感謝と感動の歴史祝い「感歴」祝い(*゚▽゚*) 感謝を形にするお手伝いを致します♪

「感歴」笑顔と感動で皆さまに気付きを提供します。 「感謝・感動・歴史」がテーマ! それが感歴パーティです! 還暦に限らず、さまざなな感動の祝いを、その歴史と共に提供致します♫
感謝や想いを形にして、伝えてみませんか?

感歴プロジェクトの7つのフィロソフィー

◎自分の命と存在そのものを愛し感謝すること

◎成長を楽しみ笑顔で、常にエネルギーを周りにシェアすること

◎時間を大切に「ありがとう」と言うチャンスを逃さないで伝えること

◎常に10年、20年その先の自分と社会の未来をイメージすること

◎真実を見つめ、自分に対しても他人に対しても平等な心であること

◎素直で心豊かな行動と発言と発想でいること

◎全ては皆同じ、大切でかけがえのない存在であることを

常に意識すること

大切なのは1人1人のアイディンティティーへの誇り


Mission

2023年までに感歴祝いを日本の当たり前の文化にする!


感歴とは=「感謝と歴史」人生・自分自身そのもの。

改めて自分のアイディンティティーから幸せとは何かを探求すること

「我想う、故に我あり。我思うように、他も思う。故に争うなかれ。」

世界の平和と理解の為に感歴フィロソフィーを広めます。





NEW !
テーマ:
このタイトルで書いたブログが約1年前だったとは。。。

そう、あれから実際に扉を開けに行きました。
ブログの半年後です。

命日の夜。


事故当日に一緒に救急車へ乗ってくれた先輩と
バイクに乗る前まで一緒に飲んでいた先輩の経営する居酒屋さんで

2人にお逢いするのは、17年ぶりくらい

居酒屋のオーナーは私に気付かないく
時が流れているのだと実感。

はじめは、久しぶりだね!って話をして
私から、20年経った今だからこそ、事故当時の事を知りたいと
話しだしました。

救急車を呼んだ、先輩
一緒にいた仲間

そして、先輩が駆けつけた時は息があったこと

電柱にぶつかる寸前まで、ニコニコ笑っていたこと
不思議なくらいに笑っていたそうです。

そして、一緒に飲んで先に帰った先輩お2人が
ずっと自分たちを責めていたこと。

先輩のお父さんも、なんで先輩なのにちゃんと止めなかったのかと
責められていたこと。

私に対しても、申し訳ないと思っていたこと。

周りが、悲しみ包まれていたこと。


私は、聞き出した時から涙が止まりませんでした。

最後の瞬間を知ったこと
みんな辛い思いをしていたこと。


でも、不思議なことに悲しい思い以上に
聞いて良かったと思う感情の方が大きくなっていました。

私は、20年間逃げていたのかも。。。。

でも、私は自分を守る為には閉じるしかなかった。


だからこそ、今の家族と幸せを感じる日々を過ごせる。


20年って長いです。
でも、20年間忘れることがなかった。


後、20年後は私60歳です。

二十歳の3倍だね!


いくつになっても、忘れることはない。
あの日がなかったら、今の私も存在しない。

全ての出来ごとに意味があるし、受け入れることで
不思議と感謝の想いへ変化していることに気付いた。


自分との約束

そして、正直に色んなことを少し笑いも入れて
話してくれた先輩に心から感謝。

事故後、一番心の支えになってくれていたのも先輩だったから。


また、彼の3倍生きた60歳に先輩と笑いを交えて
彼の話をしようと思っています。


※昨年のブログの続きでした。













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こんばんは!
一年以上ぶりの感歴ブログ、復活です(^ー^)/

家族を中心とした、様々な出来ごとや想いを発信してまいります。

うちも子供たちが2人とも小学生になり、この一年も色々なことがありました。

そんな、自分が親としての出来ごとや感情

そして、自分の親との関係や出来ごとなどなど

素直な想いを書いていきます!



何卒、これからもよろしくお願いいたします!
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20年開けないと決めた扉

その20年が今年です。


今年で40歳、20歳の2倍生きました。


20歳で突然この世から去った彼の2倍も生きた今年

あの日のことを一切聞かずに封印


きっと20年後の自分なら笑顔で扉を開けられる自分になっていると

感じていたのだと思います。


もし当時に詳しい現場の事を聞いていたら

私は悲しみのあまり、人を責め、自分も責めていたことでしょう。


どんな理由や事実を聞いたとしても、

「あの時にこうしていれば」「誰が?どうしてとめなかった」・・・

など、ずっと心に抱きながら生きることになったと感じます。


過ぎたことは誰も変えられない


悲しみは自分だけじゃない

私と同じくらい、その時現場に居合わせ人、親、兄弟、友達

搬送した人、病院の人、お寺の人、近所の人、私の家族

それぞれが、悲しみに襲われたことは事実


その時は、この先どう生きるかも想像つかなかったけど

2倍生きた、20年後にはきっと扉を開ける自分がいると信じてました。


この20年、全てに感謝して

近々、扉を開けに行ってまいります。



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先日、素敵な友人とお話させてもらい

再度、意識した考え方です。

(配っていた感歴の原点小冊子でも紹介していた話しです)




悩みごとがあって眠れない夜

私も特に若い頃ずっとそうだった


自分の存在自体も嫌になって

人を信用出来なくて

誰も理解も心配もしてくれてない

今頃、誰も私のことなんて考えてくれてない

って思えば思うほど人が嫌になって

そんな自分も嫌な奴と感じて・・・・。


でもね、「はっ」とした瞬間

自分こそ自分のことしか考えてないじゃん!

今まで、誰かのことを考えてその人の為に想い

眠りについたことなんてなかったのに

自分が辛い時だけ、私は誰も今頃私のことを考えてくれてないって・・・思ってて


そんな自分に気付いてビックリした瞬間だった

世の中にはもっともっと環境的に大変な人は沢山いるし、

心に余裕がある時はボランティアなんて考えているのに

急に自分に降りかかると人を妬ましく思い


分かってくれないと「くれない」って考え方になる


もしも、私が毎晩眠りにつく時に

少しでも誰かの幸せを願って眠りについたなら

(もちろん、自分の幸せも願ってね!)

世の中に、誰かの幸せを願っている人は存在することを

自分に証明出来る!




今日、関わった人のたった1人の人のことでもいいと思う

相談にのった相手や、会社の上司、同僚、後輩

電話で話した人、メールした人、フェイスブックで関わった人

そんな中でたった一人のことでもいいし、ぼんやり全員のことでもいいから

たった数秒でも、ハッピーでありますように(*^ー^*)と願ってみる


自分以外の人の心を確認することは不可能だけど

自分自身が心で想い感じたことは自分がよく分かっている


もし、誰も分かってくれないと感じ

眠れないことがあったら


自分がまず自分を分かってあげて

その日関わってくれた大切な人のハッピーを願うと

少し落ち着けるかも



今日も素敵な友達が私に時間をくれました♬

お互いが益々ハッピーになるように願いイメージして

眠ろうと思います(*^ー^*)





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昨日、銀世界の奥日光から帰って来ました。

昨日は晴天で、湯ノ湖は朝陽でキラキラ輝き

あたりは一面真っ白


冷たく凛とした空気が気持ちの良い朝でした。


奥日光へは、私自身の両親へ感歴祝いを贈る為に

両親と兄2人と私、そして私の子ども2人で

小西ホテルというところへ


私の両親は今年ちょうど70歳の古希と77歳の喜寿だったのです。


父は今年の春に肺炎を患って

母の説得にやっと応じて病院へ

医者から「後一日遅かったら危なかった」と言われました。


はじめて、77歳とう年齢を本人も家族も意識した年でもあります。


そんなこともあってどうしても

今年中に両親へ兄妹3人から感歴祝いを贈りたかったのです。


実はうちの実家では、今まで一度も家族全員で旅行をしたことが

ありませんでした。。。。。


しかも、大人になってから日程を合わせて

みんなで旅行に行く事は、簡単な様で意外に難しい


みんな日々の仕事や行事に追われて

本当は作れる時間もなかなか作れない

ましてや、家族の事になると後回し・・・・・

家族の時間は一番大切なことは誰も分かっているのに。


うちの場合もすんなり決まった訳じゃありましせん。

仕事の都合や子供の都合、しかもまずは両親が

年末に家を空けて泊りに行くこと自体にあまり賛成しなかった。


でも、今年の春の病気を考えて

どうしても、今贈りたく 説得をしました。


私は後悔をしたくないのです。

正直、毎年冬は風邪をひかないか、肺炎にならないか、

転ばないか。。。。色んなことが心配になります。


私自身が、あの時に伝えておけば。。。など絶対に後悔したくない。

そんな気持ちでした。


奥日光までは、温泉の送迎があったので

家族全員が一台の車に乗って行きました。

途中に華厳の滝や湯の滝なども寄ってくれたのです。

父は華厳の滝を見て「何十年ぶりだぁー冬の華厳ははじめてだ」と

言って喜んでいました。そんなことも一緒にこれたからこそ。


生憎の雨でしたが中禅寺湖も綺麗でした。


2時間程度で温泉へ付いてチェックイン

感歴祝いは18時~の開催

それまでは、2部屋に分かれてゆっくりと過しました。

はじめての全員の旅行なので、この時はまだ少しぎこちない感じ^^


2番目の兄に「今日は感歴のスタッフも来て、進行と撮影もするよ」って言ったら

今になって・・・「そんなの家族水入らずじゃないじゃん」

「写真なんで旅館の人に撮ってもらえばいいじゃん」って・・・・・

私は「えーーーーー(>_<)」

でも、一番上の兄が「いいから楽しもう」と一言。救われました~


そんな感じで迎えた18時

私も少し緊張した瞬間でした。


でも、始まってすぐにそんな緊張は笑顔にかわり

家族の歴史の上映が始まったら

笑いと会話がどんどん生れて、2番目の兄も笑顔になってました。


お祝いはあっと言う間

沢山の家族の笑顔に触れた後、いよいよ本番です。

今まで伝えたくても面と向かって言葉ににてこれなかったことを

手紙につづり両親の目の前で読ませて頂きました。


私はそれまでは凄く楽しく幸せだったのに

読み始めた途端に涙が溢れてしまいました。


こんなに幸せな気持ちなのに

涙はとまりません。


両親へ、そして2人の兄へ

今の幸せがあることの全ての始まりは両親であること

そして、両親のそのたま両親への感謝


手紙を読んでいると、父はずっと下を向いたまま

気がつくと、ズボンが濡れていて

ハンカチで目を何度もおさえていました。



父は頑固で厳しい人でした。



私の後は兄からの手紙




今までに感じたことのない

部屋全体、いや世界全体が幸福感に包まれた瞬間でした。


父は「今まで親らしいことをしてあげれなかったのに
  
今日は感激で言葉もありません」と。。。。。。


私の涙は止まりませんでした。


私たちの幼いころ、仕事を転々として続かなかった父

そんな父が恥ずかしいと思っていたり

兄たちは嫌っていました。


でも、自分たちが大人になった今

子供3人を育て上げる大変さは身に沁みてわかります。


立派であることが全てではない

家族であることが全てだと


私は確信しました。


どんなことがあっても全ては今に繋がっています。


今、ある幸せは昔からの繋がりです。


誰にでも訪れる悲しいことも

出逢いも別れもみんなに訪れています。


だからこそ、存在を尊重して支え合うことが大事だと。


我が家の感歴でも「感歴の誓い」を致しました。

お互いの歴史と存在に感謝し、支え合って行くことを誓うセレモニーです。



兄は、またお祝いしようと何度も言って来てくれました。


ずっと、父を嫌っていた兄がです。



仲が悪かったり、大嫌いだったり、素直になれない

それが素の家族です。

喜怒哀楽を出せてケンカ出来たのが家族なんです。


今の時代、他人とのケンカの方が出来ません、

素を出せない人は多いんじゃないのかな~




家族が集まることだって今の時代面倒なんです。

でも、面倒の先 その先に本当に人が求めていることがあるのです。


素直になるのは、難しいと勝手に大人になった私達は

思いこんでいるだけです。


素直になるのは簡単なんです。

ただ、心で感じていることを言葉にするだけ。


本当です。


それだけのはずなんです。


でもね、出来ない人が多い事実。



感歴祝い、本当に一家族でも多く体験して欲しい




私達はまだ感じたことのない

特別で幸せな時間があったんです。




翌朝、 ホテルでの家族朝食

窓の外は銀世界、風で雪が舞っていてキラキラ


一生忘れない光景です。



私は、自分の仕事、感歴祝いに誇りを持って広めます。



それが私の使命だと改めて知ったから。

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