一郎のだまされ日記

チーム黒山レーシング 黒山一郎でございます。


テーマ:
知らない人もいるかもしれない、という勝手な思い込みで、知っている人はしつこいとお思いでしょうが、私め、今をさかのぼること約30年前、17年間奉職した大阪府警を辞して、トライアル世界選手権に2年間フルエントリーしたことがあるの。


フルエントリーって言っても、今ほどはバイクを運ぶ流通機能が楽でなかったんで、両年共に新大陸のアメリカとカナダの二つの大会はパス。

それと、両年ともにトライアルの母/源流と言われている、念願だったイギリス.スコットランでのSSDT(スコッティシュ6日間トライアル)にも出場をいたしたのである。

1年めに出た初戦の第一戦スペイン.モンマジョル大会は、今でも地図なしで行けるし、第一セクションの地形もはっきり覚えている。
この始めての世界選手権第1戦第一セクション、はい、以後もこのオンパレードが続くバタバタの3点でした。

2年めの最終戦、自分なりに「2年間は何があっても世界選手権は走る」と決めていたスウェーデン.ヘレホース大会、この最後の2ラップ目の第15セクションも地形ははっきりと覚えている。

私の前を走ったパスカル.クトリエがクリーンで、私は定番のバタバタの3点。
アウトして背の高いスウェーデン人から、3点のパンチカードを入れてもらった瞬間

「あ~俺の自分のトライアルは終わった」

って、自分自身のトライアルの終了にケジメをつけたのを覚えてる。
この瞬間、自分の夢は「世界選手権を走る」だったけど、夢をかなえ次は「息子を世界チャンピオンに」ではなくて「息子にも世界選手権を走らせよう」だった記憶あり。



この、健一を連れて世界を走った2年間の事は、たいがいのことすべて、30年以上たった今でもよく覚えています。
「苦労をしたから、よく覚えている」ではなくて、「勝負をしにいっていなかったから、よく覚えている」の方が、正しいと思う。
本当に苦労したのなら、生活や苦労に溺れて、逆に覚えていないと思う。


同じように2回出たSSDTも、1回目はエンジンバラ方面から、2回目はグラスゴー方面から行ったのや、厳格な車検しか生きがいがなさそうなおじいさんのやる車検や、「30セクション×1ラップ×6日間=180セクション」もだいたい覚えてる。


「人命は地球よりも重い」なんて理想をこいて多くのテロリストを世界中にばらまいた首相の、その息子の方の福田首相は退陣時に「私は客観的にものを見ることができるんですよ」の名言を吐いてひんしゅくをかってた。


“客観的”とは、客がついているように「お客さんの立場でものを見る」「他人事のようにものを見る」ことを言うの。
反対語は“主観的”で、主がついているように「自分の考えはこうだ」ですね。


私の世界選手権&SSDT挑戦、成績がかかっていないから“客観的”にものを見ることができたから、よく覚えているのかもしれない。


さて本題に戻り、36年前に聖地/早戸川で出た初めての全日本、実はほとんど覚えていないのです。
今考えると“主観的”に、ものを見ていたような気がする。


大会前々日の金曜まではけっこう記憶が正しくあるのですが、真剣モードに入った土曜と日曜はほとんどなし。
でも、ポツリポツリとある断片的な記憶は以下のとおり。
怪しげな記憶だから、間違っていても「主観的に自分がそう思っている」のだからゴメンね。


以下、次回に続く~♪


⚫第1セクションは大混み
⚫神童/木村治夫は3セクションまで連続5点
⚫前日の夜に上流で降った雨で増水
⚫1ラップ終わって時間がなくて大あわて
⚫持ち時間が追加になったけど知らない
⚫西山俊樹さんが1万円札を持って抗議
⚫近藤さんが勝って、伊吹も勝ってヤマハ圧勝
⚫自分は5位か7位か覚えていない
⚫使ったRL250Lをそのまま持って帰る
⚫交機隊駐車場で仮眠して出勤
AD
いいね!(23)  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事  もっと見る >>

テーマ:
「聖地(メッカ)」は、学問でも宗教でもスポーツでも、その事にあこがれてやっている人にとっては、一度は踏んでみたい憧れの地です。

その昔のグループサウンズのゴダイゴという肥満体型の兄ちゃん達が歌った「ガンダーラ~♪」は、インド(中国名/天竺/てんじく)にある仏教の聖地.地方の名前。
中国からこのガンダーラに旅するお話が、三蔵法師ひきいる孫悟空の物語なわけ。

中東シナイ半島の、エルサレム旧市街の2キロ半径の中に「イスラム教.ユダヤ教.キリスト教」の三大聖地があるから、これがややこしくて有史以前からいまも続くもめ事の原点。

天理教は、その名の通り天理市だし、エホバの証人は神奈川県の海老名市で、創価学会は東京新宿区が聖地。

柔道の聖地は東京の講道館ですが、さて、トライアルの聖地はどこでしょうか。
関東の真壁は歴史はあるけど、聖地と呼ぶには少し狭すぎるし、関西にあった生駒テックはいいけど、もうない。
私がトライアルを始めた時代は「早戸川」が、名実ともに憧れの貫禄ある聖地でした。

当時はDVDどころかビデオも数少ない時代で、オートバイ.モータサイクル.サイクルサウンズ.ミスターバイク.オートヤング等々のバイク専門誌に載る早戸川の写真を見て、高校時代に始めてアメリカの男性雑誌プレイボーイを見て興奮していたのと、同じ感覚で興奮していたのを覚えてる。

何日だったか忘れたけど、11月全日本の2日前の金曜の午前9時に360ccの軽トラに乗って大阪から浜松のSUZUKI本社へ。
軽ワンボクスで朝に浜松に届こうと思えば、昨夜に出て深夜に浜名湖インター到着し、寝酒をあおって前夜は車中泊。

SUZUKI指導員の方から聞いていた、絶世の美女受付嬢の「合曽良子(あいそよしこ)」さんがいたのでご挨拶。
すぐに「SRS(SUZUKIレーシングサービス)」という場所に連れて行かれ、そこで始めてワークスのRL250とご対面。

マイバイクであるHONDA.バイアルス125と、比べ物にならないくらいの超先鋭的バイクだったけど、何故かサイドスタンドが付いていたんで取り外してもらう。

警察独特の極端なリーンアウトの姿勢で8の字ターンをして、これ見よがしの肩慣らし。
「では行きましょうか」で、今のコースターみたいなのに何台ものバイクを積み込んでライダーとメカの総勢5人で出発。
記憶では、遅い昼メシを食ってから聖地早戸川入りしたんだけど、関西にはない地形ロケーションにびっくり。

早戸川は風光明媚な山中の渓谷がトライアル場ですが、関西に渓谷でトライアルする場所はないの。
これだけでも胸ドキドキなのに、専門誌の中でしか知らない超有名人YAMAHAワークスの高校3年生“神童/木村治夫”の生を見たのにもドキドキ。

関西の乗り方は「激しく体を動かして」乗ります。
田舎のプレスリーの私は、もちろんこの乗り方だし、これがトライアルライディングだと思ってた。

ところが神童/木村治夫は、まったく動かず、股の間でバイクだけを遊ばせるライディングスタイル。
Ossaの魔法使いミックアンドリュースのまな弟子、というふれ込みにあこがれがプラスでドキドキ。
まだ高校3年生のくせに、妙に落ち着きはらった乗り方に、当時も今と変わらぬ肥満体型。

練習のステアケースなんて「登る」んではなくて「激突破壊」って感じ。

「すごい高校生がおるバイ」と思ったのが、時は経ち、今はなんと私と健一と二郎の上司でありお目付役。
二郎なんか、毎日のように健一のワークスバイクの秘密の部分をいじりバラす時、必ず上司木村さんの許可を電話で得ている。
まさか、あの高校3年生の神童/木村治夫が、今、黒山ファミリーとこんな関係になろうとはね。

さあ、高校3年生の頃の神童/木村治夫さんの生を見て知っているのは、今、何人いるでしょうか。
あの頃と今も、動きも体型もまったく変わらないというのもすごいの一言。

「人生がブレていない」という表現が当てはまるのはカッコいいけど、いまだにその体型もぶれていないのは、YSP京葉の大月さんや、エトスデザインの近藤さんのように「インスリン注射器を持ち歩く」ほどの糖尿病だけは、お気をつけくださいね。

YAMAHAが持ち込んだ一品ものの、乗っているワークスマシンに後ろサスペンションが付いてないの。
まあ、今、孫が乗っているRTL50Sと同じくカンチレバー、モノサスと呼ばれる一本サスの原型のバイクだったんだけど、これにもビックリ仰天の助三郎。

会場入りした金曜の午後から練習できて、始めて乗る2st250ccに慣れようと、張り切って岩に飛び乗った途端に行きすぎて向こうに落ちて、川の中にドボンと完全水没。

YAMAHAの高校生木村治夫の生を見たのに感激した以上に、完全水没したRL250をアッという間に復活させたSUZUKIのメカニックの手際のよさにも感激。
「自分のバイクは自分でいじる」と思っていた私には、衝撃的な出来事。
見ているだけで、何にも手を汚さずにまた元に戻ってしまう。

この事が私のメカに関する以後の基本姿勢「ライダーにはメカをやらせるな」で、少年チームブラック団の鉄の掟

・子供は乗るだけ、バイクをいじらせるな親がやれ
・いじらせると、バイクを壊すような豪快な走りをしなくなる

なのである。

この日、金曜の夜は連れ込み旅館みたいな和風宿に行き、警察だったらこんな日の夜は「前祝い、まあ飲め、俺の酒が飲めんのか」のチャンチキ宴会なんだけど、レースが仕事のワークスSUZUKIはただ食べて寝るだけ。

ブーツの中まで濡れてしまったゴム長トライアルブーツのサミーミラーブーツの中に、新聞紙を入れて逆さまにしておくと、朝には不快感なく使えるまでに乾く、のもメカニックに教えてもらった。
それにしても、トップライダー以下全員が「鉄道弘済会で売っている」ような、ゴム長をはいてトライアルしていたのも、古きよき時代である。

さて、いよいよ明日土曜日は、初めての全日本初体験、まだ戦わないけど受付車検と下見。
36年後に、長年の飲酒暴れ飲みがたたって5年生存率40%の食道&胃ガンになるともつゆ知らず、ビールをSUZUKI経費持ちだからと、ガンガン飲んで爆睡なのだ。

本日はここまででおしまい、また明日には書けるかな~♫
AD
いいね!(14)  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
まったく同じセクションを作って、1番と2番に走らせます動画(1)と動画(2)と動画(3)を、まずは御覧ください。

この動画を見て「かわいい~♪」で終わりは、そこでストップ、それ以上の進歩はないのです。
この二人の走りの違いが、お分かりでしょうか??

1番の小学2年の陸の走りと、2番の幼稚園年長の陣の走りの違いはこう。

1)全体的な体の動き/ライディングスタイル


1番の陸は

・全体的にアクセルワークのみで走っており、ボディアクション体の動きはまったくない。
・これはまあ、まだトライアルに慣れていない、立って乗る事に慣れていない、地形に慣れていない、の部分がありますので

おかしな事をやっても、乗っとけばそのうちなおる→そのまま放置

の範ちゅうで、このままやらしておけばそのうち硬さも取れてくるでしょう。
とにかく、まだ動きが硬いですね。


2番の陣は

・“怖がらない”という持って生まれた素晴らしい性格からか、すでに背中が伸びた突っ立ち乗りライディングスタイル。
・路面の凸凹に合わせて体を上下動させているし、イン入ってすぐや、中ほどの登りの手前で、きちんと膝を沈めてリアクッションの伸びに合わせて、動きの遅いうさぎ跳びをしている。

これは大変よろしいので→そのまま放置

2)チェンジをしているか、していないか

私達の時代に「南海の荒法師/和田」というのがいたの。
和田は本人も認める「1速使いの名手」でしたが、やっぱり2速3速も自由自在に操れるようになっていたら、もっと上位に食い込んで私を脅かしていたはず。

女子部にも「チェンジをしないまゆみ嬢」という達人がいて、どこもかしこもどころか、コースを移動するのも「オール1速」で走ります。
だからまゆみだけは60:1の特別混合比、参考までにコースをかっ飛ばすSSDTは50:1なのである。

本人に「なんでチェンジしないの」と聞くと「え~っ、チェンジってするんですかぁ」という、見事なお答え。

トライアルエンジンは「オートマ」ではなく「マニュアル」ですので、その場その場に合わせた適正なギァ位置で走る事は必須項目。
今のエンジンはパワーバンド、使える回転域が広いから2速だけで、1速の領域も3速の領域もこなしてしまいます。
ですが、基本はその場その場を走る一番適正なギアで走る、のがベストだからこの練習をしましょう、という事ですね。

1番の陸は、すべて1速で走っています。

かたや2番の陣は、インは1速で、左ターンした後にすぐに2速にチェンジして、登りを登りきった所の一番危ない難しい所、下りの手前でまた1速に落としています。
よく陣の動画を見ていると分かりますが、2速にチェンジアップする時に「今1速かどうか確認」するために、チェンジペダルを「瞬間一度」踏みつけてから、そして2速にかき上げています。

これは大変よろしいので→そのまま放置

1番の陸は、チェンジをまったくしませんが、これが

-チェンジの意味がわかっていない
-まだチェンジする余裕がない

のかもしれませんが

・当然やらないと、トライアルにならない事をしない→強制的にやらせる

ですので、今後の指導の項目ですね。


動画(3)は、登りで2番陣が失敗して転がり落ちるものですが「危ないことやっとるなぁ~」では、あんたそこまで。
これって、なんでこうなったか分かりますか。

そう、インしてすぐに2速に入れて、登りはもっと高いギアでやってみようと3速にチェンジアップして登ってみたら、登ったはいいけど50cc3馬力しかパワーがなくてバイクが前に進まなくなり、バイクを放り投げて飛び降りたもの。

だから自分から飛び降りてるから、転び落ちるシーンだけを見ると「危ない」のですが、実際は自分で転びにいっている、柔道でいうと投げられにいっている、から何ともないのです。

3)左右のレバー操作

健一がガキ二人に最初に左右のレバー操作のことで教えたのは

・左右ともに人差し指と中指の2本を同時に使う「ピース握り」「Vサイン握り」でやりなさい
・左のクラッチ側は24時間指をレバーの上にかけっぱなしにしておきなさい。使い終わっても、指を元に戻さず、レバーの上に乗せたままにしておきなさい

・前ブレーキの右は、ブーツで踏む後ろブレーキペダルと同じで「使う時だけ指を乗せてやりなさい」「そして、使い終わったら離して、アクセルを全部の指で握ってやりなさいい」

です。

1番の陸は、常に前ブレーキレバーの上に指を乗せていますが、健一に言わせると「それは怖いから、いつでも止まれる保険のため」と申します。

女子部、広島の智恵子嬢は、いくら教えても「右手の指を前ブレーキレバー」から離しません。
理由は「前ブレーキをいつでもかけれる状態にしておかないと不安で走れない」だそうで、これも、智恵子は女子部で生涯なおりません、でしたね。
多分、今でもそうやっていると思う。

・おかしな事をやり始めて、変な癖がついてしまうとなかなかなおらない→強制的にやらさない

ですので、今後の指導の項目ですね。

その点、2番の陣は前ブレーキは「下りで使う時だけ指をかける」ですので→そのまま放置、ですね。

女子部の名古屋の美和嬢、クラッチレバーは24時間指一本でしか操作しません。
うちに来て、指二本のピース握りを教えやらせますが、まったくトライアルになりませんほど、指一本追加しただけで何にもできなくなる。

・おかしな事をやり始めて、変な癖がついてしまうとなかなかなおらない→強制的にやらさない

の指導方針で指導しましたが、コリ固まっていたからすでに時遅しの典型で「癖がつくともうなおらない」の、よい経験をさせていただきました。

4)勝手にラインを変えやがる

2番の陣の動画(2)の最後に、下りで失敗転んでいるでしょう。
兄貴はなんなく下っています。
これって何で転んだか分かりますか。
下りに失敗して転んだわけではないのです。

1番の兄貴陸にライバル意識で対抗しようとして、まっすぐ下るのはもういいから「下ってすぐに右に曲がろう」として、ハンドルが切り込んで失敗して転んでいるのです。

女性は男よりも「言われたことをキチンと守る」習性性格が強いのかもしれませんが、女子部の時に私がセクションを作ってやらせると、何回もクリーンが出ているのに、いつまでも永遠に同じラインを走るのをやめようとしません。

反対に男は「もう、おもろうないわい」と、勝手にせっかく作ったセクションを変えやがる。
ですが、これはこれで成長の証だからいいのである。

(5)今回のおさらい

・おかしな事をやっても、乗っとけばそのうちなおる→そのまま放置
・おかしな事をやり始めて、変な癖がついてしまうとなかなかなおらない→強制的にやらさない
・当然やらないと、トライアルにならない事をしない→強制的にやらせる

これをよく見極めて、今後の指導としてくださいね。
よく見極められない民間人はどうするか。

-それまで、である。
-お金を払って、指導を仰ぐ。

の二つですが、多くのスポーツで頂点まで行った人の両親が普通の人の場合、この「お金を払って、指導を仰ぐ」しかなくて、フィギァスケート浅田真央のお父さんは実入りのいいホストクラブに勤めていたのは誰でも知っている話。

さあお父さん、体を張ってお金を稼いで息子のために使いましょうね~♪

真央のお母さん、心の不安を酒に逃げて肝硬変で、若くしてお亡くなりになりました。
いやはや、スポーツの頂点を極めるのはこれほどに凄まじいものである。

本日はここまででおしまい、また明日には書けるかな~♫
AD
いいね!(10)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

Amebaおすすめキーワード

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

ランキング

  • 総合
  • 新登場
  • 急上昇
  • トレンド

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。