ジフテリア予防接種禍事件の既視感(1) | 空庵つれづれ

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時事漫談、読書評、などなど四方八方に飛びます。

さて、昨日の続き。


この事件については、まだわかっていない部分も多いのだが、とりあえずこれまでに

わかっているところのピースだけをはめて全体の図柄を描いてみると、

そこに「はじめて知る事件」だとはとても思えないぐらいの既視感を覚える

ことに驚いてしまう!


まず、この事件の根本原因。

ジフテリアの毒性が残ったままの欠陥ワクチンが接種に使用されてしまったのには、

二つの原因がある。


1)まずは、そういう欠陥ワクチンを作った製薬メーカー(大阪日赤医薬学研究所)による

 ワクチン製造過程におけるミス。

2)次に、それを検査した国家検定を、この欠陥ワクチンが無事通過してしまったということ

 である。

仮に1)によって欠陥ワクチンが製造されたとしても、2)の国家検定さえきちんとしていれば、

それが実際に使用され、被害を生むことはあり得なかったわけだが、


この検査自体が、きわめて杜撰なものであったことが明らかになっている。


かなり複雑な話なのだが、

このワクチン製造では、20リットル入りのコルベン(ビーカー)大瓶から1000本のワクチン

ができることになっているのだが、それが1ロット(同一とみなされる製品の集まり)とされ、

それぞれのロットごとに、8本のワクチンを無作為抽出(つまり1000本のワクチンから8本)

して、検査が行われていた。


ところが、実際の製造過程では、20リットル入りのコルベンは使用されず、5リットル入りの

コルベン4本から、それぞれ250本ずつのワクチンが製造されていたのである。


つまり、4つの異なった、独立した作業工程で作られたワクチン(当然品質は同じとは限らない)

が、1つの単位としてまとめて検査されたわけである。


こうすると、たとえば一つのコルベンで作られたワクチンが有毒であったとしても、それは

250本(全体の4分の1)しかないわけなので、1000本から8本を抜き打ち検査したときに

それが1本も引っかからない可能性が出てくる(確率的には約10%)。

後に、国(厚生省)側は、きちんと検査をしたのに有毒ワクチンが引っかからなかったのは、

不幸な偶然によるものだ(したがって非はすべて製薬メーカーにある)と主張したのだが、

しかし、実際には、

・京都で予防接種に使用されたロット1013号においては、なんと「4本中2本(1本ではない)」

 のコルベンに有毒ワクチンが入っていたようで、これだと、もしその中から8本抜き出して検査

 した場合に、無毒のものだけが選ばれてしまう確率は0.38%とグッと低くなる。

 (あり得ない数字ではないが、約300分の1だ)


・さらに、島根では、ロット1013号と同じ日に検査されたロット1012号および1014号の

 ワクチンでも被害が出ているので、すべてが「4本中1本が有毒」ということにして計算した

 としても、それらを全部見逃してしまう確率は、なんと0.0973%(1000分の1以下、

 実際にはもっと低いだろう)である! つまり、あり得ないのだ。

どうも、実際の「国家検定」の際には、

ワクチンの入った木箱の上にサンプル用の紙袋が置かれており、実際には木箱をいちいち
開けてそこからランダムに8本抜き取ったのではなく、この紙袋に入ったサンプルだけを

検査にかけたようだ。。。


つまり明らかな「手抜き検査だったのである!! 


これだけでも、国(厚生省)の責任は重大であるが、

それを隠し、国(厚生省)は製造メーカーを裁判で訴えて上記の主張(検査に引っかから

なかったのは不幸な偶然)をし、製造メーカーだけに非をおしつけたのである!


(この裁判で、製造メーカーの理事長、副所長、主任はいずれも有罪、理事長と副所長

には執行猶予がついたものの、主任は実刑になっている)


ところが、国(厚生省)の責任は、とてもこれだけにはとどまらない。

そもそも、本来20リットル入りの大きなコルベンでワクチンを製造すべきところを勝手に

5リットル入りのコルベンで別々に製造したことに、製造メーカーの大きな非があると

されているが、当時の状況や技術からすると、20リットル入りの大コルベンで製造する

こと自体に無理があったようで、そうなると、(20リットル分を1ロットと見なす)検査の

システム自体がまったく実態と合っていなかったということになるので、(仮にきちんと

検査が行われていたとしても)国側にも責任があることになる。


さらに、

有毒ワクチンを製造してしまった大阪日赤医薬学研究所の技術力にも大きな問題

があったようだ(ワクチン製造はこれがはじめてだったとのこと!)。

そうすると、そうした技術的に問題のある製薬メーカーを使ってまで、ジフテリアの

予防接種実施を急いだ国の政策にも大きな問題があったことになる。

実は、1948年当時の政策決定権はGHQにあり、

予防接種の推進はGHQの指示だったようだ。

GHQは早くから、(とりわけ日本に駐留する米軍兵士の伝染病感染への恐れから)

伝染病の予防接種を指示していたようだが、接種薬製造に必要な技術などの立ち遅れ

などからその指示に従うのをずっと引き延ばしてきた厚生省が、もう引き延ばせない

とばかり、不十分な技術力や体制のままで予防接種実施にGOを出したことが、

間接的に製造メーカーによる不良ワクチンの製造を誘ったことになる。


さらに言うと、少なくとも医学的には、
それほどまでにジフテリアの予防接種を急ぐ必要性はなかったらしい。。。

(統計のグラフを見ると、戦時に猛威をふるったジフテリアは、終戦とともに激減しており、

予防接種開始時(1948年)にはすでに流行は沈静化していたことがわかる)


さらにさらに・・・

国のさらなる失態は、予防接種によって生じた被害を拡大し、
またもやその根本の失態と責任を隠蔽していく。。。

続きは次回。