大抵「わたしの時間が無駄遣いされた時」だとわかっているので、それは嫌だと職場の人にはっきり伝えています。 それは、自分を大事にするためにも必要な行為だと思っています。 幼い頃、兄に可愛がってもらえなかったわたしですが、両親にはとても大事にしてもらったと思います。 EFTをして、ありのまま認めることができてから、「両親がわたしを可愛がってくれたのにふさわしいくらいわたしを大事にできていなかったなあ」と気づきました。 残りの人生は、両親の愛情にふさわしいくらい自分を大事にしていきたいと思っています。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 【お金のこと】 ありのまま認められない状態の時、自分のお財布からお金がダダ漏れの状態でした。 セッションを受けている時に、伊藤さんから「ダダも漏れになっている穴を塞ぐ必要がある」と言われていました。 わたしは、満たされない自分を満たすために無意識にお金を使っていました。 昔は、毎月クレジットカードの引き落としが、10万~15万円位あったり、何度も何度もATMに行ってお金を下ろしにいってたので、お給料をもらった数日後には銀行口座の中身がスッラカンになっていました。 そんな状態なので、常にお金がないと思っていました。 自分で使っているのに、自分でコントロールできてるように思えませんでした。 今ではお金の使い方は自分でコントロールできているので、お金がダダ漏れになることなく、必要なことにはお金を使ったいるのに、お金がないと思うこともなくなりました。 この変化はとても大きいです。 お金の安心感は心の安定ももたらします。 人から見たら、「よくこんな安月給でやっていけるね」と不安に思われそうな額ですが、そんなのは関係ないのです。 もしこの先、お金がもっとほしいと思ったら、引き寄せの法則だとかに頼らずに(笑)、ありのまま認めて、新たな行動をする選択をしていけばいいのです。 自分を客観的に見られるようになったのも、自分を大事にしたいと思ったのも、ありのまま認めるEFTのおかげだと思ってます。 アイホージュには、感謝の気持ちしかありません。 あの時、アイホージュに出会わなかったら、伊藤さんのブログを読まなかったら、ありのまま認めるEFTを受けなかったら、今頃わたしはどういう状態でどこをさ迷っていたでしょう。 そう思うととても怖いです。 わたしの今のような心のありようになれれば、世の中の人はみんな幸せになれるのではないかと思います。 ありのまま認めるEFTをたくさんの人に知ってもらって、たくさんの人に幸せになってもらいたいと願っています。      

  • 02 Jul
    • 願ったことが実現する基準を知りたいと思った時の事 ~望みの実現は、疑問と答えと実行が1セット~

      ありのまま認める×EFTの足掛け8年に渡る取り組みは ●2009年~2010年 ●2011年~2013年春 ●2013年春~2015年秋 ●2015年秋~2016年春 ●2016年春~2016年末 ●2017年~ といった具合にそれぞれ「テーマ」があり、流れが違います。 もっとも、「テーマ」があったと気づいたのも、流れが変わっていたことも、「テーマ」から「テーマ」へと繋がりがあると気づいたのも、2016年の春から2017年にかけての話です。 2016年の春。 2013年~2015年秋~2016年春までの、ちょうど3年間の時間の流れが終わったと感じていた頃のことです。 それまで、私は ・望み ・疑問 ・答え ・行動 と言った具合に、それぞれ全く別物のように捉えていたことを、初めて意識しました。   何故かというと、ありのまま認める×EFTの取り組みを通じて、私の中では、望みの実現は、疑問と答えと実行が1セット になっていたからなのです。   自分は~したい。 どうしたら、行きたい所へ行けるのだろう。 これをやる必要がある! 実行する!   実体験が先行した状態で、知識が旧型のままになっていたと気付いて、実体験と新しい知識が自分の中で合致した と表現したら、何となくイメージがつかめるでしょうか。 私は、沢山の疑問を抱いていました。 色々な情報を経ても、決して行けなかった所へ、何故かわからないけれど、自分で自分をありのまま認め満たしたら、行けた。 どうしていけたのだろう。 なぜこれまで、行けなかったのだろう。 何が、起きていたのだろう。 それを知りたい。   また、自分の変化が面白かったから、自分で自分をありのまま認め満たす、この先に何があるのかを見てみたい。 「何故、自分で自分をありのまま認め満たすことが、変化に繋がるのか」を「経験や実感」だけではなく「知識・言葉」としても知りたい。 クライアントさん達からも、たくさんの質問を頂くので、クライアントさんが納得して取り組みを続けたり、行動したりできるように説明したい。 サロンを立ち上げるにあたっての7か月間、1人でひたすらEFTに取り組んでいた私ですが、 クライアントさん達へセッションを開始してからしばらくたって、1人で取り組んでいた時には、意識することのなかった疑問が生じてきました。 「クライアントさん達は、皆、生まれた時代も場所も、育った環境も、入った学校も、勤務先も、結婚・子供の有無も、現在生じている問題も、異なるのに皆の訴えが、同じに聞こえる。何故なんだろう。何が起きているのか知りたい。」 私は、自分の取り組みやクライアントさんとのセッションを通じて「経験や実感」を「言語化して知識化」「体系化」する作業をしていました。 「言語化して知識化」するにあたってやっていたのは、過去の自分やクライアントさん達の、セッション前・中・後の視点・思考・言動・得た結果・その後といった動きを細部も含めて、言語化するということです。   ※細部の言語化については、ホームページのアイホージュのあれこれに書いたので、詳しくはこちらをご覧ください。 細部の動きを言語化してから、クライアントさん達の躓きが生じる動きと、ありのまま認める×EFTの立て直しの動きを繋ぎ合わせて、全体図を見た時、2つのことに気づきました。 それは、クライアントさん達に表面上生じている問題はそれぞれ違うし、皆、それぞれ別の言葉で表現しているけれど ・皆、同じ所で躓いて、同じようなことを訴えている (本質・特性を自ら抑え込んだ状態で、うまくいかないと訴えている)ということ。 そして ・大人の人生とは、大人として生きるとは、自分の本質・特性を発揮し、発展し続ける為に、自分の視点・思考・感情・選択・言動・得た結果といった「欲」をありのまま認め満たすことの連続であり、積み重ねである ということ。 今、ありのまま認める×EFTでは、「問題解決のプロセス」として、本質・特性を、知らず知らずのうちに、自ら抑え込むことを良かれと思い込んで実行した結果、「うまくいかない」と訴えるクライアントさん達が、本質・特性を発揮できるようにする為の取り組みを提供しています。 何故、自分で自分をありのまま認め満たすことが、変化に繋がるのか。 自分の変化が面白かったから、自分で自分をありのまま認め満たす、この先に何があるのかを見てみたい。 望みや実現したいことがあるから、疑問が生じる。 疑問を1つずつ解いて、望みに近づき、望みに到達する。 到達先で、新たな疑問が生じる。 望みや実現したいことがあるから、疑問が生じる。 疑問を1つずつ解いて、望みに近づき、望みに到達する。 私は、1つずつ、1つずつ積み重ねをしながら、この先に何があるのかをひたすら追い求め続けて、2015年の秋に「この先」に辿り着きました。   「この先」にあったものを、今後実行して、また次の「この先」に行くにあたって、私の躓きがどこにあるのかを改めて確認する取り組みを、2015年秋~2016年春にやっていました。 2016年の春に、ここに至るまでの流れを振り返って、思い出したことがあります。 交通事故に遭った時、私は「いつ、この状況が、どのように終わるのか前もって知りたい。そうしたら、今から準備しておけるのに。」と思っていました。 被害者の立場を終える為の取り組みをしていた時も、同じような事を思っていました。 でも、実際に、被害者の立場を終えた時、「いつ終わるのか、何が起きるのか、前もって知らなくて良かった。」と思いました。 仮に、誰かが私の未来を予言したとして 「これが終わるのは、●年後です。 その後、あなたはアイホージュという名のサロンを立ち上げます」 と言われたとしたら、あの頃の私は、誰かの予言に従い、●年後まで、何もせずに、被害者の立場を終えて、サロンが立ち上がることをずっと待っていただろうと思ったからです。   そして、迎えた●年後。 「何も変わらない現状(というより問題が悪化したと思う)」に対して「どうして、何も変わらないのだろう」という疑問を抱いたのではないかと思います。   ぼんやりと、あの頃のことを思い出しつつ、いつ、どんなことが起きるのか、何も知らなかったから、私は、2009年から2016年に至るまで「この先」を追い求め続けられたのだと改めて思いました。 もし、2009年の段階で、この先に何が起きるのかを、予め全部知らされていたとしたら、私は、完全に足がすくんでしまって、やる前に放棄した挙句「結局、私って、何をやってもダメなんだ」と言っているであろう姿が、容易に目に浮かぶのです。   納得を追い求め、夢中になって取り組みを続けていましたが、同時に、ここまでよく堪えたなあと思った時、ふと頭の中に「楽しむ」という言葉が浮かびました。   「楽しむ」って何を? そもそも「楽しむ」という感覚が、よくわからないのですが。   「楽しむ」が何を意味しているのかも、これが新しいテーマの始まりであることも、当時の私は気づいていません。   2017年から始まるテーマに向かって、私は、この先に進むために必要な、持ち物を確認する時間帯に入ります。   次回に続きます。

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  • 27 Jun
  • 24 Jun
    • 願ったことが実現する基準を知りたいと思った時のこと ~叶わなくて良い願いがある その2~

      2009年のことを今振り返ってみて、改めて思うのです。 ●叶わなくて良い願いがある ●何故なら、それ以上に「自分に合った・自分の為になる・最善の」何かが、あるから。 ●ただし、何故そうだったのかがわかるのは、全て終わった後。最中にはわからない。   財力がないというのは、好ましくない状況と思うかもしれません。   ですが、実の所、財力がないことが ・ありのまま認める×EFTを使い、アイホージュを立ち上げる という流れになり、この流れが物販がダメになった時 ・アイホージュを立ち上げるにあたって、ひたすら使って納得したEFTの内容を提供する へと繋がっているのです。   当時の私に必要だったのは、ありのまま認める×EFTを使って、自分を立て直すプロセスを知り、身に付けることが、時間・労力・お金・人間関係・自信といった、あらゆる財に繋がるというのを身をもって知ることでした。 私は ・納得して、事故の被害者の立場を終えたい ・アイホージュを立ち上げたい ・(自分の変化が面白かったから)自分で自分をありのまま認め満たす、この先を見て見たい の3つの異なる思いに伴っていた感覚が同じだったことで、この感覚を羅針盤にして、セットアップフレーズやリマインダー(EFTで使う言葉)を作ったり、物事を進めたりしていました。 アイホージュの立ち上げに関しては、誰に相談するでもなく、1人で取り組んでいました。 (必要だと判断したことは事前に周囲に話して、同意を得ていました。) 財力がなかったので、私のお供は「EFT」だけでした。 実は、1人で取り組んだことが「自分で自分をありのまま認め満たす(自己充足して、自分を立て直した後に、主体的に動く)」へと繋がっています。 財力あるなしに関係なく、生まれてからその時点に至る迄の間に身に付けた知識・経験・特性といったものを総動員し、自己充足しつつ、主体的にやると決めたことを1つずつ実行しながら ・躓きに気づく ・視点・思考・言動のコントロールを学ぶ ・0から1の状態を作る ・実りを得る ・1の状態に、得た実り1を次に繋げて、2,3,4とさらなる実りを得る というプロセスを積み重ねていました。   最初の頃、プロセスは「怖くて、きつくて、不安で、面倒と感じるもの」でした。 当時、時間だけはあったので、「怖くて、きつくて、不安で、面倒と感じるもの」とか「出来ないと思うこと」等は、出てくる度にEFTの手法を使い、ひたすらありのまま認め満たして、折り合いをつけ、自分を立て直してから、やる必要のあることを1つずつやっていました。 「怖くて、きつくて、不安で、面倒と感じるもの」とか「出来ないと思うこと」等は、ありのまま認め満たしたら、自分の立て直しに繋がるということを不思議に思うと共に、その自然な流れは「何かあっても、認め満たしたら良いんだ」という楽観へと繋がっていったのです。 また、EFTを通じて、私は「出来事そのもの」ではなく、「出来事に対する、自分の視点・思考・感情・言動」といったものに意識を向けるようになりました。 これにより、出来事は出来事に過ぎず、それに付随する自分の視点・思考・感情・言動が(子供仕様)なのか(大人仕様)なのかによって、同じ出来事なのに全く異なって見えるし、対応も全く異なることに気づきました。 EFTは、感情解放テクニックと呼ばれています。 いわゆるネガティブと呼ばれる感情をなくしたり、減らしたりして、落ち着いたり、ラクになったりすることを目的として行われることが多いかもしれません。 ありのまま認める×EFTでは、感情解放を利用した「自分の問題を、自分で解決できるようになる為の取り組み」(=本質・特性を活かせない(子供仕様)の対応から、本質・特性を活かす(大人仕様の対応へ立て直す)を行っています。 何故かというと、仮に「いわゆるネガティブと呼ばれる感情をなくしたり、減らしたりして、落ち着いたり、ラクになったりしたとしても、そこで終わったとしたら、現状は何も変わらないからです。 私の場合で言えば「怖くて、きつくて、不安で、面倒と感じるもの」とか「出来ないと思うこと」等を、出てくる度に、EFTの手法を使い、ひたすらありのまま認め満たして折り合いをつけられたとしても、そこで止まったら、いつまでたってもサロンは立ち上がりません。 実は「子供仕様」の視点・思考状態では、感情解放をした後に、「この先、何かが変わりそうだ」といった高揚感、期待感または「ほっとした、ラクになった」といった安堵感によって、そこで止まってしまう可能性がとても高いのです。 「ほっとした、ラクになった」ことで、悩まなくなったと思うかもしれませんが、実際は、必要な手を打てないので、問題の先延ばしが生じます。 財力がなく、後戻りも、現状維持もしている場合ではなかった私は、とにかく前に物事を進めなくてはならない状態にありました。   その為、EFTは感情解放止まりではなく、「問題の先延ばしを阻止して、必要なことに着手する為の取り組みへと繋げるもの」へと進化したのです。 立ち上げから、ずいぶん後の話になるのですが、ありのまま認める×EFTを使い、問題への対応方法を「子供仕様」から「大人対応」へ立て直しながら「本質・特性を抑え込んだ状態」から「本質・特性が活かせる状態」にする積み重ねをしているうちに、躓きは、ありのまま認め満たすことで、土台や持ち味へと昇華する と気づいたことがありました。 これは、私にとって、すごく嬉しいことでした。 何故なら、私は「躓き(とか悔しさとか)をバネにして頑張る」といったことができなかったからなのです。 大きく躓いたと感じた時、何とかしようとしても、そういったものが全く活きませんでした。 仮に「躓きをバネにして頑張る」のだとしたら私は、それがなければ頑張れなくなりますし、躓きを躓きのまま、いつまでも握りしめることになるとも思うのですが、それ以前に、私の人生は大きく躓く前からずっと躓きが多いと感じるものだったので、躓き(とか悔しさとか)は、自分を責める材料になれど、バネになることはありませんでした。 (恐らく、躓き(とか悔しさとか)をバネにできるのは、所謂「できる」タイプの方なのではないかと思います) ありのまま認める×EFTでの取り組みを通じて、私にとっては「躓き」と「頑張る」は全く別のことであり、一緒くたにする必要のないものだとも気づき、自分に合った方法を使って生きるって大事だと実感したのです。 さて。 今年(2017年)に入って、気づいたことがあります。 「躓きは、ありのまま認め満たすことで、土台や持ち味へと昇華する」と書きましたが、以前は「躓き」と捉えていたことで、見えていなかったものが見えてきました。 2016年の春から、私は、「過去を振り返り、過去と現在を繋げる」作業をしています。 (これについては改めて書きますが、「特性」を明らかにする作業をしていたのです) 「ありのまま認める×EFT」を始めたのは2009年ですが、「子供仕様」から「大人対応」へ立て直しながら「本質・特性を抑え込んだ状態」から「本質・特性が活かせる状態」にする為の取り組みは、小学校高学年の頃から始まっていたのです。 私には漠然とした「生きる上での謎」というのがありました。 それを解く為に、私は、自分の納得を求めて、時間をかけて、ものすごく緩やかに、確実に歩を進めていたのです。 「生きる上での謎」を意識し始めたのは、中学生の頃です。 ただこれは、言葉ではなく感覚で生じていました。 例えるなら、焦燥感のようなものです。 この感覚が自分の中で生じる度に「もっと他に方法があるのではないか」という思いが湧きました。 私にとって、生きる上での謎を解いた上で、納得して生きる事は、人生の最優先事項でした。 それが出来なければ、私は恐らく、その場を何となく凌ぎながら、糠に釘、砂上の楼閣といった感じに生きるだろう。 漠然とそんなことを思っていたのですが、何分、感覚止まりだった為、色々なことにチャレンジしては、これじゃない、あれじゃないといった感じになっていました。 そういったことをしているうちに、私は、大きく躓いたことをきっかけに、EFTに出会うのですが、そこで「体感と言葉は連動している」という経験をしたことが、後に焦燥感のようなものを言語化する機会へと繋がっていったのです。 アイホージュを立ち上げた頃のことを振り返り、「EFTを提供したくないのに、財力がない為に、そうせざるを得ない状態」になったことを思い出しながら 人生丸ごと使って取り組んで来て、実現した「謎解き」だったのか。 それじゃあ、物販に固執している場合じゃないよね。 と思い、人生の絶妙さを改めて感じたのでした。   次回に続きます。

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  • 16 Jun
    • 願った事が実現する基準を知りたいと思った時のこと【3】~叶わなくて良い願いがある~

      2009年に、アイホージュを立ち上げるにあたって、 ●叶わなくて良い願いがある ●何故なら、それ以上に「自分に合った・自分の為になる・最善の」何かが、あるから。 ●ただし、何故そうだったのかがわかるのは、全て終わった後。最中にはわからない。 という経験をしたことがあります。 アイホージュを立ち上げるにあたって、推拿を提供することは最初から決めていました。 ただ、リラクゼーションが飽和状態になりつつあると感じていたので、推拿の他にもう1つ何かサービスが必要だと思ったのです。 そこで、物販をしようと考えました。 物販の候補に挙がったものは、私が普段から好んで使っているものです。 勝手知っていた事もあり、これだと思いました。 我ながらすごく良いアイデアだと思ったし、少しワクワクしました。 ただ、問題がありました。 当時の私には、財力がありませんでした。 追突事故に遭ってからの2年半は、後遺症の関係で働かずに休んでいた為、蓄えが底を尽きかけていたのです。 新規立ち上げで、先の見通しが立たない所へ、使用期限のある商品を在庫として持つなんて無謀過ぎる。 物販は、断念せざるを得なくなりました。 でも、推拿1本で行くことは、どうしても考えれられませんでした。   そこで ●可能な限り、立ち上げ時のリスクを抑える事 ●今の自分が、納得している内容を提供できる事 と考えた時、EFTが浮上しました。 ところが 「いやじゃーーーー。 思考や感情を手入れしてサロンを立ち上げたなんて言って、怪しいって思われるの絶対にいやじゃーーーーーー」 という強い抵抗が出てきました。 自分の中から、EFTを提供することに対してのゴーサインが、どうやっても出ないのです。 だったら、止めたら良いじゃない。 それで済む話です。 以前の私だったら、とっくに諦めている所ですが、この時の私には、止めると言う選択がありませんでした。 そう思う背景が、私にはあったのです。 私は、過失のない状態で事故に遭って後遺症が生じたので、事故に遭ってからの2年半の間、ずっと納得して被害者の立場を終わりたいという思いを抱いていました。 納得できなければ、恐らく私は、この事故をずっと引きずるだろう。 「事故に遭ったから、●●が出来ない」といったことを言うだろう。 ここに至るまでの人生を振り返り、ぼんやりとそんなことを思っていた私は、納得できずに終わることを何とか回避したかったのです。 でも、どうやったら納得が得られるのかは、わかりませんでした。 そこで私は、納得を得る事を目的に、助っ人を探し出し、助っ人のアドバイスに沿って、地道な作業を積み重ねていました。 物事が確実に終りに近づいた頃、どうやっても、納得できないと思うことが起きました。 少し時間をかけて、色々と足掻いた結果、私は、自分を曲げるのでもなく、抑えるのでもなく、周囲に対し尊大になるのでもなく、一方的になるのでもなく、最終的に心からの納得を得ることが出来たのです。 (だいぶ後に気づいたのですが、この体験を通じて、私は、ありのまま認める×EFTの2つの基盤を得たのです。) 納得を得て、満足して迎えた、被害者の立場を終える日の朝。   ふと、サロンを立ち上げたいと思ったのです。   その時、私は、いつものように「無理だって」と抑え込もうとしたのですが ・納得して被害者の立場を終わりたい ・サロンを立ち上げたい という感覚が、一緒だと気付きました。 自分の納得いく感覚をどこまでも追い求めたら、サロンを立ち上げられるかもしれない。 これが、アイホージュを立ち上げると決めたきっかけです。 そこからしばらくして、私は「サロンを立ち上げると決めたけれど、やっぱり出来ないと思う自分」にひたすらEFTをし続けました。 その過程で出てきたのが、「提供するサービス内容について」だったのです。 そこで私は「怪しいと思われるからEFTを提供するのが嫌だと思う自分」にひたすらEFTを使いました。 ひたすら認め満たすうちに、私の中に、ある思いが浮かびました。 「私が使った方法を、世の中の誰かが探しているのかもしれない」 以前のブログに書きましたが、私の中には沢山の疑問がありました。 そんな中、何故、自分で自分をありのまま満たすことが、変化に繋がったのかが全くわかりませんでした。 自分の変化が面白かったから、自分で自分をありのまま認め満たす、この先を見て見たい。 そう思ったことで、自分の譲れない境界線と、必要な対応を決めた上で、EFTの提供を決めて、開始したのです。 私は、サロンの立ち上げとEFTの提供を決めるにあたって、EFTを使いながら、知らず知らずのうちに「現在地」から「望む目的地」の間にある、ギャップを1つずつ埋める作業をしていました。 望む目的地についたからといって、それが終わりではありません。 以前「望む目的地」だった場所が「現在地」となった状態で「次の望む目的地」までのギャップを、自分で自分をありのまま認め満たす事で、埋める。 その積み重ねを今に至る迄、ずっとしてきました。   私が「叶わなくて良い望みがある」という情報を得たのは、ちょうど事故の被害者の立場を終える直前のことです。 この情報を読んで、私は、事故に遭ってからの2年を振り返って、確かにその通りだと思っていました。 でも、物販がダメになった時。 頭で「叶わなくて良い望みがある」とわかっていても、そうは思えませんでした。 実感が持てないまま「いつか、これが、叶わなくて良い望みだということを、わかるのかもしれない。」と思ったのかどうかは、記憶にありません。 2015年の秋から2016年の春にかけて、私は、ホームーページの書き直しをしていました。 その時、経歴や記事を書く為に、過去を振り返っていたのですが、ふと、もし、あの時「物販」が叶っていたら、どうだったのだろうと思いました。 私は、当時販売したいと考えていた商品を、今でも愛用しています。 現在、この商品は、日本で購入するよりも半分以下の金額で、海外のサイトから簡単に購入できるようになっています。 もちろん、実際に販売していたとしたら得られる経験が、沢山あったと思うのです。   でも、時間がだいぶ経過した状態で振り返ると、私があの商品を販売する由が、どこにも見当たらないのです。 「叶わなくて良い願いがある」 これは、クライアントさん達とのセッションでも、よくある話です。 ありのまま認める×EFTを使い、クライアントさんの日常の生活で生じる、様々な問題は 本質・特性を活かさないように、クライアントさんが自らを抑え込むことによって発生している (=問題への対応方法が、子供の時のままである)と書いてきました。 この立て直しの過程で ・目の前の、チャンスに見えるような機会 ・喉から手が出るほど、手に入れたい何か ・欲しいものが目の前に来ていて、それを手に入れられそうな、ちょっとしたワクワク感や高揚感 といった話が、クライアントさんから出てくる時があります。 そういう時、私は、ここに至るまでのクライアントさんとの取り組みや、望む目的地といったものを、急いで一通り振り返り、これらが ・叶わなくて良い願い ・叶える必要のある願い どちらなのかを考えます。 こういう場合、大抵は ・叶わなくて良い願い であることがほとんどなのですが、実際に物事が展開するまでは、はっきりと言い切ることもできないのです。 なので、クライアントさんが、どちらの状態になったとしても、大丈夫なよう、事前に準備をしています。 次回は、 ありのまま認める×EFTにおける ・叶わなくて良い願い ・叶える必要のある願い の違いは、どこにあったのか。 物販したいという思いが実現しないことが、私にとって、叶わなくて良い願いだった理由 について、書いていきます。  

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  • 08 Jun
    • 願ったことが実現する基準を知りたいと思った時のこと【2】

      前回のブログで、私は、ありのまま認める×EFTに取り組む以前、大きく躓いたと感じた時期があると書きました。 その頃、私は色々な問題と感じることを抱えていました。 現状を何とかしたいと思い、様々情報を集めるけれど、それらを「過去や現在の躓きを立て直す」ことに、どうやっても繋げられないと感じていました。 集めた色々な情報の中に、いわゆる「引き寄せの法則」と呼ばれるものがあります。 大まかな感じで、 1・何を実現したいのかを明らかにする 2・望んだことが実現するのを信じて疑わず、願った後は、何もしないで待つ 3・実現するのを待っている間、望んだことが叶ったように振る舞う 4・実現するのを信じて疑わないようポジティブに振る舞う 5・実現しないのではないかと疑ったり、ネガティブなことを一切考えないようにする といった内容だと記憶しているのですが、これを読んだり、聞いたりした時に、必ず生じる思いがありました。 2・望んだことが実現するのを信じて疑わず、願った後は、何もしないで待つ 必要な行動もせずに、ただ願っただけで実現するってこと? これは、一体、どういうことだろう? それに 3・実現するのを待っている間、望んだことが叶ったように振る舞う 4・実現するのを信じて疑わないようポジティブに振る舞う 5・実現しないのではないかと疑ったり、ネガティブなことを一切考えないようにする なんてムリですわ。 そもそも 1・何を実現したいのかを明らかにする なんて、今の状況はどう考えても嫌なのだけれど、具体的に、何をしたいのか、どうしていいのかわかりません! といったことを思っていました。 今日は、私の中に生じていた疑問 2・望んだことが実現するのを信じて疑わず、願った後は、何もしないで待つ 必要な行動もせずに、ただ願っただけで実現するってこと? これは、一体、どういうことだろう? について書きます。 大きく躓いた時期。 私は、ある事ですごく困っていました。 どうしようもなくて、でも、何とかなることを願ったら、1週間位の期間内で望んだことが実現したのです。 すごく安堵しました。 ここから約半年が経った頃、私は、同じような状況になり、困っていました。 でもこの時、前回、望んだことが実現した方法を使えば良いとは、どうしても思えませんでした。 何故かというと、1回目と2回目は、同じような問題ではあったのだけれど「条件」が異なっていたからです。 1回目の望みが実現したのは、遡ること3か月。 とある事が実現するのを求めて、私は地道な作業を積み重ね、作業内容をとある機関に提出していました。 私が求めていた結果が得られるのかどうかは、最終的に第三者にかかっています。   なので、私が出来るのは「望む結果を得ることに的を当てた、必要かつ地道な作業の積み重ねをして提出する」まででした。 その結果が、上記で記した「願って1週間の期限内」のタイミングで来た為、「困ったと感じる状況」から抜けられたのです。 なので、2回目に同じようなことで困った私は、1回目のやり方では無理だと思いました。 実際の所、身近な人にお願いをして、「困ったと感じる状況」から一時的に抜けられたのです。 私は、すごく安堵しました。 このような事を経て 2・望んだことが実現するのを信じて疑わず、願った後は、何もしないで待つ という内容に対し、 必要な行動もせずに、ただ願っただけで実現するってこと? これは、一体、どういうことだろう? という思いを抱いたのです。 話は、2016年の春へと飛びます。 ありのまま認める×EFTの2013年からの取り組みが、ちょうど3年で終わったと気付いた時のことです。 この3年間、最中には全くわからなかった、物事や流れが、何故そうだったのかが、少しずつ見えてきていたのですが、その際に、「あ、引き寄せって、もしかして、こういうことを指すのではないか。」と思いました。 それと同時に 「子供仕様」の視点・思考状態と 「大人仕様」の視点・思考状態では 同じ「引き寄せの法則」と表現していても、1~5の内容について、捉え方、考え方、実現の仕方がまるで違うということにも、気付いたのです。 ●「子供仕様」の場合は、「自分の人生は誰かや何か次第」 (自分が動かなくても周りの誰かが動いてくれたり、何かを与えてくれる) ●「大人仕様」の場合は、「自分の人生は自分次第」 (自分が動く必要がある。周りの誰かに動いてもらうにしても、その前に、自分から動く必要がある。) という違いがあります、 なので、捉え方、考え方、実現の仕方がまるで違うのは当然なのですが、得られる結果も当然違うのです。 この記事を書く為に、あの頃の自分を振り返って、改めて意識したことがあります。 それは、 1回目に、望んだことがタイミングよく実現した 2回目にその場を一時的に何とかすることが出来た。 でも、私の問題は何も解決していなかった(解決どころか問題が大きくなっている)ということです。 実は、私はその後、3回目、4回目と「同じような問題」を起こしました。 同じような問題を何度も起こし、その度、 ・望んだことをタイミングよく実現することを願う ・一時的に何とかして、その場を凌いで終わる ことが、本当に、自分にとって「良い」のか。 「引き寄せ」なのか。 今の私は、NOと答えます。 あの頃の私に本当に必要なのは、同じような問題を引き起こす、「大人なのに子供仕様に合わせた視点・思考・行動の癖」に手をかけて、物事への対応方法を「子供仕様」から「大人仕様」へと立て直すことです。 「大人には大人の引き寄せがある」ということで、次回に続きます。

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  • 05 Jun
    • 願ったことが実現する基準を知りたいと思った時のこと

      私には、EFTに取り組む以前に、大きく躓いたと感じていた時期があります。 この頃、現状を何とかしたいと考え、色々情報を探した結果「現在の躓きは、過去に問題がある」といった内容にたどり着きました。 思い当たる節がいくつもあった私は、もしそうだとした場合、今、具体的に何をしたらいいのだろうと思いました。   ところが、肝心な「何をしたらいいのか」が、具体的に記されていないのです。 過去の問題で、現在が躓くなら、この先もずっと躓くということ? 今更、過去に戻って、人生をやり直すことも出来ないし、かといって今のままで良いとは思えない。 じゃあ、どうしたらよいのだろう。 色々情報を探しても、自信を持つ・ポジティブになる・感謝する・笑顔になる・自分を責めない・何でも興味を持ってやってみるとか、当時の私にとっては、上っ面を装うと感じる方法か、「ありのまま認めたら良い」といった、抽象的と感じる内容に行き着くことが多かったです。 私は、集めた色々な情報を「過去や現在の躓きを立て直す」ことに、どうやって結び付けたらいいのかがわかりませんでした。   色々集めた情報を、全て身に付けて、実行できるようにならなければ、過去や現在の躓きを立て直せないのだろうかと思いました。   だとしたら、やることが多すぎる。 全部できるようになんて、無理だと思いました。   その他、このようなことも思っていました。   生きる上で、沢山のテクニックとか、心理学とか、そういったものを身に着けていなければ、人間がもともと持ち合わせている力って、活かせないのだろうか。 もっと、別の、頭も心も合致した状態で、自然で、現実的で、心から納得のいくやり方ってないのだろうか。 「もともと持ち合わせている力を発揮する方法」といった、人間の取り扱い説明書のようなものがあるとしたら、どんなものだろうか。   また、私は「ドン底でした」「人生が変わりました」と謳っている方達の「ドン底」と「変わりました」の「間」に何があるのかを、具体的に知りたいとも思っていました。 「間」に何があるのかがわかれば、現状を変えられるのではないかと思ったのです。 躓きが生じていた当時は、私の求める情報に辿り着くことはありませんでした。   ですが、後に、EFTを通じて、自分の中に生じる、いわゆるネガティブと呼ばれる思いや感情といったものをありのまま認め満たすことによって、7年かけても立ち上げられなかったアイホージュを7か月で立ち上げました。 何故、自分で自分をありのまま認め満たすことが、サロンの立ち上げに繋がるのかが全くわからなかった私は、「ありのまま認め満たすこの先を見て見たい」と思い、その流れで、EFTのセッションを提供するようになりました。 2009年から2017年の現在に至るまでの8年間、「(本質・特性を活かせない状態から、活かす状態へと自分を立て直す為に)自分で自分をありのまま認め満たす」取り組みを通じて ・「物事や流れが、何故そうだったのかは、後になってわかることであり、最中にはわからない   ・一時的にきついと感じる流れになったとしても、本質・特性を活かす選択をしている限り、あの時、あの選択をしてよかったと自分の中でわかる時が来る ということを実感する機会が、私にはたくさんありました。 現在、セッションで提供している、問題解決の方法を編み出す過程で、色々と過去を振り返っていたのですが、ある時、過去に抱いていた沢山の疑問を全て解いていたことに気づいたのです。 つまり、願っていたことが実現していたのです。 それに気づいた時、このような事を思いました。   「あの時、私は、確かに疑問を抱いていたし、なぜそうなのかを知りたいと思った。 でも、感覚的には、何が何でも知りたい!!といった、強い思いではなかったんだけれど・・。 私の中の、願ったことが実現する基準って、一体、何なのだろう。」   次回に続きます。  

  • 04 Jun
    • 色々頑張ってもうまくいかない~「子供仕様」の対応方法を使っていませんか?~

      ありのまま認める×EFTでは、問題を解決していく(本質や特性を抑え込んだ状態から、活かす状態へと立て直す)にあたって、ロジックや解法があり、これらに沿って言葉を組み立てて、EFTをしています。 8年に渡り、「自分で自分をありのまま認め満たす」ことをしつこく追究してきた私ですが、いまだに発見の連続で、日々、物事が繋がっていく面白さを味わっています。 少し前のブログに、対人・コミュニケーショントラブル、仕事、子育て、お金、自己否定といった「問題」は、それぞれ別の問題として捉えられがちだけれど、実は、共通していることがあると書きました。 それは、日々の生活で生じる様々な問題は、本質・特性を活かさないように、クライアントさんが自らを抑え込むことによって発生している(=問題への対応方法が、子供の時のままである) ということです。 なので、ありのまま認める×EFTでは、本質や特性を抑え込んだ状態から、活かす状態へと立て直す(=問題への対応方法を子供仕様から大人仕様に立て直す)ことによって、対人・コミュニケーショントラブル、仕事、子育て、お金、自己否定といった問題に対応しています。 問題の対応方法を、「子供仕様」から「大人仕様」へと立て直すと、子供仕様の対応のままでは見る事の出来なかった景色があなたの目の前に広がります。   子供には難しくて出来ないことを、大人は簡単にやってのけるというのは、よくあることです。 子供仕様の対応方法を使っていた時は、対人・コミュニケーショントラブル、仕事、子育て、お金、自己否定といった、それぞれ「別」と捉えていた問題が、「大人仕様」の対応方法を使うと、実は全て繋がっていているのだと気付くと思います。 例えば、コミュニケーショントラブルに手をかけた場合。 仕事・子育て・お金・自己否定といった他の問題に手をかけたも同然なのです。   短期的な取り組み(本質や特性を抑え込んだ「子供仕様」から、活かす状態「大人仕様」へと立て直す)を、長期的に積み重ねることで、人生の質も流れも、全く違ってきます。   でも、実際に立て直しをやってみると、最初のうちは、「大人仕様」を面倒くさいと思うことが多いかもしれません。   面倒くさいと思うのには、理由があるのです。   ●「子供仕様」の場合は、「自分の人生は誰かや何か次第」 (自分が動かなくても周りの誰かが動いてくれたり、何かを与えてくれる)   ●「大人仕様」の場合は、「自分の人生は自分次第」 (自分が動く必要がある。周りの誰かに動いてもらうにしても、その前に、自分から動く必要がある。)   といった具合に「周りが動く」から「自分が動く」にシフトする必要があるから、面倒だと感じるのです。   ただ、面倒に感じても、大人は大人仕様にする必要があります。   子供仕様のままで大人になった場合、人生は周囲の誰かや運次第で、自分にはどうすることも出来ないと感じます。 これは、「自分がどうしたいのかよりも、親や大人の意見などで自分の物事が決まることで、自分の非力さを感じる、大人の庇護にある時期の子供」をイメージするとわかりやすいと思います。 では、反対に、庇護にある子が、自分がどうしたいのか、何が欲しいのか、全て周囲の大人がわかってくれ、聞き入れてくれ、与えてくれ、何もかも思い通りになる子供時代を過ごせたら大人仕様になるのかというと、そうではないのです。 こちらも、大人になるにつれて「人生は周囲や運次第で、自分にはどうすることも出来ない」という状態に陥ります。 どちらにも共通しているのは、「人生は、周囲の誰かや何や運次第」   子供は勝手に大きくなると言いますが、8年EFTを続けてみて、そうではないと私は感じています。   「自分の人生は誰かや何か次第」から「自分の人生は自分次第」へ移行することは子一人ではできない為、大人の意識的な働きかけが絶対に必要です。   それがなければ、見た目は大人に成長したとしても、物事への対応方法が「人生は、周囲の誰かや何や運次第」に留まります。   物事への対応方法を「子供仕様」のままにした状態で成長すると、問題が発生した際に、自覚なしに   ・自分からは何もしなくても、周りが私の思い通りに動いてくれたり、欲しいものを与えてくれたりするのが当然なのに、どうしてそうしてくれないの?」   ・(〇を貰う為のテクニックや情報を集めて、それに従って)周りから〇を貰える自分になりさえすれば、周りが私の思い通りに動いてくれたり、欲しいものをあたえてくれたりするはずなのに、どうしてそうしてくれないの?   という動きをもって、様々なトラブルを自ら引き起こしていきます。   様々なトラブルが起きると、その後始末として、現状を変える為の方法(問題の解決方法)が必要になります。   「子供仕様」の場合は 前回のブログ記事に書いた 「〇を貰う為のテクニックや情報を集めて、それに従う」という方法を使います。   「〇を貰う為のテクニックや情報を集めて、それに従う」とは、具体的に例を挙げると「●●すれば、愛もお金も、仕事も人生も、何もかも思い通りにうまくいく」といった、いわゆる神頼み的な対応です。   〇を貰う為のテクニックや情報を集めて、それに従いさえすれば、あとは、自分からは何もしなくても、周りが私の思い通りに動いてくれたり、欲しいものを与えてくれたりすることで、愛もお金も、仕事も人生もうまくいく と思い込んだ状態になっているからです。   この思いこみがあるが故に、〇を貰う為のテクニックや情報を集めては、それに従って、現状が思い通りに変わらないと   ・情報通り、完璧にできていないから、現状が変わらないのかしら? ・もっと、ちゃんとしたやり方が知りたい! ・もしかしたら、別の方法があるんじゃないかしら?   といった具合に、どのテクニックに従いさえすれば、愛もお金も、仕事も人生も思い通りになるのかを探し続けることに、時間・労力・お金を費やしてしまうのです。   この状態で、仮に、愛もお金も、仕事も人生も思い通りになったと感じることがあっても、「人生は常に周囲や運次第で、自分にはどうすることも出来ない」ままです。   大金が入れば、何もかも解決すると思うかもしれません。   確かに、大金があれば何とかなることが結構あります。 でも、実際の所、問題は、何も解決しないですし、時間の経過と共に大きくなります。   この状態では、誰かに認めてもらう為にお金や時間・労力と言ったものを使う為、自分の財はだだ漏れしますし、金の切れ目が縁の切れ目になりやすいのです。   実際に、セッションでもあった話ですが、例えば、これまでの収入が ・10万だった時、認めて活動に5万使っていた のが、収入が増えた時 ・30万だった時、認めて活動に15万使っていた といった具合に、どんどん周囲に自分を認めてもらう為に使う額が増えていくのです。   怖いのは、うまく行っていると感じる状態が、長く続かないこと。   もうピークを過ぎて、あとは下り坂に向かっているという時、まだまだ行けると判断を誤り、お金をだだ漏れしっぱなしにしてしまい、気づいたらすっからかん。 以前よりもはるかに問題が大きくなっていたというのはよくある話です。   本来なら、大人になった今。 本質・特性といったものを発揮して、自分なりの実りを得ている時間帯にいるはずです。   その時間帯において、自分の本質・特性を活かさないようにして、子供仕様の対応のまま、周囲に人生のお膳立てをしてもらうことを期待していても、実現するどころか、実現しないことに疲弊するだけなのです。   ただ、思いこみが生じている分、何故実現しないのかを考えた挙句、自分がダメだからという結論を出して、さらに〇を貰える自分になる為に、誰の言うことに従えばいいのか情報を探すことに時間・労力・お金を費やす悪循環に陥って、抜けられなくなってしまうのです。 ありのまま認める×EFTでは、「子供仕様」から「大人仕様」に立て直すにあたって、「こうすれば何もかも思い通りにうまくいく」という情報に従いさえずれば、自分からは何もしなくても、周りが私の思い通りに動いてくれたり、欲しいものを与えてくれたりするという思い込み自体が、そもそも成り立っていないのだと気付く為のEFTも行っています。   今まで、子供仕様の対応しか知らなかったし、大人仕様の対応を身に付ける機会がなかったから、躓いているんだ。自分がダメなんじゃないんだ。大人の自分に窮屈な、子供仕様の方法に合わせようとしていたから、うまくいかなかったんだ!   といった具合に、大人仕様の方法の方が面白いのだと気付いたら、しめたものです。   大人のあなたには、大人仕様の方法と、大人仕様のスマートさが似合うと思います。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   アイホージュのあれこれ を更新しております。   今日のタイトルは、 好きなこと、やりたいことをやる前に~本当にそれは好きなことですか?やりたいことですか?~ です。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  

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  • 02 Jun
    • あるがままにあるとしない視点で問題解決しようとすると・・

      前回、セッション前のクライアントさんの視点や物事の捉え方(思考)や言動のままでは、必要な対応が出来ず、結果的に問題解決が出来ないからセッションを通じて、視点や思考、捉え方や言動を変える取り組みを行っていると書きました。 (今日は触れませんが、これは「支配的・従属的な視点・思考・言動」から「主体的な視点・思考・言動」へと変えながら、身に付けていく取り組みでもあります。) ありのまま認める×EFTで言う「ありのまま認める」とは、物事や思考・感情等、あるものを「あるがままにあるとする」ことだと書きました。 「あるがままにあるとする」というのは「あるはある」「ないはない」です。 セッション前のクライアントさんの視点や物事の捉え方は「あるがままにあるとしない」という状態にあります。 「あるがままにあるとしない」というのは「あるをないとする」・「ないをあるとする」です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   テストを受けたとしましょう。   採点の結果 ・〇がついた箇所がある ・×がついた箇所がある となった場合。   あるがままにあるとしない視点では ・〇=良い ・×=悪い です。 とにかく〇を貰うこと。 いつも〇を貰える自分になること。 いつも100点を取れることが重要です。 ×を貰うことを、とても恐れています。 前回と重複しますが、あるがままにあるとする視点では ・〇→問題が解けた ・×→問題が解けていない です。 〇が多い、×が多いといった点数を取ることが重要なのではありません。 「現時点において、どの問題が解けて、どの問題が解けていないのかを把握する」のが重要です。 そして ・〇の箇所(問題が解けた箇所)は、どのように解いて〇だったのか、再確認して、いつでも解けるようにする ・×の箇所(問題が解けなかった箇所)は、どのように解いて×になっているのか。 どこで躓いているのか。 なぜ躓いたのか。 躓いた所から、どのように解くのかを理解した上で解く為の練習をし、次回解けるよう備えます。 これは、問題を自分で解く為の土台作りです。 仮にどこかで躓いて×が付いたとしても、躓いた所から自力で立て直しをすることが出来るようになります。 「問題解決する為のプロセス」が身に付くので、「自分は、いつでも、どんな時でも、自力で問題が解ける」という自信を積み重ねることが出来るのです。 「あるがままにあるとしない」視点では、普段から〇を貰う為のテクニックや情報を収集していたり、テストで×がつく度に、〇を貰う為のテクニックや情報をあちらこちらで探したりしています。 「あるがままにあるとしない」視点では、〇を貰う為のテクニックや情報を集めて、それに従うことが「問題解決する為のプロセス」だからです。 〇を貰うことによって、誰かに自分を褒めてもらったり、欲しいものをもらったりすることを通じて「自分は特別な存在である」という自信を積み重ねることが目的になっています。 「あるがままにあるとする」視点で言う「問題解決する為のプロセス」は、必要がないので、身に付けていません。 同じ「問題解決する為のプロセス」という表記をしていても、「あるがままにあるとする視点」と、「あるがままにあるとしない視点」では、中身が全く違うのです。 では、「あるがままにあるとしない」視点では、何故、このような「問題解決する為のプロセス」を使っているのでしょう。 それは、〇を貰いさえすれば、〇を貰う為の正解さえ手に入れば、問題は解決したも同然だ。何もかもうまくいくという強い思い込みがあるからなのです。 この強い思い込みによって、クライアントさんの中では ●〇が貰えたら【人・物事・人生等】が全て自分の思い通りになり、全てうまくいくのが当然だ。 ●×を貰うと【人・物事・人生等】が自分の思い通りにならない。 ということになっているのです。 ということになっていると書いたのは現実にはそうならないからです。 ということになっているのに、現実にはそうはならないことに全く気づかないまま、クライアントさん達は、〇を貰う為に涙ぐましい努力を沢山していらっしゃいます。 セッション前のヒアリングの段階で、クライアントさん達からは、このような訴えが出てきます。 ・〇をもらえるように頑張っていているけれど、なぜか×になる。 何故、〇を貰えないのかがわからない。 ・とりあえず×を隠して、表面上は〇を貰ったように装っている。 疲れる。 ・何故×になるのかがわからず、〇が多くもらえる人の真似をしてみたけれど、何も変わらなかった。 ・何故×になるのかがわからず、〇が多い人と自分を比べて、〇が多い人は、もともと条件が整っていて、自分には真似できない、無理だと思う。 ・〇を貰う為の情報(答え)を、色々探して、今度こそ変わりそうだと思う答えを見つけると、高揚感が湧く。でも、実行しているうちに、何も変わらないと感じて落胆する。 ・〇を貰って嬉しくて、この先、何かが変わりそうだと思って、嬉しかったり、高揚感が湧いたりしたけれど、実際は、何も変わらなかった。 ・いつでもどんな時にも〇をもらう自分になれば、現状が変わるはず、うまくいくはずと思って、完璧を目指す。 ・どれだけ完璧を目指して頑張っても、常に〇になれない。×がつく。 何故×になるのか全くわからず、×がつく自分がダメだと感じて、生きるのか辛い。 ・×の状態が、一気に全て〇に変わった人の情報を探し当てて、真似して、一発逆転を試みるけれど、うまくいかない ・ありのままの自分で良いんだよという情報に、恐る恐るついていた×を自分で〇にしてみた。×を〇にしてみたら、気持ちがラクになった。 ・同じような仲間と×を〇にし合った。 さらにラクになった。 でも、現実は何も変わらない。      ・      ・ 色々やっているように見えますが、共通しているのは、「×を〇にしようとすること」   結局の所、常に〇になるのを求めることに変わりありません。   ただ、 ・〇が貰えたら、【人・物事・人生等】が全て自分の思い通りになり、全てうまくいく。 ・×を貰うと、【人・物事・人生等】が自分の思い通りにならない。 ということになっているから、×を〇にしたいと考えるのは至極当然なのです。 この状態では、「×や躓きを隠せば、表面上、問題が見えなくなり〇になる」という動きが出やすいのです。 でも、何かしら問題を起こした時に、隠したり、なかったことにしても、問題は解決しませんし、明るみに出る頃には、問題が大きくなってしまいます。 ただ、問題が大きくなったところで、持ち合わせている問題解決のプロセスが「〇を貰う為のテクニックや情報を集めて、それに従うこと」しかなければ、どこまでも、問題を大きくしていく悪循環から抜け出す事が出来ないのです。 この悪循環から抜ける為には、自分がどこで躓いているのかに気づいて、そこから立て直しが出来ることが必要です。 ということで、ありのまま認める×EFTでは、自らどこで躓いているのかに気づいて、立て直す取り組みを通じて、「いつでも、どんな時でも、自力で問題が解ける」ようになる為の土台作りをしているのです。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今日は、アイホージュのあれこれ も更新しております。 タイトルは 自分がどうしたいのかがわからないし、好きなこともやりたいこともわからない です。興味のある方はご覧くださいませ。    

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  • 24 May
    • 問題を解く為に必要なこと

      ありのまま認める×EFTでは、問題解決するにあたって、視点や捉え方や言動を変える取り組みを行っています。 何故なら、セッション前のクライアントさんの視点や物事の捉え方(思考)や言動のままでは、必要な対応が出来ず、結果的に問題解決が出来ないからです。 その為、EFTのセットアップフレーズやリマインダーに視点や捉え方を変える為の「仕掛け」をし、取り組みを積み重ねることで、納得しながら、新しい視点や捉え方を身に着けていきます。   その時に必要なのは、「私とクライアントさんの言葉の定義を合わせること」です。 定義を合わせることについては、ホームページの、問題解決のプロセスを編み出した背景に書きましたので、興味がある方はご覧くださいませ。、   まず、ありのまま認める×EFTで言う「ありのまま認める」とは、物事や思考・感情等、あるものを、あるがままにあるとする です。   詳しくは次回、説明しますが、「あるがままにあるとする」というのは「あるはある」、「ないはない」です。   仮に、あるものを、あるがままにあるとする視点でテストを受けたとしましょう。 採点の結果 ・〇がついた箇所がある ・×がついた箇所がある となった場合。 ・〇→問題が解けた ・×→問題が解けていない です。 〇が多い、×が多いといった点数を取ることが重要なのではありません。 「現時点において、どの問題が解けて、どの問題が解けていないのかを把握する」ことが重要です。 そして ・〇の箇所(問題が解けた箇所)は、どのように解いて〇だったのか、再確認して、いつでも解けるようにする ・×の箇所(問題が解けなかった箇所)は、どのように解いて×になっているのか。 どこで躓いているのか。 なぜ躓いたのか。 躓いた所から、どのように解くのかを理解した上で解く為の練習をし、次回解けるよう備えます。 ・次回のテストで解けるように備えたけれど、次回も解けなかった場合。 どのように解いて×だったのか。 どこで躓いているのか。 なぜ躓いたのか。 躓いた所から、どのように解くのかを改めて確認して、解く為の練習をし、次回解けるよう備えます。 前回も、今回も、躓きを明らかにし、今度こそ解けると思ったけれど、実際のテストの時に問題が解けなかったということは良くあります。 その時にも どのように解いて×だったのか。 どこで躓いているのか。 なぜ躓いたのか。 を1つずつ確認します。 表面上は同じ「×」でも、 ・前回も今回も全く同じ所で躓いて、理解をしていない状態の× ・前回よりも理解が増した上での× という「解くプロセス上において、出来た・出来なかった」の違いがあります。   出来なかったけれど、前回よりも今回の方が、プロセス上で進歩している場合は「変化」なのです。 どちらの×なのかを明らかにして、現在躓いている所から、どのように解くのかを改めて確認し、解く為の練習をし、次回解けるよう備える。 という取り組みを積み重ねることを通じて、問題を解く為の土台を育みながら、最終的に「いつでも、どんな時でも、簡単に解けるようにする」のです。   「テスト」に例えて書きましたが、これは、ありのまま認める×EFTの取り組みそのものです。   「テスト前の準備」として ・ありのまま認める×EFTのヒアリング ・セッション ・セッション後のフォロー ・クライアントさんのお一人での取り組み があります。   「テスト」は、日常生活で何らかの問題が生じた時に、セッションで取り組んだ内容を使って、実際の解けるかどうかをチェックする機会です。   「テスト後の振り返り」として ・セッション後のフォロー ・クライアントさんのお一人での取り組み ・継続セッション があります。   実は、これらの取り組みの積み重ねをする過程で、クライアントさんの躓きの癖(問題が解けないパターン)が明らかになってきます。 前回のブログで、クライアントさん達が、セッションで持ってくる問題は、対人・コミュニケーショントラブル、仕事、子育て、お金、自己否定といった具合に様々であることと、「問題」は、それぞれ別の問題として捉えられがちだということを書きました。 ですが、あるがままにあるとする視点で、「問題に対応する際のクライアントさんの視点・思考・言動の選択の仕方」に注目すると、表面上の問題が、対人・コミュニケーショントラブル、仕事、子育て、お金、自己否定といった内容に拘らず「クライアントさんの躓きの癖(問題が解けないパターン)」は、いつも同じ ということがわかるのです。   なので、ありのまま認める×EFTでは、クライアントさん達が、セッションで持ってくる問題が対人・コミュニケーショントラブル、仕事、子育て、お金、自己否定・・何であれ、解く方法(プロセス)はいつも同じなのです。 次回は、「テスト」に例えて、セッション前のクライアントさん達の視点・物事の捉え方が、どのような状態になっているのかを説明します。  

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  • 22 May
    • ありのまま認め満たす、この先にあったもの

      ちょうど8年前の今頃、私は、アイホージュを公開しました。 EFTを提供することを決めた理由をアイホージュのホームページに書きましたが、当初、私は、EFTを提供するつもりはありませんでした。 提供することに対して、強い抵抗を抱いていたからです。 でも、EFTを提供する以外の選択がない状態にあった為、「提供する」と決めた上で、EFTを使い、抵抗をひたすらありのまま認め満たしていました。 自分で自分をありのまま認め満たすとは、簡単に言えば、「自分の望む目的地にたどり着くにあたって、主体的に思考し、行動する為に、自己充足する」です。 自己充足は、例えるなら「自分で自分のお腹を満たす」でしょうか。 ただ、お腹を満たすといっても、色々な手段があります。 嗜好品、口当たりの良いものを好きなだけとか、とにかく食べられたら良いとか、何でもよかった訳ではありません。 前回、ありのまま認める×EFTには2つの基盤があると書きました。 これは「自分で自分のお腹を満たす為のルール」でもあります。 ●自分で自分(の欲)をありのまま認め満たす ●自分で自分(の欲)をありのまま認め満たし、自分を尊重するように、 他人が他人(の欲)をありのまま認め満たすことを尊重し、必要があれば互いの合意点を見出し、実行する 当時は、この基盤を知識として持っていた訳ではなく、何も知らないまま、先に使っていた状態でした。 納得いく方法で、存分に私の中の強い抵抗をありのまま認めるうちに、満足した私は、「(サロンを立ち上げるにあたって使ったEFTを)世の中の誰かが探しているのかもしれない」という思いに行きつきました。 お腹を満たしたことによって、落ち着いて、次のことが考えられる状態になったのでしょう。 お腹が減っている状態のままでは、お腹を満たすことを考えるのが精いっぱいで、お腹を満たした後のことなんて想像つかないですものね。 8年前の私は、何故、自分で自分をありのまま認め満たすことが、サロンの立ち上げに繋がったのかが、全くわかりませんでした。 でも、自身の変化が、あまりに面白かったから、 何故、自分で自分をありのまま認め満たすことで変化が生じたのか理由を明らかにしたい。 自分で自分をありのまま認め満たすこの先に何があるのかを見たいと思いました。 同時期に、 「納得して、交通事故の被害者の立場を終えたい(と思って、実現した)」 「サロンを立ち上げたい(と思って、実現した)」 「自分で自分をありのまま認め満たすこの先に何があるのかを見たい。」って、同じ感覚だ。 だとしたら、この感覚をどこまでも追い求めたら、私は、この先に、何があるのかを見られるのではないだろうかとも思ったのです。 そんな訳で、この8年間。 私のやりたい事として「自分の納得を追い求める事を通じて、色々な物事を成り立たせることは可能なのか」という取り組みを、密かにやっていました。 クライアントさん達が、セッションで持ってくる問題は対人・コミュニケーショントラブル、仕事、子育て、お金、自己否定といった具合に、様々です。 大抵の場合、問題は一つではなく、複数絡み合った状態になっています。 1つに手をかけようとすると、別の何かがひっかかり、結局何をしていいのかわからない・・と手を打てずにウロウロした挙句、問題を大きくしてしまい、切羽詰まった状態でセッションを受けるというケースが、結構多かったです。 対人・コミュニケーショントラブル、仕事、子育て、お金、自己否定といった「問題」は、それぞれ別の問題として捉えられがちですが、実は、共通していることがあるのです。 それは、色々な問題は、本質・特性を活かさないように、クライアントさんが自らを抑え込むことによって発生している(=問題への対応方法が、子供の時のままだ) ということです。 クライアントさんに現在生じている問題に手をかけるにあたって、2つの基盤に沿って、物事を捉え、思考し、行動することが、本質・特性を抑え込む状態から、活かす状態へと繋がるとわかったことによって、現在、ありのまま認める×EFTのセッションは、問題解決の方法を使って 1・クライアントさんの本質・特性を活かせない状態を活かせる状態へ持っていく 2・クライアントさんにお子さんがいらっしゃる場合は、セッションを通じて、本質・特性を活かせないことを良かれとする世代連鎖を阻止する ことを目的に行っています。 この目的には「自分で自分をありのまま認め満たす、この先を見たい」と思って、1つ1つを積み重ねて、辿り着きました。 2015年の秋の話です。 これらの目的に辿り着いた時、私は強い抵抗感を抱いていました。 1は良いとして、2だよ2。 子供を持つ、育てるといった選択をしなかった私が、それを言うの?   と思ったのですが、最終的にやらないという選択は、私の中にはありませんでした。 (理由はいくつかあるのですが、これについては改めて書きます。) 私は、8年前にサロンを立ち上げ、EFTを提供するのを決めた時と同様に、強い抵抗をありのまま認め満たし、1.2をやることに折り合いをつけました。 折り合いをつけた段階で、気づいたことがありました。   やらないも何も、すでに1も2も取り組みを開始していて、この時、初めて言葉を伴った状態で、意識的に1と2の目的を捉えたことによって、怖気づいただけなんだ。  

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  • 17 May
    • 個人的に抱いている、人生のテーマ

      ※今日の内容は、ホームページの「アイホージュのあれこれ」にも掲載していますが、ブログ用に少し加筆しています。 「初心に返る」という流れに沿って、現在、私が思い考え、行動していることや、アイホージュの取り組みといったものを、1つずつ書いていきます。 生きていくにあたって、今、私が個人的に抱いているテーマがあります。 それは 「市井の人」として「1人の人間」として 肩書に関係なく 本質・特性を活かして 自由に、やりたいことをやる 「市井の人」「1人の人間」「肩書」については、別記事で改めて書きます。 これらは、自分で自分をありのまま認め満たすことへと繋がります。 「本質」「特性」についても、別記事で改めて書きます。 このテーマを前提とした上で、サロンは改めて「女性専用」で行くことに決めました。 理由はいくつかあるのだけれど、長くなるので、これも追々書いていきます。 「自由」と書きましたが、私にとっての自由は、いわゆる好き勝手をすることでも、好きなことだけやろうといったことでもありません。 まず、自分(やクライアントさん達)の本質・特性を活かすという前提があります。 そして、ありのまま認める×EFTの2つの基盤 ●自分で自分(の欲)をありのまま認め満たす ●自分で自分(の欲)をありのまま認め満たし、自分を尊重するように、他人が他人(の欲)をありのまま認め満たすことを尊重し、必要があれば互いの合意点を見出し、実行する を守った上で、自由に生きることを指します。 例えば、やりたくないと思っても、それをやることで、本質や特性が活きるならば、やることに納得した上で、やる。 本質や特性を活かした上で、望む目的地に行く為に、やりたくないと思っても、通過地点としてやる必要があると判断したら、やることに納得して、やる。 我満する・抑える・堪える時は、主体的に我慢する・抑える・堪えるといった具合です。 2つの基盤は、私が考えたのではありません。 セッション内容を言語化・知識化・体系化する過程で、明らかになったものです。 この基盤を明らかにする過程で、私は「クライアントさん達(や自分)が放つ言葉に含まれている、普段は一切表現されることのない意味」に意識を向けていたのですが、その時に2つの事に気づきました。 ここではそのうちの1つに触れますが、 皆、それぞれ別の言葉で表現しているけれど、実際の所、人生とは、生きるとは、突き詰めると、自分の欲を認め満たすことの連続かつ積み重ねであり、それ以外のことをしていない というものです。 自由の定義も、欲の認め満たし方も、人それぞれ(自由)です。 私は、長らく「自由」(とか人生とか、生きるとか)といった漠然とした言葉に、何をもって「自由」と言えるのだろう。 でも、決して、自分の好き勝手に振る舞うことでも、好きな事だけをやることでもないよなあと思っていました。 私の場合は、会社を辞めるとか、サロンを立ち上げるといった場面で、いわゆる「自由」を得ましたが、その際に直面したのは 1・何もかも自分が決める面倒くささ 2・この先、どうなるかわからない不安や恐怖 3・会社組織という盾がなくなったことで、自分で自分の安全を守る必要がある 4・自分の視点・思考・言動といった選択に責任を持つ といったことでした。 今ではもう慣れましたが。 こういう過程を経ていた為、私は「自由」に対し、いわゆる楽しいイメージを全く持っていませんでした。 なので、2009年から、ありのまま認める×EFTを積み重ねて ・生きることに対する疑問が私なりに解けた ・私なりの自由の定義を見出した ・過去に直面した1~4への対応が、出来るようになった ことが、とても嬉しかったのです。  

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  • 12 May
    • 初心にかえる

      ありのまま認める×EFTを使い始めの頃のクライアントさん達から、「もう一人の自分が、自分に問いかけをしてくるような感じがする」と言われることが結構あります。 上からとか外からとか、第三者の自分とか、色々な表現があります。 前回、7年ぶりにセッションを受けて下さったクライアントさんと話していた「セッション後の視点の変化」とは、このことだったのです。     今でこそ、ありのまま認める×EFTのセッションは、「クライアントさんが現在抱えている問題に沿って、実際に問題を1つずつ解きながら、必要な対応を取ることを通じて、問題解決の方法を身に付ける取り組み」を行っていますが、7年前は、「クライアントさんが現在抱えている問題に沿って、実際に問題を1つずつ解きながら、必要な対応を取る」止まりでした。 当時は今のように、解決のプロセスが定まっていた訳ではなく、手探りの状態ではありましたが、次、次と必要な対応を取って「実り」を得ていくクライアントさんのお姿に、胸が熱くなったことを今でも鮮明に覚えています。 一度、取り組んだことがある分、話が早く、事前ヒアリングの段階で、起きている出来事は違うけれど、クライアントさんの躓いている箇所は、7年前と同じだとわかりました。 その他 ・クライアントさんの特性 ・長期的に気を付ける必要のある箇所 ・現在の問題に対して、セッション前の今、お一人でできること もわかったので、ひとまず口頭説明をして、ヒアリングを終え、事前ヒアリングの内容をメールでお送りしました。   事前ヒアリングの内容をメール後も、やり取りしていたのですが、 「もう一人の自分が、自分に問いかけをしてくるような感じがする」 という話がクライアントさんから出たのは、初回のセッションに取り組む直前でした。 その話を聞いて私は 「うわー懐かしい!私もそうだった」 と思い、口に出したのです。 そうしたら、クアイアントさんから 「私もそうだった、ということは、今はどうなんですか?」 という、全く思いがけない質問が出てきました。 あの頃と、今とを比較して 「今は、上とか、外とか、第三者の自分とかからじゃなく、自分の中で問いかけが出てくる。 上とか外とか第三者が、今では、内側で合致した状態と言えばいいかなあ。」 といった内容で返しました。 そう言われてみて、いつから、そうじゃなくなったんだろうという疑問が浮かんだので、感覚を頼りに記憶を遡ってみました。   はっきりぱっきり切り替わったのではなく、緩やかに馴染むように替わったので「いつ」と言い切れないのです。 でも、取り組みを始めて、2年後辺りには、今の内側で合致した状態になっていたように思います。 この話の流れで、私は何気なく、正社員として勤めていた頃のことを思い出しました。 ・入社2年目 ・入社7年目 で、新人が入ってきたのですが、私は「仕事を教える」立場にありました。 2年目の時は、前年に自分が新人だったこともあり、一通りのやり方を身に付ける過程で、新人がどこでわからないと感じるのかが、わかる状態にありました。 その為、それを考慮したマニュアルを1冊のノートにまとめて、新人に渡していました。 7年目の時、私は、いわゆるベテランと呼ばれる状態にありました。   業務において、わからないことがなくなっていたので、新人がどこでわからないと感じるのかが全然わからなくなっていたのです。 なので、その旨を新人に伝えて「わからないことがあったら、その時、その時、聞いてほしい。」と話していました。 この話をした直後 「あ、今、セッション提供し始めて7年目だ」と思いました。 その時、今まで思いもしなかった 「私は、ありのまま認める×EFTに初めて取り組む人たちが、わからないと感じる所を忘れた状態にあるのかもしれない。」ということに意識が向きました。   この先に進んでいくにあたってのてのヒント「初心にかえる」が、見えたのです。 この後のやり取りでも、クライアントさんからこの話が、強調された状態で出てきたのですが、その時、私は、このようなことも思いました。 今まで、「もう一人の自分が、自分に問いかけをしてくるような感じがする」と表現してきたこの現象。 ありのまま認める×EFTを全く知らない人に、説明するとして、具体的に何と話したら、伝わるのだろう。 ・ ・ ・ 「視点が変わる過程で、生じる可能性のある現象」だ。 私は、セッションを通じて、クライアントさんが、「出来事そのものに意識を向ける」状態から 「出来事に対して生じる、クライアントさんの思考・言動に意識が向く」状態へと移行できるように、セットアップフレーズなり、リマインダーといったEFTで使う言葉を作っています。   この作業は、視点を変えた状態で、問題に対応する為に、行っています。 何故かというと、クライアントさんの今までの視点・思考・言動のままでは、問題解決も、本質や特性を発揮することも出来ないからなのです。 視点を変える前のクライアントさん達は、出来事そのものを思い通りに変えることで、現状を変えようとします。 自分の視点・思考・言動といった「自分の中で生じている躓き」に、気づける状態にはありません。 視点を変える前の状態では、現状を思い通りに変える為の方法を知りたがります。   それさえわかれば、現状が変わると思い込んでいる状態なので、知りたがるのも当然なのですが、いくら変える方法を知った所で、躓いていることに気づいて、立て直しが出来なければ、問題解決に必要な手は何一つ打てません。   結局、今までと同じ所で、躓くだけなのです。   「同じ所で躓く」とは、具体的にどういうことなのかをホームページに書いています。 よかったら、 こちら 順番にお読みくださいませ。  

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  • 06 May
    • ご無沙汰しております!

      青森のリラクゼーションサロン アイホージュの 看板ムスメ&営業担当のネ子です。 こんにちは ご無沙汰しております。   2008年から書いてきたブログの記事のほとんどを非公開にしたのと 更新の為、ホームページをしばらく閉めていたこともあって   ついに アイホージュ 潰れたか   と思った方も、少なくないかもしれません。   もしかしたら、ブログを読んで   そうだそうだ アイホージュの存在自体 すっかり忘れていました   の方が、合ってるのかもしれません。   実際のところは、サロンを潰した訳ではなく、ひっそり淡々と モミー セッション 作業 をしておりました。   振り返れば、今年のお正月。   7年ぶりに、ありのまま認める×EFTのセッションを受けて下さったクライアントさんとのやり取りを通じて、「初心にかえる」機会がありました。   クライアントさんと「セッション後の視点の変化」について、何度かやり取りをしていたのですが、クライアントさんが改めてその内容を、不可疑問文で強調して確認してきたことが、初心に返るきっかけとなったのです。   そのきっかけを得た時 「今、セッションで提供している内容や必要性を、ありのまま認める×EFTを全く知らない誰かに説明するとしたら、どのように話せば、伝わるだろう?」と思い、セッション内容を改めて確認して、文章化してみました。   それが下記の内容です。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   ありのまま認める×EFTを使い ・視点や捉え方を変え ・精神的に自立した「大人」の状態で ・自分の躓きのパターンと ・躓きが生じる背景や理由を知り ・躓きのパターンと躓きが生じる背景や理由に、必要な手当をした上で あなたに生じる問題や悩みを、単純かつ自然に、根本的かつ現実的に、自分で解決する取り組みを通じて、解決方法を身に着けよう。 結果的にこの方法は ・あなたの本質・特性を活かし、あなたの人生が、発展することと ・あなたと周りの人との違いを尊重すること ・あなたの本質・特性を活かす影響が、知らず知らずのうちに周囲に及び、周囲の人生が発展することへと繋がります。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   この内容を書き出した後、「ホームページ、もう一度書き直そう」と思いました。   それから、事例以外の過去のブログを、非公開にしようとも思いました。   今も、昔も、「自分で自分をありのまま認め満たす」という内容でセッションを行ってきたことに変わりはありません。   ただ、これまでの記事は、現在の「問題解決した上で、本質・特性を活かす」に辿り着く前の 「自分で自分をありのまま認め満たす、この先を見たい」という過程で、書いたものです。   「問題解決した上で、本質・特性を活かす」という内容を提供する前提で、過去の記事を改めて読み、私の中で違和感が広がったことで、過去のブログの役目は終わったのだと思いました。   それと同時に、仮に、これから新たにセッションに取り組む方達が、過去の記事を一通り読んだとしたら、混乱する可能性が高いとも感じました。   なので、過去のブログを、時折、読み返して下さっているクライアントさん達に、過去の記事を非公開にする旨を連絡した後に、非公開にしたのです。   自分で自分をありのまま認め満たすことが積み重なるにつれて、過去や過去の思い出を、私の中に大切におさめておきたいという思う変化もありました。   とはいえ、業務上、書かかなければ、前後の話が繋がらず、説明にならない内容もあります。   「私の中で、折り合いがついて、完全に終わっている過去」を、改めて現在の視点で書きげた時に、出来事自体は何も変わっていないのに、私の視点や思考、言動といったものは、この8年でずいぶんと変わったなあと思いました。   ということで。 アイホージュは開業して、今年で8年目となりました。 改めて、アイホージュをよろしくお願い致します。   新しい記事が満載&記事を順次アップしている最中のアイホージュのホームページは、こちら からどうぞ。          

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  • 25 Oct
    • ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その13~

      Rさんからメールが来ました。「結論から言いますと、サラッと中古は配偶者の視野から外れたようです。今後の費用や、メリットデメリットなど表にして書いて、配偶者に見てもらったのと工務店の社長さんにうまく説明してもらったのと、みつるさんのアドバイス通りにやってみたのと。意外とコロっといきました。笑今では、あそこの土地は地盤どうなんだろう。。とか言っちゃってます。笑今まではそんなこと(私にしたら大事と思うこと)気にもしていなかったのに。あと、子供が、「●●小学校になったら、(子供が通っている)保育園の年上さんもいるし(Rさんと配偶者が選んだ土地が)いいよね。」と言ってくれて嬉しかったです。来週、工務店さんで見積もりを出してもらうのが楽しみです。」・・・。相変わらず、早っ。すでに、Rさんご夫妻は、新築購入に向けて、工務店決定&土地探しをしていたのでした。前回、配偶者は、中古住宅の広さや開放感をすごく気に入っていたと書きました。でも、実際の所、現在の家族構成(3人)で、その広さは本当に必要なのかという疑問がありました。という事で、Rさんは、配偶者に「広さを求めるという事は、沢山の人を家に招きたいのか」を尋ねたのです。配偶者からは「家に人を呼ぶのは好きじゃない」という衝撃の答えが返ってきたのでした。だったら、その広さ、いらないんじゃ・・。それを聞いた私・伊藤は、「中古じゃなくて本当に良かったね。」 何故なら、中古住宅の広さ、開放感には、北国で生活する上で、大きなデメリットが潜んでいたからなのです。開放感、広さだけで買ってしまっていたら、後々大変だったと思います。それから、ローンの心配もありました。内情を色々伺っていたので、どうかなあと思っていたのですが、無事に通過。 Rさんのローン通過のメールには「配偶者、嬉しくてほっとしてうかれてます。毎晩、間取り図を抱えて寝てます。→これ、マジ。笑これからも忙しくなりそうですが、楽しんで進めたいと思います。今、●●(Rさんが欲しかったもの1)を購入するか、ちょっといい◆◆(Rさんが欲しかったもの1に準ずるもの)を購入するか、迷ってます」と言った具合に、なかなか楽しそうに進んでいる様子。それと同時に、困ったちゃんも登場。前回のブログで出てきた「その方」。中古住宅は「配偶者が、自分の事を認めてもらいたい方」から話が出ていて、その方が間に入っていると書きました。「その方」が、お二人の選択の1つ1つにケチをつけていたのです。これは、その方の「私の言う事を聞いて、私を認めて!」という「認めないオトナ」の行動よくあるあるです。本人はけちをつけているつもりは全くなく「心配している・役に立ちたい」という思いから口をはさんでいるだけなのですが、される側としては、たまったものではありません。仮に、Rさんや配偶者が、その方の言う事を「認めないオトナ」の状態で聞いているとしたら、お二人は、・自分(達)を否定されていると感じる・自分(達)がどうしたいのかよりも、その方のいう事に従わなければいけない・でも自分(達)のやりたい事をやりたい・自分(達)がやりたい事を選ぶと、角が立つ、かといって、その方の言う事に従うのも何だか・・・・と言った具合に、さんざん迷った挙句・その方のいう事に従う 場合は、従ったのに、その方が、後にケチをつけてくる可能性があります。「言う事に従ったのに、またケチつけるの?」といった感じの流れになりかねません。 言った本人がケチつけた事すら忘れるなんて、ザラなのですから。・自分がやりたい事を選ぶ 場合はその方の言う事に従わなかった罪悪感や、ばつの悪さを感じて、顔を合わせづらくなるといった事が起きます。何故このような事が起きるか説明は省きますが、そんな訳で「認めないオトナ」の状態では・言う事に従う・自分がやりたい事をやるどちらを選んでも「自分の中で、その方との関係が悪化していく」のです。ケチが付く事は、一回ではありません。何度も何度もあるので、その度に「こんな事言われた!傷ついた!むかつく!」といった事が増えて、「自分の中で、その方との関係がますます悪化していく」のです。 これは、「大人のありのまま」と「主体性」が身についていたら、簡単にかわせる事なので、これらを育み続けていたRさんは、余裕を持った状態で、その方の動きと、対応する配偶者を観察していたのです。配偶者は、もともと・言う必要のある事を言わずに、黙ってその場をやり過ごすタイプです。そうする事で、物事がうまくいくと思い込んでいるのです。でも、この方法は、小さい頃、主に親や周りの大人たちとの関係で形成したものであり、大人になるとうまくいかなくなる事がほとんどです。実際の所、Rさんとの関係においては、この方法を用いて、言う事を言わずに、その場を黙ってやり過ごした結果、離婚話へと発展していきました。Rさんと配偶者は、子供の意見も聞いた上で、現在の土地の購入を決めたのですが、「その方」は、家族の意見を大事にする配偶者に、新たなケチをつけた事がありました。今までなら何も言わなかったであろう配偶者が、その方に「自分の家族を大事に考えて、何が悪い!」と返した姿を見て、Rさんは、嬉しく思ったと同時に「配偶者、変わったーー」と思ったそうです。「その方」の「私の言う事を聞いて、私を認めて!」という「認めないオトナ」の行動」は、その後も度々出てきて、色々ながっかりエピソードを伺いました。でも。そのお話を伺いながら、「その方」の「私の言う事を聞いて、私を認めて!」という行動が出る度に配偶者は、・言う必要のある事を言わずに、黙ってその場をやり過ごすという以前の、うまくいかない方法で対応してもダメであり、・言う必要のある事を、伝わるように言うという練習を、少しずつ積み重ねていくのだろうしその方はその方で「私の言う事を聞いて、私を認めて!」という対応でお二人を表面上、自分の思い通りに動かそうとすると役に立つ所か、迷惑になる事に気づいて互いの意見こそ言い合う事はあってもお二人の家については最終的にお二人に決定権があるのだから、お二人を尊重する必要があり、お二人から手や知恵を貸してほしいと言われるまでは、そっと見守る事がベストだとわかる為の機会なのだろうと思ったのです。お二人の課題がクリアになる事で、配偶者も、その方も、思考・行動の上で、互いが自立した「大人のありのまま」の心地よい関係性を築けるはずですから。配偶者は、いつもその方に伝える必要のある事を伝わるよう、はっきり言える訳ではなく、Rさんにだけ聞こえるように、小声で「やめてよー」といっていたエピソードもあるのですが、一気に何もかも出来る訳ではありません。それでも、今までだったら「やめてよー」すら言えなかった配偶者も、少しずつ、Rさんの変化の影響が及んでいるのだと思います。Rさんと話していた時に気づいたのですが、RさんはRさんで、配偶者(とお子さん)との会話を通じて、知らず知らずのうちに、配偶者(とお子さん)の意見を引き出し、それをどのように現実に繋げるのかを配偶者(とお子さん)に伝えているのです。会話でEFTですか。Rさん、すごいな。 という事で。最終的に、例の中古住宅は、別な方の購入が決まり(良かったね!)新築のお家は、土地・建物・家具をそろえた状態で、中古住宅の販売価格と同額になったそうです。(すごっ!)Rさんは、いらない設備やものは、可能な限り削ぎ落し、節約できるところでは節約し、ご自身の欲しかったものはちゃんと取り付けしたとのことでした。(良かったね!)離婚回避から、一年が過ぎる頃。Rさんからメールを頂きました。「昨日、配偶者も一緒に、仕事の仲間とBBQしたのですが、お酒が進んだ男同士、健康の話をしていて、「俺も前は早死してもいいって思っていたけど、最近は子供の寝顔を見てると、長生きしたいなと思うんだ。」と、ありきたりなドラマのセリフみたいな事を目を輝かせながら言っていました。笑へ~と思って、嬉しくなりました。一年前を私も思い出します。(以下略)」確かに、配偶者らしい発言だ。Rさん、配偶者の強い愛情表現好きだって言っていたものね。お二人の新居は無事に完成し、現在、新しい生活に入っています。Rさんから、もう1つ、嬉しいお知らせがありました。第二子妊娠。離婚回避のセッションの頃、もう一人子供が欲しいという話、出ていたものね。現在、順調にお子さんが育っているとのことで何よりです。今も、この先も、どうぞお幸せにね! ~終り~

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  • 24 Oct
    • ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その12~

      Rさんの雰囲気や言動に、引っかかりがある様子だったので、話を伺うと、中古住宅購入案が出ているとのことでした。・築十数年、広くて、開放感がある・リフォーム済の物件配偶者が、その中古住宅の開放感をえらく気に入っていて、すでに買う方に気持ちが決まりつつあるというのです。対して、Rさんは・購入してもいいとは思うけれど、値段が高い。・あと700万安ければ考えるけれど、中古にこの値段は高いと感じていると言います。Rさんは、以前から、家を買うなら、絶対に欲しいと思っていたものが2つありました。2つとも、新築物件であれば、最初から取り付ければ良い物です。ですが、その中古物件では、Rさんが欲しいものの1つは、現状の設備によって、取り付ける必要がありません。もし、何としても取り付けようとするならば、取り付けの為に、物件に傷をつける必要がある上に、設備過剰ですし、維持費も高くつきます。もう1つも、後付けするのはスペースが必要だけれど、相当するスペースがないとのこと。Rさんが欲しいものを、どちらも諦めなければいけない可能性が大という状態だったのですが、それについてRさんは、「まあ、念願の家が手に入るのだし、(欲しいものを諦めるのは)仕方ないか・・」という感じでした。Rさんには他にも気になる事がありました。それは、中古住宅は「配偶者が、自分の事を認めてもらいたい方」から話が出ていて、その方が間に入っていること。彼女たちが中古住宅を購入すると、その方へいくつかのメリットが生じます。配偶者は、その方に良い顔が出来る上に、感謝される事で、自分を認めてもらえたと感じられるという流れが生じているのを、Rさんは感じ取っていました。その方は、配偶者が買う事に同意すれば、自分を認めてもらったと感じる上に、実際のメリットを受け取る事で、自分を満たせると言った具合に、双方が互いの認め満たしあいが出来るという、「認めないオトナ」の一見、万々歳のストーリーが隠れていると思われます。配偶者、Rさん、双方が納得の上、主体的に「中古を買う」事を決めるのであれば、何の問題ありません。ですが、配偶者が、その方に言われるがままだったりRさんが納得していなかったりするのであれば購入するまでは良くても、後々問題が浮上する可能性が非常に高いのです。不満や、不快を覚えても、家を買った後では、どうしようもできないのです。再び関係が悪化しないとも限りません。せっかく何千万というお金を使って購入し、ローンを払っていくのです。家は買って終わりではありません。購入は始まりに過ぎず、そこで1日、1日を積み重ねながら、十数年、二十数年と過ごしていくのだから、心から納得いく買い物をして頂きたいものです。 加えて、その方は、金銭面に余裕がないので、金銭に関する協力は一切出来ないけれど、何とかお二人に協力したい、役に立ちたいと話していらっしゃるとのこと。「・・えーと。出せないけれど、お金を出したいという気持ちはありがたいよね。出せない事で、何とか役に立ちたいと思う気持ちもわかるし、ありがたいよね。出せる、出せないにかかわらず、黙って、お二人の意向を尊重して、見守ってくれるのが一番ありがたい「協力」だよね。出せないと言うのであれば、なおさら。」「ほんとそうです。気持ちはありがたいけれど、口だけ出されても本当に困るんです!」Rさん。この件でも、言いたい事がたくさんありそうです。この時点で、まだ「中古、買ってもいいんだけれど・・」という反応を示し続けるRさん。前回のブログで書いた、数十万の買い物をした時の配偶者の変化や、配偶者が中古物件を気に入っていていたのを目の当たりにして、「まあ、これでいっか・・」とご自身を納得させているように感じたので、本当に、本当に、中古住宅を購入していいのかを確認する為に、私・伊藤が、生理的な境界線について露骨な質問をあれこれしていたら、Rさんが「もう!みつるさんっ!!!私、それ考えないようにしていたのに!」だって(笑考えないようにして、無理やり買う方へと自分をもっていこうとしても、後で悔やむ事になるので、いかんのですよ。とりあえず、意見の違いは、意見の違いに過ぎないのだから、まずは、Rさんがどうしたいのかを明らかにしましょう。という事で、・Rさん・・新築が欲しい・配偶者・・中古が欲しいお二人の意見が分かれた状態になりました。ありのまま認める×EFTでは、常に、下記の2点を原理原則としてセッションなり、取り組みを行っています。・自分で自分(の存在・欲・意見等)をありのまま認め満たす・自分で自分(の存在・欲・意見等)をありのまま認め満たすように、他人が他人(の存在・欲・意見等)をありのまま認め満たす事を尊重する。必要があれば、互いの合意点を見出して、実行するこの2点を押さえて、・Rさんが、Rさんの意見を尊重する・Rさんが納得しないままに、自分の意見を抑えて、配偶者の意見に表面上合わせる事はしない・配偶者の意見を否定する事もしない状態で、・Rさんと配偶者の意見を尊重した上で、互いの合意点を見出す作業を行います。これまでの取り組みで、配偶者の「実際は何ともならず、問題が大きくなるのに、誰かが何とかしてくれて、何とかなると思い込んでいるパターン」がわかっているだけに、「お二人が本当に欲しい家」を手に入れるには、Rさんが主体で配偶者を引っ張っていく事が必要です。その為に、Rさんは、私との問答を参考に、「長期的視野で見た、新築・中古のメリット・デメリット」についてまとめてから、配偶者にプレゼンして、お2人でどうするかを決める事にしたのでした。続く(次回が最終回です)

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  • 23 Oct
    • ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その11~

      Rさんのセッションは、・離婚回避関係について5回・Rさんご自身がやりたい事について1回行っています。 ご自身がやりたい事について「何しようかな。考えてみて、また連絡しますね。」という事で、しばらくした後、Rさんから連絡が来ました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え? 家、買うの?って、ちょっと待って。復縁の話って、何か月前だったっけ?2か月前か。 「家購入」という展開にびっくりしたのを、懐かしく思い出します。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Rさんは、ずっと自分達の家が欲しいと思っていて、その思いを配偶者にも話していました。ですが、配偶者からはずっと「そういう風に、言われるの(せっつかれるの)嫌だ」と言われていたそうです。ところが、今回、家を買う話を持ち出してきたのは、配偶者の方。一体、何があったのでしょう。それは、お二人の「喧嘩」がきっかけでした。ありのまま認める×EFTに取り組む以前、Rさんは、配偶者から何か言われた時に、わーっと言い返して、喧嘩になる事が多かったと言います。ですが、その時は、Rさんは、わーっとはならず、まずは、配偶者の言い分を聞いていたのです。「配偶者の話を聞きながら、確かに私も悪かったなあって心から納得したので、配偶者にごめんって謝まった後、私、すごく眠たかったから「寝るね!」って言って、寝室に行って寝たんですよ。で、朝起きたら、配偶者から「家、買おうか」って言われたんです。多分、あっちは「いつもならRが怒って言い返してくるのに、返してこない。Rが変わった」って、驚いて拍子抜けしたんじゃないかな。」 なるほどね。「喧嘩」はきっかけに過ぎませんし、Rさんは、巷にある「まず、人の話を聞きましょう。」という表面上のテクニックを使っていたのでもありません。 「自分で自分をありのまま認め満たす」作業を通じて、「大人のありのまま」と「主体性」を自ら育み続けていたRさんには・聞く必要のある事を、相手が伝えているように聞く・話す必要のある事を、相手に伝わるように話すが、身についてきた事によって、自然に、配偶者の言い分を聞ける状態になっていたのです。Rさんの対応が、今までと違うものだったら、配偶者の対応も当然変わりますものね。それにしても家ですかーー。Rさんのお話を伺う限り、関係がうまくいっていない状態のまま「家を建てたら、関係が良くなるかも?」と期待するケースではなさそうです。この先の人生、夫婦としてやっていこう、やっていけると思えたからこそ「家を買おうか」という話になったのだろうし、本当に良かったです。Rさんは、ありのまま認める×EFTを通じて、配偶者の思考・行動パターンが手に取るようにわかってきたと言います。ですが、思考・行動のパターンがつかめても、配偶者の口から、どんな内容が出てくるのか迄はわからないのです。だから、配偶者の口から家を買おうかという話が出る迄、Rさんは、配偶者からその話が出てくる事を、全く想像をしていなかったと思います。Rさんにとって、配偶者は時として、全く想像がつかない、思いがけない言動をする事があります。配偶者にとって、Rさんは時として、全く想像がつかない、思いがけない言動をする事があります。そこに、自分と配偶者の違いを尊重する関係の、面白さや新鮮さ、興味深さや関係の広がり、気づきといったものがあると私は思います。Rさんご自身がやりたい事については、「家」が手に入る事で、いかようにも展開できる内容だったので、まずは家を買う事に集中です!Rさん、おめでとうございます!!!まずは、めでたしめでたし。あれ?Rさんの雰囲気や言動に、引っかかりがある様子。ということで、ここから、また新たな問題に取り組みます! 続く

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  • 20 Oct
    • ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その10~

      前回からの続きです。復縁したRさんと配偶者。当時、Rさんから頂いたメール「不思議なもので、私が立て直せば立て直す程、配偶者に変化が・・簡単に言うと、してほしいことをしてくれてます。そして、びっくりなことにあんなに職場中毒だったのに、これからは深入りないようにする発言。いいように使われているの気づいたかな。」ご本人からも、「まだまだ不得意」というメールも頂いていた通り、Rさんには「大人のありのまま」と「主体性」をもって・言う必要のある事を伝わるように言う・聞く必要のある事を、相手が伝えているように聞く事については、まだ積み重ねが必要な状態にありました。それでも、Rさんがご自身を認め満たして、今までとは思考・言動が変わると、当然、配偶者の受け答えも変わります。Rさんとの関係がうまくいかなかった頃。Rさんの一挙一動に、無意識のうちに「Rさんに、自分を認めてもらえない・居場所がない」と感じでいただろう配偶者は、例え休日であろうと、頻繁に職場関係の飲み会や、悩み相談に出かけていました。職場の人間関係の中で、自分を認めてもらえたと感じる事を、求めたのだと思われます。まあでも。Rさんとの関係が落ち着いてきた事によって、もう必要なくなったのでしょうね。そんなある日。Rさんから、ちょっと相談が・・という話が来ました。「●●が欲しい」配偶者が、欲しいものを口にしました。金額にして、数十万の品。金銭面で余裕があるのであれば、どうぞどうぞと言いたい所なのですが、このような経緯によって、支払いの途中にある上に、もともと余裕のない状態。 話を伺っている時点でのRさんは「絶対反対」でした。ですが、その後、お二人で話し合いをし、最終的に購入する事を決めたとのことでした。1つ、疑問に思った私・伊藤からRさんへ質問をしました。「購入する事に、Rさんが納得の上で自ら合意したの?それとも、本当は購入する事には反対だけれど、また離婚とか喧嘩になるのが嫌で、表面上配偶者に合わせたの?どっち?」実は、・購入する事に、Rさんが納得の上で自ら合意したのか・本当は嫌で、本当は購入する事には反対だけれど、また離婚とか喧嘩になるのが嫌で、表面上配偶者に合わせたのかどちらを選択するかによって、この先の展開が全く違ってくるのです。Rさんからは、自分で決めました。話して納得したんです。と返ってきました。Rさんが、購入する事に合意した理由には、色々あると思います。配偶者に昇給の予定があったからという事もありますが、配偶者と話し合いをしていた際に、Rさんは「あ、配偶者は、これまですごく我慢していたんだなあと気付いたんです。(ずっと我満していた配偶者が)本当に欲しいものだと思ったから、買うって決めたんです。」という、ご自身の納得があったとのことでした。「だったら、大丈夫だよ」私・伊藤からはそのように伝えて、終わりました。以前、Rさんは、配偶者が、お金に無頓着な状態で、色々買い物をしていたのを不満に思っていました。ですが、「大人のありのまま」の「自分で自分をありのまま認め満たす」事を通じて・言う必要のある事を配偶者に伝わるように言う・配偶者に聞く必要のある事を、配偶者が伝えているように聞く・やる必要のある事をやるという「主体性」を積み重ねる過程でこれまで「自分を愛してほしい!わかってほしい!」に意識が向いていたのが、・自分はどうしたいのか・配偶者はどうしたいのかと言った具合に、自分や相手の気持ちや背景に意識を向けた上で2人が合意した状態で、配偶者が、本当に欲しい物を買うという選択に至ったのです。しばらくして、配偶者はお目当てのものを手に入れました。それと共に、Rさんから見た配偶者には、いくつかの変化が生じるようになりました。本当に欲しいものを買った事によって、これまでは、何気なく買っていた飲み物も、自分で作って職場に持っていくようになり、節約できるものは節約したり、その場凌ぎ的な買い物がどんどん減っていったたのです。それから、配偶者は、欲しいものを買った事をきっかけに、職場とは全く関係のないサークルに入り、新しい仲間と楽しい時間を過ごすようにもなりました。Rさんは、そんな配偶者を見て、あの時、彼の欲しいものを買ってよかったと思ったそうです。配偶者が、Rさんの合意のもと、本当に得たいものを選び、得て、活かして、自分を満たす事によって、配偶者の中で余力なり、幸福感なり、Rさんへの感謝の気持ちなりが、生まれます。そこから、配偶者の配慮が、Rさんや子供へと自然に向かっていくのです。続く

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  • 07 Oct
    • ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その9~

      前回の続きです。出て行った配偶者と、Rさん。しばらく別居状態が続いた後、お二人は、互いの思いを話し合う機会を設けたのですが、Rさんは配偶者から「お互いこのままだとだめになるから別れた方が良い。」と言われます。それを聞いたRさんは、セッションを通じて、自分はどうしたいのかを再確認したのですが、結果的には「別れる」という答えを出しました。その時、私からRさんに「今日、離婚すると決めたからといって、必ずその通りにしなければいけない訳ではなく、人の選択や決定は、その時、その時によって変わる事がある。離婚は、Rさんの人生が変わる程の大きな事なのだから、「一度決めたら揺らがない」ではなく、揺れる時は存分に揺れて、変更する時は何度でも変更する自分を認めて、最終的に自分にとっての最善を選べれば良し。」といった事を説明しました。その後、Rさんは・行政・士業を通じて、離婚と離婚後の生活の為に、必要な準備を手掛け始めます。対照的に「認めないオトナ」の躓きのパターンが出て、その場凌ぎや物事の先延ばしをしながら、必要な対応へ結びつけられない配偶者。配偶者の動きは、当然そうなるだろうとRさんも私も粗方予測していました。ここに至るまで、配偶者は、問題や悩みに対して、その場凌ぎや物事の先延ばしをすれば、(他の誰かが見かねて配偶者の代わりに後始末してくれて)「何とかなる」と思って対応する事を、積み重ねてきています。配偶者が自分で何とかしようとしても、どのようにしたら必要な対応が取れるのかを知らないし、そもそも、対応方法が身に着いていません。配偶者の本質・特性というよりも、配偶者の「実際は問題が大きくなるだけで、何もうまくいかないのに、うまくいくと思い込んでいるパターン」が作動している状態だから仕方がないのではありますが、結局の所、その場凌ぎや物事の先延ばしを繰り返す他ないのです。Rさん、配偶者、どちらにとってもきつい時期だったと思います。Rさんと私とのやり取りが続いた後。お休みの期間に入り、やり取りをしない時期を経て、Rさんから連絡が来ました。「実は急展開で、復縁モードです。」そうなのね。まずは、離婚回避できて良かった!Rさん曰く、士業の方と話をしていた時に「ここに来る人は、離婚する事をはっきり決めた状態である事がほとんどなのに、あなたはまだ離婚する事を迷っているように見える。もう一度、よく考えてみて。」と言われ、そこからもう一度考えての事だそうです。と言う事で、ひとまず、めでたしめでたしです。前回のブログで、私は、>配偶者が家を出て行ったと伺った時に、うわー、Rさん、もう少し慎重に行ってええ・・・と思っていました。>いくらどこからでも立て直しをしようと思えば出来ると言っても、相手の気持ちが遠くに離れて行けばいくほど、難しさが生じるからです。と書きました。確かにそうではあるのですが、私・伊藤が思い描いていた、慎重に進める事がベストではなく、Rさんが引き金を引いて、配偶者が出ていく流れがお二人にとってベストだったと言う事に、Rさんから復縁の連絡を頂いて、気づいたのです。「大人のありのまま」の状態で、渦中にいる時は、何が起きているのかわかりませんが、終わってみると●実現したい事は、自分の思い描いた通りになる訳ではなく、全く想像していない方法や流れで実現する事が圧倒的である 大抵、想像していた通りよりも、遥かに良いと感じる結果に至る事が多い●その時は実現しなくてがっかりする事があっても、後になってみると、それでよかったとわかる事が多いのです。さて。ありのまま認める×EFTの取り組みは「離婚せずに復縁出来したら、終わり」ではありません。以前も書きましたが、当方の短期的な取り組みは、長期的視野をもって行っています。離婚話をきっかけに、Rさんが取り組んだ短期的内容を土台として、この先の人生で活かせるよう、復縁を決めたRさんには、引き続きご自身で「大人のありのまま」と「主体性」を育み続けて頂きたいとお伝えしています。「大人のありのまま」と「主体性」を育み続ける事により・Rさん、配偶者がそれぞれの本質・特性・能力を発揮出来る状態を作る・Rさん、配偶者がお互いの違いを尊重しあい、必要があれば合意点を見出し、実行できる関係を作る・Rさん、配偶者が、共に存在する事で、お互いを認め満たしあったり、本質・特性・能力を活かしあったり、支え合ったりしながら、さらに関係が発展する事が期待できます。日常生活においては様々出来事が生じます。それに対応するにあたって、Rさんの「認めないオトナ」の思考・言動は、知らず知らずのうちに頻繁に顔を出します。復縁して最初のうちはお互い気を遣う為、うまくいくと思うのですが、今までと同じ、関係を悪化させる「認めないオトナ」の思考・言動を繰り返すのであればRさんは●「配偶者に何も言わなくても、配偶者が私の思いを全てわかった上で、私の思い通りに動くのが当然だ」という無意識の前提が生じた状態で、配偶者に自分の思い描いた通りに動く事を、求める。配偶者が自分の思い描いた通りに動く事で、自分や子供が愛されている、大事にされていると感じるし、配偶者が自分の思い描いた通りに動かなければ、自分や子供が愛されない、大事にされていないと感じて、配偶者に対して、Rさんの思い描いた通りに動くように、促す。対する配偶者が、●今まで通り、表面上Rさんの言う事を黙って聞いているように見えるけれど、実際は、全く違う事を考えて、その場を凌ぎつつ、不満を溜めている。溜めた不満を満たす為に、外出が多くなる。時間・お金・労力の浪費が多くなる。と言った具合になるので、遅かれ早かれ、また離婚話に発展すると思われます。そうならない為に、Rさんご自身のうまくいかないパターンが出る度に「これではうまくいかない」と気づき「大人のありのまま」と「主体性」をもって、ご自身を立て直し本当に必要な対応をし新しい結果を得てその結果を次に繋げるというプロセスを1つずつ積み重ね、身に着けていきます。この取り組みにより、今までと同じ「認めないオトナ」の、夫婦関係を悪化させる思考・言動を選択しなくなるようになるのです。仮に「今回は離婚を回避して、復縁出来たけれど、結局うまくいかなくて後に離婚に至る」となるのであれば、時間の経過と共に問題は大きくなりますし、時間も、労力も、お金もかかります。お互いが、お互いを大事にしたいと思いながら、実際は傷つけあってしまうので、関係が、さらに疲弊してしまいます。人生は有限です。最初の時点で、離婚した方が、ダメージも立て直しに使う時間も労力も少なかったとなっては、もったいないです。今回の離婚騒動で、Rさんが、セッションで、今までの、配偶者に対する自分の思考・言動を振り返り、これではうまくいかないのだと気付いて、立て直す過程において、今まで表面上、Rさんの言う事を黙って聞き、我慢し続けていた配偶者が、「離婚した方が良い」という内容ではありましたが、言えなかった自分の思いを口にするという変化が生じています。配偶者が、離婚した方が良いと切り出したのをきっかけに、ここまではっきりしなかった問題が明らかになり、お二人が互いの意見を話し合い、一時は離婚になるかと思いきや、最終的に復縁に合意する事に至りました。配偶者はRさんと接する事で、知らず知らずのうちに、「大人のありのまま」と「主体性」を身に着け始めています。配偶者が「大人のありのまま」と「主体性」が身につく事によって、配偶者の「楽観」は、必要な対応をする場面で、活きるようになってきます。相方である、Rさんには「楽観」が、あまり見られません。Rさんが配偶者の楽観に接する事で、Rさんの視点や思考には、「こんな考え方もあるんだな」と言った具合に、広がりが生じるはずです。この先、お二人にどのような事が生じるのかを知っている私は、今、改めて当時の事を振り返り、離婚騒動は、この先のお二人の関係が深まり、発展していく為の、必要な膿み出しであり、プロセスだったのだと思います。まだ続きます。 

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  • 16 Aug
    • ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その8~ 

      前回の続きです。所帯を持ったのだからと、私の事は私の事、配偶者の事も私の事といった感じに、配偶者の郵便物を、当たり前に開封していたRさん。以前、配偶者から「俺の郵便物は勝手にあけないで」と言われた事があると伺いました。いくら家族だ、配偶者だといっても、他人です。他人の郵便物を、許可なく勝手にあけてしまうのは、トラブルのもとです。さて。そんなRさんの配偶者宛ての郵便物を、Rさんが「自分に必要なもの」だと勘違いして開けた所、そこには督促状が入っていました。これは、結婚前に、配偶者に生じた支払いであり、Rさんには関係のないものです。当然、延滞金も発生しています。「私、こういうムダ、すごく嫌いなんです!」配偶者の口座から引き落としが出来ずに、たまに公共料金等の督促状が届く事もあるという、苛立ちを口にするRさん。どうなっているのか聞いても「大丈夫。何とかするから。」と答える配偶者。結婚前に発生した支払いが出来ず、どうしていいのかわからないまま何年も放置した結果、督促状が来ているのだから、実際は、何ともなっていません。延滞金もついてしまっていて、問題が大きくなっています。前にも述べましたが、配偶者の何とかなるは、「誰かが助けてくれる事」が前提であり、配偶者が何とかする訳ではありません。・・となると、何とかするのはRさん?うーーーん。たぶん、そうよね。結婚前に、お付き合いをしている頃、お金が足りない時に、「魔法のカードがあるから大丈夫!!」とRさんに言い放った、Rさんの配偶者の金銭感覚は、伺う限り、生活を共にするにはなかなか厳しいものです。お互いがまだぎくしゃくする中、踏み込んでお金の話をする段階には全くない状態だけれど、「結婚前に生じている、利子も発生している支払いの滞り」に関しては、このまま放置しても、延滞金が増えていくだけですし、その他への影響が及ぶ可能性もあり、手を打つ必要がありました。結果的に、Rさん先導で、この件について配偶者と話をし、共に某機関に出向き、担当者と話し合いをして、どうするかを決めて、実行してきました。自分ではどうする事も出来ない配偶者は、ほっとしていたものの、その直後、給料日という事もあって、配偶者が自分の装飾品をカード購入してしまうというまさかのオマケが・・・Rさんからは「もう疲れたマジで話す気力ゼロムダな労力だ」という実況中継メールを頂きました。恐るべし、配偶者の「どうにかなる(実際はどうにもならないし、問題が大きくなるだけ)」という思い込み。少し前、Rさんは、配偶者に、生活費の事、この先のお金の事、私のやりたい事について協力を求める話をしたいと言っていました。セッションを進めていた私から見た配偶者は、気持ちがまだ不安定で、Rさんから離れていると感じる上に、離婚回避が完全に出来ていた訳でもありません。Rさんからお金の話が出た時に、配偶者はRさんに責められた、否定されたと感じる可能性も否めません。Rさんご自身も、配偶者に蔑ろにされている、大事にされていない、許せないと思っている事がいくつかある状態です。現状のまま、配偶者に協力を求める話し合いをした所で、Rさんが望むような結果を得られるよりも関係がこじれる可能性が高いと判断していました。その為、今回の支払いを片付けた後、しばらくは何も言わずぐっと堪えて、Rさんの内側を立て直しに専念し、Rさんの変化によって、配偶者がRさんの話す内容を、そのまま受け止められるようになってからの方が良いと思ったので、Rさんにその旨を伝えていました。その日。「もう疲れたマジで話す気力ゼロムダな労力だ」とは思っていたRさん。人は、瞬間、瞬間、色々な思い、感覚を抱きます。同日の夜。「家族でいられるって幸せだ」と感じていたRさんは、今なら話しても大丈夫かもしれないと判断し「今後のお金について」口火を切ったのでした。これは、「認めないオトナ」の、周囲が、表面上、Rさんの思い通り(幸せだと感じる状態)なら、物事がうまくいく(配偶やの協力が得られる)という思い込みが作動した状態です。実際は、思い込み通りに事が運ぶどころか、配偶者から、「生活全て我慢している気持ちがないのに一緒にいるのがつらいでも離婚まで決められない子供に嫌われたくない」と返ってきた上に、距離を置きたいと言われ、配偶者が家を出ていく事になったのです。当時、その連絡を頂いた際に、私は、うわー、Rさん、もう少し慎重に行ってええ・・・と思っていました。いくらどこからでも立て直しをしようと思えば出来ると言っても、相手の気持ちが遠くに離れて行けばいくほど、難しさが生じるからです。実はこの後、お二人は、互いに離婚する意思を表面化させていきます。次回に続きます。

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