先日、ひさびさに外出時に急に吐き気におおわれ・・。

夕方病院に行ったのですが、また吐き気に襲われ


でも、わかった事が1つ!!

私の場合どんなに吐き気が襲われても吐かない

ソラナックス0.4×4

セパゾン2×4←これが増えました

コンスタン0.8(気分不良時)

薬が、体にあったのか、最近外出もあまり怖くなくなり、

少しづつ外出できるようになった


なにより外に出るのに近場だと不安がなくなった!

というのが何より嬉しい

早く、仕事もしたいし、普通の生活もしたい!!

がんばろ~

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最近、少し体調が良くなってきました

少しづつですが、外出したり買い物したり。

美容院にも行けたし

そんなに遠い所へ出かけたり、一人で行ったりはできませんが

再発した頃に比べるとかなり良くなった


でも、やはり時々不安になることもあるし、

体がだるかったり、やる気がなかったり・・。

多数・・でもそういう事って病気じゃない人にも、

普通にある事なんですよね・・

それをやはり病気と結びつけてしまうのは、病気か・・


これから先、どうなっていくのかはまったく解らないけれど、

過去の事を考えるのをやめた

しなければよかった!あ~すればよかった!?

なんて考えるだけ無駄な気がしてきたから・・。


それなら、こうなりたい!これがしたい!って考える方が

いい気がした♪
声に出すほど美人になるおまじない

を読んでいて、自律神経はそう思えばそういう方向に、

自分を持っていくらしい。

簡単に言うと、

自分の事がかわいいって思えば、

自律神経は顔が見えないからかわいいんだ

って勝手に認識してくれるらしい(笑)それでかわいくなれる★

それと同じ様に、例えばすごく不安になった時、

大丈夫!って声にだしたりして思えば大丈夫になるとの事。

ただ今、実践中です


なんでも、マイナスに考えるよりプラスに考える方がいい♪

簡単な様で難しいのですが・・。でも何もしないよりマシ!


もっと、もっと自分の事を好きになりたいから

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私は、キンキキッズの堂本光一君が大好きです。

この人を、好きになれなければ、

今頃何の目標も楽しみもなく生きていけてなかったんじゃないか・・

って思います。


東京に行けたのも光一君のおかげみたいなものだし・・。

ただ、会いたかったから。

1%の確立でも東京に住んでいる方が会える確立があがると思ったから。

そういえば、その頃キンキがだしていた曲「カナシミブルー」だったかな~。

結構その曲も大好きで、良くビデオで見てました。


生きていくのに目標がなくなると、結構辛い気がします。


昨日、合計160分?(正確には覚えていないけど・・)

ある人と電話をしました。

よく考えると・・私にとってひざびざの長電話だったかも・・。

人と話す事ってすごくいい事なんだな~って改めて思いました。


話をしていると、楽しいって思える事。

自分の知らないその人の知っている事を聞けたり、

自分とは違う考え方を聞けたり、

その人は、賢くて、でもそういう賢さを表にださない賢さももっていて、

やさしくて、人の話も聞いてくれて・・。

最近薬を飲むの量に迷っていて、どうしていいかわからなくて

その事を相談したら、すごくいい答えをもらえました。

少しずつ自分にあう量を解っていけたら・・って思い。すごく救われました。

人として最高だな!って本当に思える人に出会えたって気がします。


いつもお世話になっているので・・褒めておきました(笑)



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こう書き続けていると、かなり自分の中で整理ができてきました。

だから治る!って話ではないのですが。

少しの希望は持てます。


東京にいた時にお世話に?なった人

(少しの間泊めてもらった&ストレスの原因になった人)

からたま~に電話がかかってきます。


その内容が私を、イラつかせる!!何回も同じ事を話す。


「お前もう25歳やろ?、仕事はせ~へんの?このままはまずいんちゃうん?」

  ↑大きなお世話というもの。しないんじゃなくてできないんだから・・!!

「俺この前に契約で合計4本とれて、歩合かなり入るねん」

  ↑おめでとう。それは嫌味ですか?自慢ですか?

「だから、この前誕生日プレンゼント渡せなかったからこれで送れるは」

  ↑ま~これはラッキーですが・・


人の喜んでいること、嬉しい事を素直に喜べない自分が嫌になってくる。

症状をしっているんだからもっと気を使ってくれてもいいんじゃないか!って思ってしまいます。

はぁ~人のせいにしている自分って最悪。

本当に最悪だ・・。

実家に帰ってきてから、2005年10月ではや10ヶ月がたとうとしています。

よく仕事もしないで生きてこれたものです。

やはり、それもすべて親のおかげです。


一時帰ってきてから、治ったのではないかと思う時がありました。

健康にもいいとの事で歩きに外に出る事もできたし、

妹の家にも行く事ができた、

けど実際は治ってもいなく

実際今、たまに外にでれるくらいで、

気持ちではできれば外にでたくない気分が先にたちます。


外に出ていても言葉では言えないほどの不安にかられることもあるし、

家にいても吐き気がする事もある、

どうしようもない!病気になってしまったものは受け入れないといけない!

とは、思ってもどうして私が?って思ってします。

他にも私よりひどい人もいる。でも何もなく生活を送っている人がいる・・

そう考えると悔しい。


親に、その人に乗り越えられない困難はこないんだから、私にきたのは乗り越えられるからなんだ!って

言われました。そうなんだ!乗り越えられるんだ!って思えるでも・・辛い。

治らない病気じゃない!ってわかっているけれど時々本当に治るの?

この先ずっとこんな生活なんじゃないの?

ってすごく不安になってします。


楽しくなくてもいいから普通の生活が送りたい。

こう思うのは凄く贅沢な事なんだろうか・・。


実家に帰ってきてから、まず前に通っていた心療内科に行きました。

体調が前よりもひどくなっているというのに、

その先生は話もロクに話も聞いてくれず薬の変更もしてくれない!

結構評判のいい心療内科だったのでショックでした。

苛立ちも覚えたのですぐに病院を変更しました。


変更した病院は、そんなに大きくない精神科なのですが

話を聞いてくれ、安心(リラックス)する薬と自律神経のバランスを治す薬を出してくれました。

信用できる先生だなって思えました。

結構、こういう症状にはいい先生と思える人と出会えることってかなり重要だと思います。

先生が信じられないと薬も信じらない。

この病院にずっと通うことになりそうです。


実家に帰ってきてから、結構外に出れるようになりました。

独り暮らしの時は、近くに買い物に行くだけでも不安と吐き気でいけなかったのに・・。

車で40分くらいの所にある妹の家とか、

車で1時間の所にある旅館に家族で旅行に行ったりと・・。

最初は、行きたくなかった。

不安だから・・しかも昔から乗り物酔いが激しい上に

体調が悪くなってからはもっとひどくなっていたからです。

でも行ってみると不安だけで体調の悪さはでてきませんでした。


旅館は、足湯があり、カニ料理もおいしく満足でした。

そこでおもしろいことがあったのですが・・

妹と妹の旦那様と私とで足湯に浸かっていました。

当然ゆかたは着たままで。

足湯は1Fにあったのですが、2Fから話声が聞こえてきたのです・・

その時は何を話しているのかわからなかったのですが。

後で気がついたのですが、妹の旦那様の事を女の子だと思っていて

3人女のこがいると思っていたらしいのです。

妹の旦那様は、少し髪が長く足も綺麗赤西仁に似ています。

ですから上から見ると女の子に見えたみたいで・・本人はかなりショックを受けていましたが、

私達は、爆笑でした。いい旅行でした。


妹・母・姪来てくれ1週間程いてくれました。

妹は仕事の研修中だったにもかかわらず来てくれて・・

なんて良い家族を持ったものかと・・。

家族が帰る日、一緒にこのまま帰ろうって言われましたが・・

会社にも辞めると言ったまま挨拶も言っていなかった事、

家の解約届けも出していなかった事もあり、

一人で残ることにしました。


その後、すぐにお家の解約届けをだし、

会社に挨拶にいき・・後2週間東京で過ごし実家に帰ることに。


その頃何ヶ月間か、東京にでて来た時に泊めてもらっていた友達が

頻繁に泊まりに来ていました。

私としては、一人でいたいし、自分のペースを崩されるのが一番嫌だった!

その人は仕事が終わるのが遅くって・・12時くらいなのにその後来る・・。

私としては朝から仕事なので寝ていたい。

食材も計算して買っているのに、勝手に飲んだりする・・。

嫌で嫌でしょうがなかった・・。

でも言えなかった・・だから再発したのかもしれない・・。

人のせいにしているだけ!っと思われるかもしれないけれど、

嫌な事を嫌!!と言えないことは本当に辛いしストレスがたまる・・。

本当に苦痛でしょうがなかった・・。


でもそんな事とももうお別れです。

11月26日頃、

家に帰るのにも一人では帰れない為、お父さん・お母さんが来てくれました。

そして30日引越し屋さんがお昼頃来て、

夕方、新幹線に乗って実家へ


これで東京での一人暮らしの生活にお別れです。

その後、もうこの人とは働けないと思った。

仕事から帰ってくると悔しくて涙が溢れてきて・・

親に電話をし落ち着くそんな日々が続きました。


社長に、働けないことを伝えると

事務所を変えてくれる事になった。

もう働けないと思っていたから次の働き先探さないと・・

いけないと考えていたので安心し感謝しました。


かえてもらった事務所にいる人達は本当に親切な人

ばかりで働きやすかった。

でも、社長夫婦にあの人とは働けないと思った事を言った時

「今までよくがんばってくれたよ。」

って言われた。その人が原因で何人もやめて行ったそうです。

なんでそんな人を雇っているのか・・腹がたちました。

今考えると売り上げがいい人を辞めさせたりしない気持ちもわかります。


でも、それから半年後、本当に急に・・。

いつものように仕事に行こうとした瞬間

吐き気と不安、仕事にもいけない悔しさから涙が溢れ出してきた・・

親と電話で話しをし、落ち着きました。

その日は仕事を休む事にしました。

母は、その時言ってくれました。

「行かないんじゃなくて、行けないんだから無理していく事ないんやから!

今まで良くがんばったね。少しくらいやすめばいいんやからゆっくりし~」

って本当に嬉しかった。ありがとうm(__)m



職場というものにはいろんな人がいて、

いい人もいればとてもとても嫌だ人もいる。

一番ややこしいと思ったのが、いいところも悪いところもある人!

これは完璧にややこしい。

結局その人(50代半ばの女性)の態度ときたら、遂さっきまで機嫌が良かったと思ったら

もう機嫌が悪くなってる・・。

不動産会社に勤めていたのですが、給料とは別に歩合という物がついてきます。

人はお金がかかわると何故か嫌なものになってしまう。

その人は、契約を取る為、電話がなればすぐに出て、

お客さんが入ってくると自分がすぐに対応。

雇う側の社長からするとかなり優秀な人なんだろう。

でも一緒に働いている人間にするとかなり迷惑な話です。

たまに、運よく売り上げが私の方が多いと「おめでとう」って言ってくれる

内心の気持ちはわからないけれど・・。

そんな人だったけれど、私が一人の生活の為やきとりを家に届けてくれたり

誕生日にはケーキをくれたり、

その時流行っていた、冬のソナタ。

かなりヨン様ファンになったみたいで

ビデオで借りたからってDVDに録画した分を

貸してくれたりいいところもいっぱいあった。

働きだして半年くらいした頃に、カラダに赤い湿疹?

蚊にさされた様な感じでみみず腫れがでてくる。

これがかゆくて・・かくと余計に広がるし・・

たぶん、ストレスがカラダに出てきていたんだと思います。

5年程まえに、急に体調を崩す。

眩暈・吐き気・横になると足が波をうつ感じ・肩こり

でも何が原因かもわからず

いろんな病院に行き、結局先生に「何も悪いところありませんよ」

の一言で終わってしまった。

その後、母のおかげで心療内科というところがある事を知り

そこに通うことになる。

そして初めてのこういう症状の薬を飲みだす。

その頃、長時間の仕事と電車での通勤が困難だった為

自転車・車で通える本屋さんでのバイトをしていました。

1日6時間程のバイト。バイトに行く日だけ薬を飲むといった感じでした。

その頃の私は薬を半分信じて半分信じてなかったんだと思う。

そういう状態でもバイトをしながら、たまに買い物にも出かけ

昔から、バイクの免許を取得したかったのでバイクの免許もとりにいく。

今思うとなんて快適な生活を送れていたんだろうと思います。

それから何ヶ月かたち、昔からの夢があったので東京にいこうと思いました。

たぶん、こういう症状にならなければ行かなかった、行けなかったと思います。

いつも後回しにしたり、もうこの年だし、って思い行動しなかった。

でも、やれる時にやらないといけないんだ!って思えた。

運がいいのか悪いのか・・。

東京に友達が居た為そこに2週間程お世話になり、

その間に家と仕事を決めて生活開始!

家も仕事もすぐに決まったので本当に運がいいと思った。

また、私の親は21歳にもなる私の為に東京に来てくれて

生活道具一式そろえてくれた。

本当に、できた親だと思う。私にはもったいないぐらい・・。

今でも感謝でいっぱいです。