2012-08-16 11:32:51

動員目線

テーマ:拝見 よそ様のブログ

 官邸前デモ。いっていることはいっています。10日はそれでも真面目に並んだ。官邸から国会前、霞が関と権力の中枢エリアに人があふれかえるだけで愉快を感じる。

 だって、マスメディアを通じて流される情報やイメージだけだと、永遠に「政治と無縁」な感覚だと思うよ。そして政治参加は、「投票をすること」だけとなって、ひいきの政党がどうのとかメディアの流す盛況報道の噂だとかがあふれかえり、それに熱意の無い人はそっぽをむくだけになりそう。


 ネットの範囲の議論はどうなのか、それはわかりません。ツイッターなどに縁がないですし。

 ブログも見る範囲が限られるから、どんな問題が議論されているのか、よくわからない。

 組織や団体としての参加はどうなのか、っていう論点は、いろいろ広がっているみたいですね。このブログでも雑談しましたが、いろいろなところで議論になっている。あんまり加わろうとは思いません。

 自分で黙って並んだ時の印象の方が語りたいことなので、運動の在り方をあれこれするというのが、どうも……。

 主催者批判ってのも、他人が議論しているのは、「ふーん」と聞きますが、大した意見を持ってないし、作ろうとも思わない。


 ただ、あれこれのブログ記事で、「考えさせられるね」ということはあります。


 国会包囲の際の逮捕者に対する「赤旗」の無視  (ペガサス・ブログ版)


 タイトルにあることを論じていて、「なるほど、そりゃ問題だ」と思いました。

 もっとも目に留まったのはこの部分。


 個人であれ団体であれ,(程度問題ではあるが)過去の来歴を問題にすればキリがないし,運動参加者の間での情報や認識の共有は不可能である.さもなければ「事情通」の耳打ちが支配すると言うおかしな状況になってしまう.要するに,誰でも検証可能な「現在の,実際の言動と行動」だけを基準にするべきなのだ.



 この「事情通の耳打ち」って表現が気に入りました。前から、「運動シーン雀がさえずるような言論はやめよう」と思っていました。まあ、わたしはそんなに事情通ではありませんが。


 運動シーンを考えるとき、欠かせないと思うブログは「旗旗」。


 主催者擁護も限界に近づきつつある  (旗旗)


 しかしだったら、日の丸掲げて「日本を守って民衆を救おう」という人たちと同様に、赤旗掲げて「政権を打倒して民衆を救おう」という人たち、さらには黒旗を掲げて「日本を潰して民衆を救おう」という人たちまで、主催者の掲げる趣旨の範囲内においてはすべて平等に参加や主張を認めてもらわないと困ります。そうでないなら、主催者自身が参加者に嘘をついている、ただのセクト主義者ということになります。


 

 主催者というのを一つの人格のように扱えるのか知りませんが、多くの人にこういう思い込みは感じますね。つまり、―日の丸を持ってくるのは、左右を超えた運動の広がりを示すようなシーンだからいいことで、労組の旗などは、「動員」ぽいからよくない。― そういう感じを持っているのではないかなあ。 

 ただ、そういう感覚って、中途半端な事情通で10万人以上集まった人々の意識とは、違うんだろうと思う。実際に現場にいると、労組の旗があろうがなかろうが、そんなに気にならないよ。



 コメント欄が伸びたし、注目を集めただろうこのエントリー本文も、読んではいました。

 コメント欄に関しては、論点が私の感覚とずれているようで、発言する気は起きませんでしたけど。


首都圏反原発連合から大阪教育合同組合への回答メールをみて考えてみました(ちょと大事な追記有り)


 

 官邸前デモって、ぼけっと並んでいると盆踊りか夕涼みみたいなところがあって、これって政治行動なのか大衆運動なのかと情けないというか頼もしいというか、なんだかわけがわからない。

 火炎瓶でもなげたら、上司や社会気分はがらっと変わるでしょうが、車道にはみ出したからって、官邸敷地になだれ込んだって、それだけで、一般大衆が潮のように引くのかなあ、という気もする。

 官邸の前は、とりあえず車を並べて遮っているんですって? それで国会記者会館の中には入っちゃったのかな。

 あんまりいい席で見たことないんで(イベントじゃない!)よく知らないんだ。



 主催者とは接点はありませんが、旗や幟を持ってきそうな団体で行き来があるものも。団体の旗があると一般人民が引く、みたいな言い方をされると、嘘だ―い、と思う。そういうのって半可通な一般人理解でしょう。

 誰かが便乗して自分の言いたいことをあたりかまわず叫んだりすれば、「うるさいな」と思うだろうけど、幟ぐらいは気にするわけがない。時間内にチラシをまくなんていうのも、みんながやりだすと困るから、主催者が仕切るのはわかるけど、参加者は時間ないだろうが時間外だろうがあんまり気にしないと思うよ。


 

 デモ、集会には欠かせない救援対策については、どうなんだろうな。弁護士団体がボランティアで出ていくと、主催側が嫌がるか。だけど、警察だってこの機会に2、3人拘留しようと付け狙っている人だっているのではないかな。デモ側の人数が多いのと、携帯などの「目」があるから、見え見えのひっかけ逮捕(続に言う「転び公妨」など)はしにくいだろうけど、まあ、今後も逮捕者は出るでしょう。そのケアは、した方がいいでしょうね。「微罪」での身柄拘留が権力側にどう使われるかわからないから、大衆動員のための条件づくりとしても、イベント主催者は留意するべきでしょう。

 それより、熱中症で倒れるとか、いろんなアクシデントが考えられる。その対処が難しいと思う。既存のサヨちゃんの集会・デモだと、医労連の看護婦さんたちが救護所を作ったりしている。

 「呼びかけたら人が集まってしまいました」って形の運動なので、どう準備するのか難しいかもしれない。


 

 運動論を語るからそうなりがちだとは思う。でも、主催側についていろいろ批判が出たり、その反論があったりするけど、そのどちらの立場も、「どうしたら一般大衆がついてくるか」という観点なのね。

 どっちもどっちで間違っていて、俺が正しいというわけではない。でも、そのどちらも、「動員目線」って感じもする。集まってくる方は、動員されたというより、画像とって友達に送ろうとか、そういう要素が強かったりもしているんだと思う。そんなのではだめだ、とか、そこがいいんだとか議論しているのと無関係に、大勢の人は集まってくる。そして、まったく何も考えない無関心、無党派、無政治性の人たちというわけではない。

 わたしは自分で、その辺のリアルな感覚を持ててない。 他人と議論をする前に、そのへんをどうしようかなあ、と思っております。

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コメント

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8 ■タイトルだけ入れて

送っちゃった。

fabriceさま

 原発利権というぐらいだから、それを守るには相応の費用をねん出するでしょうね。
 一方、原発は危ないからやめようというのは、政治家や官僚に、別の知恵を出せ、公僕め、と政策転換を迫るもので、有権者としてもっともな行動なのですが、お金をねん出するのは大変。

 他の政策転換でもそうですけどね。

 あんまり運動内部で「やり方がどうの」といった議論にエネルギーを費やすのもいささかどうかと思います。

7 ■シノギとボランティア

fabrice さま

 コメントレス、忘れてました。

6 ■デモに体を張れ

その昔、「現金に体を張れ」という犯罪映画がありました。原発推進派は「実在する利益」のために自らのリスクを顧みず体を張って利権を守ってるわけで、反原発派は「原発こわい、リスク回避しる、原発なき世界が理想」というのは彼らにとってとるに足らない敵なのかもしれません。

精神論を小馬鹿にしてる時期では今は無いということかもしれません。

5 ■軟弱デモ

BLOG BLUES さま

 あんまりブログ村を徘徊しないので、どんな議論が多いのかぴんとこないんですが、「みんな、社会活動家なんだなあ」と思いますね。
 運動のやりかたをあれこれ論じている。 
 わたしは、6月29日に行ったエントリーにあるように、最初からイベント気分。物見遊山は大げさだけど、ブログのネタひろいにいいじゃん、なんて了見で見に行ったので、労組の幟があろうがなかろうが、あんまり考えませんでした。
 いちおう集会参加したことのある「たんぽぽ舎」さんや、レターをくださる首都圏青年ユニオンの幟を見つけたのは、うれしかったですけどね。
(その後おろしたかどうかは知りませんが)

 最初のうちは、いかにも動員じみた風景になるのでは、世間とマスコミから“そこそこ”にこなされるだけだろう、と、昔ながらのスローガン連呼や旗、幟はやめる方針を出したのだったら、故ないことではないけど、10万人に近く集まると、そんなことはどうでもよくなるでしょう。

 幟や旗などはすでに「問題ではないと思いますが、警察となかよくするのってどうよ、ってのはなかなか悩ましい。
 もともとイラク反戦のときのワールド・ピース・ナウが、デモをパレードと呼んで、誰でも入れます、みたいなことをいたころからかな。運動のポップ志向は。
 「警備のお巡りさん、ごくろうさん」なんていうのにロフト亭主は「なんなんだよ」なんてむくれていたっけ。
 実際問題として、「路上イベント」みたいになってしまいましたからね。

 ぬるいといえば、運動シーンでは横須賀の平和運動が「へたれ」で知られています。(そんな言い方はお前だけだってか)
 こんど、毎月最終日曜日の定例デモに行きます?
 ウェルニー公園からNTT前までの定番コース、16号線をたどって米軍基地ゲート前を通る、を歩くのですが、30人、40人ぐらいかな。最近言っていないけど。このデモがまた、京急バスの運転手さん、お邪魔ですみません、(実際にそう言うかはともかく)、ってスタンス。もうずいぶん行ってないな。いつだか参加したら。ちょうど地元のお祭りと重なって、「お祭りのところをすみません」みたいなことを言っていました。

4 ■ヌルいことがラディカルってこともあるのでは?

こんばんは。歌手の加藤登紀子は、自身も参加している官邸前デモを高く評価していて、「全共闘の頃のデモは、非日常へ向かうものだったが、官邸前デモは、日常のつづき。それは、とても素敵なことだし、当時よりも、はげしい戦いだと思う」と述べている。

首都圏反原発連合の抗議行動をヌルいと思うか?ラディカルと思うか?実存的なスタンスを取る加藤登紀子や、えっへん、僕は、後者なのだか。旦那はどうですか?

「運動」においても、なによりも個を優先させる実存的スタンスというのは、圧倒的少数であってーだからカッコよかった!真田風雲録とかねー現実的な力を持たなかったのだけれどもー個はつねに組織に潰されてきたー首都圏反原発連合は、それを一時的、局地的かも知れないが、覆してみせた。

だから今、全国各地で、名もなき人たちが、自発的に、官邸前に呼応して、金曜夜を抗議行動の時間に充て、自分たちの持ち場から、運動を開始している。その動きが、波紋のように広がっている。素晴らしいことだと、僕は、思う。

然るに、ネットに巣食う左翼的なブロガーときた日にゃ。相も変わらず「主催者」云々なのだから、やんぬるかなです。裏官邸デモを始めた人たちのように、表のやり方は気に入らない。自分たちは裏からやるぜで、大いに結構。

ただね、動機が不純のような気もする。心の底から、原発推進側のやり方に怒りを覚えて抗議行動に立ち上がったのなら、首都圏反原発連合がそうであったように、しぶとく継続していけるはずだが。さて、どうか?性根が試されることに、なりましょう。

3 ■裏官邸デモ

BLOG BLUES さま

 書き出せば長い話になりそうなので、エントリーを考えておきますが、官邸前デモって、ただ列に加わって、それもすごい遠いところで佇んでいると、左翼運動にも反体制運動にも思えないんですね。なんか子連れの30代ぐらいの女性が多かったり、リタイア世代と思しきポロシャツの人、
勤め帰りらしい人もちらほら。いろんな人が、ただ並んで、いらだった様子も見せない。

スカイツリー入場で並んでいるのと、雰囲気があんまり違わない普通さで列を作っている。
そこが奇妙なんです。

「運動」ではあるけど、「左翼運動」の範疇ではないんじゃないかな。労組排除というけど、労組ののぼりなんて集合の目印ですからね。
ともかく、3日にも10日にも17日にも、裏官邸デモはあったようですから、表の主催者に飽き足りない人はそちらに並んだのでしょう。
 聞き合わせてみますが。

2 ■裏官邸

BLOG BLUESさま

 「労組の旗はダメ、はちょっとね」という議論は、わたしの入っているMLでは収束。
 実務家は、行動のほうに赴いた模様。
 
 裏官邸デモが先週も今週も呼びかけられていました。

(名前) 首相官邸「裏」からの抗議行動
(目的) 首相官邸により近いところで再稼働反対、規制委員会人事反対を訴える

(集合場所) 首相官邸「裏」
(官邸西側、地下鉄銀座線・南北線の溜池山王駅7番出口すぐ、首相官邸と
山王パークタワーとの間の歩道)

 今日はいけなかったの意ですが、今は何をかつつむべき。先週のエントリーは、そっちへ行こうと思ったのです。
 でも、六本木通りの官邸側の歩道は立ち入り禁止。反対側を歩いて坂を上ったのですが、人が集まってコールなどしていなかったけどなあ。早すぎたのかな。

http://ameblo.jp/kandanoumare/entry-11325315936.html

 表の官邸デモは、幟なし、溜池側のデモは幟林立と棲み分けたら、なかなか合理的。

 今日は行けなかったけど、来週もやるのかな。裏官邸アクション

1 ■組織から個へ、左翼運動にもまた21世紀の波

こんにちは。犬も食わない論争の当事者として、コメント申しはべるなり。

正しい事実認識に基づかない議論が不毛に陥るのは必定であり、首都圏反原発連合批判の方々は、事実を誤認あるいは曲解している。故意なら悪辣だし、故意でなければ不勉強、不誠実ですね。その間の事柄につていは、自ブログのエントリ及びコメントで述べているので、ここでは割愛。読んでね。

では、なぜ、事実の誤認あるいは曲解に基づく批判が、かくも盛大かというと。本能的な「危機意識」のなせる業ではないでしょうか。「○○労組」の旗はご遠慮願うが、「原発やめろ!○○労組」の旗は全然オッケーとは、如何なることなのか。ここに、紫陽花革命の革命たる所以があると、僕は思うのですね。それは、属性よりも、先ず、個の主張ありきでいきまっしょい!という価値観の提示なんだなあ。

そして、それが、未曾有の大成功を収めた。開放感がありますからね。もう、みんな、言いたいこと言えない状況で、それが、首相官邸に向かって、「首相官邸に隕石落ちろ~」とか叫ぶんだから。それも、高名な政治家も、文化人も、市井の一庶民もまったく同等の扱いでね。こんな抗議行動は、前代未聞だ。官邸前デモは、実に、ライブハウスのオープンマイクデーに似ている。間違いなく、コンセプトは同じだ。オープンマイクデーのコンセプトをデモに持ち込んだと言ってもいいと思う。「ロフトプロジェクト」も首都圏反原発連合に一枚噛んでるしね。

僕なんかは、この前代未聞が、もう楽しくてしょうがないわけなんだけど。主催する組織体が厳然として在り、その下に参加者が集う。デモとはそういうものだという固定観念から抜け切れない人間には、これは自らのアイデンティティを揺るがす脅威と映る。あとはもう「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」でね。難癖のオンパレード。

つまりは、21世紀の日本社会のあらゆるフェーズで湧き起こった現象が、ついに左翼運動にも押し寄せたということで。僕は、これを、好機到来と捉えたい。ま、遅きに失した感もありますが。とにかくラストチャンス。左翼勢力のリストラクチャリングは、この波を乗り越えて行くことからしか始まらないだろうと思うのですが、旦那は、どう見ます?

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