届かなかった恋心

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もう20年近く前ですが、


私1人の男性に恋焦がれておりました。


優しいし、とてもイケメンだたので、兎に角モテル男性だったと思います。


モテル男は罪作り。


思わせぶりといいましょうか、


つかず離れずの距離を上手く保ちます。


付き合っているの?と勘違いしてしまうような言葉をかけてくれたりするものですから、


勘違いして距離を縮めようとするとさっと引くわけです。


あっ・・・だめなんだ


と思い他所を向こうとすると、また気を引くような行動に出ます。


今思えば、モテル男のキープ術にまんまとはまっていた感じですね。


その後、その彼は出会って間もない可愛い人と


さっさと結婚してしまいまして、


泣くに泣けないと言いますか、なんともいえない空しさに襲われたことを思い出します。


主人と結婚する時も、正直彼のことが忘れられずにいました。

(絶対に言えません。。。墓場まで持って行きますが…。)


とは言っても、どうにかしたいなんて思ってなかったですし、


幸せいっぱいに暮らしておりましたが、


時々ふいをついて夢に出てくるのです。


忘れた頃に夢に現れては、また思わせぶりな態度をとるのです。





まったく・・・。





惚れた弱みでしょうか。とは言っても過去形ですけど。


目が覚めてから胸がキュンとします。















ここのところそんな夢も見なくなり、


すっかり忘れて生活しておりましたら、


私の不注意で携帯が彼の番号を発信してしまったようで、


『今 仕事中で電話が取れないので、後で電話します。』


とメールが来たんです。


本当に久しぶりのコンタクト。


夢意外で会話・・と言ってもメールですが。


するのは10年ぶりくらいでしょうか。


夢にまで出てくる彼が、私の携帯に電話くれると言っています。


ドキドキするのか、ときめくのか。。。











と思ったのですが、


まったくそんな事なかったんです。


いや~今忙しいからいいやって思っちゃった。


直ぐ


『ごめんなさい 私のミスで発信してしまって。

 ですから返信不要です。

 お気遣いありがとう。』


そう返信しました。






女は移り気で、1つの恋が終わるとあっという間に気持ちを切り替えます。


人によるのかな?


多くの女性がそうだと思いますが。。。


でも始まる事すらなかった、


届かなかった切ない想いは、なかなか忘れることが出来ません。


しかしわたくしカピバラ。。20年来の切ない片思いを


知らぬ間に卒業しておりました!!


おめでとう!ありがとう♪ クラッカー


これからも、伴に白髪の生えるまで・・・もう生えてますが


現夫と喧嘩しながら仲良く生きてまいります。









なんか村下考蔵が聞きたいかも~音譜


昭和~ラブラブ



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さらば 屋代線

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子ども達が春休みに入りましたので、


少し実家に帰省してまいりました。


その時長野電鉄屋代線と言うローカル線が


今年度いっぱいで廃線になることを知りました。


若かりし頃、よく使っていた電車です。


屋代線は須坂~屋代間24.4キロの単線で、


朝と夕方の通勤時間帯意外は、


1時間~1時間半に1本程度しか来ません。


単線で、すれ違える駅も数箇所しかないので、


それが限度なのだと聞いたことがあります。


私が乗っていたころには、床がボロボロの木の板で張られた


1両の電車が来ることもありました。


現在は以前の東横線の車両のような


シルバーに赤ラインの2両編成が普通のようです。


この電車は、構造上2両ないと走れないんだそうです。







廃線にならないよう関係者も努力されたようなのですが、


学生も減り、車通勤が普通のこの辺りでは


利用者がピーク時の1/4以下に減ってしまい、


運営が困難となってしまったようです。


しかし廃線が決まってからは、連日多くの人が押しかけて


電車も満員状態のようです。


かく言う私も乗車こそしませんでしたが、


この目に焼き付けておこうと出かけてきました。



日々 更に駆け引き-松代駅舎


屋代線はほとんど無人駅で、プレハブのような簡易駅舎なのですが、


中にはこのような大正の開業時から変わらない駅舎を


そのまま利用している所もあります。


木造白壁の駅舎。



日々 更に駆け引き-駅舎内

↑ここは松代駅と言う駅ですが


数少ない有人駅です。


券売機等は当然無く、窓口で切符を購入


はさみでパンチを入れる昔ながらの方式は


マニアの心をつかんで離さないようです。




日々 更に駆け引き-松代駅



券売機すらカードのチャージくらいでしか使わなくなってきて、


改札も自動改札が普通になり、


エスカレーターやエレベーターが常設されているのが


普通になってきた昨今


ホームにジュースの自動販売機すら置いていない



古き良き昭和がそのまま残っていました。




日々 更に駆け引き-2000系

この写真はちょっとお借りしてきた物ですが、


屋代線は山間や田園、


何処まで行ってものどかな風景の中を走る味のある電車でした。


なくなると聞けば、実に寂しい…。


また一つ、美しい風景が消えていくのだと思うと


たまらない気持ちになります。


ありがとう屋代線。





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あの頃は・・・

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5年前、何してた? ブログネタ:5年前、何してた? 参加中
本文はここから
5周年ありがとうキャンペーン


5周年ありがとうキャンペーン


5年前ですねぇ

もんちゃんを産んだ年です(^^)

生活の何もかもが一変した年でした

それまではとっても時間に不規則な仕事をしてまして

朝も早く 夜は何時に帰ってくるかわからないような日々でして

家事もそこそこに飛び回っておりました

主人も同じような感じでしたので

夕食を自宅でなんてことは本当に少なくて

2人で連日居酒屋めぐりみたいなことしてました

たまに早く帰っても 友人を呼んで

夜遅くまで飲んでました(^^;





でも子供ができて全てが変わった。。。

仕事を辞めて

母乳育児でしたので お酒もやめて

良いオッパイの為に食事にも気を使い

胃が痛くても 頭が痛くても 

風邪をひいても薬も飲まないように気を使い

赤ちゃんが泣けば昼も夜もなくお世話する。。。




仕事は大変だと思っていたけれど

私 甘かったな~ってすごく実感しました

だって 自分の為にしか動いてなかったもの

仕事だって好きで選んだ仕事だし

お給料は自分のために使って

好きなときにご飯食べて 

ちょっと素敵なお店にもふら~っと立ち寄って




それがどうでしょう

仕事を辞めたから自由になるお金なんてないし

ご飯だって赤ちゃん優先で

ベビーカーでは入れないお店も多く

何気なく通っていた道すら 

ベビーカーでは段差があったりして一苦労

電車に乗るのもバスに乗るのも

時間とルートを選ばなくては赤ちゃんが潰されちゃう!

お出かけの支度も 1人の時と比べたら

倍以上時間が掛かるし 荷物もやたら多い





なにが言いたいかといいますと

子供が生まれるまでは

何もかも自分のペースでできていた事が

何もできなくなったって事

悲しいくらいの束縛というか拘束というか・・・

それでも 湧き上がる愛情は

今まで男性に向けてきた愛とか恋なんてものとは

まるで比較にならなくて

これが母性と言うものなんだと

生まれてはじめて知ったわけです

もしも 子供を持たなければ

知る事のなかった感情だったと思います

まだまだ未熟者だけれど

親になる事で 少し大人になれた気もします





5年前  

私の5年前は親になったとしでした

改めて書いてみますと まだまだ 浅いですね

親5歳です(^^)
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風になる 2

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前回 子どもの頃の不思議な体験を書きましたが


今回はその続きを。。。




小学校3~4年生頃の事でしょうか


いつものように 近所の子達と遊んでいました


私の実家付近は 山も近く


空き地や原っぱもたくさんあるので


いつも外で走り回って遊んでおりましたが


その日はいつもは行かない山すその墓場近くで遊んでいました


夕方近くなり 辺りもうっすら暗くなってきた頃


一人また一人と家に帰っていきました


私も帰りたいのに 何故か帰れないんです






ん?






と思うでしょ


私もよくわからないんですが


帰れないんです


斜面を登ったり下ったり走り続けてしまうんです


もう暗くなってきたし 早く帰らなきゃ


そう思っているのに 足が止まらないの


それどころか ちょと浮き上がっているかんじで


いくら走っても疲れないし


どんどんスピードが増していくんです


そして







楽しいね~ 







って声がどこからか聞こえる気がしました


私も意味もなく楽しくなってきちゃったんですけど


どうしよう もう帰らなくちゃ


どうしよう 帰らなくちゃ・・・・







もうほとんど夜みたいに暗くなった頃





イヤーーーーーーーッ と意を決して足を止めました





風がビュウビュウ吹いていて


なんだか急に怖くなった私は 大急ぎで家に向かいます


帰り道もビュンビュン走ります


ちっとも疲れないし 浮き上がってるみたいに体が軽くて


あっという間に家に着きました









風と遊んでいたのかな・・・・








そんな気がするんです


その時は何も思いませんでしたが


あの時私は風と遊んでいて 風になっていたのかも


そして 遊びすぎてすっかり遅くなってしまった私を


家まで風が送ってくれたのかな


以上 子どもの頃の不思議な体験でした

風になる

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もんちゃんもポンも となりのトトロが大好きです


なので何度も何度もDVDを見ています


それを見ていて思い出した事がありました


私も子どもの頃 不思議な体験をしたことがあるなって。。。


不思議な体験とは言っても


あそこまで強烈なものではないですが


今思えば不思議な出来事で なんとも説明のつかない出来事ドキドキ






私が小学校1~2年のころでしたか


私は自宅の窓から外の様子を見ていました


外はそれはそれは凄い夕立でした


今で言うゲリラ雷雨ってやつです


なんとな~く 空を見上げると


直径5センチくらいの金色に輝くまん丸の火の玉のようなものが


ゆっくりゆっくり降りてきたんです


あれはなんだろう・・・えっ


じっと見つめました


光る金の玉はゆっくりゆっくり地面に近づいていきます


そして見えなくなりました








・・・・・。







あれはなんだろう・・・・。








そう思った次の瞬間!!


さっき金の玉が降りた場所から


今度は赤いまん丸の玉が 物凄いスピードで天に昇っていきました


燃えているような色でした


私は怖いとも不思議だとも思わずに その光景を見つめていました


目の錯覚にしては 随分長かった気がします


大人になるまで この日の出来事は誰にも話していませんでした


話していなかったと言うより


忘れてしまっていた と言うほうが正しいでしょうか


何故だか 大変大変!! と誰かに話す気になれなかったんです







雷にしてはゆっくりでした


火の粉が降ったとしたら 昇っていく赤い玉は何でしょう


天から真っ直ぐ降りてきて真っ直ぐ帰っていたまん丸の玉


大人になった今でも はっきり覚えている鮮やかな光景です







まだ他にも不思議な出来事があるのですが


長くなりましたので また次回にしますニコニコ





出産話 2

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私の出産体験 続き

陣痛室に入ったのは 確か消灯前の8時か9時。

陣痛開始から10時間くらいが過ぎていた。

私の予備知識では 初産ではだいたい12~13時間かかる。

もう10時間過ぎたから夜中に生まれるかな

時計を見ながら自分では深夜2~3時と予想する。

ところがである、診察の結果子宮口はほとんど開いていないことが判明!!

嘘でしょ!?もう随分耐えたけど!?

目の前が一瞬真っ暗になる。

消灯になった。

静かになってますます陣痛だけに意識が行ってしまう。

自分の出産予想時刻にせまる。

「少し眠らないと体力がもたないわよ。

ご主人も少し休んだほうがいいですよ。

まだまだ長丁場になりますからね(^^)」





まだまだ・・・。

まだまだなんだって。

こんなに痛いのにまだまだなんだって。(@@)




ずっと私のそばで付き添って背中をさすりつづけてくれた

主人に助産師さんが休憩を取るようにうながし

変わりに私の背中をさすってくれた。

すこしうとうとしようとする。

痛い―――っ!!

飛び起きる この繰り返しで

この夜もほとんど眠れずとうとう朝がきた。

診察の結果まだ半分も開かない・・・。

今度は錠剤の促進剤を1時間に1錠ずつ全部で4錠飲むのだ。

まず1錠。

また少し痛みが激しくなったかな?

2錠目。 床に倒れこんでしまうほど痛い。

3錠目。ほとんど意識がなくて覚えていないが

後で聞くと白目剥いて失神してるみたいだったらしい。

4錠目中止になった。


その代わりに筋肉注射をする。

こんなの蚊に刺されたくらいにしか感じない。(^^;ちょっと言い過ぎました。

約40秒の休みの後 3分の激痛。

このサイクルがずっと続いている。

本と違うじゃん!!!

本にの通りならば谷間の時間はもっと長く、陣痛は短いはず!

後で聞いたが 促進剤を使うとこんなサイクルになってしまうこともあるらしい。 

とうとう午後3時をまわった・・・。

勝手に力が入っていきんでしまう。

手に持ったタオルを噛んで噛んで噛みまくった。

「もう少しだからね~ ちょっと診察させてね

やたら冷静な先生の言葉にちょっとムカッときたりして

もう少しもう少しってちっとももう少しじゃないじゃん!!

どうも開ききらないな

え――っ! もう本当に限界だよぉ ~~


「うん、よしっじゃあ次きたら いきんでみて

言われたとおりにいきむ、先生がこじ開けているようだった

「よし全開だ(^^)分娩室に移動しよう!」


あ~やっとだ(;;)やっと解放される時がきた♪

そう思うとなんだか足取りも軽くなり

分娩室まで笑顔で歩いて行き ゆっくりと分娩台に上がった。

いよいよだ。

助産師さんに誘導されるままに

呼吸をしたりいきんだり。

10分後

オギャ―――ッ

3586gのもんちゃん誕生の瞬間である。

ずいぶん長く苦しんだわりには

分娩台に上がるとツルンと出てきた感じ(^^;



生まれたてのもんちゃんは軽くふき取られた後

私の懐に入れられた。カンガルーケアを希望していたのだ。

小さな小さなもんちゃんは 私の懐の中で

くしゃくしゃの顔をして眠っている。

29時間の戦いが終わった。

夫ともんちゃんと私、3人の初めての家族写真を分娩室の中で撮った。

夫はその後 廊下に出て涙したらしい。




夫とそのときのことを話すと
「なんだかさあ、あの時空が金色だったんだよな。」

っと言う。すごく綺麗な金色だったんだそうだ。


今はもうそのときの痛みは正直忘れてしまった。

そのときは2人目は絶対無い

っと思ったのは覚えている。

でも神様は人間を忘れるように作ってあるから

また次に生むことに挑戦できるのかな?

まだまだ先の話だが 2人目を考える日がくるかもしれない。




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出産話

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先日saorichinさん

ブログにお邪魔したとき、出産体験がが記事になっていた。

タイトルはいよいよ出産

それはとても私の時と似ていて驚いた!!

そこで私も出産体験を記事にしてみようかと思う。

ちょっと長くなるので2回に分けて。



私は里帰り出産を希望していた。。

34週のときに里帰り。

そのときには 赤ちゃんが随分下がってしまっていて

薬を飲んで張りを抑えたりしていたが

いつ生まれてもおかしくないと言われていた。

その後なかなかお産が始まらず

周囲の“まだか”コールにいらつきながらついに40週を超えた。

先生には「なかなか始まりませんね(^^) 

今週末になってもお産が始まらないときは

促進剤も考えましょう」
と言われた。

助産師さんは「大丈夫!促進剤なんて話になると

始まったりするもんなのよ(^^)」
と笑う。

だといいけど・・・。

そう思いながら帰途についた。

夕方から台風のような嵐になった。

ちょっとお腹がいつもと違う張りを感じたけど

こんな嵐の中を病院に行くのは嫌だ・・・。っと思う。

第一 こんな天気の中を夫が来るのはとても危険で心配なことだ。

嵐がおさまってからにしてほしいわ

その夜はお腹が痛いような張っているような感じがして

結局ほとんど眠れなかった。

翌朝 昨日とは打って変わって晴天の朝

はっきりとはわかりにくいけど破水しちゃったみたい・・・。

病院に電話する、事情を説明すると

「ちょうど通勤ラッシュの時間だから 

少し時間をずらして落ち着いてゆっくり来てください。」


とのことだった。

じゃあ朝ご飯食べてからにしよっと

私はこれからの戦いに備えて たらふく朝ご飯を食べた。

母に車で病院まで送ってもらう、

診察の結果はやはり破水だった。

私はそのまま入院、

子宮口がほとんど開いていないとのことで

促進剤も使うことになった。

点滴をする。

まもなく定期的な痛みがやってきた

助産師さんが「午前11時陣痛開始ですね(^^)」と言った。

主人は仕事中、メールで陣痛が始まったことを伝える。

わかった!!すぐ行くから頑張れ (((◎◎)))

話したわけではないが 動揺が伝わる。

まだ時間がかかるから慌てずにお風呂に入って

ご飯を食べて夜来てくれれば大丈夫だと思うよ
そう伝えた。

そうは言ったものの 痛みはすでに6~7分間隔になっている。

間に合わないかも・・・。

ちらっとそんなことも考えながらテレビなんか見ちゃったりして

余裕をかましていた。

我ながら上手く痛みを逃せているわ v(^^)v

呼吸法もばっちりだ。

まだ何倍も痛くなるんだろうか?

相変わらず数分間隔の陣痛をやり過ごしながら考える。

そして夜7時になった。

夫は言われた通り 私の実家でお風呂に入りご飯を食べて

病院に来た。

さあこれでいつ出てきても大丈夫。

そう思ったら急に陣痛も激しくなる。

「赤ちゃんもちゃんと分かっていてね、お父さんがくると

お産が進む人結構多いのよ。」
と笑う。

さっきまでの余裕な考えを後悔するくらいの激しい痛みがくる。

吐き気もあって夕飯なんて喉を通らない。

さっきご飯食べたばかりの夫が

「残ってもなんだから ご主人食べたら?」

と助産師さんに言われて 苦しむ私の横でまた食べている。

「なかなか美味しいよ。少しでも食べたほうがいいんじゃない?」

「気持ち悪いし痛いし無理・・・。う゛――ん痛い゛――

テレビつけてテレビ 気がまぎれるかもしれないから。」


番組は二ユースだったかお笑いだったかドラマだったか

まったく内容なんか入ってこない。

でも出産とはまったく関係ないことを聞いていると

なんとなく気がまぎれる。

「どうですか~? そろそろ陣痛室に移りましょう(^^)

お産に集中したほうが進む事があるんです。」


テレビも奪われてしまった(T◇T)

ついに“ごまかし”の道具がなくなった。

             続く・・・。


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