2009-11-02 21:48:39

もう一つ 差別の話 いきまーす

テーマ:新釈世間噺

 牛丼、誂えているんじゃない。

 「差別を受ける立場から」という思わせぶりなタイトルにしたら、けっこうアクセス数が多かったから、「差別」についてのエントリーをもう一個あげようというセコイ話。


 差別に関するしょーもない話  の続編です。


 でも大議論は疲れるから、世間話モードね。


 母親の友達で、成城のおばちゃんとうちではんでいる人の話を、どっかでしたと思います。

 その成城のおばちゃんが、舅・姑と途中同居することになったんだそうです。


 舅は植民地(朝鮮ですね)の、なんかの会社の社長。姑も明治20年代ぐらい生まれで女子大学校出身だから、まあどっちかといえば上の方の社会階層の人なんですね。

 

 それで、おばちゃん、母親の友人の言うには、姑さんが、職人さんとかのことを、「あの連中」というんですって。その言い方が、とても嫌だったといいます。


 姑に当たる人は、なかなか凛としていて立派な女性らしいんですが、そして多分、性格的に偏ったとか尊大とかいうことはないのでしょうが、戦前の人だから小商人や職人、車夫の類と自分たちとでは、階級が違うと思っていたでしょう。


 明治生まれの人は今は少なくなりましたが、以前は明治生まれな気骨のある経営者とか、いろいろ言われました。女性でも、朝の連続ドラマになるような人だけでなく、「明治の女」ってしっかりして偉い奥様みたいなイメージの人っていたでしょう。

 そして実際に克己心、包容力、いろいろ美質を持っている人だって多かったはず。でもそういう人だって、子どもが、どぶ板踏んで育った下町の娘なんかと結婚しようと言いだしたら、猛反対したと思う。

 「あの連中」を、言わばまあ、差別する人って多かったろうと思います。


 戦後日本は貴族制度なんてなくなって、所得はともかく、身分だなんだの社会観念の「民主化」は急速だったと思うけど、身分差別って前近代からけっこう引きずっていたんでしょう。

 わたしたち、今、ブログで、差別がどうたら語りあっているわけだけど、「身分違い」みたいな通婚差別をしたり、されたりした立場って、そんなに古いことではないよ。古老のわたし(たって団塊世代よりは下)の親や祖父母の世代では、けっこうあった話でしょう。

コメント

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1 ■わからないが

江戸時代から有るべさ

今自分は差別されて居ると感じる
?メールで教えます
いずれ‥

2 ■無題

介護員さま

 江戸時代からあって、明治にも続いたけど、今の時代には、かなり減っていると思います。身分意識の残存はあるかもしれないけど。
 ただ。それで平等になったね、というだけですむかどうかは、さて、どうなのか。

3 ■たーんさん、人生アウトさん

無題じゃなくて、「今は減ってる」

続きはこっちで話しましょう。

4 ■制度と意識

 江戸時代は制度として差別があったわけですね。ということは、身分を変えることも制度上は出来たわけで、弾左衛門支配から脱することで、被差別民でなくなることが制度上で出来たし、幕末には支配下から士分になるため幕府に協力した人たちもいたようです。
 ところが「制度としての身分や差別」がないことになっちゃったものの、意識や実態としては残っちゃったもんだから、制度としてないものは、制度として解消ができない、そのあたりが現状のやっかいなところでしょうね。

5 ■歴史は夜作られる…つくるな…

 明日が休みで予定がない暇人が考えてるんで、所々抜けてるんですが…
同和問題が抱えてる問題提起…
 同和問題は終わった或いは解決した或いは既に存在しない問題だとする立場…同和問題が実態のない形式になってしまってるじゃないかという問題…最近のマスメディアはこの立場のように思います…第二迷信さんもこれでしょ?
 そのように扱われる背景の一つには、同和教育自体が各自治体単位に丸投げされているため、同和問題に対する問題意識が地方によって、明らかな相違がある…例題としてゴーインですけど、私が生まれ育った「総理大臣を狙う男」が市長の街では同和教育なんかなかったと記憶…注:私は中学から私学なので「愛知管理教育の効率中学」とはちょっと違うかもしれないが…
 解放同盟の相対的な弱体化の問題…誤解を招きそうだけど、本来はそうなるべきなんだろう…現実として、(申し送りとしての硬直化した)行政または人の心理、地理的条件、制度も含めて……差別は存在しているのに…同和教育を広めるべき解放同盟が弱体化している…解放同盟自体が政治団体化してイデオロギー論争と運動論で分裂をしたり、解放同盟自体の構成員の減少、高齢化による運動体として低下
 色々内包する課題があるにせよ「同和問題」が存在することは事実…『差別と日本人』が今、出版される意義は十分あるものと思いますが…ここで眠くなってしまいましたので…

6 ■はじめまして

kuronekoさんの言いたいのは、差別は昔からあった、と言いたいのかな?それとも昔の方がひどかった?

わたしとしては、今は『人が昔ほど切実には他者を必要としていない』、そういう社会になったのだと思います。
だから、濃密な人間関係も生きる上でどうしても必要というわけじゃない。
平たく言うと、『他人に冷たい』社会でもあるし、『人のことなどどうでもいいし、関係ない』と思っていられる社会でもある。
他者の‘想い’になどそれほど拘泥しなくてすむのは気楽でもあります。
しかし、昔の感覚からすると、『万人の万人に対する差別』がまかり通っているようなものでもあります。
『お前のことなど関係ないし、気にもしないね』というのは、昔であれば、れっきとした差別、それも一番ひどい部類に入るでしょう。

明治の頃なら、一部の上流のお人を除いて、庶民は人の助け無しでは生きられない。世の中が厳しいので、今の中国みたいに、最低の人間も、逆に、凛とした人、情の深い人もいたのだと思います。

7 ■誤解しそうな表現だよ

naokoさん

>世の中が厳しいので、今の中国みたいに、最低の人間も、逆に、凛とした人、情の深い人もいたのだと思います。

>今の中国みたいに、

ここは、「今あたしらが住んでる沖縄みたいに」の方がいいんじゃないかな。
< あたしはnaokoさんの上の言葉に、ないちゃーがよく言う「沖縄にも薄汚い奴はいる」「沖縄の男は昼間っから酒を飲んでいる」みたいな感じを受けたよ。あたしはそういうことを言われるたびに「余計なお世話だ」と思うんだ。それが「差別だ」とは言わないけどね >

うちの友だちにはバブル崩壊後中国に留学したのが居るけど、中国人は総じて彼に優しかったみたいだよ。

沖縄人である彼には。

うちらの島の小学校には残留孤児2世がいた。あたしは彼と友だちとして付き合っていたけど、彼にとってあたしはやっぱり、どうしようもないところで「日本人」だったんだろうな、と、今、当時を振り返って思う。いろいろと「冷たい裏切り」をしていたのかもと。

今、彼に会えたらこの気持ちを伝えたいと思うけど、そして、そのことを謝るべきかどうか、だとしたらどう言って謝ったらいいのか、そうしたら何かが変わるのか、いい方向に、

わからないんだ。

中学の1コ上にはUSAと呼ばれている先輩がいた。メルギブソンみたいないい男になりそうな面構えだったけど、前の学校で酷いイジメに遭ってうちの中学に転校して来たんだ。

残念ながら、(下級生のあたしらには優しかった)うちの先輩たちも同じことをした。

彼は日本の中学を卒業する前にアメリカへ行ったよ。

彼は日本の、あたしらの島のことをどう思ってるのかな。

8 ■長いと言われたんで

こちらにコメントしようとしたら「長い」と言われたものでTBさせていただきました。

9 ■非常に粘っこい話~ウチとソト

「あの連中」にあてつけた物言いがなされる場合も、内輪にあててなされることが多いのも、やりづらくさせますね。誰かれなく差別を放言してはばからない「筋金入り」はむしろ少なく、身内内でのいわばコードとして差別が吐かれるのが現代でしょう。

ここで留意すべきは、
『身内は水平な関係ではない』ということですね。
親が子の前で部落差別を言ったり、件の姑さんが「嫁」の前で職人差別を言ったり。夫が妻の前で女性蔑視を口にしたり、というのもある話。
いずれも、家庭内における強い立場の人間が、「お前もそう思うだろう?(思うはずだ)」という意図を込めて差別言辞を弄する。ここには彼の、「家族としての一体感」を期待する感情が込められている。


――で。そんな話を振られた子や「嫁」が、(江戸時代はわからないけど)現代においてこれに首肯できるかと言うと、できない話。親や夫や姑の言うことに全面同意する時代では、ない。
ここで反論して、夫や姑やが納得する「民主的」な家庭であるならいいのですが。
そうはならなかった場合、どういうことが起きるか。夫や姑の側は、妻や子やを差別する意図はない。しかし妻や子にしてみれば、「この人は次に、私のことも蔑視罵倒するんじゃないか」という不信感が拭えない。

もともと差別に根拠はない。なぜ差別するかに合理的理由はない。父や夫や姑の中では、ウチとソトに線引きをしているだけの話かもしれない。けど、家庭内において弱い立場の人間からすれば、その『根拠なく人を排除できる心理』が恐怖となる。
それでも子は、親を好きだったりする(割り切れない)から千々乱れることになる。

ああそう言えば、若い恋人間でも『恋人だけは大切にするけど、他人には冷酷冷淡な男』はDVに走りやすい、と聞きますね。類似性のある話。

10 ■発生論的研究

pokopongさま

 制度の問題ではないけど(だから)やっかい、ってところはありますね。逆に制度、同和対策みたいのを作ると、それが羨望と怨嗟になるのかもしれないし。
あー、そういえば「三国人」って言葉も、「うらやましいな」ってニュアンスがあったんじゃなかったっけ。うろ覚えだけど。あれ、たしか戦勝国、敗戦国ではない、第三国の人って意味じゃなかったっけ。で、占領下で権利の制限された日本人よりなんか便宜が図られたとかなんとか、あったんじゃな勝ってっけ?違ったてるか不正確かかもしれないから、知っている人は教えてください。
だから、差別に合理的根拠があるわけじゃないけど、戦後差別意識の発生機序を知ることも必要かなと思います。

11 ■なくなった

naokoさま

いらっしゃいませ。
あたしはとっぽいけど、「差別は昔からあった」というほどじゃないです。いまある差別が最近のことで、昔はなかった論者っていないでしょうから、「昔からあったんだよ」って念を押すことはない。
「昔はひどかった」んじゃなくて、どっちかというと、「今はなくなった」ぐらいに言いたいんですよ。

まさかここで「部落差別はあるじゃないか」と反論する人はいないだろうけど、ここでの「差別」とは、階層の上下という社会意識。今でも職業の貴賎の観念はあるかもしれないけど、昔のような社会秩序意識はないだろうなあ、というお話。

差別意識と、関心・無関心という論点を提出していただいてありがとうございます。
こうやってあれこれ話が広がるのって面白いなと思う。論点が拡散するわけだけど、もともと結論を目指して絞り込むってことじゃあないわけですし。
ネグレクトがいじめの一部のように、無関心が差別というのはだいじなところですが、逆に濃密な人間関係や関心の深さも差別や格差の意識を付随することもあるとも思います。世話をやいて面倒をみるというときに保護者意識とか目上意識があることだってあると思いますから。

12 ■組織も大事

sv400s_dracin さま

とかく利権の話ばかりになるけど、差別に抗する主体としての組織、はちゃんと考えた方がいいですね。「全部、個人がしっかりしろ」って言うのもどうかと思う。他のことでは、「安易な自己責任論」を批判している人って多いんだしね。
(赤木さんには用語をお借りしただけです。そういえば、全然覗きにいていないな。彼のところ)

13 ■「文学」?

ごんさま

わたし、小説とか文学の類って読まないで済ます算段をする奴なんですが、エピソードが物語るものって、ありますね。

人生アウトさま

「差別」や「偏見」の局面の「人間関係の三角形」も考えなければね。抽象的個人が抽象的社会意識に影響を受けて差別をしているのではないから。
そこらへんも「文学」なのかな。

14 ■読みました

とみんぐ さま

 エントリー、読みました。
 社会的にどうしようか、と言う前に個人の行動にいろいろなバイアスというか、構えが生じちゃうんですよね。
 これも長くなるからエントリーにしようかな。

15 ■差別者か被差別者か

 さて、制度的にないはずのもの。ところが、これをなくす制度を作るということは、制度の上で「ある」ということになる。そういう矛盾がある。第2迷信たらが何を言いたいのかわかんないんだけど、好意的に見れば、その背景に「制度的になくなったものを、なくす制度は、なくなったものをあるとする根拠になる」ということがあるとすれば、実態としてあるものをどうするかと、別問題として理解はできるわけです。賛否は別に。
 だから、実態や意識としてあるという事実やその対応の必要性を言った上で、それと別問題として、制度上で非差別者を規定することの是非を論じれば議論になる。
 ところが、彼にはそういう言語化能力がない。すると差別の実態や意識という現実にあるものを見ない差別者としか見られない。
 ところが、先にあげたような立脚点だとすると、彼は言語能力に劣っているだけなのに、人格否定されてしまうわけで、ある種の秘差別者ということにもなるわけです。
 彼自身は他者に「差別者」として「根拠のない差別をされている」と思うこともありうるわけです。
 一般的に問題とされるのは、個人を見ないでカテゴリーへの偏見による差別なんで、彼のように個人の能力によるものじゃないんだけど。
 「三国人」って石原慎太郎がよくいうやつですね。彼は中国人もそう言ってるようだが間違いで「戦勝国人」ですね。そして彼は「敗戦国人」。まあ「三国人」と呼ぶということは、私を「敗戦国人」と呼んでくださいという意思表明でしょ。

16 ■ダークサイド

>一般的に問題とされるのは、個人を見ないでカテゴリーへの偏見による差別なんで、彼のように個人の能力によるものじゃないんだけど。

なるほど、

それで「白痴」というのは「精神遅滞の重度のもの」をカテゴライズする言葉ではなくて、個人的な能力に関してのみ使われる言葉だから一般的に問題にされるものではないと、そう仰るわけですね。

さすが嘲笑趣味の達人。


17 ■アファーマティブ・アクション

pokopongさま

 「かめ?」での議論は、最初のエントリーのコメント欄にします。ここでは制度と差別の実態、という話。

 一般的に、アファーマティブ・アクションそのものが、その「類」に対する差別観を内包するって議論はあるでしょうね。きっと。
アメリカでも、ネットウヨクみたいのが、黒人優先枠というのは、黒人を差別するもの、能力的に劣っているからだ、みたいな議論をしているんじゃないかなあ。。よく知らないけど。

18 ■白痴 

白痴って、IQ40以下とかなんとか定義があるって、子どもの頃読んだけど、あのころは障害者差別なんてあんまり気にしないで、勝手なことを言っていたな。

白痴ってごんさんが言われたのなら、わたしも「白痴」って罵ろう。

「共感派」と「論理派」とかカテゴライズした馬鹿は、正真正銘の白痴だよ。

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