ここしばらくの更新、
といっても、ひと月にせいぜい1回更新するかどうかだが、
いずれにせよ、このブログにおける半年ほどをふり返ると、
内容がどよんとしていてよろしくない。
別に誰かを重い気分にさせようとか、そんなつもりは一切なく、
書いた事柄はすべて本当で、
ただ私は、そのときどきにあったあれこれ、
それらに対する自分の正直な気持ちを、残したく感じた場合のみ、
文章にしてはこのブログにアップしてきた。
すなわち、内容の明るくなさや更新の頻度が落ちているというのは、
現在の私をそのまま表しているに違いないのだ。
だからこそ、こう無理にでも気分を変え、軽く楽しい記事を書かなくては、なんて、
私に限って思うはずもなく、
私は私の勝手に生きたくて、これまでいろいろとやってきたはずなので、
こうしたブログの傾向も、それはそれとして、認めなくてはならない。
ところで、パソコンを買い換えた。
先月の半ばのある夜、
風呂上がりの女房が、右の鼻の穴に丸めたティッシュを詰めているので、
どうした、と聞いたら、鼻血が出たの、と答えたけれども、
その鼻血はすぐに止まり、特にそれ以上は、私も女房も気にしなかった。
そして次の日の朝、というか、その6時間後ぐらいのまだ外が暗い時分に、
女房が、うわあ、と声を出して、私は目覚め、見てみると、
再び彼女の右の鼻の穴から血が出ている。
血は、鮮やかな色をしたさらさらとした血で、
ティッシュを詰めても、すぐにそれがピンクに染まってしまう状態だった。
鼻血の際は後頭部を手刀でとんとんするとおさまる、が、古いデマというのは、
さすがに知っていたので、私はただ、仰向けになって安静に、と指示し、
パソコンのある隣室に向かった。
実は1年以上前から、パソコンの電源が入りにくい、
入ってもすんなり立ち上がらない、という現象が起きていて、
でも最終的には立ち上がるので、修理にも出さず、様子を見てきたが、
8月のおしまいあたりから、立ち上げるのにかなりの手間を要するようになったので、
就寝前にパソコンを終わらせるときは、もっぱらスタンバイにしていた。
ちなみにいろいろと調べては試し、ソフト上のトラブルでないのはわかっていた。
ともかく私は、パソコンをスタンバイから復帰させ、鼻血の止め方を検索した。
すると、ほとんどのサイトにあったのは、
顔は下向きにして指で小鼻を圧迫する、という方法だった。
仰向けになるのは、血が口の中に流れやすいのでよくなかったのだ。
と、こんな調子で続けたら、ろくでもなく長くなりそうなのではしょると、
以降女房の鼻血は、出たり止まったりを繰り返し、
ついには大学病院の、救急外来のお世話になる事態に至ってしまった。
それがさらに翌日の未明である。
血液検査にはある程度の時間がかかるので、
ベッドに寝かされ、生理食塩水だかその手のものを点滴されている女房、および私は、
やけに広い診察室で、ぼんやりと過ごすよりほかなかった。
医師や看護師はどこかへ消え、私たちふたりきりだった。
私はとにかく退屈で、診察室の中をうろうろし、さまざまな設備をしげしげ眺めた。
3台ほどあるパソコンにはすべて電源が入っていて、スクリーンセーバーが作動していた。
みな同じパソコンでlenovoとある。
レノボと読むのかな、知らないメーカーだなあ、と思っていた。
その後、とりあえずの処置をしてもらった女房は、同じ日に血管をレーザーで焼いてもらって、
どうにか鼻血を落ち着かせることができた。
落ち着かせる、と表現をしたのは、それでも少量の出血が続いたりしたからだが、
4、5日してようやく丸めたティッシュからも開放された。
それから2週間しての朝、
とうとう我が家のパソコンの電源が一切入らなくなった。
前述の通り、スタンバイにしてあったのだが、
電源ボタンを押しても復帰するどころか、ぷっつりと反応しなくなってしまう。
この状況ははじめてではなく、プラグをコンセントから抜いて数分放置し、
気合を入れてさし直すと、ぶほーっとエンジンがかかったりするので、
それもやってみたけれど、何度もやってみたけれど、
どうしたってパソコンに電源の入ることはなかった。
その日の夕方、早めに仕事を切り上げた私は、
かねてより目をつけていたパソコン修理専門店へ車を走らせた。
あらかじめ電話で問い合わせたら、
デスクトップ本体だけを持参してください、とのことだったので、そうした。
店に着いたら、店主が、夜の繁華街の顔役みたいなルックスだったので少し驚かされたが、
彼は器用に私のパソコンを丸裸にすると、さっさと作業に取りかかった。
がらくたのような装置を取り出して、つなげてはいろいろやっている。
私は、展示してある中古パソコンを物色するふりをして、診断を待った。
やがて店主が、はずしたカバーを元に戻しはじめたので、カウンターに近寄ると、
彼は私に非情な宣告をした。
電源周りよりも中心的な基盤がだめになっている、
年式が古いのでメーカーに部品は残されていないし、
もし中古で同じ基盤があっても修理代を含めたコストなどを総合すると諦めたほうが、
といった意味の店主の言葉を耳にしていくうち、私の心はどんどん冷たくなっていった。
大きな大きな喪失感だった。
その電源の入らなくなってしまったデスクトップは、新品で入手したものではなかったけれど、
友人が親切心からいろいろ改良を加えて私に譲ってくれた、
とても使い勝手のいいパソコンだったので、
私は永遠に光の当たらない月の裏側に押しやられたぐらいに落ち込んだ。
と、やはりいい加減長いので、またもやはしょると、
そうこうあって現在、私の目の前に置かれているのは新しいパソコンで、
レノボのC205なる製品である。
OSはWindows7で、デスクトップでもないノートでもない一体型、
アマゾンで発見して購入したが、
パソコン修理専門店で売られていた中古のノートパソコンとあまり変わらない値段だった。
鼻血流れっぱなしの女房と一緒にいた大学病院の診察室で、
夜なのだか朝なのだか判然としないあのときに目にした、
知らなかったメーカーのパソコンが今ここにあるとは、
世の中はつくづく予想も予感もへったくれもないと、身に染みた次第でありました。
おしまい。