自分に還る。

誰もがもっている魂の光、その輝きを引き出すお手伝いをさせていただきたいと思っています。









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「対話する家族」~河合隼雄・著 を読んで、特に「センチメンタル」について書かれたところに、たいへん共感しました。

私も、相当にセンチメンタルなところがあり、若い頃は自作の詩(ポエムといいたいあせる)に、イラストなどつけて時を忘れておりました。そんな過去を思い出すと、恥ずかしくて消え入りたくなる反面、いつまでもそこに浸って現実から遊離してしまいたい誘惑もおおいに感じるのです。





以下引用です。

センチメンタル

・・・・
センチメンタルといえば、私は子どもの頃からそうで、従ってそれが嫌で仕方がない。
センチメンタルは嫌だと言いつつ、それに惹かれている自分に気づくので、また嫌になる。
年をとると少しはましになるかと思ったが、なかなか生来の傾向は変わらない。

センチメンタルの特徴として感情の過剰ということがある。
場にそぐわない、あるいは個人として、もてあましてしまう感情があふれる。
どこかで現実を見る目がぼやけてくる。
そんなときに、その感情を拒否せずに、それに身をまかせてしまうと、センチメンタルな作品ができたり、センチメンタルな物言いが生まれたりする。
そのとき、それに乗る人、あるいは乗せられる人は一種の快感を味わう。
一体感のようなのを感じる時もある。

それは美しかったり、素晴らしかったりするが、そこから少しはずれると一挙に馬鹿らしくなる。
底が浅いのだ。私流の表現でいうと、感情にはたらきかけてくるが、たましいとは無縁なのである。


武満さんの曲を聴いた。これは何とも言えぬ体験であった。なかなかうまくそれを言語化できない。
それは確かに感情に働きかけてくる。「センチメンタルなところもある」と谷川さんは言った。
しかし、これらの曲を決して「センチメンタルな曲」とは言えない。
もちろん、そこには歌詞の力もはたらいている。歌詞と音楽がひとつになりながら、感情のゆらぎを通して、どこかたましいに響いてくるのを感じるのだ。

「MI・YO・TA」→ 武満徹・作曲 谷川俊太郎・作詞


センチメンタルな作品は錯覚を生み出す力をもっている。
それに乗ってしまうと、感情の揺れがたましいの揺れのように感じさせる作用をもっている。
「MI・YO・TA」の曲にしても、武満さんの突然の死、その葬儀に昔のメロディーを覚えて繰り返し歌った黛敏郎さん、後でそれに歌詞をつけた谷川俊太郎さん、それと演奏している人たちすべての友情がある。
そんなことを前もって知っていると、曲を聴く前から涙が出そうになる。
センチメンタルな御膳立てができている。しかし、幸いにも曲そのものは、そんな飾りを必要としない。感情の揺れのなかを、一本の糸がまっすぐにたましいに達してくるのを感じるのだ。
と言って、これは武満さんの他の作品と異なるのも事実である。武満さんの作品はいつもセントメンタルを厳しく拒否する姿勢を感じるものがあった。

この曲を聴いていると、センチメンタルを拒否することばかり考えずに、少しそれに乗ることもやってもいいかなと思ったりする。もちろん、うっかり乗ると感情の波に押し流されてしまうのは当然のことだが。ともかく、センチメンタルについてのお決まりの考えをやぶってくれた点で、これはありがたい贈り物であった。






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「風と木の詩」 全10巻完結の文庫版が出る。
数年前、マンガ好きの妹と私の間でそれはちょっとした話題になりました。

まとめて「風と木の詩」が読める!それは嬉しくもありましたが、少し気の重いことでもありました。あの世界に、もう一度触れるのは、今のお気楽な日常を送っている身にはいかがなものかと危惧したのです。真面目に取り組む覚悟がないと、うかつに読み始められないぞ、という気持ちでした。

引っ込み思案だった小学生頃の私の最大の楽しみは、漫画を読む事でした。

マーガレットは「ガラスの城」が読みたくて、最初は、親に隠れて買っていました。少女フレンド、りぼん、なかよし・・・自分で買わないものは友人から借りて読みました。

やがて、小学館から少女コミックが創刊されると、これまでにないジャンルの漫画たちに夢中になり、発売を心待ちにするようになりました。

竹宮惠子、萩尾望都、大島弓子、山岸涼子、ささやななえ、山田ミネコ、樹村みのり・・・お目目パッチリ、キラキラ。スポーツと淡い恋愛ものが主流だった少女漫画の世界をがらりと変えてくれた漫画家さんたち。

私の好きな3大漫画家、と3人にこだわりたかった私。トップワン、ツーは、ケーコたんとおモーさまで決まり。あとの一人をどうしよう・・・と悩んだ日々も懐かしいです。

最初は「空が好き!」のケーコたんが、私の中ではだんぜん先行していました。
だけどしだいに、「ポーの一族」発表の前から、おモーさまの淡々とした物語世界に惹かれていき、私の中でお二人の位置関係が逆転していったとき、ケーコたん、ごめんなさい!という気持ちになりました。なんとなく、ケーコたんの方がお姉さん的存在だと思っていたのです。

竹宮惠子さんの自叙伝「少年の名はジルベール」では、創作をする人ならではのそんな苦悩が描かれており、リアルタイムでその頃を過ごした私にはとても感慨深いものがありました。

「風と木の詩」を発表するまでに、これほど陰の努力があったというのも初めて知りました。

「少女マンガを変えようよ
マンガで革命を起こそうよ」

1970年代、大泉サロンでそんな夢を熱く語り合ったという若き女性漫画家たち。

今では、京都精華大学学長となられたケーコたんの漫画を読んだことがある方なら、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。


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著者による詳細ページ→

チベット学者である著者のサイトです→オカメインコの森・チベット学への招待


副題として――チベットの生まれ変わりの謎を解く――とありますが、読後、もっとも心に残ったのは、「生まれ変わりの謎」よりも以下のような文章でした。


********


難民といえば暗い表情をしていると思いがちであるが、1960年代から1980年代のチベット難民社会を目撃した外国人たちは、悲惨な状況下にあるにもかかわらず、不思議に明るいチベット難民たちの姿を伝えている。

・・・収容所のチベット高僧たちは、収容所を訪れる欧米人たちが、物質的にはめぐまれていても心がうつろであるのを見てとって、「トラブルメーカーはいつでもどこにでもいる。本当に我々を苦しめるのは、我々自身の煩悩、すなわち怒り、執着、愚かさである。心の安定を得るためには、これらの煩悩を心から取り除かねばならない。そのテクニックを説く仏教は、チベット人ばかりか世界のすべての人々にとって有用である」と、地球的な使命感をもつようになった。



ダライ・ラマのスピーチより
…チベットの仏教は、小乗、大乗、そして密教、しかも密教の中でも四つのタントラがすべてそろった完全な姿の仏教といえるでしょう。チベットの仏教には二つの要素があります。一つは、「心の中に菩提心(自分のためではなく他者のために仏の境地をめざす心)をもって一切の命あるものを救うために修行しようという考え方(広大行)と、もう一つは、空の思想によってものの真理に触れていこうという考え方(甚深見)です。この二つを兼備した修行を我々は続けています。

世界に多くの法があるなかで、最も完成されたものがチベットの仏教であると考えています。私たちは自由を失い、さらに自分の国をも失って、他国に亡命しましたが、このような生活を続けている最も大きな理由は、大切な仏法を守るという責任を感じているからです。単なる勉強であれば学校でもできますが、仏教の勉強は特殊な環境(僧院社会)においてしかできません・・・


・・・密教の修業とは、日々、瞑想と分析的思考を積み重ねることによって、少しずつ心の統御を実現していくことである。そこには継続と努力という言葉はあっても、奇跡の要素はない。・・・


・・・・日本の大学では「特定の学問ジャンルを会得するために必要な情報」を「知」とみなすため、バイキング料理のように「知」を並列的に提供することができる。一方、チベット仏教では、「心のなかからエゴを消した究極の人格者の意識」を「知」とみなす。この知を実現するためには、まずエゴを消すための理論である顕教を学び、次にその真理を密教の修行によって意識に実現するという段階を踏まなければならない。

善行もその器でなければ害に
・・・とてもよいことをしたので皆に嫉まれ、それが悪い形で出ることもある。しかし、徳を積み、あの人がそうするなら納得できるという者になれば、嫉みを受けることもない。お寺を建てるという善行をしたのに、ガンになった平岡は深く感じ入り、いっそう言動から私心をとりのぞくようになった。・・・



生き方の手本を示すのが僧侶
・・・「人がよいことをしたらそれを嫉むのではなく、喜びなさい。そうすれば、その人の善をまるごとあなたのものにすることができる。悪いことがあっても、なぜ自分だけがこのような目に遭うのかなどと恨まず、かえって自分が犯した過ちの清算をしていると思いなさい。そうすると苦しみも喜びにかわっていく。自分のことばかり思っていると、問題がどんどん起きてくるが、人の為を思うほど、心は平安になっていく」

「募金をするときに慢心が起きても、その行為が善であることにかわりはない。これからは毎日募金をしなさい。そうすればその行為は日常になり、慢心も起きなくなる」

「仕事があるから修行ができないということはない。朝には、『これから一日、人のために働きます』といって仕事に就き、夜寝る前にはその日、自分の行った行為を思い出して一つ一つ反省しなさい。それを毎日欠かさず続けるだけで、心は徐々に調っていく。

あなたたちは『自分は仏様のようになれるはずはない』と思っているが、そんなことはない。私もかつては怒りっぽい性格だったが、毎日瞑想を続けることで、ずいぶんと穏やかな心になった。私にだってできたのだから、皆もできるはずだ」・・・・・










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新年にしゃれこうべをかかげて、「正月は冥途の道への一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」と歌って練り歩いたという伝説をもつ一休さん。テレビアニメや絵本などで、一休さんの痛快なとんちぶりを知る人は多いと思います。



そんな一休さんの生涯を描いた坂口 尚氏による漫画『あっかんべェ一休』は、折に触れて読み返したくなる味わい深い作品です。

悟りを得たいと修行にはげみ、苦しみつつ座禅を組み続けた一休さんは、ある夜明け、カァと鳴くカラスの一声でついに迷いから解放されます。それは作品の中でこんなふうに表現されています。

**********

応仁二十七年(一四百二十)初夏――

陽が沈み、星もなく、すべての道は闇夜に消えて行った

小舟がゆれていた

やがて天も地も湖面も消えた

静寂がおおった

どのくらい時が流れたのだろう

「ふうぅ、疲れた」

ただ ゆれていた―――







鳴かぬ鴉は何とでも鳴く――

・・・・一休さんは、老師に語ります。

私は母の悲しみを知り、悲しみ・・・父を憎み、自分の生い立ちを知り、父をうらみ、
仏門に入ってからはその苦痛をはらいのけたい一心で、悟りを得たい、悟りを得たいと
次から次へと私は鳴いていたのです。それが“私”でした。

その“私”の鳴き声が闇夜に満ちていた時、突然、鴉の一声が・・・
それが“私”の鳴き声を、木っ端みじんに吹き飛ばしたのです。
鴉の鳴き声とともに“私”の鳴き声も虚空に吸い込まれていくようでした。

その瞬間“私”が消えたのです。あの無言(しじま)の中に・・・・



**********

一休宗純・・・明徳5年1月1日(1394年2月1日) - 文明13年11月21日

生涯

出生地は京都で、出自は後小松天皇の落胤とする説が有力視されている。
6歳で京都の安国寺の像外集鑑に入門・受戒し、周建と名付けられる。
早くから詩才に優れ、応永13年(1406年)13歳の時に作った漢詩『長門春草』、応永15年(1408年)15歳の時に作った漢詩『春衣宿花』は洛中の評判となった。

応永17年(1410年)、17歳で謙翁宗為の弟子となり戒名を宗純と改める。
ところが、謙翁は応永21年(1414年)に死去し、この頃に一休も自殺未遂を起こしている
応永22年(1415年)には、京都の大徳寺の高僧、華叟宗曇の弟子となる。
「洞山三頓の棒」という公案に対し、
「有漏路うろぢより無漏路むろぢへ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」
と答えたことから華叟より一休の道号を授かる。
なお「有漏路(うろじ)」とは迷い(煩悩)の世界、
「無漏路(むろじ)」とは悟り(仏)の世界を指す。

応永27年(1420年)、ある夜にカラスの鳴き声を聞いて俄かに大悟する。
華叟は印可状を与えようとするが、一休は辞退した。
華叟はばか者と笑いながら送り出したという。
以後は詩、狂歌、書画と風狂の生活を送った。


文明13年(1481年)、酬恩庵(京都府京田辺市の薪地区)においてマラリアにより死去。
享年88。
臨終に際し「死にとうない」と述べたと伝わる。
墓は酬恩庵にあり「慈揚塔」と呼ばれるが、宮内庁が御廟所として管理している陵墓であるため、
一般の立ち入りや参拝はできない。








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久しぶりにヤンズさんの生の演奏をお聴きして、美しく重厚な音に包まれて、月並みな表現ですが、魂が震えるような感動を味わいました。そして以前読んだ本の中の一節を思い出しました。

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地上には60億人の人たちが住んでいますよね。
その魂が。  音楽的にお話すれば、
それぞれの人達がそれぞれの歌を持っている。

僕はそれを称して「風の歌」って言ってるんですけれども
その「風の歌」、君にいつもささやいてくれている歌を
みな忙しすぎて聞いていない。

もう少し、自分自身の歌が、どんなエネルギーでどんな音なのかって
いうのを皆さんが聞かれたときに、初めて自分の命が輝いてきて
自分自身がみえてくる。

命の響き ~ 『地球人類進化論』より

********

お誘いくださったスタッフの皆さま、ありがとうございました。
おかげさまで懐かしい皆さまにお逢いできました。

昨年父の闘病生活を支えている頃、何も手に着かなくてHPを閉じてしまったのですが、ご心配くださった皆さまにもご挨拶ができました。看取りました後は、ちょうど活動のひとつの場としておりましたツルハシブックスや、うちのカフェ・イロハニ堂の閉店と重なり、閉じこもっておりました。


ヤンズさんの新刊「倍音の真実」に、

“苦は苦であるが苦ではない”

とあります。そんなふうに思えたら、ほんとうに楽になれますね~♪



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本書のテーマ 善人

ニーチェの激しい善人批判の真の矛先は・・・・。
‣善人は自分の弱さを正当化する
‣善人はすぐ弱い者いじめをする
‣善人は群れをなして権力を握る
‣善人は自分と異質なものを排除する
‣善人は同情されたいから同情する
‣公認の被差別者は善人になりえない




「第六章 善人はルサンチマン(恨み)を抱く」  より一部引用させていただきます。

道徳の起源

道徳的になるのは、――道徳的であるからではない!――道徳に服従することは、君主に服従することと同じように、奴隷的でも、思い上がりでも、利己心でも、諦めでも、陰鬱な熱狂でも、無思慮でも、絶望の行為でもありうる。それ自体としては、それは道徳的なものではない。(『曙光』)

道徳的理想の勝利は、あらゆる勝利と同一の「非道徳的」手段によって、すなわち暴力、虚言、誹謗によって獲得される。

遠慮せずに言おう!十字軍とは、高等海賊、それ以上の何ものでもない!(『反キリスト者』)

多くの日本人は、70年前にこのことを痛いほど体験したではないか!マッカーサーによる占領時代、彼らが考える「善いこと」はけっして道徳的に我が国にもたらされたのではない。「自由」はわれわれが自由に勝ち得たのではなく、「平等」は平等にわれわれに与えられたわけではない。「民主主義」は民主的に実現されたのではなく、平和化は平和的になされたのではない。
すべてが一方的に、威嚇的に、暴力的に、われわれ日本人に押し付けられたのである。

・・・・・・・

ここで先日読んだ漫画『不思議の国のバード』のワンシーンを思い出しました。



駐日英国公使ハリー・パークスが「今、この国でひとつの文明が滅びようとしている。あらゆる考え方、あらゆる生活、あらゆる文化が、姿を消すだろう。“江戸”という呼び名とともに。」と語っています。その言葉通り、男女混浴が当たり前で、我が子自慢をえんえんと公道でくりひろげるようなあけっぴろげさは、西洋風の羞恥心を輸入したことによって失われてしまいました。冒険家イザベラ・バードの旅は、結果的に欧米の日本支配につながってしまったというわけですね。・・・まぁ、それはまた別なお話で。。

・・・・・・・・

ニーチェとルサンチマン

ニーチェは、これだけ不幸を背負った男もいないと思われるくらい不幸なのだ。しかし、彼はなんとしてでもこれをプラスに持っていきたい。それには技巧的なたくらみしかない!

自分をむしばむ幾重もの不幸、それをプラスに転ずるには、ユダヤ人が思いついたように、善悪の座標軸を変えればいいのだ。世間で「悪い」とされているすべては、魔法の杖によって「善い」に転じうるのである。

ユダヤ=キリスト教による世界支配の原動力となっている「ルサンチマン」(怨恨)は、ニーチェ自身の生きる動力でもある。ニーチェほどルサンチマンの強い哲学者はいない。彼の人生はルサンチマン一色に塗り込められている。だからこそ、彼はルサンチマンをよく理解しえるのであり、その卑劣さをよく実感できるのである。身震いするほど嫌悪しえるのである。

・・・・・・・・・

ここで執拗にくりかえされる「ルサンチマン」という言葉。私が思春期の頃読んだ、小説や評論でよく目にした言葉です。当時の私の読書傾向は、少々背伸びをしており、どちらかというと世の中を斜に構えてみるというスタンスのものが多かったように思います。「ルサンチマン」の意味はよくわかりませんでしたが、前後の流れから、なんとなく先進的でかっこいいと感じ、良い意味にとらえていました。これは私が身に着ける態度としてふさわしいと感じたのです。

1970年代、「ルサンチマン」を標榜する時代の空気があったように思います。もともと自然と共に、その日その日を大切に生きていた私たち日本民族が、西洋の流儀を押し付けられ、戦争に負けて自信を失くしていった中で、ようやく経済、物質的な豊かさという誇りを見出すことができた。しかし一度失った日本の文化・・・まるごと自分をささえる屋台骨のようなもの・・・その喪失感は大きくて、常にこれでいいのか?と自らに問いかけながら、あるいは、時折心の底から湧き出る疑問符におびえながら、隣の人を盗み見するようになってしまったのではないかなぁ。。かくて一億総「善人」化していった。著者によれば、大衆化、畜群化、「暴君としての善人」に成り下がってしまったのでしょうか。。

自戒をこめて。



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レイラインハンター ~日本の地霊を探訪する~ / 内田 一成



あとがきより

本当に“レイライン”なるものがこの世に存在するのだろうか・・・半信半疑で始めた聖地を巡る旅も、気が付けば15年余りも続いていました。

いわゆるスピリチュアル系の世界で語られていたレイラインは、球面である地球を平面の地図に写す際の基本的な約束事や磁北極と北極点の違い(磁気偏角)といった地図読みの基本中の基本を知らずに、ただ無闇に聖地を結んで同一線上に位置していると断定するもので、様々なアウトドアアクティビティに長年親しんできた者としては、あまり興味を引くものではありませんでした。

ところが、地球との対話とも呼べそうな、フィールドでの不思議な体験を重ねるうちに、地球には鍼灸でいうツボや経絡のようなものがあるのではないかという思いが強くなっていきました。地球は生き物であり、ぼくたち人間もその地球の生命を形作るひとつの細胞ではないか・・・。それを客観的に検証せずにはいられなくなりました。そこから、土地が持つ性格を修行に利用している修験道の研究に進み、さらにデジタルマップとGPSを使って、地球のツボである聖地とそれを結ぶ経絡ともいえるレイラインを辿るという方法論に行き着きました。

レイライン探索の旅を始めたばかりの頃は、聖地が直線で結ばれたり、聖地のネットワークが大地に五芒星や北斗七星を描き出すといった事例は、ごく希なものだろうと推測していました。
ところが全国にレイラインを求めて旅をするうちに、これは決して希なことではなく、むしろ聖地はほかの聖地と有機的に結び付けられていることが当たり前であることに気づかされました。

神社は、通常は南を向いているものですが、ときどきそれ以外の方向を向く神社に出くわします。GPSでその方位を確認してみると、ほぼ100%、別な聖地を正確に指し示しています。

・・・・・・・・・・・

レイラインは、中国における景観地政学ともいえる風水、ネイティブアメリカンに伝わる“ビジョンクエスト”のような土地にまつわるイニシエーション、アボリジニに伝わるオーストラリアの大地を網の目のように走る“ソングライン”、ナスカの地上絵、そしてエジプトやインカのピラミッドに秘められた方位の謎といったものも、すべて地球上に、目に見えないネットワークがあり、古代の人たちはそれを感じ取る術を知っていると同時に、それを利用していたであろうことを示している、と私は考えます。

古代人たちが地球を覆う目に見えないネットワークをどのように感じとり、そして何のために、どのように活用していたのか・・・・それは、まだ明確にはわかりません。

しかし聖地をめぐり、そこに仕掛けられたメカニズムを検証し、さらにその奥に隠された思想を類推していくと、今、盛んに言われる“地球との共生”“自然との共生”を古代の人たちは、じつに巧みに実践していたことがわかります。

今の人類がもっとも必要としていること・・・地球環境を回復し、自然と共生しているという強い実感をもち、精神的に満たされて生きていくこと。そのためのヒントが、レイラインには隠されているような気がします。

・・・・・・・

著者HP→レイラインプロジェクト




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「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす」



母が二人とも要介護認定を頂くことになった私にとって、希望となる本でした。

特に冒頭の、お年寄りは自分に都合のいいことしか覚えていないというところ。
たしかに同居の87歳の姑は、年々身体は衰えていくのですが、そのお顔は年々柔和になっていって、いつも笑顔。愚痴をこぼすよりも「有り難い」と言うことの方が多くなりました。これは自然な変化なのですね。認知症となった実の母も、本人はけっこう幸せそうです。母なりのルールを理解できれば、お互いにうまくやっていくことは、それほど難しくはなさそうです。

もともと人は自分にとって都合の良い情報を、無意識のうちに拾い集め、記憶し、脳の中に蓄積していくのだそうです。いつか必ず死ぬとわかっていながら生き続けるためには、「自分には生きている意味がある」という自己肯定感や、「自分は生きている価値のある存在だ」という自尊感情が必要で、それがないと生きていけないのだそうです。

なので人は、どちらかというと真ん中よりもポジティブ寄りの気分を保っているそうなのですが、特にお年寄りはポジティブなことの方に目が向きやすく、若者はネガティブなことに目が向きやすいというのです。その理由の一つとして、生きていくうえでの学習機能として、若いうちはネガティブなことに目が向くと考えられているとのこと。人生の端緒を開いたばかりの若者にとって、これから長い時間を生き抜くために、自分はどのような状況で傷つき、どのように苦しむかを学習し、それに対応できるようになる必要があるからということです。

それに対しお年寄りは、さんざんネガティブなことを経験しているので、もうそのようなことを学習する必要はありません。注意力や記憶力という“限られた資源”をポジティブなことに当て、残された時間を有効に生きるようになるのだそうです。

私も若い頃は、今思えばほんの小さな出来事にもショックを受け、悲観したり、絶望したりしていました。でも中高年となった現在、なんであの頃は、つまらないことであんなに悩んでいたのだろうと思います。自意識が過剰で、敏感すぎました。今では、人は、他人のことはそれほど注目しちゃあいないし、憶えてもいられないということがわかります。

ラストツルハシの先週は、若い人のご相談を受ける機会が多かったのですが、漠然と将来が不安というお悩みをよく聞きました。もしも思い通りにならなかったら、繊細な私の心は受けとめきれるかしら?壊れてしまわないかしら?ということだと思います。

結論からいえば、「乗り越えられない試練は来ない」から大丈夫ですニコニコ
それは私の経験からぜったいの自信があります。事前に予想した衝撃より、はるかに強い打撃を、時に人生は与えてくれるものですが、そのただ中では意外と「大変だ~あせる」なんて感じることはありませんでした。必死で一日一日をやり過ごし、気がついたら乗り越えていたことが多かったです。
でも、むやみと恨みつらみのエレメンタルを放出してしまったなぁ。という反省があるので、もう少し柔軟な心を育てておけばよかったと思います。自分はどの程度まで心の苦痛に耐えられるのか、もっとも有効な息抜きの方法は何か、など自分を良く知ることはとても大切です。

若い人たちには、(学習機能を高めるために)ネガティブなことに目が向きやすい時期であるという認識をもち、年を重ねることで解決する問題がたくさんあるということを知って、“今”をできるだけ楽に生きて頂きたいと思います。

***********

【内容紹介】
わけがわからないご老人の行動には、理由がある
あなたはご老人を見たときに「なぜ、あんなことをするのかな?」と、思うことがありませんか?
たとえば、もう先が長くないのに、そんなことは気にもかけず、毎日楽しく暮らしている人。誰が見ても反射神経や判断力が低下しているのに、頑なに車の運転をやめない人。些細なことでキレ、頭から湯気を出して怒っている人......。ご老人たちの行動は、謎だらけです。
しかし、彼らのこのような行動には、実はそれなりの理由があります。その理由を探り、高齢者の行動と心の謎を、老年行動学によって解き明かしたのが本書です。

【目次】
第1章 なぜ、老い先短いことを気に病まずに暮らせるのか?
1.なぜ、都合のよいことしか覚えていないのか?
2.なぜ、年寄りの冷や水をするのか?
3.なぜ、シルバービジネスはうまくいかないのか?
4.なぜ、若き日のことを懐かしむのか?

第2章 なぜ、能力が衰えても自信があるのか?
1.なぜ、いつまでも運転をやめようとしないのか?
2.なぜ、記憶力が悪いのに約束を忘れないのか?
3.なぜ、わがままな人は長寿なのか?
4.なぜ、脳卒中からすんなり回復できる人がいるのか?
5.なぜ、耳が遠くても悪口は聞こえるのか?
6.なぜ、長生きする人は肉が好きなのか?

第3章 なぜ、ガクンと急に弱るのか?
1.なぜ、妻を亡くすと後を追うように亡くなるのか?
2.なぜ、急激に老け込むのか?
3.なぜ、人は老化するのか?
4.なぜ、孤独な人は認知症になりやすいのか?

第4章 なぜ、老いてなおナマグサイのか?
1.なぜ、ゴミ屋敷はエスカレートするのか?
2.なぜ、キレやすいのか?
3.なぜ、いつまでも昔の肩書きにこだわるのか?
4.なぜ、他人の世話を焼くのか?
5.なぜ、自治会長になりたがるのか?

第5章 なぜ、人の世話になりたくないのか?
1.なぜ、ピンピンコロリ願望はうさん臭いのか?
2.なぜ、子ども夫婦との同居はうまくいかないのか?
3.なぜ、病気自慢をするのか?
4.なぜ、人類にだけ老年期があるのか?




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先日、ひょんなことからジェフリー・S・アイリッシュさんについて教えて頂き、著書を読んでいます。



ここのおじさんやおばさんたちは自然のリズムを感じて、そのサイクルの中に生きている。お日さまが沈むと布団に入り、お日さまが昇る前から起きて、動き回っている。ここにはいつもその日その日の明かり、温度、湿度に合わせての人間本来の生活がある。――「幸せに暮らす集落」より

人のお世話になって、人のおかげで生きているんだなって、つくづく感じます。おばあちゃんたちが、「奥さん、人よかれば我よかで」って教えてくれて。「人によくしとれば、自分にいいんだよ」ってことよね。おばあちゃんたちはいろんなことを教えてくれる。――「ライフ・トーク」より

*******

この『ライフ・トーク』のあとがきから、日本を代表する民俗学者だという宮本常一をはじめて知りました。日本中をくまなく歩き回り、人々の語りに耳を傾け続けた、限りなく目線の低い学者だった。というので俄然、興味をおぼえ、図書館で関連する本を何冊か借り、並行して読んでいます。




この人たちの生活に秩序を与えているものは、村の中の、また家の中の人と人との結びつきを大切にすることであり、目に見えぬ神を裏切らないことであった。――「忘れられた日本人」より

とくに最晩年の宮本さんの発言は非常に印象的です。進歩とは何なのだろうか、これまで自分は発展と言ってきたけれども、発展とは何なのであろうか、進歩という名のもとに、われわれは実にたくさんのものを切り捨ててきたのではないか、ということをはっきり言われるようになります。――「宮本常一『忘れられた日本人』を読む」より

*********

調べたいことがあり、ずっと、どんな本を読んだらいいだろうかと考えていました。
我が家の本棚をながめ、これだけの本があるのだから何かヒントになりそうなものがあっても良いのに、と。そしていちばん核心に迫れそうなのが、ペトログラフ(太古、人類が後世に伝えたいさまざまな意匠や文字を岩石に刻んだもの)学の世界的泰斗だという吉田信啓氏の本ではないだろうか、たしか昔買ったはいいが読まずじまいで、どこかにあるはずと探しました。でも読みたい時に限ってみつからないのですあせる

ジェフリーさんの著書を読んで宮本常一さんを知り、民俗学に興味をもって、本を何冊か借りて読み始めたとき、ようやく探していた本を発見しました。カバーがかかっていた為、みつけられなかったのです。読み始めて驚いたことには、吉田信啓さんの本の冒頭に、「民俗学」に関する記述があったのです。




日本の民俗学は、他にない特異性をもっている。・・・日本では民間伝承そのものを、古代からの生活や意識の残留とみなす態度をとる。・・・いいかえれば日本の民俗学は“生きている”ものなのだ。それはたとえばヨーロッパでは一千年以上のキリスト教文明と民族移動、さらに近代以降の産業革命の進展のためフォークロア(民間伝承、民俗資料)の多くが消滅ないし散逸してしまっているのに対し、日本ではそのようなことがなく現実のいたるところに往古の痕跡が残っているというわけである。――「超古代、最古、最高、最尖端文明は縄文日本だった!」より

なんと、ペトログラフと民俗学には密接なつながりがあるというのです。
同書で著者はこうも述べています。

それぞれの神話は、それぞれ国のあり方、将来の展開、国民の尊厳に深い影響を与えるものとなる。・・・・残念ながら戦後の日本は、この認識を失いつつある。今日の教育において神話が取り上げられることもない。・・・神話に代表される民族のアイデンティティを喪失した中での歴史教育もありえない。その教育を受けない世代が多数を占めていったとき、当然ながら国民としての誇りも尊厳もなくしてしまい、流れ藻のように時流の表面を漂う根無し草の観を呈して、海外に伍せない茫然自失の情けない民族になってしまう。

私が国際ペトログラフ学を記し、古代・超古代のワン・ワールドを述べるのは、いたずらにグローバル化を言うものではない。根底にしっかりとした“個”があってこそのものである。いいかえれば、求められるのは日本人としての誇りと、自覚を持つ国際人だ。そうした国際人を涵養(かんよう)するためにも昨今の風潮をまともな方向に修正し、日本に伝わる固有の伝承の数々に深い関心を抱き、それらを次の世代に受け渡すことのできる国民を一人でも多く創出していかねばならないだろう。


――とあり、それにはまったく同感なのであります。


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「逆説の日本史22~明治維新編 西南戦争と大久保暗殺の謎」




起筆から25年が経ち、「あの件についてはもっと言及しておくべきだった」とか、「この件についてはこういう視点の方が真実に近いかも」という反省から追加されたという補遺編が秀逸です。以下に目次を紹介します。

第六章/補遺編
銅鐸はなぜ「舌」を抜かれたのか?――古代最大の謎を推理する
銅鐸に鋳込まれた「絵」は古代日本に固有文字があった証拠!?
「ケガレ」を水に流して生まれた「神道文明」の最高神・天照大神
日本民族が抱く「平和憲法が日本の平和を守った」という迷信
「死穢」という宗教タブーを「仏教」の導入で解決した日本人
「護憲派」による自衛隊員差別は『古事記』以来の悪しき態度
「憲法九条を守れ」と主張することは重大な人権侵害である
日本史を動かす大きな思想「言霊」が引き起こす深刻な事態
日本を戦争に引きずり込んだ「戦犯」朝日新聞はなぜつぶれないのか
日本の歴史は「ケガレ忌避」「言霊」「怨霊鎮魂」抜きに考えられない
歴史教科書の「憲法十七条」の記述に見られる歴史教育の欠陥
法的・倫理的規範を超える「話し合い絶対主義」は日本独自の「宗教」
「勝ち組」が「負け組」に名誉を譲る国の「和」と「怨霊鎮魂」
「卑弥呼の時代の邪馬台国は宇佐」という主張を撤回する理由
「神風は日本軍の勝利にほとんど貢献していない」という新結論
元寇の「神風」は勝因を「神の霊験」にせんがためのでっちあげ
史料分析の第一人者ですら判断を誤る「日本歴史学界の欠陥」
もう一度言おう――「自ら神となった」織田信長は天才である、と
なぜ徳川家康だけが「自ら宣言して神になる」ことに成功したのか?
「真田日本一の兵」との賛辞は討死した幸村への「はなむけ」なのか

*********

日本の歴史は「ケガレ忌避」「言霊」「怨霊鎮魂」抜きに考えられない。
言霊信仰の日本人は、起こってほしくないことを明確に言葉にすることを嫌う。
この世の災厄の原因たる「ケガレ」は、ミソギによって除去されなければならない。これが日本人の根本信仰である。等々、膝を打ちたくなるような明快な理論が展開されています。


著者が高橋克彦氏と対談した『見た!世紀末』(1992年刊行)でも、同じようなことを語っておられました。



井沢 日本人って言葉で誤魔化すところがあるんですよね。

高橋 問題が曖昧になっていくわけですね。

・・・・・

高橋 なんか言霊ってマイナスイメージが大きいなぁ。言霊をプラスに使って、世紀末を乗り切るなんてできない?

井沢 うん、一種麻薬みたいな作用はある。つまり現実が見えなくなるというね。
だから、言霊の世界に没頭しちゃうと、すごく幸せになれるんじゃないかという気がしますね。主観的には――

・・・・・・

司会 井沢さんにうかがいたいんですが、日本はコトダマイスト(貴族社会的)が創る時代と、リアリスト(武士社会的)が造る時代が交互にやってきたと著書の中で言われていますね。そして今はコトダマイストの時代であると。ということは、リアリストが活躍する時代が次に来るということでしょうか?

井沢 どうでしょうかねぇ。ただ日本人がリアリストだったというのは、戦国時代や鎌倉時代もそうなんだけど、戦乱か混乱の時代なんですね。

戦いは、リアリストじゃなければ勝てませんからね。それが経済戦争であってもね。そういう意味でいうと、戦乱状態が、本来コトダマイストの民族をリアリストに戻すという作用があるわけ。ところが平安な時代が来ますと本質のコトダマイストにまた戻っちゃうという。

・・・・・・

井沢 日本の罪って汚れなんですよ。それは一度ついちゃうととれないんです。罪をなすりつけるというでしょう。罪は汚れだからなすりつけられるわけで、それが一度ついちゃうとなかなかとれない。

日本人の衛生感覚って、これは神道の影響だと思うんだけど、外国人とは違うんですよね。たとえば食事をするとき、塗り箸を洗ったのが食堂で出てくると嫌な感じがするじゃないですか。割り箸の方がいい感じがするでしょう。
ナイフやフォークなら平気でしょう。
あれだって人の使ったのを洗って出しているんだけど。

たとえば、高橋さんの家に招かれてね、「これはいつも克彦が使っている箸です。どうぞお使いください」って言われたら嫌ですよね。

高橋 アッハッハハハ!(大受け、笑いがとまらない)

井沢 それって、消毒っていうこととまったく関係ないでしょう。
   完全に煮沸殺菌しても嫌でしょう。これって科学的なこととまったく関係ない。

高橋 なるほどねぇ。

井沢 それって細菌、雑菌の問題じゃなくて、高橋克彦的汚れがついているような気がする(会場、大爆笑)。
   
********

おもしろくて、わかりやすいニコニコ
こういう比喩をもちいて解説をしてもられたら、どんどん引き込まれて歴史の勉強が大好きになりそうですね。



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