こんばんは。かなぼんです。
とても大切なことに気がつけたので、このブログを休む前に
この記事をかかせてもらいます。
まどかっちのところにコメントされている
たんぽぽさんのブログを読んで
まさに目からウロコが落ちました(笑)
『私は愛で満たされている』たんぽぽさんのブログ
たんぽぽさんのブログを読んで、うちは、
「そうか、このことをすっかりひとかけらも残さず、忘れていたから、こんなに苦しかったんだ」
と思ってん。
このこと…っていうのは
『完全に満たされて愛としてはじめから存在してる自分』のこと。
これだけ読むと「はあ?」かもしれんから
順をおって説明させて。
文字通り、『完全に満たされて愛としてはじめから存在してる自分』とは
『あなたという存在は、欠けてもいないし、足りないものもない。
まして、癒されなきゃいけないところもない。
そのままで、ありのままで、完璧で、その存在してるあなた自身こそが愛なんだよ。』
ってこと。
ただし、この言葉は、自分が嫌いな人や、自分は無価値な人間だと思い込んでる人
落ちて行ってる真っ最中の人には、はっきりいって絵空事にしか聞こえないの。
「はあ?なにきれいごとぬかしとるんじゃー。ふざけんな!」
って、ついこないだのうちみたいに不良かなぼん(笑)と化してるからね…。
寂しさや不安、孤独感…
『あたしは、なにか足りなくて、欠けていて、傷だらけだ。
大変!満たさなきゃ!癒さなきゃ!』
そう思って焦るとき
実は、エゴの「欠乏感」というワナにはまっているねん。
『何かが足りないよー。満たさなきゃ!癒さなきゃ!』
でも、ほんとは足りないものなんてない。
満たさなきゃいけないものもない。
癒さなくてはいけない感情もない。
しなくてはいけないことがあるとすれば、
『完全に満たされて愛にあふれている自分』 を忘れてしまっている自分を思い出すだけ。
『完全に満たされて愛としてはじめから存在してる自分』
を見えなくしてるものを取り除いてあげること。
太陽(ほんとうのあなた)はたしかにそこにあるのに、雲がかかってみえなくなってる。
その雲こそがエゴだから、その雲に気がついて
雲が風に流されて太陽(ほんとうのあなた)が出てくるのを待つ…ってことかな。
雲を流すことは人間には、できないからさ。
「風さん、いまエゴという名の雲がかかって
あたしに「足りないよー」「早く満たさないと大変なことになるよ」
とささやいて「欠乏感」というワナをしかけてきます。
あたしは、まさにそのワナにかかって、「足りない!」と焦っています。
だから、この雲を風さんの力で吹き飛ばしてちょーだい♪」
そうやってお願いをする。
それが、神様へのお願いで、人間がするお仕事。
そして、いま太陽が雲によって隠されているだけで
あたしがなにか「足りない」わけではないと気がつくこと。
その願いを聞いて神様は風さんにお願いする。
「風さん、エゴという雲をちょいと吹き飛ばしてくれんかね?」
「お!了解。あの雲だね。まかせときな!」
「かなぼん、風さんが雲を吹き飛ばしてくれたよ!」
「風さん、ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして☆お安い御用!またいつでもいっておいで♪」
とまあ、お話にすると、こんな感じ。
で、今回、かなぼんが落ちたエゴの罠は
…「犠牲者ゲーム」だった。
「ぜったいに幸せになんかなれない」
どれもこれもが「誰か」のせいで、「誰かの」せいで自分はこんなに不幸なんだから
…と感じさせられるゲーム。
そう、かなり強力なゲームで、かなぼんのうつを利用してのエゴの罠…。
「あたしは、とても不幸でそれは「誰かの」せい。
だから、この怒りをまわりにぶちまけてしまえ!」
と自暴自棄になって、かなぼんは、すっかり取り込まれてしまった。
「誰かのせいで、悪魔みたいなあたしになった。
やっぱり、あたしは、悪魔みたいにどろどろしてて
ダメな人間なんだ。価値もないんだ。」
そう思いこむと…太陽がそこにあるけど
厚い雨雲というエゴに覆われてしまって、ほんとうの自分がみえなくなるの。
そして、かなぼんは、こころを閉ざし、家に引きこもってしまったのね。
家に入って、カーテンをして、外に出るのをやめれば
風さんが雲を吹き飛ばして、太陽が出てきても
そのことにさえ、気がつけない…。
そしてすっかり、『自分は悪魔だ!真っ黒だ!悪いんだ!』
そう信じこんでしまった。
不平、不満、不足感、劣等感、無価値観、悲しみ、絶望、嫉妬、自己否定。
すべてエゴが使ってくる、人間の感情。
優越感、うぬぼれ…正義感、偽善的…反対の方向性からもワナをしかけてくることもある。
『完全に満たされて愛としてはじめから存在してる自分』
そんな真実は、罠にはまって、落ちて行くときにいっても、こころには届かない。
むしろいってしまうと、その人をさらにエゴの罠にはめてしまうかもしれない。
だから、まどかっちは、あえてあたしに多くを語らなかったのかな…って
いまは思う。
『完全に満たされて愛としてはじめから存在してる自分』
みんな生まれたときは、それを当たり前に信じていたのかもしれない。
でも成長する中で、いろいろ否定的なことに遭遇し、そのときに傷ついてしまったり
自分は何の価値もない…と思い込んでしまったら、きっと、その真実なんて
ただの絵空事にしか聞こえなくなっても仕方ないよね。
あたしの中にもいっぱいある、無価値観、自分なんて最悪だというきもち。
子供のころに持ってしまった寂しいきもちもあるかもしれない。
「もっと愛してほしかったのに…愛してもらえなかった。」
「それは自分がダメだから愛されなかった。」
…そういう思いが根っこにあれば、当然
『完全に満たされて愛としてはじめから存在してる自分』なんて絶対嘘だ!と思う。
それはごくごく自然なことだなって。
『完全に満たされて愛としてはじめから存在してる自分』
このことばが、こころから理解できて腑におちたとき、人は解放されるのかもしれないね。
『自分は、はじめからこの手にすべてもっていた』
『欠けてもいないし、足りないものもない。癒されなきゃいけないところもない。
そのままで、ありのままで、完璧で、その存在してる自分こそが愛なんだよ。』
…ってこと。
まどかっちや、宇宙のゆりかごのお友達
ちょめりんや、かなぼんのブログを読んでくれてるみんなのおかげで
かなぼんは、いま、このことに気がつくことができました。
ほんとうにありがとう。
この思いに気がつくきっかけをくれたたんぽぽさん、ありがとう。
そして、まどかっち、ひどいこといってごめんね。
不良かなぼんは、ほんと、こまったちゃんですが
これもあたしなので、ゆるしてくださいな♪(笑)
そして、何回もコメントでメッセージをおくって
自分のすべてを受け入れて、エゴに寄り添ってあげることを
教えてくれたコネホくん、ありがとう。
このブログを書く前、うちの中には
2つのこころがありました。
ひとつは、悪魔みたいなこころで真っ黒で、悲しみ、傷ついたこころ。
もうひとつは、透明なこころで、色がなく、いいとかわるいとか判断をしないこころ。
どす黒くもやもやしながら、家に引きこもってるかなぼんに
「いいんじゃない♪真っ黒でも悪魔みたいなこころでもさ」
と、語りかけてくるんだ。
かなぼんは、とりあえず、この真っ黒で悪魔みたいなこころを
どうにかしなきゃ!と思って
いろいろ考えてるのに
透明なこころは、
「かなぼんの好きな嵐でもかけて、のんびりしようよ♪」なんて
のんきなことばっかいうのね(笑)
で、かなぼんは、嵐のDVDをかけながら、パソコンもたちあげてて
まどかっちのブログを見に行ったら
たんぽぽさんがコメントしてて
「あー、きれいな言葉がいっぱいだ。この人も愛とかわかってるんだろな…」
と何げなく名前をクリックして
目からウロコのブログをみつけたというわけ!!!
いま思ったけど、これも神様のはからいなのかな…。
きっと、そうだね♪
神様、ありがとう。
かなぼんは、約束どおり、このブログを休みます。
元気になったからといって
いったことしないのは、女がすたるので…(笑)
でも、最後に明るいブログが書けたから
きっとこれを読んだあなたもほっとしたでしょ?(笑)
『完全に満たされて愛としてはじめから存在してる自分』
きっとだれもが、みんな等しくそうなんだと思います。
『あなたという存在は、欠けてもいないし、足りないものもない。
まして、癒されなきゃいけないところもない。
そのままで、ありのままで、完璧で、その存在してるあなた自身こそが愛なんだよ。』
…この言葉をうちはこころに刻んで
これから生きて
自由でありのままで、自分らしく、歩いていくでーーーぃ♪
みんなもそうやし
このブログ読んでるあなたもそうなんよ。
ちょっと前の不良かなぼん状態にある人や
自分に自信がなかったり、自分嫌いな人は、きっと腹がたつと思うけど
そんなあなたも
『完全に満たされて愛としてはじめから存在してる自分』
なんだよー。
腹が立つってことが何よりの証拠。
思いだすのをエゴが邪魔してるからね。もやもやするし、イライラする。
そういうときは、そういう状態のときは
この言葉に、「なにいってんねん!この偽善者めーーー!」と毒づいてもいいと思う。
そして、太陽が雲に覆われてる話を少し思いだして
太陽が、ほんとうのあなたで
雲が、エゴ(にせもののあなた)だと思ってみて。
腹が立つし、悲しくて、苦しくなると思うけど
そのどんよりした真っ黒な雨雲のエゴをじっとみて
いっしょにいてあげてね。
雲がエゴっていったけど、うちはね、雲は雲でしかないと思ってるの。
厳密にいうと、雲は悲しみ、苦しみ、嫌悪感、焦燥感、無価値観
…傷ついた感情たち。
いわゆる負の感情とかいわれてるもので
この感情をわるいって思って責め立てる声…これがエゴだと思う。
でもそんなどこからエゴでどこからが負の感情かなんて
わからんやん?
だから、その感情を感じてる自分や落ち込んでいく自分
その結果、まわりに迷惑をかけている自分を責めてしまうけど
感情はべつにわるくないし、まわりに迷惑かけるのしかたないの。
だって苦しい感情を感じてたら、まわりに優しくできるはずがないもん。
だから、やっぱり、ここで悪いやつがいるとしたら…
「負の感情は悪いんだぞーー!そんな感情をかんじるおまえは悪いんだぞーー!」と
ささやいてくるエゴしかいないと思う。
そのエゴが、あなたを責める声こそ、吹き飛ばさなきゃいけない雲の元凶なの!
負の感情が悪いのでもないし、そういう感情をもつあなたが悪いのでもない。
『完全に満たされて愛としてはじめから存在してるあなた』
を それは嘘だとあの手この手をつかい、ささやいてくるエゴが悪い!
とかなぼんは、思っています。
だから、落ち込んでもいいんだよ。
でも、エゴを見破ってね。とても巧妙に感情を隠れミノにしたり
いろんなイリュージョンをつかってくるから
最初は、いっぱいひっかかってしまうかもしれないけど。
真実は…
『あなたという存在は、欠けてもいないし、足りないものもない。
まして、癒されなきゃいけないところもない。
そのままで、ありのままで、完璧で、その存在してるあなた自身こそが愛なんだよ。』
やからね♪
もし、エゴの入った雲をみつけて苦しくなったら
神様にお願いしてみてーー。
「どうぞ、このエゴ雲を吹き飛ばしてください!」って…。
神様はどこか遠くにいるわけじゃない。
あなたのこころのなかにいます。
ひとりひとりの心の中に
もれなく、ひとりずつ…(笑)
ちなみにかなぼんの神様は、けろぼんっていうの♪(笑)
大好きなカエルのぬいぐるみであり、あたしのこころのなかにいる神様なのだ♪
ほな、最後ってことで超大作になってしまいましたが…
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました☆
またいつの日かお会いしましょう♪
またにーーーー♪
大阪のかなぼん
京都は河原町で路上ライブをしているカバーリング歌手「かな」と申します。
槇原敬之さん(まっきー)、ゆず、松山千春さん、中島みゆきさんなどが大好きで彼らの曲をカバーしながら楽しく、元気に歌います♪
「歌はこころ」がモットーです!
音声ブログやおうちライブなどの模様をケロログ(http://www.voiceblog.jp/kanabon335/)で手作り音源配信中!どうぞよろしゅうです。



