今後の活動予定



■国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2012
TPAMディレクション

鈴木優人×神村恵
『バッハの平均律
- 地図 時々 現地 - 』

バッハの『平均律クラヴィーア曲集』をチェンバロの響きとコンテンポラリーダンスでつくる新たな体感型音楽のありかたを探ります。

日時:2月19日(日)14:15 第一部 / 19:30 第二部

会場:横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
 *1回目と2回目の公演内容は異なります。

詳細は→こちら





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January 07, 2012

ソロのための覚書 B

テーマ:ブログ
こんな時世にわざわざダンスを観に行くというのは、どういうことなのだろうかと思う。ダンスを観客として見ているとき、人は何をしようとしているのだろう。
ものを見ることと、ダンスを見ることの違いについて考える。例えば、玉ねぎを描こうとして玉ねぎを見ているとき、見ることの中には触る感覚が含まれている。表皮の光り具合を描くために、目はその部分を”触りに”いっている。視線の中の触手で、その柔らかさやカーブの具合を確かめる。
それに対して、ダンスを見ることは、ダンスに触られることに近い。
見る者の視線は、ダンスから伸びてくる触手を通すための通路のようなものだ。
踊り手の動きが、目の奥や喉の奥の細かい凹凸に触れていくのを、観客は感じる。
それは、見ることを解除されながら見るような経験だ。
ダンスに触られるためにダンスを見る、それが何になるのだろう。それは何を生むだろう。
January 07, 2012

ソロのための覚書 A

テーマ:ブログ

人形としての動きと人形遣いとしての動きの両方が、途切れないようにすること。インストラクションの実行でありながら、その実行自体が、一つの別世界のように現われる、ということ。かといってそれは、はじめから人形遣いなど存在しなかったと人形が言い張るのも、人形は虚構ですと人形遣いが開き直るのも違う。人形は人形のまま人形の領分からはみ出る。

September 30, 2011

見ると聞くをつなげる

テーマ:ブログ
音を視覚的にイメージすることは、普段自然にやっている気がする。
例えばスズムシの声を、小さい金属の玉が中空で細かく揺れているように思ったり。

ならばその逆、視覚から音をイメージすることもあるのだろうか?



June 22, 2011

ポジション・ダウトフル PV

テーマ:ブログ
April 01, 2011

前と後

テーマ:ブログ
震災が起きてから、今までより頻繁に部屋の掃除をするようになった。
自分の家がいつ崩れてなくなってもおかしくないからこそ、普段のことをきちんとやっておこうと思っているのかもしれない。
あるいは、ホコリを取り除くことで少しでも被爆を防ぎたいと思っているのかもしれない。
あるいは、非常時にはスムーズに逃げ出せるように、整頓しておこうと思っているのかもしれない。
どれも本当だろうと思う。
あともう一つ、体を動かしていた方が不安が紛れるし、頭も回る。
普通のことを丁寧に続けることと、日常の背後にある色々な可能性に思考やイメージを巡らせること、をまずはやっていかなくてはと思う。







January 12, 2011

ふたたび青森

テーマ:ブログ
去年に引き続き、またショーネッド・ヒューズの青森プロジェクトに参加して、
国際芸術センター青森にきています。
せっかく来たというのに、風邪が治らず今日は半日寝ていた。
雪でどこもかしこもこんもりしている。
山の中はただでさえ静かなのに、雪が音を吸うのかさらにしーんとする気がする。
鳥以外、生き物の姿は全然見えないけど、雪の上には色んな種類の足跡が残っている。
一人で歩いているつもりでも、色々な何かに見られているのだろう。それって不思議だ。

November 16, 2010

ヘルシンキ雑感

テーマ:ブログ
日本人より勤勉なフィンランド人推進力で、Sacred city projectはがしがし進んでいます。
毎日せっせと話し合ったり構成を試したり街を歩き回ったり、意外と滞在を楽しむ余裕が全くない日々ですが、日曜は滞在してるレジデンスから歩いて3分くらいのとこで、テニスコーツのライブがあると隣に偶然滞在している美術家の奥村雄樹さんに聞き、行ってきました。初めて生で聞いたけど、微かなのに音があくまでも塊で飛んでくる感じで、すごかった。

しかし、奥村さんと手塚さんが似すぎているということに気が付いてしまい、視界に入るたび手塚さんが2人に増えた感じがして、気が気じゃなかった。


November 10, 2010

Suomenlinna

テーマ:ブログ
という島に泊まっています。

昨日から、フィンランドのヘルシンキに来ています。
Reality Research Centerというアーティスト集団の「Sacred City Project」に、日本から5名(手塚夏子、栩秋太洋、岸井大輔、石黒曜子、神村)とフィンランド側から7名が参加して、聖なるものはパフォーマンスできるのか、というテーマのもとにワークショップ・リサーチを行い、19.20日に公演という形でアウトプットします。

昨日は雪が降っていましたが(初雪だったみたいです)、今日は曇り空です。当然極寒です。

初フィンランドなので、色々浮かれることもあるわけですが、
同時並行で、スカイプしつつ「飛び地」のことも進めていきます。
文字通り飛び地状態になってしまった。



November 05, 2010

飛び地

テーマ:ブログ

1
私の皮膚の内側は、すべて私の領域であるはずなのに、そこには私の見知らぬ、統治の行き届かない場所がある。それは単なる空洞なのか、それとも誰かの中身を預かっているのか。自分の一部がどこか他の場所に置かれている、他人の一部が自分の中に入り込んでいる、ちょうど飛び地のように。

2
離れたところに私の土地がある。そこでいくつかの選択肢がある。
 a 使者を派遣し、私の命令に従わせる。
 b 外交と防衛のみ制限し、他は自治に任せる。
 c 他の土地と交換して、手放す。
私の土地は離れた場所に帰属している。そこでいくつかの選択肢がある。
 a' 本国からの使者を待ち、その指示に従う。
 b' 使者を境界に留めて交渉し、自治を要求する。
 c' 独立国の振りをする。
もしも面積の大小や武力行使によって主従関係が決められないのなら、何によって決まるのか。

3
袋に空気が半分くらい入っている。空気は流動的なので、そのままでは袋の形は定まらない。それを外からぎゅっと圧迫し、空気の領域を追い込む。空気のない箇所は折りたたまれる。そのことで、全体の輪郭、というよりむしろ嵩(かさ)を明らかにしていく。例えばそんなふうに私が自分の身体を認識する過程を、あなたがこの作品全体を把握する過程に重ね合わせることができるだろうか。
October 04, 2010

尻尾と牙とまた尻尾 往復メール 大倉→神村⑤

テーマ:尻尾と牙とまた尻尾
神村さん

こんにちは。
こちらこそ『尻尾と牙とまた尻尾』でご一緒させて
いただきありがとうございました。

これが最後の往復メールになるからきちんと書こう
と思ったら、書けなくなって日が経ちました(笑)。
やはり、つらつらと勢いにまかせて出てくるものを
とめないように、キーボード打とうと思います。

さてまず、、企画最終日に、神村さんと一緒に動い
たときのこと。
それはもう、私の方も、百聞は一見にしかずとはま
さしくこのことか!!!!という感じでした。
ずっと言葉をやり取りしてきましたが、一緒にやっ
てよくわかりました。
神村さんの神経がこうもりの超音波みたいに、直線
の「→」が飛んでいる方向と、速度までわかりまし
た。思っていたより速い。

神村さんが発する「→」は壁や柱やそこここにある
物たちの方へ向かって行くやいなや キュッと方向
転換して、「←」また別の角度で新たな方向へ飛ん
で行く。
このような「→」「←」「↑」「↓」たちが、空
間…というと、ここでは漠然とするので、もっと
はっきり、こう言いましょうか、
柱と壁と天上と床で作られた空間(六畳一間ぐらい
の大きさでも、1000人入る劇場でも、その大き
さにかかわらず、箱のように
つくられた場所)
を、凄まじい速度で、また、ときにはその速度を変
化させながら、飛び交い続けると、
いつしかその「→」たちの作る模様が幾何学模様に
なり、その幾何学模様が網目となっていく。
その網目がさらに折り重なり織り重なり緻密になっ
ていく。そして、ついに自己増殖するかのように網
目が息づき始めたとき、
おそらくその中に、神村さんの身体や周囲のものた
ちは、かすめ取られていく。
そのとき、観客は、神村さんの身体と物とが空間の
中で、フラットな一枚の絵のようにみえるというよ
うな体験をするのだろうと。
そのように私には知覚されました。

それから、たしかに、福留麻里さんの言葉のよう
に、大倉の言う客観的な視点というのは、身体や動
きを視覚的に捉えているというより、その外からの
視点もまた内的な感覚を見つめている のです。
具体的な体の操作の面では、内側の筋やエネルギー
の動きを知覚しています。視覚というより知覚かな
と。
だから、からだが今このようなかたちをしていると
いうことも、だいたいわかっています。

で、どうしてそれが具体的に身体をコントロールす
ることにつながっていくのか、ここが 説明しづら
いところだけれど、
それこそ、一人一人、同じ人はいないのではないか
と思うのです。
それは、この世に一人として同じ人はいなくて、そ
の人にしかない個性があるということです。そうい
う領域なのではないかと。
教える事も、習う事も出来ない、自分一人でしか辿
り着けない領域なのではないかと思うのです。
ひとつ例を挙げると…
最近のことなんですけど、私は膝の裏が以前より柔
らかくなってきたのですね。
そうすると、あるとき、体作りをしているときにふ
と気付くんです。あ、膝の裏が柔らかくなってよく
伸ばすと、肋骨、胸がふわっと柔らかく使える事と
連動している、っていうことに。
そうして、ああ、人と接するときに、今までの自分
はまだかたくななところがあったかな、もっとこん
なふうに胸を柔らかくして懐深くして色々なことを
受け止められるようになりたいな。と。今まで自分
をかたまらせてきていた自分の原因を見つめ、今の
からだと意識の変化を感じ、これから先に開けて行
く方向を素直に喜びたいと思うのです。
そんなふうに繋がって行くのです。
往復メール1の返信・『尻尾と牙~』初日の「かた
ち」の話・今のこの話。
おそらく、違う言い方で同じ事を私は言っているの
だと思います。

あと、このことで思い当たる事と言えば、自分自身
が生まれてから今までのこと、思い出し書き出せる
ことを全て書き出したりもしてきています。それを
何度も読み返してみたりさらにそこに批評や注釈を
自分でいれてみたり、全部燃やして、またいちから
書き直したりもしてきました。実は一昨日、また燃
やしたばかりで、また新しく書き始めようとしてい
るところです。
そういうことが身についているのではないかと思い
ます。

三日間、トークもさせていただいて、
そのなかで、ものに対する見方について、神村さん
は「空間」大倉は「時間」というイメージをもって
いるというご指摘を何人かの方からいただきました。
でも、私は、自分が「時間」を意識していると思っ
た事はないのです。
「時間」ってどういうことなのか…。
ひとつ言えるのが、今までの私が踊りの中で感じて
きたことは、内側のなにものかがざわざわっと溢れ
出していくことを体験し、観察しているので、、、
A地点からB地点に行く「→」の距離と速さと時間 
という認識ではなかったということです。
これが特に、二日目に森山大道の写真(道の真ん中
で一匹の犬が振り返っている写真)を題材に
神村さんと大倉がそれぞれのソロを踊ったときに、
二人の特徴がよく現れていたのではないかと思いま
す。

私、24時間365日…の時間というものが本当な
のか、ここにある物の輪郭や形や重さ、ここからそ
こまでの距離とか、時間や定規で測れる事が、ほん
とうに、そうなのかどうか。それだけではない領域
があるように感じられるんです。
ふうっと、自分のからだも、今この部屋のなかにあ
る物たちも、目にみえない空気も、同じ粒子のよう
に感じられることがあるんです。
そうして、その粒子すらなくなったとしても、確か
にありつづけるなにものかが、あると…。
でも、このことはとても今の私の言葉では伝えられ
そうにないので、ここまでにします。
なんだか、今、話が急にそれたようですが(笑)こ
の感覚も舞踏と切り離す事は出来ないことなのです。

ところで、神村さんが言ってくださった、切断は持
続の中に含まれているという言葉。
『尻尾と牙~』の翌週、フォトグラファーの友達と
多摩川の河原で、私が即興で踊って、友達が撮影し
て、という時を過ごしてきました。
そのときに、あっ、という気付きがありました。
それは、まさしく神村さんの言葉にしてくれている
ような、外側からの出来事だったり、外側との関係
の中で生じたことでした。
神村さんとの3日間を過ごして、自分だけでは気付
く事のできなかった世界へと通じるトビラを見つけ
出せたのだと思います。
そのトビラ開ける鍵を見つけ、トビラを開き、そこ
から先へとどのように歩を進めるのか。
私も自分自身の歩みを止めることなく、進んでまい
ります。

私は、神村さんとの3日間の体験で、もっともっ
と、懐の深いひとになりたい!と思いました。
そうして、その懐の中で、他者の個性、あるがまま
の色を、そのままに受け止めて感じ取れるように。
そのように、お互いが相手のことそのままに、あな
たは青だね、私は赤だね、って、共に感じ合えるこ
と。
それがほんとうの「共感」ということなのだろう
と…。

一人一人が日々内面を豊かにし、それぞれの色を輝
かせ、他者と共に感じ、繋がっていくことこそが、
世界がより豊かになっていくことに繋がるのではな
いでしょうか。

また話がそれたと言わないでくださいね(笑)。確
かに話は飛んでますけれど~。
でも、私は、小さな声でここにひそやかに宣言した
いと思います。
「革命ってこんなに身近なところにあるんだよ」と。


神村さん、『尻尾と牙とまた尻尾』を観に来てくだ
さった皆様、会場のArt Center Ongoingの皆様と空気感。
一緒に時を過ごせた事で大切な気付きをいただきま
した。
ありがとうございました。



大倉摩矢子

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