2008-10-30 16:18:45

なぜ安保闘争で日の丸は振られなかったか

テーマ:政治とかの素人談義

 沖縄の本土復帰をもとめる運動では、日の丸がそれなりに祖国の象徴とされたとも聞いていますが、60年安保のときにデモ隊は日の丸を掲げて国旗を取り巻いたりしなかったみたいです。


 なんでかなあ。

 日の丸が日本軍国主義の象徴だなんていうのは、左翼でも一部の人でしょ。

 国民大衆が、日本の象徴として反米デモに打ち振るのは、富士山や桜のついた旗より、やはり日の丸でしょ。


 時の政府に反対する陣営が広場を埋め尽くす大集会で、その国の国旗がうち振られているのは不思議な光景ではない。今のデモは、暴力行為はいけないけど、表現方法は互いに尊重しましょう、などと配布物などで呼びかけている。イラク派兵反対デモに、日の丸をもって参加するのは、とても筋の通った行動です。

 

 日本人の命を、石油利権ザルのために危険にさらすとは何事だ。売国奴政府打倒! 天皇陛下ばんざい!

 という人がいても理論的にはおかしくないよ。



 卒業式、入学式の国旗・国歌への尊敬が足りないといっている人は、日の丸・君が代が本当に国民の間に定着し、愛着をもたれた場合、反政府デモで打ち振られるということを理解しておいたほうがいい。

 これまでは、自民党の選挙演説なんかに立ち止まると、紙製のちゃっちい小旗をくれたりしていたけど、国会包囲デモで、日の丸が林立するようになるんですよ。

 なにしろ国民に定着するんですから。


 デモに何百万も集まる国民性になるかは難しいけど、普通の反戦デモに日の丸をふる流儀のグループが参加して、誰も不思議がらなくなる。

 国民統合の象徴である以上、時の体制に反対する人にもシンボルとして使われる。けして政府その支持者の独占物ではない。


 これまでは、サヨちゃんは国家論から逃げていたし、ウヨちゃんは近代国家の国旗の普遍をわかっていなかったから、きやすい左右対立でどちらも考えていただけでしょ。

 思ったほど日本が特殊な国ではないのなら、そのうち日の丸を掲げた反自民党政府デモが増えると思います。

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6 ■統治の道具

「信ぶるが,」じゃなくて「シンボルが」

日の丸にそんなに思い入れている人はいないと思います。

文科省とか小役人は、この古来から続く島国を愛してもらおうな度と思ってないよ。
お上に従順な国民を作りあげたいだけ。

5 ■フィクションの力とトラウマ

kuroneko さま

>「社会契約節」って、必ず高校の教科書には出てくるけど、野暮で素朴なモデル(思考実験)として、棚上げされている感じってありません?

ありますね。でも生存権が憲法によって保障されているというのは、今吸った息が吐ける、ってことでこの「フィクションの力」はリアルだと思う。移動の自由にしたってそうですよね。

>それと、旗などシンボルに罪はない、んだけど、だからこそ、信ぶるが「シレー」っとしていると感じる・・・、生身の人間なら屈折がありますけど、日の丸は涙を流さない。

シンボルだからこそ子どものころのトラウマと置き換えられやすいのかもしれません。大人になって、あれはシンボルだと頭でわかることと、トラウマを克服できるということとは別のことのような気がします。私(たち)には日の丸に対してそうした置き換えはないけれど、何か別のものについてあるのかもしれない。

4 ■約束事の精神

harutoさま

 日本人が制度や『擬制』に疎くて、国家や党派を考えにくいってことなのかもしれませんが。

 「社会契約節」って、必ず高校の教科書には出てくるけど、野暮で素朴なモデル(思考実験)として、棚上げされている感じってありません?

 日の丸を忌避する戦争体験者(戦場体験者ではなく、戦中の経験がある)はいるでしょうね。

 それと、旗などシンボルに罪はない、んだけど、だからこそ、信ぶるが「シレー」っとしていると感じる・・・、生身の人間なら屈折がありますけど、日の丸は涙を流さない。

3 ■二分法

山辺響さま

 わたしの子どものころは、自由と好き勝手とは違う、なんてお説教がありました。

 なんかね。
○革新、個人、わがまま・自由放任、 vs ○保守、 国家・家族・公共、規律
という二項対立があるように思われているのかも。

2 ■想像の共同体

>これまでは、サヨちゃんは国家論から逃げていた

これについては「国家は想像の共同体である」ということで「国家論」を展開した気分が生まれ、「逃げている」ことすら忘れられた時期が80年代後半から90年代を超えて21世紀入ったくらいまで続きました。その間に規制緩和はどんどん進展していった。

最近やっと「暴力的な収奪と規範による統制を通じて資本蓄積を効率化する装置」としての「国家」というお話も出てきて、これでやっと「社会契約」の話ができるようになった。「国民統合」というのが「暴力装置」を国民がコントロールすることを通じて行われるものである、と考えることができるようになったわけですね。近代のとっぱしに戻ったというか。なので、kuroneko さんのおっしゃることはよくわかる。

ただ、どうなんでしょうね。60年安保世代の人たちは自分が子どものころの、戦前の天皇制と日の丸との関係の記憶があって、それは彼や彼女をかわいがってくれていた親族が死地に向かう時に日の丸が振られていた記憶だったりするのかもしれない。そうした記憶を受け入れ「赦す」のには時間もかかるし、もしかしたらできないことなのかもしれない。そんなことを思いました。

1 ■確かに

アメリカの反戦デモでは星条旗掲げていたりするからなぁ。「サヨちゃんは国家論から逃げていた」←これはいい指摘ですね。『ポスト消費社会のゆくえ』(辻井喬・上野千鶴子、文春新書)のなかで、今日の日本社会では「公共性」が失われており、それを取り戻そうとする動きがほぼすべて右派勢力の専売特許になっている、という懸念が語られていたのを想起しました。

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