Kazuのかんたんドイツ語 【文法・語法・会話】

ドイツ語は難しい?いえいえ、実は英語よりも簡単です。挨拶・発音・数字から、ドイツ語を簡単に分かりやすく解説します。単語の増やし方、動詞・前置詞の格支配や名詞の性の学び方も解説していきます。マルチリンガルの私が、外国語一般の学習方法についても紹介します。

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Gutes Neues Jahr!

…ですね、こちらでは。

 

年末の話になってしまうのですが、

ここ2年くらい、大晦日はどこかのビジネスホテルでNHKの「第九」を聞いています。

 

年末に聞いて、新年改めて歌詞を思い浮かべてみて、

改めて感じたことがあったんですね。

 

それで「第九」の第四楽章のコーラスの冒頭なのですが…

 

Freude, schöner Götterfunken,

Tochter aus Elysium,

Wir betreten feuertrunken,

Himmelisch, dein Heiligtum!

 

Deine Zauber binden wieder,

Was die Mode streng geteilt.

Alle Menschen werden Brüder,

Wo dein sanfter Flügel weilt.

 

この歌詞は、元々がシラーの詩だったことは、昔お話しました。

ベートーヴェン「第九」ができる前のお話 【An die Freude】

http://ameblo.jp/kantan-doitsugo/entry-11737868123.html

 

この部分の内容を一般的に捉えやすくするために、

改めて日本語で解釈し直してみました。

 

神よ、素晴らしい神の閃きよ、

楽園(エリュシオン)の娘よ、

我々は進んでいく、(閃きの)炎に酔いしれ、

天国のような、あなたの聖域へと。

 

あなたの魔力は再び結びつける、

時代が厳しく分断していたものを。

全ての人たちは兄弟となる、

あなたの柔らかな翼を留める場所で。

 

 

以前、「あなた(dein)」の部分を、「天使」だと解釈していました。

「神」だとも取れるのですが…

 

まあ、文学の授業でも論文でも何でもないので、ここではどっちでもいいです。

 

 

近代の初期のヨーロッパの詩なので当然なのですが、

超越的な存在と対置して「ワタシ(たち)」がいる感じがするんですね。

 

その感じ方に、私が違和感を覚えるようになったのです。

 

 

誤解を恐れず言えば、

「ワタシ」から見える「世界」が全てなんですね。

 

「ワタシ」の見方次第で、全然世界が変わってくるのです。

 

でも、ここは信じるか、信じないかのレベルの話なので、議論しても意味のない話です。

私と同じように信じる人がいてもいいし、

信じない人が出てきてもいい話です。

 

 

それを無理に統一しようとするから、無理が生じる訳なんです。

 

ここで仮に私が、「この考えを信じない奴なんて●んでしまえ」なんて、面と向かって言おうものなら…

それこそ、議論になり、一悶着起こるでしょう。

(もちろん、そんなこと言う訳ありませんよ!!)

 

 

さっきの世界観を信じるかどうかは別として、

試しに、このシラーの詩の「あなた」を「わたし」に読み替えてみると面白いですよ。

 

「喜び」を創り出すことは、誰でもできることです。

別にムリに笑かしに行く必要がなくて、ただ自分が「喜ぶ」ことをするだけです。

 

そこから「閃き」や「美しいモノ」もやってきます。

 

そして、魔力のように色々な人たちと繋がっていきます。

 

喜びで始めたこのブログで、色々とありがたい言葉を私ももらいました。

 

しばらく、休んでいましたが、

言葉で喜びを伝えていく…そんなことをしていきたいと思っています。

 

 

今は、他のブログなどでも文章を書き始めています。

 

こころの世界史

http://kazu-wiz.seesaa.net/

 

そして、時間を創って、動画も撮りたいと思っています。

 

 

言葉って、本来楽しいモノなんです。

でも、今までの人たちって、歯食いしばって、「語が苦」にしてしまっていたんです。

 

私は外国語に限らず、言葉を楽しむこと=「語楽」にしていきたい。

それを伝えたい。表現したい。それだけです。

 

こちらにも顔を出す頻度が、また増えると思います。

新しいブログともどもお願いします。

 

ブログ主が顔を出さない間も読んでいただいた方、本当にありがとうございます。

昔からの方も、お願いします!!

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最近、色々好き勝手やっていて、面白いものを見つけました。

別の切り口から「言葉」の話をしたいと思います。

 

先日、旅行で北海道に行っていまして、

「北海道博物館」のアイヌ語に関する展示の写真を撮ったものがこれです。

 

で、この展示の面白いところは、「文を作る本質」を見事に表しているんですね。

 

ドイツ語について、いつも言っていたことは、「文を作ること」を意識することでしたから。

 

で、

この4つのサイコロですが…

黄=副詞句(時間・様態・場所など) 

緑=行動の客体 (O/S)

赤=話者の注目 (S/O)

青=動詞 (V)

となっているのです。

 

これ、主語・目的語としていないのは、

アイヌ語の場合、「赤」の部分で話者が何に注目をして話をしているのか、それを動詞の前で言っているようです。

 

それが

・ 「主語(S)」+「動詞(V)」という関係に注目しているのか、

・ 「目的語(O)」+「動詞(V)」という関係に注目しているのか、

によって、緑の扱いが違うということなのです。

 

アイヌ語は今回初見で、展示から分かる範囲で話しているだけなので、違っているかもしれません。

それに、能動・受動といった事項があるのかも知れませんので、正確には分かりません。

(もし、知っている方がいらしたら教えてください。)

 

 

実際に今後習うかどうかは別の問題として…

これで、私はアイヌ語の文の基本形をつかむことで、表現するひな形ができたことになります。

これが、文法を習う最大の利点です。

 

 

もしこれがなかったとしたら、ひたすら実践の中で間違いながら、へこたれずに話し続けなければならない…という苦行になります

 

 

同じ話をドイツ語でするのであれば…

 

赤=動作の主体(主語)に注目してその動作を伝える言語ですので

 

Kazu hat gestern ein weißes Hemd gekauft.

 

という文になります。

 

あるいは、

「昨日」ということに注目するのであれば…

Gestern hat Kazu ein weißes Hemd gekauft.

という文も可能ですよね。

 

でも、動詞2番目最後は揺るがない

その鉄則は守られる訳です。

 

 

 

これを日本語に直すとすれば…

カズは昨日白いシャツを買った

といった感じになります。

 

日本語も、ドイツ語と同じように、主語目的語動詞の順の言語ですので…

 

 

こんな感じで、言語の仕組みを捉えてみると、「文を作る」上での一番根本的なことが分かってくる訳です。

 

これは、文を習う、初歩の部分の話です。

でも、このことを意識できると、上達は早くなります。

 

残念ながら、例えばラテン語みたいに、語順の全く関係ない、活用が命みたいな言語だとこうは行きませんが、

語順を意識する他の言語でも、応用できる話です。

 

参考までに。

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日本での外国語学習でずっと疑問に思っていたこと。


実は、外国語の勉強ではなくて、日本語の勉強をしているのではないのか?

そんなことを思っていました。


例えば英語だったとしたら、「英文和訳」
ドイツ語にしても「独文和訳」

と言った具合に、
何でもかんでも「日本語」に直そうとする、そんな感じがしてなりません。


学習時間が少ないから…とか言い訳して、
英語の授業を増やすなんて、バカげたことをしていますが、意味ないです。


今の学校の授業で、実質「英語」に触れている時間って、どれだけですか?

授業語が日本語じゃないですかね?

それで効果を上げようなんて、無茶もいい所です。



一定程度までは、習う言語以外の言語で解釈するなどする必要性はあるかも知れません。
A2くらいまでの初級の方であれば、助かる場面も多々あるでしょう。

でも、そこから上に行こうとする人にとっては、
例えば、専門的な仕事の話をしたいとか、研究をしたいとか、
そんな人たちは、さっさとその言語の環境に飛び込んでしまった方が早いように思います。


そのレベルの人たちが、
チマチマと「外国語⇔日本語」なんて(頭の中であっても)翻訳していたら、時間の無駄です。



特に日本の英語学習で感じるのですが…


言葉は前から理解していくものです。


でも、受験の世界で話をされていることって、
英語の文章を材料に、日本語の発想で順番を入れ替えて読んでいるだけなんです。

英語の授業では、文章を前から読んで後ろから解釈していくなんて、アクロバティックなことをしているのです。

だって、
「SVO」という語順の文を、「SがOをVする」と日本語に「訓読」していくわけですから。


「SVO」くらいの文だったら、
極端な話、「外国語⇔日本語」なんてことをやっていてもいいのですが…

関係詞や副文のあるような文章で、こんなことをやっていたら、とてもじゃないけれども処理が間に合わないです。


日本語に翻訳ことが目的であれば、いいんですよ。
文法構造的には理にかなっている話ですから。

でも、実際に使うということを考えたら、具合が悪いと思うのです。



「ある外国語が理解できる」ことと、「ある外国語を母語に直す(あるいはその逆)」というのは、本当に別物です。

でも、学校の授業でやっている練習が、「ある外国語を母語に直す(あるいはその逆)」ばかりだから、
そりゃ、一般的な人がイメージする「(反応良く)話せる」状態になる訳がないのです。


話せる人というのは、何か言いよどむことがあったとしても、その言語で考えていますから。



同様の理由として、
ドイツ語を習う上で、英語で考えた方がいいとか言っている人もいますが…


そんなことを言う人は…英語が語源・文法要素・修辞・古典も含めてできるんですかね?

できるのであれば止めはしません。
あるいは、やむを得ない事情で英語で教えてもらう必要性がある場合は仕方がないです。


でも、そうでもない限りは、できる限りやめた方がいいと思います。



最終的には、「言語を習う」のではなく、「言語で知る」ことの方が大切ですから。

それであれば、スムーズにその言語に触れられるようにすることを意識して話せる指導者が増えるといいように思います。

そのことを体感されたいのであれば、基礎(A2くらいまで)は、日本でやってもいいと思いますが、そこから先は現地で学ぶ方がいいように思います。
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