第36話 | 臨時作家

第36話

「門弟の誰かではないんですか?」
 仁志の父・智司だ。詰問(きつもん)するような口調である。弥隅が唸るような声をもらした。
「いつごろ部屋に投げ入れられたか、わかるか」
 投げ入れられた……?
 手紙の類だろうか。
 しばらくの沈黙のあと、仁志が「私が部屋にいなかった二時間ほどの間だと思います」と、細い声で答えた。
「正確には何時だ」
「二時から四時ごろです」
「竜崎くんが訪ねていったろう」
「竜崎さんとお会いしたのは休憩室でしたから」
「休憩室?」
「はい。森下さんに仮眠用の布団カバーを洗っておきたいから出して欲しいと以前から言われていましたので、確かめておこうと……」
 森下というのは通いの家政婦だ。
 ライターを点火するする音がして弥隅のしわぶきがひとつ聞こえてきた。
「悪戯(いたずら)にしては悪質すぎやしませんか? 道場でこんな噂でも出ているんでしょうか」
「ありえんことだ」
「今日、来ている門弟で思い当たるような人は……」
 仁志が「もう、いいよ」と、智司の言葉をさえぎった。
「しかし、こういうことははっきりしておかないと」
「いいんだ。僕はこれから稽古にでるから父さんはもう帰っていいよ」
「國人さんは、もう金沢のほうにお帰りになられたんですか? たしか今日はお見えになってましたよね?」
 仁志が「父さん!」と、声を荒げた。
 建ははっとして見えない壁の向こうを凝視した。
 仁志が怒鳴った……。
「宗家、入りますよ」
 滋子の声だった。襖の開閉につづき畳を擦るような音……。
「なにかあったんですか」
「これを見てください」
 紙を握りつぶすような音がして、智司が「仁志!」と、叱咤(しった)した。
「いいから見せてちょうだい、仁志」
「仁志、見せなさい」
 建は壁に寄り添うようにして耳を押し当てた。
 話が見えない……。
 普段の仁志からは考えられない行動だった。それほどまでにして拒まなければならないものとは一体何なのか。
 仁志はあきらめたようだ。紙をひらく乾いた音がして滋子が息を呑む気配がした。
「なんですか、これは」
「悪戯だ。ほうっておけばいい」
「悪戯ですむんですか?」
「こんなことをして得をする人間がいると思うか?」
「でも、こんなことまで……」
「こんなことまで……?」
 弥隅と滋子の会話に、智司がすかさず口をはさんだ。
「こんなことまで、なんです?」
 長い沈黙が流れた。



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