2009年10月19日

黒部上ノ廊下下降

テーマ:沢登り

黒部川 上廊下



21年9月22日~25日


参加者 川辺、阿麻橘





21日

急行きたぐにの乗車率は京都で4割ぐらい。大阪では空いていたので、「これ寝台になるんですよ」と座席を寝台にしそうになる。 



22日

バスの乗客は5人だけ。乗用車は登山口の1km以上手前から道路の両側にびっしりだった。有峰林道に入って目を覚ますと雨だったが、登山口の小屋で荷造りとかで30分ほど掛かっている間に上がった。

太郎平までの登り、ひっきりなしに数百人の下山者から挨拶され非常に疲れる。

太郎平小屋も人だらけ。昼食時でカレーを食べようと思ったが相当待たされるようなので止めた。

薬師沢小屋への下りの間、「小屋に泊まろう、雨だと気が滅入るから」と何度も言われる。

今朝の荷造りを思い出しその気になった頃、登ってきた人から「食材も人手も無いと言われ食事を断られ、ビールも無かった!」と聞く。やはり沢に入ってテントを張ろうと思ったが「それなら値切って泊まれるかもしれない」と言われ押し切られる。

小雨の中、2時すぎに小屋に着くと空いていて普通に営業していた。しかし、昼食はカップラーメンぐらいしか無く、ビールも宿泊者に限り一人一缶だった(日本酒は制限なし)。



関西蛍雪山岳会のページ-豪華な晩御飯











豪華晩御飯


快適な自炊室で早々と飲んで、食事して6時には熟睡に入った。(食事付の人の夕食は、カレーライス単品の様だった。)



23日

小雨の中、小屋前で15分ほど待って、最後発の7時半発になる。

ほとんど河原に付いている大東新道を辿りA沢出合まで45分。左足のフェルトが半分剥がれ、テープで補修する。しばらくすると右足のフェルトも半分剥がれ補修する。



関西蛍雪山岳会のページ-フェルトが剥がれた沢足袋

フェルトが剥がれた沢足袋



B沢出合で大東新道は岩壁の上に上がっていき、奥廊下が始まる。ここで休んでいる人を見た後、平ノ渡しまで誰とも会わなかった。

さっそく数十メートルの淵、割合容易に巻けるらしいが無理なので泳ぐ。

この後、立岩奇岩あたりまで瀑流部と淵が頻繁に現れ難しかった。立岩奇岩が10時15分頃ようやく見える。11時岩苔小谷出合、予想よりだいぶ時間が掛かっている。

11時半赤牛沢出合。計画ではここが一泊目だったが全く無理な計画だった。

両足ともフェルトが8割方剥がれた状態になり、何度も補修するがテープはすぐ駄目になる。あおきつ君に細引きを貰ってテープ+細引きにして少し長持ちするようになる。

しかし、飛んだりフリクションを効かせたりは出来ない。静荷重静移動のみ剥がれかけのフェルトはクッションの役にしか立たない。

美しいはずの景観も小雨が降ったり止んだりの天気で灰色、それに寒い。

静荷重静移動でぎこちないへつりをしていると「お先に流されます」あおきつ君がすっと流れて先へ進んでいった。全く適切な判断であったのでただちに見習う。

以降、あおきつ君に先に行ってもらう。時々渡渉や急流部を流される時に振り返るが、判断は適切なので「行こう!」と追認するだけである。

2時半金作谷出合、この先、上黒ビンガがあるので打ち切りとする。テン場を探すと直に水場から数メートルで平坦で石の少ない場所が見つかった。

いつも当たるだけだったが、焚き火を起こすのは案外楽しい。きつい通り雨に遭ったが焚き火は無事で、夕暮れにはテントから出て食事が出来、星も見えてきた。 



関西蛍雪山岳会のページ-金作カール対岸のテント場    関西蛍雪山岳会のページ-焚火


金作カール対岸のテント場          焚火の炎



24日


快晴8時出発。谷底なのでまだ日は当たらない。行ってみると、上黒ビ
ンガには難所らしい難所は無かった。越えるのはあっけないが振り返ると大岩壁と薬師岳が素晴しく美しい



関西蛍雪山岳会のページ-旧黒五の河原から望む薬師岳

旧黒五の河原から望む薬師岳


だだっ広い黒五の河原をてくてく歩く。初めは歩が進むし温かいのでうれしいが飽きてくる。広い河原が終わる頃、左岸の高台に廃道になった高天原新道のものと思われる道標がしっかり立っていた。道は右岸側だったはずで不思議、沢中唯一の人工物だった。

口元のタル沢出合、下黒ビンガあたりのゴルジュ帯はどんどん流されて通過する。時々岩に軽く打ちつけられるが浸食で丸くなっており身体や装備を痛めることはなかった。



関西蛍雪山岳会のページ-下の黒ガビン下流の河原


二人とも沢は初心、初級者だが今回たっぷり流された経験から書いときます。流されるコツは必ず腰ベルトを締めて直立からややあお向けの姿勢で下流方向を向き足は動かさず、手はボートのオールのように動かしてバランスをとるだけが良かった、平泳ぎとかは上手くいかない。なお、渡渉時は腰ベルトを外し、胸ベルトはどちらでも締めない。水流中の下降は遡行と違い、安全のため強力な浮きになるザックを降ろすことはない。

1時55分東沢出合着、少水で身の危険を感じるほどのことなく上廊下を通過することができた。入山1、2日目に雨が降ったがたいした雨量ではなく、それまでの9月に入ってからの富山地方の雨量が平年の1割未満と少なかったからだと思う。

奥黒部ヒュッテには寄らず、湖岸道を平ノ渡しへ向かう。歩き始めて30分ほどの桟道上からの立山が神々しい。この山行一番の景観だったが残念ながら写真はない。渡船は5時20分発、4時20分に到着した。

避難小屋や針の木谷の河原で泊まっても良かったが、ポンポン船で左岸に渡り、平ノ小屋に泊まる事にした。ペンション風のきれいな小屋に今晩の宿泊客は2人だけだった。自炊と言うと喜ばれ、風呂に入ってのんびりしたあと食事する。小屋主の奥さんが話し好きで薪ストーブを点火、持参の40度の芋焼酎をすすめると、虹鱒の燻製や日本酒をサービスしてくれてその後9時まで話す。今年の上廊下はお盆には水量が多く50人ほどが入ったが全員断念、この連休初日にはリベンジ組とかで15人が入ったとのことであった。



25日

予備日を使えば予定どおり問題なく欅平まで行けると思うが、「無理はやめましょう」と言われる。無理は全くないので ? であったが、「予備日を使う=無理」と誤解していた様だった。予備日を使うのは無理でも何でもないと誤解を解いたが、それでも「上廊下、源流、下廊下で黒部3部作にする、今回はダムで帰りましょう」と言うので黒部ダムから下山することにした。

6時10分起床、ラーメンの具にあさつきとバジルを貰う、おいしい。蛍光灯の交換を手伝ってコーヒー(おかわり、かりんとう付き)を貰ったりして8時40分にのんびり小屋を出発、12時ダムに着いた。今回の山行は、のんびりするつもりはなかったが結果的には、連日超遅出かつ早着であった。

ダムから見えた白馬岳は小さく、その麓の欅平の遠さがよく分かった。今回の山行、あおきつ君の意見は2回の小屋泊まりも含め常に正解。彼の言うとおり、ここで区切るのが正解かなと思った。辿ってきた薬師岳の方を眺め「黒部氷筍ビール」で乾杯、その後車中でも楽しく5、6本空けつつ帰阪した。



なお、軽量化徹底のお陰で両名とも10kg、50ℓ両方クリアー? トロリーバスの荷物料金不要でした。

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