つれづれなるままにヒグラシ
テーマ:ブログたいへんご無沙汰です。
季節はもう秋へ、と信じたい、猛暑のちの涼しさも、あっという間に終わろうとしていて、あれだけ鳴かなかった蝉が嫌になるくらい猛暑を後押ししていたと思えば、かなり残念なほど冷え切った夜にそれでも鳴いている。
今年の蝉はむなしい。
日本人に寄り添ってむなしくいてくれているようで、ヒグラシの鳴く声は、でも残念ながら季節の一部だとしか思えない。
おれ蝉、嫌いだから。季節だけど。フォルムが・・・
そんなこんなで、今年は冬から春から夏になっても、まったくしっくりこない時間の中で生きている。
ずっとずっと、脚本を練って、映画化へ向けて、動いていて。
ツイッター、やってはいるけど、ツイッターから始まる騒動があまりにも多すぎて、全然つぶやけない。
何が起こるかわからない。
改行もできない文字列でつぶやきとして拾われて拡大して、かなり残念な結果ばかり拾われて。
いやぁ、かなり残念、ついったー。
あれ、改行できるっけ?まぁいいや
さんざん、つぶやきたい気持ちと葛藤しているけどね☆
映画化へむけて、いろいろ足を動かしている。
そしてここまで時間がかかってしまっている、自分の作品についても。
いい意味でいい意味で、と言い聞かせてはいるけれど、何度も立ち止まり、やる気もなえながら、それでもやる気があって、それは自分のだけではなくて。
制作が決まるまでも結構長かったし、決まってからも、また長い。
それは自分の改稿がうまくいってなかったり、慎重すぎたり、大胆すぎたりした結果で、かみ合っていなかった結果で、商業映画でもあるというもので。
出演者を探すという目論見で、高校の演劇も見た。
サマーフェス。
2日で10演目見た。
すばらしかった。
役者も輝いていた。
ストーリーも輝いていた。
誰にも邪魔されていなかった。
青春は、青春を横臥している者の、邪魔はしない。
あんなに輝いている10代。
しかし、自分たちの頃とは違っていた。
若い子のオーディションをして痛感していたものだったけど、今の10代は僕らの頃とは全然違っていて、ネットから入れる情報の量がかなり多く、それでいて地盤はしっかりしていると思った。
だから、自分たちの10代をなぞりながらものを作ったって、それは残念な結果になるのだと感じた。
まったく甘くない10代がそこにいる。
でもまさしくこれが、今ではあまり言わないかもしれないけど、ジェネレーションギャップというものだと思った。
そんなに遠くない、過去のはずなんだけど。
それでも10代、変わっていないものがある。僕らの頃と。
まっすぐで、それでいて、男女の関係はまったく変わりなくシャイだった。
以前のオーディションでも痛感していた。
僕らの勘違い、ジェネレーションギャップの一つとして、ネット社会がなんだかんだといって、男女関係に変化なんてあまりないということ。
携帯もネットもあるんだからと、勝手に10代の恋愛事情が進んでいると確信している人のこと多数、しかし自分が対面した10代のみなさんは、変わりなく10代をしていたよ。
なんて、ここで書いたってどうなんだ、ってことだけど。
おっさんになるって、気をつけないとみんなほんとにおっさんになってしまうや。
君らはこうなんだろ、って。
うざい、っていわれてしまうよ。
いい意味で、10代の価値観はちゃんとしていると思った。
それでもその弊害が、たとえばツイッターに、ブログに、そんなところから始まってしまう人間関係に現れているのだとも思うけど。
着々と拙作の準備は進んでいる。
脚本もゴールが見え、強力な制作タッグも組めた。
あぁ、なんだかんだで、結果がオーライになっていく。
その流れに乗るまでがBADなんだけど。
乗ればオーライ。GOOD。
新作は、役者をちゃんと演出してタッグを組んで映画を目指してともに歩んでいけば、それだけで、そこにある表情だけで、心打つ映画が出来るんだ、っていうシンプルで自分が一番信じていることころを、全力で表現しようと思う。
あとは信頼できる人に、信頼して任せる。
そしてそういう映画は、邦画は、正直あまり見たことがない。
いい役者があって、組めて、いい役者が乗っかった脚本があって、それを丁寧だろうが荒れていようが、フレームにねじ込んだ映画が、僕は見たいし作りたい。
そんなものとはマ逆のところから手をつけているような新作だけど、だからそれが翻って求めていた作品になればと思う。
震災以降、シリアスな何かがはびこっているし、強烈なドラマはフィクション以上にあふれている。
そんな中で希望を与えてくれる、物語やドラマや話題やなでしこや。
苦し紛れの打つ手より。
もっと余裕があって、優雅だったじゃないか。
高峰秀子さんの表情とか。
外国はおいておいて、国内にあったんだから。
自国を批判してもそれが内包している過去にすばらしい物だってある。
だからいちいち言わずに作ったり、黙々と、そうだ、日本には「黙々と」といういい言葉があったじゃないか。
だまってやれ!
はい・・・
ほんとみんな、声を上げるところは上げて、黙ってやるところは黙ってやってほしい。
ちなみにマージャンで、ダマ聴(だまてん)やられると、ブチ切れるけどね☆
それともっといい音楽、唄が、もっと世にあふれればなぁ。
他からの発生を待つより、自分で生み出していくしかないのだと思う





