感謝と感動の歴史祝い「感歴」祝い(*゚▽゚*) 感謝を形にするお手伝いを致します♪

「感歴」笑顔と感動で皆さまに気付きを提供します。 「感謝・感動・歴史」がテーマ! それが感歴パーティです! 還暦に限らず、さまざなな感動の祝いを、その歴史と共に提供致します♫
感謝や想いを形にして、伝えてみませんか?

感歴プロジェクトの7つのフィロソフィー

◎自分の命と存在そのものを愛し感謝すること

◎成長を楽しみ笑顔で、常にエネルギーを周りにシェアすること

◎時間を大切に「ありがとう」と言うチャンスを逃さないで伝えること

◎常に10年、20年その先の自分と社会の未来をイメージすること

◎真実を見つめ、自分に対しても他人に対しても平等な心であること

◎素直で心豊かな行動と発言と発想でいること

◎全ては皆同じ、大切でかけがえのない存在であることを

常に意識すること

大切なのは1人1人のアイディンティティーへの誇り


Mission

2023年までに感歴祝いを日本の当たり前の文化にする!


感歴とは=「感謝と歴史」人生・自分自身そのもの。

改めて自分のアイディンティティーから幸せとは何かを探求すること

「我想う、故に我あり。我思うように、他も思う。故に争うなかれ。」

世界の平和と理解の為に感歴フィロソフィーを広めます。






テーマ:
感歴を一緒に広める仲間を随時募集しております。

先週は、都内より感歴プランナーとして一緒に活動を開始する方との
ミーティングでした。都内から来てくれるのはこれで2回目。

目的と志は一緒。

感歴を通じて、家族、親子をもっともっと深い絆で結ぶ
一生涯の想い出をつくる

そして、最高の親子の笑顔を残すことで
社会を心から豊かにすることが私達の目的。

経歴は問いません、興味をお持ちの方
もちろん、男性も大歓迎

人の笑顔が大好きな方

そして、子育ての落ち着いた方など
子育ての経験を活かして一緒に感歴プランナーをやってみたい方など

他にお仕事をされていてもOK。

子育て中の方でもOK。


とにかく、少しでも興味のある方
いつでもご連絡ください。


一緒に新しいお祝いの文化、感歴祝い文化をつくりましょう!

ペタしてね

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テーマ:
内容は4年前に小冊子にして配っていたものです。
ほぼ、その時のままの文章です。


↓↓↓↓

皆さんは、家族に感謝をいつ伝えましたか?

私達は、親や家族の事を一体どれくらい知っているでしょうか?

そして、感謝の想いを、伝えたい気持ちを、たくさんの問いを
一番近く大切な人に伝えられているでしょうか?

それは、私自身の感動体験がきっかけでした。

一昨年の夏に、義母が60歳の還暦を迎えました。
はじめは、親族と温泉に泊まるだけの一泊旅行の予定
その時、結婚式場で長く働いていた私は
「そうだ、披露宴のような主役お祝い会にしよう」と思い準備しました。

大きなホールケーキ
贈呈様のお花のアレンジはホテルに手配してもらい
カラオケで歌のプレゼント
嫁(私)からの「感謝の手紙朗読」
孫たちからのプレゼント

そして、お母さんの今までの人生を写真でまとめた動画を制作
家族からの感謝のメッセージも込めて、上映しました。
それは、まるで一人の女性の自伝映画を見ているよう。

義母はお祝い中にも
「もう、いつ死んでもいい」言ってくれるくらいに
涙をこぼして、笑顔で喜んでくれました。
私もあの時の感動は今まで味わった事ない
深く温かい感動で、心の中が凄く穏やかになり
幸せな気持ちに包まれたのでした。

そして、その時に気づいたのです。

それは、今まで義母の事を子供たちのおばあちゃんとしか
思っていなくあまり仲良くなかったのですが、
義母も私も同じように女性として人生を歩んでいる。
出逢い、恋愛、結婚、子育て、離婚、仕事など
義母は、3人の子供に恵まれましたが、2人目が生後間もなく
亡くなっているのです。
それを知った時に自分ばかりが大変な思いをして子育てや仕事をしている訳じゃないど、誰だって悩みながら一歩一歩前進し生きて、頑張っている!ことに気付いたのです。

誰もが赤ちゃんで生まれて、成長して、学びながら大人へと歩んでいる。
親だって、初めての事にドキドキしながら成長してきたし、
私だって大人になった今でも
不安や分からない事にドキドキする。

その時です。

この感動は今の世の中に必要だ!と確信したのです。
この感動を一人でも多くの人に体験して欲しい!
そうなれば、きっともっとお互いを理解する思いやりが出て
親を知る事が、自分のルーツを知る事になり
自分をもっと大切に出来る、自分を大切に出来る事は
他人も理解し、優しくなれるのではないか?

私の夢が生まれた瞬間でした。

家族が素直に感謝を伝えて、感動を共有し、歴史を知る事
それが新しい「感歴」※

感謝を言葉で伝えるチャンス
家族が集まり笑顔で、想い出からまた新しい最高の想い出をつくる
そんな温かいお祝いが今までになかった

今、人生で自分がメインなる事は、生まれた時と結婚式とお葬式くらいです。
あたり前ですが、結婚式以外は本人の記憶はありません。
子育て落ち着いた世代が自分達のメインのお祝いでみんなが集まることは
なかなかないのです。

正直 親の話などで多く聞くのはお葬式でしか
顔を合わせないと言う寂しい現実です。

だからこそ、この世代に主役体験して欲しい!
その思いが強くなった時に私は行動を始めました。

でも、一体どうすればいいんだろう?考えました
まず、会社への企画提案は2度試しましたが
先の見えない事業なので企画化されませんでした。

会社がダメなら自分でやればいいのだ!と思った私は
想いだけを綴ったファイルをいつもバックにいれて持ち歩き、
起業家の方にお会いする度に一方的に渡して歩きました。

900人以上には出会って、400人以上には伝えて来たと思います。
とにかく分からない事だらけで初めてのことだらけ、

でも、その度に次にやる事が見えてきて
そして、第一回の「宇都宮市ビジネスプランコンテスト」に
出場させて頂きました。
100人以上の人の前でプレゼンテーションをするなんて
人生で初めてで物凄い緊張をしましたが、
夢を夢で終わらせない為に必死でした。

その後、実際に何件かの「感歴」祝いをさせて頂きました。
まさに、そこには笑顔と感動に包まれた時間がありました。
しかも、家族の歴史のDVDをみんなで観ながら、会話がどんどん弾み
最高のお祝いが出来たのです。

私が経験した時と同じでした。
親も自分と同じように人生を歩み
今よりも遥かに不便な時代に
青春、恋愛、結婚、出産、子育てを経験していること

今の私達の悩みは、昔の親世代の悩みで
今の親世代の悩みは、将来の私達の悩みであること

親の人生の中に、大切に自分が存在している事
全ての人に、その人の主役の人生があること

知らなかった家族の想い出を家族みんなで笑顔で会話する事の楽しさ!
親の主役のお祝いをする嬉しさ!
自分の人生を家族に語り、未来も共有する楽しさ。

その中でも、私が一番印象に残った家族の会話は
1枚の写真を見て
主役のお母様が「これはグループ交際の初デートの写真なの、
この写真を撮っているのが、主人だったから、主人は写ってないのよ~」と
当時を思い出しながら笑顔で亡くなったご主人との想い出を
家族に語ってくれました。

もちろん、ご家族ははじめて知ったお母様の初デート話です。

その他、自分の顔が親の若い頃の顔にそっくりだと驚いていた事

幼い時に兄弟でお揃いに来ていた服は

全て、母親が手作りしていた事

何十年経った今でも、昔住んでいた家が夢に出てくる事

お母様が想像していた以上に美人だった事

お孫さん達が知らない、ひぃじいちゃんやひぃおばあちゃんの存在
亡くなったお父様にあまり愛されていなかったかもと思っていた息子さんが
幼い自分をしっかりと抱きしめて遊園地の遊具にのっている
お父様の写真を見て愛されていた事にきづけた事

その勘違いに気づいたとき、過去の思い出も未来も変わり、
一枚の写真によって、お父様への想いが大きく変わりました。

お祝いを通じて、家族がどんどん一つになっていくところを確認する事が出来
この体験こそが、私の目指しているものだと涙が込み上げました。

子供たちの笑顔はまず大人が笑顔を見せて安心と希望を与えること
大人達は、そのまた大人達の笑顔を見て安心と希望を持つ
だから、私たちみんなが笑顔でいる為には
全世代が笑顔でいることが大事なんです。

それを「感歴」通して伝えていきます。

この感歴は
感謝と歴史からの「感歴」です。
人生の節目にこの新しい感歴をする!

この想いを込めた「感歴」の文字をどんどん広めて行きます!
これからの私の課題は一人でも多くの人に実際に「感歴」体験して頂き
その感動と共に新しい文化として広めて行く事です。

ここで、みなさんへ質問です。
みなさんの情熱やエネルギーはどこからやってきていますか?

何故 感動や想い出必要なんでしょうか?

私は感動や想い出こそが、生きるエネルギーになると信じているからです。
私の思いはそこにあります。

大切な人に言われた「ありがとう」や手紙が
忘れられない程に心に響いた事ありませんか?
家族や友人などからもらった言葉で救われたことってみなさんあると思います。

でも、そのたった一言の「ありがとう」が大切な人に
なかなか素直に言えない人がたくさんいるのです。

人生の時間は有限だと知っていても、言いたいと思っていても。

後から言えなかった。。。では、後悔するばかり。
だから、いつか言うではなく
感謝を素直に伝えるチャンスも提供したいのです。


それは、私の過去の経験からも強くお願うことでもあります。

私は20歳の時に大切な人をある日突然に交通事故で亡くしました。
人にはいつ別れがくるかなんて誰も予測出来ません。
別れの順番も決まってなんていません。
2011年の震災もそうでした。。。。もし、今その時が来たら
みなさんは伝えておけば。。。と後悔する事はないでしょうか?

後悔とは後になってからは出来ない事を言います。

後になってからでは本人に確認することなど出来ず、
本当に私は相手を理解し分かりあえていたか?
支えられていたか・・・・
私は、突然のその日からずっと後悔が続きました。

これは私だけのことでなく
別れは誰にでも、いつかくるもの。

ただ、あまりにも早い突然の別れは想像を絶する悲しみでした。
私は彼の人生をどれだけ見つめ分かってかげられていたか?
彼の両親は聴覚障害があり、耳がまったく聞こえませんでした。
そんな環境で育ち、人には言えないたくさんの苦悩あったはず。

最後と知っていたらもっともっと伝えておきたいことがあった。

だからこそ、本気で今を大切にし
その時その時に想いを伝えることが大切。


その後の20代は、家族や友達からもらった愛や優しさがあったからこそ
それがエネルギーとなって、強く生きる事が出来ました。

当初は鬱状態がつづき、どう生きていいかも分からなっかたし、
生きている意味も分からない時期もありました。

でも、そんな時は母の言葉だったり、友達からの毎月届く手紙だったり
そんな愛があったからこそ、今が幸せで存在ます。

その頃の苦しみのお蔭で、その分多くの学びを経験する事が出来ました。
それは、自分の感情を知って他人を理解する事です。

毎日の様に泣いて過ごしていた時に母が私に「雅子が泣くと私も本当に辛い」と一言言ったのです、私は自分が悲しいあまりに周りまでも不の連鎖で悲しませていました。

そして、毎晩の様に泣いていた頃に「誰も私の気持ちは分からない」って思っていたのです。
でも、ある日気づいたのです、そう思っている私こそが自分の事しか考えていないワガママな人、私はそれまで、人の事を考えて眠りについた事などなかったのに、自分の時だけ、誰も分かってくれないと。。。しかも、世の中にはもっと辛い人はたくさんいるのに。


そんな事に気づいた時から、私は泣く事を忘れて笑顔でいることと
周りをハッピーにする事を決めて幼い時の夢だった花屋に進みブライダルで幸せを沢山頂き、
今まで歩んで来ました。

そして、この夢に出会った時に私の中で全てが繋がったのです。

人を理解して、自分の事も理解し、
常に今を大切にし、感謝を言葉で伝えて、笑顔で楽しく思い出を作る事で
もっともっと心が豊かになる

だからこそ、感謝の想いを形にして贈りたいのです!

一番近い存在の家族ほど、いつでもいいやと後回しにして
素直に感謝を言えなかったり、言わなくても分かるでしょうって思い
言わないままでいたり。

でも、一番近くて大切な存在だからこそ、
伝えなくちゃいけないのです。

愛(想いを伝える言葉)や感動は、必ず人の支えになり
どんなに距離が遠くても関係なく心のチカラになるのです。
そして、どんな時も心の中から、引き出せるチカラです。

大切な事は、自分とまったく同じ様に
誰でも主役の人生があって、その人それぞれに背景があること。


そのことを理解することが出来ればもっと世の中は優しくなれることです。

大人になってからの笑顔は、強くないと出せなのです。
笑顔のチカラを知っているから笑顔でいられるのです。

必要なのは笑顔の連鎖です。

このお祝いでは、普段撮れないような親の笑顔が待っています。
そんな親の笑顔の瞬間も逃すことなく写真に残し、未来へと繋げます。

みんなが、未来を力強く生きられる様に
笑顔の想い出をつくるお手伝いを「感歴」でさせて頂くことを決めました。

自分で何かを起こす事の大変さはこの2年感でも感じております。
これからも、もっと大変だと覚悟しています。

このプロジェクトは私一人では実現出来ません。
一人でも多くの人に共感して頂き、この栃木から地域と人が繋がる事で
感謝と感動と歴史の「感歴」
「笑顔と感動から、気づきを」理念としてこれからも頑張って行きます。
是非、皆様のお力をお貸し下さい。
共に心から豊かな社会を目指してこの栃木から「感歴」文化を創りましょう。
最後まで、お付き合い頂き誠にありがとうございます。

感歴代表 金田雅子
プロフィール 1975年栃木生れ 2児の母
小売りの花屋を経て、大手ハウスウェディング、
ブライダルフラワーコーディネーター1000件以上の結婚式に携わりました。
その経験を活かして「感歴」プロジェクトを自ら考案、活動しております。
国家資格 フラワー技能士1級



【その後】
この小冊子を配っていた頃から、3年が経ち
それからも色んな体験をさせていただいてます。
お逢いした人数も2,000人以上になったと思います。

今年はまた、子育てを中心に環境も変化
一緒に感歴をやりたい!と言ってくれる仲間も増えたこともあり
それに伴い、活動を再開いたしました。


私の2016年のテーマは「原点回帰」
また、一からのスタートです。

これからも感歴について沢山の方にお伝え一歩一歩歩んで参ります。

講演やセミナー等も無料でお受けいたしますので
ご気軽にメッセージくださいね!
(※遠方の方は要相談)



2013年 ソーシャルビジネスブランプリファイナリスト
(都内ニッショーホール参加者500人 特別審査員 田坂広志氏)
2014年 第五回大田区ビジネスプランコンテスト企業賞(ナムコ賞)
2014年 1月6日 日本経済新聞社 生活欄にて感歴プロジェクト掲載
2014年 11月19日内閣府少子化プロジェクト「家族の日・家族の週間」
      賛同企画「感歴写真展」下野新聞・東京新聞(栃木)にて掲載
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娘が号泣…

それに、更にイライラする私。

少し強い口調で
「指、どうなっても知らないよ!」と言って

娘の様子を伺い、距離を置いてみる。


事は、金曜日に起こった。

下校で帰ってきた娘が、元気よく「遊びに行ってくるーーー!」と
自転車で勢いよく玄関を出ていった。

約束の時間よりも早く「ただいまー!」と帰ってきて
大人しくしていた。ん? 珍しく大人しい。。。。

何やら、公園で指をケガしたらしく

両手の指に絆創膏をいくつもしている。
泣いた様子もなく、平気な顔つき。

お友達のママも一緒だったみたいで
公園近くの知り合いのお家でも手を洗わせていただき

そしてから、友達のママに絆創膏をつけてもらったと娘の報告。

普段、膝などに生傷の絶えない元気な娘

転んでも泣かなく起き上っては、また同じ遊びをするほど強い


その日は、かなり疲れたのか娘もすぐ寝てしまい。

翌日はお兄ちゃんの野球だったので
朝から一緒に球場へ。

絆創膏も、自分で変えたりして
私もさほど気にしていなかった。

夕方になり、流石に小さなケガだとしても
ちゃんと消毒をしないとと思い、娘にケガを見せてもらったら・・・・

想像以上に痛々しいケガ・・・・・
何で?もっとちゃんと報告してくれなかったのか?驚き。

自分でも、昨夜のうちにちゃんと傷を見なかったことに後悔するほど。

改めて、公園での出来ごとを詳しく聞いてみた。

その公園は、市の公園とかではなく
一般の方が好意でつくった林の中の公園で
私も娘も何度も遊びに行っていた場所。

そんなに危険ではないが、手作り感満載。

原因は、アスレチック状になっている高い台から
黄色と黒のロープ(細くよく見かけるもの)を両手で握り
降りたらしく、摩擦によって火傷と同じ状態に・・・

今までに、経験したことがなく
漫画とか、イメージだとロープはスルスルと降りてこれるものと
思ったからしい・・・・

確かに、私も幼いころは同じように思っていた時期もあったけど。



そして、消毒しようとしたら

娘は号泣。
全身で号泣。

その時に、ハッとして
はじめて、娘がケガに対して本当は不安で不安で
仕方なかったことに気付き、抱きしめました。

でも、その後なんど説得しようとしても
頑なに消毒も病院も、拒絶する娘に
困った私。

とにかく、患部を消毒しなくちゃ大変と思う私。

泣きながら拒否し、暴れ出す娘。

心配を通り越して、イライラしちゃう私。

消毒も病院も、何故そんな怖いことをさせてるのかと思う娘。

なぜ、この傷を平気なふりをしたのか?と更にイラつく私。

自分の事だからかまうな的な娘。

「もう、知らない!」なんて言ってしまう私。


これを、朝と夕と何度も繰り返しやっと病院へ。


消毒も思った以上にしみずに泣かなく
先生の言うことも素直に聴く娘。

だから言ったじゃん!!!


医療用のシートを指に貼ってもらったすぐにご機嫌

今までのケンカのようなやりとりは何だったのか?
親が子に対する心配は、時にイライラや怒りになってしまう。

こんなに心配してるのに、何で分かってくれないの?
一番いい方法を言ってるのに何で?
じゃ、どうなってもいいの?

なんてね。

でも、子供にはそう簡単には理解出来ないよね~


私も、小さい時に篠で指を切ったり
倉庫の機械に顔をぶつけて大量の鼻血がでた時に
コソコソして、すぐに言えなかった。

怒られると思う以上に、どうなるか分からない不安に
怖かったからだった様な気がする。

ただ単に、やっちゃた・・・・って

このまま、鼻血とまらなかったら?
このまま、傷が治らなかったら?

なんて思いが、声に出せなかったりね。


そんな気持ちも忘れていたけど、でも治療にはスピードが重要!
傷を甘くみないで、母としてもっと早く傷を確認すれば良かった。

深く反省。


そして、もっと子供目線になる必要性も再確認できた。

分からずやのママだわ。私。


今朝は「ママ、帰った時間に家にいる?」って聞いてきた。
今日は居ますよ!

元気な「ただいまー」の後の
「おかえりー!」が大好きみたい。

そうだよね、私も家に帰るといつも祖父母がいて
自然と安心だったな。


子供の好奇心も奪わないように
もっと、コミニュケーションをとって危険なことや
注意すべきことも伝えていかなくちゃ。




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皆さんは、自治会に加入されてますか?

我が家は、今の家に引っ越しをして約10年、
主人も私も地元ではなかったので、
まずは御近所さんとの交流をはかる為に加入しました。

はじめは、自治会のことも何も分からないことばかりで、
子どもがまだ生れたばかりだったので、何もかもが初めてのことで、
生活自体が大変でしたが、少しづつご近所さんと顔を合わせ
挨拶をする事で交流が出来、地域への安心感が増えました。

ただ、今の社会全体の傾向としては核家族で共働きの
家庭が多く自治会に入らない家庭も多くなっています。
(我が家も核家族の共働き)

だから、近所に住んでいてもどんな方が
住んでいるかもわからないお家も多いみたいです。

そして、自治会に加入しない理由として良く聞くのは
回覧板や集金、行事が面倒くさいと言うことです。

子育てと仕事、子どもの習いことなどで忙しい中、
自治会費を払ってまで加入することに意味を感じないそうです。

私も正直最初はそう想い、その意見にもとても共感していましたが、
少しその想いにも変化が。

それは、日々の挨拶と毎年秋の恒例行事である地区対抗の運動会です。

最初は自治会の班長さんのお願いで仕方なく参加しようと思っていましたが、
実際に運動会に出ると、自分の班以外の班の方との出逢いがさくさんあり楽しい!

種目によっては全世代の参加構成になっているので
世代を越えて交流することが出来るのです!

昨年は、我が家は自治会の班長だったので家族四人で参加、
班長と言うこともあり例年よりも参加種目が多く、どの種目にも家族が出っ放し状態。

目の前で子供が見ている以上、大人も本気で頑張ります。
子供の運動会で親が子供を応援するのは、よく見かけますが、

子どもが本気で走ったり飛んだりする親を見て応援する機会は
この地域運動会しかないのではないでしょうか?

親子や地域の人が同じチームとしてチカラを合わせて本気で頑張る。

「楽しくやればいいよね^^!」とはじまったはずが、
いざ始まると「1位目指そう!」「次も勝つよ」「お母さん頑張って!」など、
掛け声にも変化が。


大縄跳びは、我が家の家族も全員参加し、チームみんなで
「せーの、1・2・3・・・。全員で声出すよー!」と自然と言いだし

綱引きも、夫婦と娘で参加
「よいしょ、よいしょでリズムとるよ」「後一回勝てば優勝だよ!」て。

綱引きは優勝まで4回もやり、もう全身ヘトヘトだけど、
「優勝しよう!」とチームで誓うと表情も変わり、
声掛けが更に大きくなり勝つたびにチームみんなでゼィゼィと
息を切らしながら喜びのハイタッチ!

当然、地区運動会では、その日初めて顔を合わせる方もいる中、
チームとしてその場を共にし同じ目的を持って楽しむことで、
一気に意気投合^^

運動会が始まって数種目でみんなが
「次は何の種目、誰?」「お父さん出るの?大丈夫?」
「〇〇さんは、背が高いから玉入れね!」などなど、
お互いの体調も気遣いながら会話も盛り上がりずっと笑顔。


結果として、大縄跳び優勝。
綱引きも優勝。

強豪地区を破り、まさかのチームではじめての種目優勝に皆が喜びと驚き。

しかも、一昨年は10チーム中8位だったのか、
昨年は一気に4位に。

子供たちも大喜び。

この経験が何よりも親子の宝となりました。

想いおこせば、私も幼いころに地域の運動会へ参加して、
父と母の走る姿や、転ぶ姿と何度か見て凄く楽しかった記憶があります。

普段の生活にない、親のはしゃぐ姿は子供にはとても新鮮でした。
それと、同じで私達も子供の前で夫婦二人三脚したり、
バトンを渡したり、同じチームで「頑張れ―!行け―」なんて声がけしたり。
こんな体験は日常では出来ません。


そして、家族だけでなく地域の皆さんとチカラを合わせ、
体を動かしてチーム一丸となる体験も本当に貴重で、
運動会の終わった後はもうご近所以上の仲間になっていました。


共働きも当たり前になりつつある今、
自治会や地域との交流は正直大変かもしれません。


でも、本当の地域の安全や防犯は昔ながらのこのような交流なのだと深く感じました。
運動会のその後も、参加した家族の方と笑顔で挨拶、
そんな関係の方々が近所に住んでいると思えるだけ安心でき、
もうすっかり自分たち家族も地元として根付いてきたのだと感じました。

家族も地域も、まずは顔を合わせ、言葉を交わし、同じ時間を少しでも共有し
自分たちが安心で安全に暮らせるように意識のアンテナを立てることが大切ですね!

子供たちにとっては、生れ育ってた地元。
この地域をもっともっと知って地域を大切にしていきたいです。



今年も地区運動会には家族で参加する予定^^
数日後の全身筋肉痛は酷いですが、何ものにも代えがたい体験です。

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先日、母と私と娘で
栃木県矢板市の山へ
トレッキングへ

本当はゴールデンウィークに行く予定だったが、
息子と娘、私の順番でインフルエンザにかかり
無念の断念。

やっと、行けました✨

車の運転は私
助手席は母
後ろに娘

私はどうしても母とばかり
話て盛り上がってしまい

後ろの娘はつまらなそう

母と会話は、日常の出来事や家族の話
私がしばらく会っていない親戚の話

そして、昔の思い出話

ちょうどこの日は道を間違えて
昔、母と一緒に訪れた上塩原の温泉に
辿りついてしまい、そこでも懐かしい話

当時は、赤い車に乗ってたとか
目の前の川がとても綺麗で最高の温泉だったとか
いつか、母も姉を連れて来ようと思っていたけど
そのおばさんが乳がんになってしまってから
温泉に誘いづらいこと。

私は姉妹だからこそ、そこは本人にきいて
行きたい!と行ったら一緒に来なよ!って話ました。

そんな、色んなことを話ながら山へ

車を降りて、トレッキングが始まると
娘も楽しく、一緒にチャレンジ!

滝つぼまで行ってみたり
沢沿いで石積みをしたり
水切りをしたり

なんでも一緒にチャレンジ!

そんな時は、3人で体を動かし
娘も最高の笑顔!

母といると、どうしても母とばかり話てしまうけど、娘も私達の会話を聞いて色んなことを
分かっているんだと思う。

次の日に、母に体調大丈夫?と電話したら
とっても元気!

今回も行って良かった!

今回もお昼のお弁当はおにぎりとゆで卵でしたニコニコ
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