『冬ソナ』その後

『冬ソナ』熱きあのごろ、巷のBBSでは、いったいあのプラトニックな愛は果たして可能かという意見が飛び交ったていた。「ミニョンは、外国帰りの設定だもの、無いのがおかしい」とか、チェリンとも絶対有るとか…。
「ね、韓国って、結婚まで何もないの?」と訪ねられて、「今は知りません」と逃げたものだ。
それが『冬ソナ』の後はというと、最近はじまった「ワンダフルライフ」では、なんと、できた結婚の話。

 猫がぶり韓ドラは『冬ソナ』を最後に、現実を反映するようになったのか?

 確かに、最近の韓ドラをみると、主人公が三十路を超える設定だと「お堅い路線」、二十歳代となるとその時のムードを描く傾向。台詞でも「あんたらの世代は、それが軽いでしょう?」と姉は妹を戒めるのだ。時代は着実に、ポスト『冬ソナ』?
しかし、舞台装置も、登場人物も、隣の家の話というような、あまりにもリアルすぎてドラマに酔うことができないより、少々設定が荒唐無稽でも、猫がぶりのプラトニックラブでも、夢を見せてくれるドラマを見たいのは「お年」ですか?


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「作業中」の意味

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外来語、つまりコンピュータ、ノート、デスクなどのカタカナ語が氾濫しているように、韓国でも状況は変わらない。しかし、いくらかは横文字から逃れよう、という動きはあるようです。だとえば、DVDはDVDというのに、CDは「音盤」という。CDの方が言いやすいのに。

 さて、今日は「作業中」のことを考えて見ましょう。こんな簡単な言葉をなぜ?と思うでしょう。

それが、どこかの工事ではありません。世の殿方が、美しい女性を見てしかけるアクションが「作業」なのです。この作業のプロを、「選手」といいます。

韓ドラでよく耳にするけど、本当の工事現場での使用法よりもメジャーになっているんです。

たとえば、「おいら、プレイボイ同士、あの女性をかけて対決してみようぜ」なんぞ不謹慎な賭けをするとき、「選手同士、作業開始に行こうか」となるわけ。

 ふぁ~

ハングル勉強中の皆さん、こんなんで夢を捨てないで~。


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メロドラマのパターン

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「冬ソナ」は、山口百恵さんの「赤い」シリーズと酷似しているという。その理由は、ジェームス三木さんは、メロドラマのパターンは64通りしかないのもせの原因ではないかという。え、本当?

その64通り知っている方、ぜひ教えてくださいね。

その返事を待っている間、私たちも考えて見ましょう。


まず、主人公が男か女か。ライバルは自分と同じ性か否か。で、4通り。

結果は結ばれるか否か。真ん中の「友情」という逃げ道も入れて、3通り。

でも最終的に幸か不幸かがある。

それに結ばれるにしても、スンナリとは結ばれないように、間の段階がある。その受難に、いくつかのパターン。つまり克服可能か否か。多くは克服可能なものと不可抗力を両方入れる。だから、病気か災難かになってしまう。整理すると、

主人公と相手と三角関係    受難    二人の関係    結果

男      女     女:  解決可能  :  結       :  幸

              男:  解決不可能 : 友情(曖昧)  : 不幸

女      男     女:          : 破綻   

              男:

 つまり4×2×3×2=48。あとはなんだろう?

どもあれ、日本も含めてどのドラマも似たように見えて食傷ぎみのみなさん、お許しあれ。要はこういうことでしたか。なら、ストーリはさておき、俳優やOSTや台詞で楽しみましょう~。


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例の学会話の続きをしよう。
僭越ながら基調講演の通訳をすることになった。その基調講演をした、某大学の副総長でもあるこの学者の名前は、本人に許可をとってない以上、伏せることにする。プログラムにも載っているから、調べようと思ったら簡単だし。で、その基調講演の内容を少しだけ紹介しようと思う。

 昨年、韓国の大手新聞、中央日報のアンケートで、日本は嫌いな国のワースト3に入りながら、見習うべき国の上位3に入るという結果がでた。ではなぜ日本は嫌いな国というレッテルを貼られているのか。
古くは13、14世の倭寇の侵略から秀吉の朝鮮征伐、そして近代の日帝の侵略と永きにわたって韓国の歴史の中にその暗い足跡を刻んでいる。その影響は韓国の歴史全般に重く深く及ぼしている。これを「垂直文化」とみる事ができる。韓国人の「日本嫌い」というのはこの歴史から生まれたものだと彼はみる。
これに反し、アニメ、ポップス、映画などの若者文化を中心に日韓の文化交流が活発だ。これは短い時間軸の「水平文化」とみる。現在日本は世界の冠たる先進国だから学ぶべきところも多いとみる視線はこの線上にある。
「垂直文化」が永い時間をかけて形成された分、容易に変化するものではない反面、「水平文化」はその時代の気分によって、すぐに良くも悪くもなりやすい。 その意味で「韓流」の命も脆弱だ。同じく日本の政府が経済的な海外援助をしたことで、「ミソギ」が終わったとみるのは、どうかと結んだ。そして「垂直文化」レベルの感情を働かせる交流でなければ、水平文化もすぐ駄目になると。

確かに、麻生氏の「ちょうど朝鮮戦争があったから、日本の戦後復興は早まった」との無神経問題発言、最近の外務省の「アメリカは韓国を信用していない」発言などは、水平文化ですら水を差す。

 一時間の講演をこの程度の文書で伝えることはできないが、要は深いつきあいを永く続ける努力がお互いにあってこそ、真の友情が芽生えるとのことか。


浮かれ「韓流」も永く続けることで、「水平」から「垂直」に変えられるかも。ここに我、「韓ドラ・マガジン」を続けるワケ、アリケリ。そうそう。

韓流以前から…

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busan 先週末は学会で釜山に行って参りました。学会名は、「韓国日本近代学会」。

日本に留学していた人たちが大学の先生となり、その仲間同士で作った学会です。それがヒョンなことから日本人の先輩・後輩も参加して、その友人知人にと、どんどん輪がが広がったのです。専門は何でもいいのです。とにかく日本と韓国の両方の人たちに自分の研究を聞いてもらうのがその目的ですから。という自分は、ただの通訳に徹し、ただの「参加」でしたが。こんな学会は、これだけじゃありません。メンバーには、日本の古典を読む韓国人も、韓国人のように話す日本人もいます。韓流の以前から、こんなジミ~な集まりがあったのです。せっかく一般の方に読んでもらうブログですから、そいう集まりも有るんだということを知らせたくて…。


久しぶりの釜山には、いつの間にか弓なりの海岸線を見下ろすように「クァンアン大橋」ができていて、夜空に浮かぶその姿は幻想的でした。海岸には夢を語る(と、みてあげましょう)カップルの大軍。

俺はアヒル。

「アヒルというのはな、生まれてはじめに目に入るのが母親だと思うらしい。
どうやら、俺はアヒルみたいだ。俺にはジスしか見えない」
  『ガラスの華』6話
 小学校の時から好きな女の子、「ジス命」の理由だ。


メロドラマにおいて、男と女がなぜ愛するか、その当為性をはっきりする必要がなる。
そうか。なぜそんなに惹かれるか、その理由がはっきりしない場合、こんな逃げ道があったか。

作家志望の人、参考されたし。しかし、本当かな??アヒル説。

韓ドラのBGS

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  韓ドラのBGMならぬBGS(背景)として、最近ソウルの南山タワーがよく目に付く。ドラマの決定的なトポスとして。たとえば、『美しき日々』『ガラスの華』『華麗なる時代』『いつかどこかで』などなど。そういえば、ソウルの観光コースはどんなものがあるだろうか。一般的には、繁華街の明洞(ミョンドン)地区や冬ソナコース?
でもその次に詰まってしまう。

 hangang
あまりにも当たり前だけど、あえて一押しを紹介するなら、「漢江(ハンガン)」そのものだ。川下り良し。川辺での線香花火良し。橋の上からの眺めも良し。漢江が見下ろせるホテルのラウンジも良し。

なかでも、一番高い視線で漢江を見下ろせる冒頭の南山タワーは、実は穴場。雨の日、晴れの日、夕暮れならもっといいかな。

 夜になると、タクシーでさえ漢江を挟んだ両脇にある大通りを100キロで走る。内心ひやひやながら、爽快感満点。
 二泊三日のソウルショート滞在なら、あらゆる角度からの漢江を堪能することをお勧めします。

 はい。にわかソウルガイドでした。

「ふん~。分かった。あなたって野良犬みたいだね。
あたらかまわず、噛む、吠えるやつ。

愛に飢え、自分をみてくれ、構ってくれ、愛が欲し~いと。
こんな子の処方箋は一つしかないの。
ひたすら可愛がってあげるの
 『マジック』4話から

これをいわれた男は目が真ん丸くなる。ガツン!と来た思いだ。
自分に自信たっぷりで、いつも女から自分にお熱を上げさせるのに慣れているのに、自分のすべてが見透かされた思いにさせるこの言葉。 話の先は知らないけれど、言われた男は、多分、この女から離れられないと思う。

メロドラマの成功の鍵は、ヒーローとヒロインの結びつきの当為性。この人が、なぜあの人を好きになるのか、いまいち分かり難いドラマが多いなか、この台詞なら一応の合格点をあげよう。

そして、こんな言葉が吐けるようになったら、あなたも「恋愛達人!」かもよ。


『甘い人生』の苦味

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sweetbitter 日本でも評判が上場の『甘い人生』。韓国での評判も高い。イビョンが表紙を飾った「Screen」4月号には三つ星がついた。

しかし、残念ながら上がいる。

『誰も知らない』だ。

「苦味」とはその意味です~。

四つ星じゃない理由は、私もふれたそのストーリ展開。
でも、考えてみると、甘みが有るか無いかの感情を映画にしたことは評価したくなった。だれが見ても分かるような、事故だ、身の上不幸だと、これでもかの設定をしたがる韓ドラに置いては極をいく設定に一石を投じたことにならないか? ビターな男の美学。

「マシカッタ」、直訳すると「味か去った(行った)」という表現がある。
味が去ったから「腐った」になる。

それが韓ドラでは、食べ物じゃない文脈でよく使うのだ。

人に使うと魅力がなくなった、付き合うにあらずなど、NGの意味になる。

日本語の「タビタタレル」という表現のように、もとは、人が死ぬとき使う「行く」からきたと思うが。

さて、今度は「味が有る・無し」になると?
味か有るから美味しい、無いからまずいになる。
同じく、名詞に有る・無しが付いた言葉は多い。
才能が有る無しと同じように、

オシャレ(モッ)が有る・無しで、素敵・無粋の意味になるのだ。

便利?それとも直截過ぎる?