流行語大賞もの?

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バラ整形に続き、今日も面白い韓国語でいってみようと思います。
オムチンア(엄친아)とオムチンタル(엄친딸
母の友人の息子(들)と母の友人の娘()から。
つまり、こどもをしかるとき、
「おかあさんの友人の息子(または娘)はね、00大学に入ったのよ、00賞とったのよ」という類のうらやましさ。つまり、手の届かない存在ではなく、近くにある嫉妬と羨望の対象とうこと。
使われ方としては、
「実は彼女は「オムチンタル」であった。歌手だと思ったのに、東方神起の弁護士でもあったのだ」などと。
例にあげたのはイ・ウンミン이은민さんとの事。


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ご無沙汰しました。ごめんんんんなさい~。
きょうは、日本語と韓国語の言い方の違いについて。

食べる」と「飲む」なんて言葉は、初級の初級の単語ですよね。
しかし、この使い方というのが、そう簡単ではない。
では、では、みなさん。

薬はのむもの?たべるもの?
もちろん、のむものですね。
ところが、韓国語では、「食べるもの」
え?薬を食べる?

ちなみに韓国ドラマをみると、お酒も「食べる」という表現を使っている。
つまり、日本語の「のむ」とは、噛まずにのどにやるもの
「食べる」のは、しっかり噛むもの

たから、漱石のどの作品でしたっけ?「タバコをのむ」という表現がある。
しかし、韓国では、固形は、食べる、液体は飲むと表現。
ただし、酒やスープの場合、
液体にみかかわらず、一緒におつまみや、

具を食べるから「食べる」という表現を使うのかしら?
英語ではどうだっけ?

 語学とは、単語や文法を学ぶものでなく、
違う「考え方」を学ぶものだと思っています^@^

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「気に入った」と判断するのは、どこだろうか?

脳だろうか、心だろうか。
心も脳のうち、というならそれまでだけど。
というのは、日本語の「気に入る」はどうも「脳」のような気がする。同じニュアンスを韓国語で探すなら、「マウメドゥロ」(心に入る)だ。つまり、心。「冬のソナタ」で、ミニョンは、気に入った人と仕事も(!)したいと言い、「僕は、ユジンさんが心に入りましたから(マウメドゥニカ)」だって。

あなたはどっちで判断する?脳?心?

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今年こそは整理

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明けましておめでとうございます。

今年の目標は?
何をさておき、今年こそは家の中を整理すること。
 普通、整理はこういうふうに使うよね。
ところが、韓ドラの中では、少々違う。

「分かった。もう(心の)整理するから」
これは、彼または彼女のことを「諦める」という意味。
100%といって良いほど、韓ドラではこの意味で使われている。

今年こそは、目に見えるものの整理に勤しむつもりですが、

他に「整理すべき」何かあったっけ?

「ゴールキーパーがいても、ボールは入るよ」

こんなセリフを韓ドラでよく耳にする。

つまり、彼氏、彼女がいてもチャンスはある、という意味で。

例の日韓共同主催のワールドカップ以来、

サッカーが国民的スポーツになったからなのか?

しかし、略奪?愛を成就すべく、努力するのはいいとして、

結婚式の場で相手が変わるのをドラマで描写するのはいかがなもんかと思う。

ところが、あの「天国の階段」だってそうだったし、

シットコム(シチュエーションコメディ)では、お決まりコース。

意気込みは買うけど、愛にも仁義を!とはもはや年寄りの発想かしら。

荷物じゃあるまいし、言葉はなぜ下ろす?
いえ、尊敬語から、ため口にするという意味。
基本的に韓国では初対面同士は尊敬語で話す。
それが、自分が相手より年下と分かると、「マル、ネリセヨ:言葉を下ろしてください」とくる。似た表現に「マル、ノウセヨ:言葉、置いてください(高いところから地面に?)」がある。
 では、お互いが同い年では「ヤジャ(ため口の語尾)しよう」「マル、トゥジャ:言葉の(堰を)取ろー」(尊敬語は高いところにあるもの、もしくは何かに堰きとめられているイメージか)といって、言葉遣いを定める。お互いの納得の上でため口を使おうというのだ。これ無しでいきなりため口では、いくら相手が年上に見えても、内心ムッとくる。喧嘩秒読みになってしまうので、要注意。

「舌が半分」の意味

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 直訳すると「舌が半分か、なんでバンマル(半分の言葉=ため口)か」という台詞がドラでよく登場する。つまり、半分の言葉(ため口)をいうなら、あるべき長さの舌も半分のはず、とくるのだ。
 個人的な感想でいうなら、敬語の形式は日本語の方が、よくいえば発達している。ところが、敬語の使用範囲となると、韓国の方が広いといえる。というのは、日本では先生や会社の上司でさえも慣れてくるとため口で済ます場合が多いが、韓国ではそれは有り得ない。あと、夫婦間も。金婚式を迎える程の永く連れ添った夫婦でも、お互い敬語で話すのが普通だ。この場合、日本では夫はため口だが、妻は敬語を使うにしても、お互いが敬語を使うのはまだドラマでも見たことがない。敬語使いだからといって夫婦関係が疎遠かといえば、いえいえ、友人の母のように、還暦が過ぎても父の帰りのベルに、鏡を見てから玄関を開けるほど熱々でも、である。だから、見知らぬ人がため口で声を掛けれるのは、誰から見ても親子ほどの年の差があるときのみである。でなければ、どっくみ合いまで至るのに、数分とかからない。
 でも、敬語が難しいようじゃ、使うに使えない。だからか、敬語の使い方は実に簡単だ。ため口に「ヨ」をつけるだけ。後は、これよりもう少し丁寧な、例の「~ニダ」形。その上は「~シムニダ」。この3ランクの敬語さえできれば、舌が半分と言われることはない。しかし、英語の発音のために舌を切ったのなら、仕方ないけれど(これ、本当にあった怖~い話?)。

聞き飽きた面白い表現

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はじめて耳にしたとき、へ~なるほどと思った表現が、いつの間にか鼻につくようになった表現の話。
「ssoda。ソを強く発音するこの単語。もとの意味は「何かを宙に向かって放つ」という意味の動詞だ。例えば銃を撃つ、花火を打ち上げる。言葉で叱責する時などに用いる。
 ところがいつの間にか「奢る」という意味でこの単語が用いられるようになった。初めて耳にした時は、ぴったりだと思ったくらい。それがいまや、もとの「奢る」という単語が死語になりかけるほどに、幅を利かせるようになった。すると、こっちは白けてくるのだ。「打ち上げ」てやるなんて。そういえば、日本語の「打ち上げ」もこんな発想でできた単語か。なにか「ぱっとするための会」…。
 ある単語が面白い用法で使われる。耳にした人が真似る。流行し始める。従来の単語に取って代わる勢い。
 ここでへそ曲がりの私は思うのだ。それぐらいの奢りであんな大げさな単語使うなと。この辺で流行語を卒業し、もとのサヤに戻ってもいいじゃないか。

  こうなると、もはや精神的年寄りか。新しいものには何でも突っ張ってみたがる…

「作業中」の意味

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外来語、つまりコンピュータ、ノート、デスクなどのカタカナ語が氾濫しているように、韓国でも状況は変わらない。しかし、いくらかは横文字から逃れよう、という動きはあるようです。だとえば、DVDはDVDというのに、CDは「音盤」という。CDの方が言いやすいのに。

 さて、今日は「作業中」のことを考えて見ましょう。こんな簡単な言葉をなぜ?と思うでしょう。

それが、どこかの工事ではありません。世の殿方が、美しい女性を見てしかけるアクションが「作業」なのです。この作業のプロを、「選手」といいます。

韓ドラでよく耳にするけど、本当の工事現場での使用法よりもメジャーになっているんです。

たとえば、「おいら、プレイボイ同士、あの女性をかけて対決してみようぜ」なんぞ不謹慎な賭けをするとき、「選手同士、作業開始に行こうか」となるわけ。

 ふぁ~

ハングル勉強中の皆さん、こんなんで夢を捨てないで~。


「マシカッタ」、直訳すると「味か去った(行った)」という表現がある。
味が去ったから「腐った」になる。

それが韓ドラでは、食べ物じゃない文脈でよく使うのだ。

人に使うと魅力がなくなった、付き合うにあらずなど、NGの意味になる。

日本語の「タビタタレル」という表現のように、もとは、人が死ぬとき使う「行く」からきたと思うが。

さて、今度は「味が有る・無し」になると?
味か有るから美味しい、無いからまずいになる。
同じく、名詞に有る・無しが付いた言葉は多い。
才能が有る無しと同じように、

オシャレ(モッ)が有る・無しで、素敵・無粋の意味になるのだ。

便利?それとも直截過ぎる?