47話

テーマ:

たくさんの人を見てきた。

男も女もたくさんの人を見てきた。


仕事の上では上司・部下・取引先・顧客……。

プライベートでは先輩・後輩・友達・知り合い……そして妻と子供と親族。


いろいろな人がいて

いろいろな考え方があって

いろいろな生き方があった。


いろいろな人達を見て

いろいろな人生を見て


それをお手本に

それを教訓に。


そして今、

僕は、小さなネオン街の、小さな店のマスターになっていた。




それもきっと人から見れば「いろいろな考え方・生き方」の一つなんだろう。

そう思いながら10坪にも満たない店でグラスを磨く。




店にはいろいろな客が来る。


それこそ


いろいろな人がいて

いろいろな考え方があって

いろいろな生き方。


さらに


いろいろな下心があって

いろいろな裏側があって

いろいろな本音があった。




店が暇な時間、

時々考える事がある。


人の美しさってなんなんだろう?


と。




顔?

スタイル?

性格?


確かにそれも大切な要素だが……僕にはもう一つこだわりたいモノがある。


それは


「心の強さ」

「強さの美しさ」




店の灯かりを少し早めに消した。


暇だから?


いや、そうじゃない。

心にポッカリ穴が開いたからだ。




花街の初めての店。


でも最初に言う言葉は決まっている。


「お前、ブッサイクだなぁ。」

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44話:借金

テーマ:

常夏の南国。

こう聞けば、誰もが羨むこの国。


だがボクには苦痛と苦労の国だった。


丸2年。


ボクの人生の中で一番長く

きっとこれからの人生でも一番長く、そして短く感じた2年。


ボクはこの「常夏の地獄」で過ごしたのだ。




「貿易商」




その響きは甘美で

その響きはステータスだった。


たとえそれが一人社長の

たとえそれが右から左の自転車操業でも


それでもボクにとっては最高のステータスだった。




2年前。

ローリスクハイリターンで乗った話は、その実ハイリスクノーリターンだった。


要するにボクは騙されていたのだ。




甘かった。

全ての考え方が甘かった。




「貿易商」


その言葉の響きに酔いしれていた。


親兄弟にも反対されて、それでも押し切ったあの話。

現地で裏切られた事を知った時、ボクの頭は真っ白になった。


ポケットには小銭。

持ち物はケータイ電話とその日の着替え。


あの時なぜ、彼女に電話をしようと思ったのか。

あの時なぜ、彼女に頼ろうと思ったのか。


今だから思うと、

ボクはあの時、まだ心に余力があり


今だから思うと、

ボクはあの時、彼女に頼ったからこそココにいるような気がする。




「常夏の地獄」から帰った四季のある我が故郷。


極寒の冬の風だったが、ボクにはたまらなく心地よかった。


「もしもし、番号が変わってなくて良かった!

 ようやく仕事の目処がついたんだよ、借りたお金がやっと返せる!」


電話の向こうで彼女は笑っていた。




2年前のあの日と変わらぬ声で彼女は笑っていた。

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40話

テーマ:

窓から見える景色はいつも一緒だった。


四畳半の部屋。

白い壁。

パイプベッド。


今は何月なんだろう。

今は何日なんだろう。

いつからここにいるんだろう。


そんな事さえ思い出せなかった。

でもそんな事さえどうでもいい事だった。


朝・昼・晩。


同じ時間に運ばれてくる食事。

質素な食事。

美味くも無い食事。


朝・昼・晩。


同じ時間にやってくる白衣で笑顔の人。

でも優しい口調。

でも優しくない眼。


外からガキが掛かった部屋。


この部屋はワタシの世界であり

ワタシの自由の範囲。


枕元には数冊の本。

読むと眠たくなるような活字の本。


退屈な毎日。

退屈な時間。


時々聞こえてくる声。


奇声。

泣き声。

笑い声。


「あの声はなんなの?」


前に鼻で笑って白衣の人に聞いた事があった。

彼は鼻で笑って「キミもああなる時があるんだよ」と答えた。


それからは聞こえても聞こえないフリをしている。


いつからここにいるんだろう。

いつまでここにいるんだろう。


でもそんな事さえどうでもよかった。

今は何も考えなくていい時間が心地よかった。










窓から見える景色。

今日はいつもと違った。


灰色の雲。

幾万辺の雪。


全ての屋根が真っ白だった。

全ての枯れ木には真っ白な花が咲いていた。


「まんずめんこい雪っ子だなぁ。」


閉じたまぶたには保育園の帰り

母と歩いたあの河原が映っていた。


真っ白に染まったあの小さな土手が映っていた。






窓を触る指先。

手の平は氷のように冷たかったのに

震える唇。

頬を伝う涙は熱かった。


「ねぇ。手紙書いてみようかな。」


今日、あの白衣の人が来たら

そう言ってみよう。


優しい口調。

優しくない眼。


でもワタシは精一杯の笑顔で

そう言ってみよう。


いつ付いたか覚えが無い顎の古傷。

少しだけ痛痒かった朝。

ワタシの心は真っ白だった。

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