2008-02-12 18:50:00

かかしロングインタビュー『かかしの歴史vol.2(前編)』

テーマ:鬼ちゃんの奇声!

昨年11月22日、“いい夫婦の日”にスタートした、

バカボン鬼塚によるバカボン鬼塚へのロングインタビュー

『かかしのれきし』

かかしが結成された92年、

そして93年の村上正式加入~2回目のバンド大会優勝までを

語っているvol.1から約2ヵ月半。

待ちに待った『かかしのれきし』vol.2。

vol.1をまだ読んでいない方は、

ぜひそちらを読んでから読むべし。





-さて、93年に村上さんがメンバーに加入して、

最初のライブが?—

バンド大会。僕ら的には2回目の。大会的には3回目の。

—その後は?なにか、ライブはあったんですか?—

その年だと思うんだけどね、、

もう一回、バンド大会があって。

それ用に曲を書く訳です。

その頃よく、菊池が言ってたんですけど、

かかしは鬼ちゃんのバンドなんだと。

鬼ちゃんが目立てばそれでいいんだと。

僕は逆に、かかしでいろいろ出来ればいいなと

思っていて、、、。

だから、『私は風なの』なんかは

菊池が70年代の女性アイドルで歌うという

イメージだったんだよね。

今は全然大丈夫だけど、この曲を作った時は

菊池はあまりこの曲に乗ってなかった感じだったな。

で、そのもう一回のバンド大会のために、

『パリジェンヌ』や『こんにちはフランシーヌさん』や

『フサチコフ』を書いたと思うんだけど。

—また,優勝したんですか?—

いや、もうその頃、

かかしはある程度まわりで定着し始めていたので、

優勝はもういいだろうということで

特別賞をもらいました。

—なるほど。それでは、そのライブ用の曲について

聞かせてください。—

えーとね。まず、『パリジェンヌ』はねえ、

最初に演歌をやろうということになって。

歌い出しを僕が歌ってみたんだよ。

♪かには、ほっかい、ながれくも~♪ってね、

そしたら菊池が、

「タイトルはパリジェンヌっていうのはどう?」と。

じゃあ、居酒屋の名前をパリジェンヌにしてと。

あとは、フォークのフレーズ?ライラライとかの。

あれシリーズでヒュールリーを入れることにして。

この曲はだから、最初のうちは、

必ず曲紹介という前振りが必要だったんだよね。

「じゃあ聞いてください。パリジェンヌ。」

って言って、歌い出しが演歌で♪かには~でしょ。

もう完璧、出落ちソング。

—そして、馬刺のサスペンスもありで。—

そうそう。バンド大会の打ち上げで、

見ていたラジオのディレクターのひとりに


言われたんです。

『あの、馬刺がなくなっていくところがどきどきした』って。

—『こんにちはフランシーヌさん』は?—

あれは単に、「お盆の歌ってあまりないよね~」

から始まって。

唄も、シャンソン風に語りと唄の中間みたいにしてね。

面白いな~と思って。

でも最後はホラーチックになっちゃう。

ほんと、ホラー落ちがすきなんだな~俺たち。

—『フサチコフ』については?—

フランスばかりなので、なんか別の国をと思ってね。

そいでロシアだと。

この曲のタイトルはたしか僕がつけたと思います。

今でも、『歯医者2000キロ先。残りの歯は2本。』

のくだりは大好きだなあ~。

そうゆう追いつめ系もかかしは多いよね。

—あはは。で、1994年に入っていきます。—

うん。多分、93年か94年。

中目黒のべったこっていう居酒屋さんで菊池と村上、

そしてあとひとり、ディレクター仲間の女の子と

飲んでてね。

—めずらしいですね。かかしの3人が飲むって。—

そうだね。あまりないですよ。


今もほとんどないもんね。

菊池とも全然飲んでないなあ~。

それでね、その席で、例によって

また誰かの結婚式の二次会で歌ってくれってことに

なっているという話を聞いていて。

新曲作んなきゃねってことになり。

どうしようと。

なんかそのとき、女の子もいたってことで、

下ネタで盛り上がっていて。

そんで、僕、トイレに立ったんですよ。

で、トイレで用を足しながら、

“セックスかあ~、、、

あっ、セックスって言葉を使わないで、

『せ』がつく言葉から始まる、思わせぶりの曲はどうかな”

と思ってね。

トイレから出てすぐその話をみんなにしたらこれが大受け!

で作ることになるんです。

—すぐにできたんですか?—

その場ではそのアイデアのみで。

でもね、そのころ、僕と菊池と村上のスケジュールが

もう合わなくなり始めていて。

結局、パーティーの当日、


放送局のディレクターズルームで辞書で

『せ』で始まる言葉を探しながら作りまして、

一発的な感じだったんだけど。

普通、こういう風に作った曲って、記憶から消えちゃって、

幻の曲になっちゃうんだけど、この曲はなぜか覚えていて。

というか完成度が違ったんだね。

とにかく、この頃は、3人ともばらばらで新曲を書くのが

困難になってきた時期でしたね。

曲が書けない。

スケジュールが合わない。

恋人同士だったら決定的な事態である。

このあと、かかしはこの冬の時代をどうサバイヴしていくのか。

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2007-11-22 23:31:00

かかしロングインタビュー『かかしの歴史 vol.1(後)』

テーマ:鬼ちゃんの奇声!

(前の記事の続き!!)


-で、かかしを続けることに?-


そうだね。そのときねえ。

打ち上げで、オリジナルをもっと聞きたいとか、

今度、パーティーがあるとき、歌ってくれとか言われて、

恐縮しちゃったの覚えていますねえ。
調子に乗って、また次やるときは出ますよ的なね、

ことも言ってて。
で、優勝しちゃったことが会社の社長に伝わりまして。
次のバンド大会がまたあるから、

曲、作んなきゃねなんて、

話し合っていたにもかかわらず、

ずぼらな僕たちは全然作らなかったんですよ。

そしたら、93年だと思うなあ。

あの、レコード会社の2枚目くん、村上が、

自分たちの会社に入ってきた訳ですよ!
で、入ってすぐだと思うんだけど、

社長が定例ミーティングで、村上はかかしにはいれ!

そうすれば、音楽的にハイレベルになる。
ほんでもって、新曲を書き、そのデモを聞かせろ!

ミーティングで!というお達しが出まして。

もう、逃げられない状態になる訳です。


-で、曲作りが始まるわけですね?-


そうです。これ、もう業務のひとつに

なっちゃったからね。
ただ、最初の頃は、村上くんは、
たぶん、

サポートメンバー的に自分をとらえていたと思うなあ。

彼だって、突然宴会バンドに入れ!て言われて、

戸惑ったと思うよ。

でも、僕はすぐ、村上とも仲良くなっちゃったんだ。
だから、僕的には、最初から、

村上はうちのメンバーとして、扱ってたと思うよ。


-そして、3人で、初めての曲作り?-


曲は、基本的に、僕と菊池で作ってたの。

村上はねえ、アレンジ担当だった。

イントロとか、ギターフレーズだとか。

だから、曲が出来るまで、にこにこしながら、

ギターをつま弾いてるの。

まあ、今もそんなに変わらないけどね。


-「手錠」、「無縁仏」の次に作った楽曲は?-


これもねえ、記憶が曖昧なんだけどね、

菊池と村上と確認したところ、

次に作ったのはねえ、

「不幸子」、「南国兄弟」、「私は風なの」、

らしいんだよねえ。


-どこで?作ったんすか?-


恵比寿のそのときあった、会社の、

寿司屋の上のスタジオらしいです。

らしいというのはね、覚えてないのよ、あんまり。


-「不幸子」、作ったのに?-


うん。正直、不幸子って、作ったときの記憶、

無いんだよね。

特に、あのメロディー。

吉田拓郎をやろうと思ったのは覚えているんだけど…
でぇ、まあ、スタジオに3人集まって。

サチコ、ばんばひろふみさんの。

あれの正反対の曲を作ろうということになって。

反対だから不幸子だねと菊池が言い、

みんな笑って、そのタイトルいいねえ、
で、究極の不幸ってなんだろうと。

まず、歌いだしの

「ロングヘアーが、足にまとわりついて、

うまく歩けない」を僕が作って、

歌ってみせたんだよね。

もうそこからは、ネタ出しの嵐!

とにかく楽しかったの覚えてますね。


-ネタ出しですか。変わった曲のつくりかたっすね。-

ほんと、ネタ出しですわ。

でもねえ、そのおかげで、ネタ磨きができましたよ。

まず、菊池や村上にウケないと歌詞が

採用にならないという(笑)


-南国兄弟はハワイアンですよね?-


そう。それまで、暗いフォークをやろうで、

固まってたのに。

もう、なんでもいいかと。

ていうか、自分たちが面白ければなんでもいいなと。

でも、これこそが、かかしの魂なのね。

だって、そのあと、会社の定例ミーティングで、

このとき録ったデモを社員全員の前で聞かせて。

その時の社長のコメントが(注4)

『いいけど、もう少しさ。

今話題のなにかをいれるとかさ。時事ネタ入れるとかさ。

そうするともっといいのに。』って言われて(笑)

心の中で、絶対入れるか!そんなもの!

って思ってたもんね。

そしたら後で聞いたら、菊池も同じこと考えてたそうで。

あれは違うよねと。

10年先に聞いても、失笑しないものを。どうせ作るなら。

そんな考えがなんとなく、メンバーのなかに、

定着してったんですね。


-で、93年。2回目のバンド大会出場ですね。-


うん。このときもウケたよ~。

村上くんは、とにかく無表情で、しゃべらず、

淡々とギター弾いててと指示出して。

僕らは相変わらず、暗く、手をつないで登場し、

ぼそぼそしゃべるという、キャラでいきまして。
ただ、あまりにもウケたので、つられて、

菊池が吹き出しはじめてねえ。

その当時のライブでは、ほとんどMCが無かったんですよ。

今は、トークもライブの一部だけど。

で、また優勝しちゃったんだよね。


-2回連続?-


そうです。このおかげで、かかしは自分たちの中にも、

周りの人たちにも、定着しちゃうんだよね。

ここから、パーティーや誰かの結婚式の2次会とかに

呼ばれるようになってね。

呼ばれたら必ず、新曲を作ってった。

新曲の反応が見たかったのと、

まだまだかかし、やりまっせ的なアピールだったと

思うな。でもねえ、録って出しが多くて、歌った後、

忘れちゃう曲も多かったな。

あと、個人的な人のために書いたので、

パブリックではないとかね。

『ひでお』とか、

『ブラックマジックウーマン(BMW)』とか。


-かかし、快進撃ですねえ。-


そうね。まだね。フォークから解き放されて、

自分たちが面白ければ、音楽ジャンルは何でもいい

となって、いろいろやりたいことがでてきたのよ。

いろんな、世界の音楽で試したくなってきたんだよね。


92年に結成し、93年の段階で、

自分たちの音楽の方向性を決めたかかし。
だがこのあと、かかしは混沌の時代に突入する………




(注1) シャララカンパニィー。今は、自由が丘にあります。
(注2) 実際、ほとんどが、西海岸ロックか、

時代的に、ワールドミュージックブームだったので。
(注3) 渋谷駅のちょっと、恵比寿寄りの線路沿いのスタジオレッツ。

まだ、あるのか?
(注4) 社長さんはミュージシャンでもあります。


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2007-11-22 23:30:00

かかしロングインタビュー『かかしの歴史 vol.1(前)』

テーマ:鬼ちゃんの奇声!

1992年。

偶然に誕生したフォークバンド、かかし。
ただ、放送局のバンド大会に出たいがために作られた

このフォークユニットがいかにしてメジャーデビューし、

その後、細々と15年生き延びたのか?
どの音楽雑誌もサブカル雑誌もメディアも

誰も聞いてくれないので、

自分でインタビューすることにした。
これは、世界初。

自分で自分に聞く、ロングインタビューである。


バカボン鬼塚が語る、かかし、15年の軌跡。


『かかしのれきし』


-それでは、まず、かかしの他のメンバー、

菊池、村上との出会いから教えてください。-


うんとね、まずね、1986年に僕は大学を出まして。

1987年に劇団の養成所にはいりましてね。
89年にその劇団の劇団員になれなくてですね、

途方に暮れてまして。これからどうしようと。

で、もうひとつ、芝居と平行してやっていた

音楽の方向はないかと。
で、好きなラジオの世界へ行ってみようと。

で、たまたまアルバイト雑誌でみつけた

ラジオ番組制作会社にアルバイトで

行くことになりましてね。(注1)

しかし、現実はね、きついですよ。

こっちはアルバイト感覚。

向こうは、即戦力が欲しく、そう育てたいわけでしょ。

プレッシャーがすごいわけですよ。
それで、1989年の春に始めてその夏、

8月にはやめてしまうわけです。


-で、菊池、村上との出会いは・・・・・。-


そうそう。そのあと僕は1年、

フリーターになるわけです。26歳で。

地元の静岡では自分の劇団も持っててね。

それも中途半端。やりたいことも中途半端で。

これではいかんと、1990年に、もう一度、
そのラジオ番組制作会社に入るんです。

今度は、社員として。

初就職ですよ、27歳にして。
実働は91年の1月からだったんだけどね、

90年のクリスマス、一旦帰っていた清水から

再びの上京ですよ。
で、その年の会社の忘年会に顔を出したんです。

来年1月からまた、働きますっつーことで。

で、知った顔もあり、新しい顔もありの会社の

忘年会だったわけですね。

今でも覚えてますけど、89年によくしてくれた、

ディレクターのひとりがですね、

『バカボン!ビンゴ大会の司会やれ!』と言ってきて、

それで、勢いよくやってたんですよ。

それで、それが一段落して、部屋の隅で飲んでたら、

ワイシャツをスーツのズボンにイン!した

真ん中分けのサラサラヘアーの2枚目くんが、

声をかけてきましてね。

『あの、、。新しく、入る人ですか?

あ、僕、菊池と言います。』

それが、菊池さんとの初めての出会いですね。
よくは覚えてないけど

そのとき、よくしゃべった記憶がありますね。

で、もう、二言めからは、タメ口でした。

俺、年上なのに。(笑)

まあ、会社的には、半年先輩ですね。
菊池とは、たぶん・・・
会社の中で、

一番早く打ち解けて、一番早く仲良くなりましたね。
村上はねえ、そのあと、

たぶん、92年の秋だったと思うんですけど、

会社の事務の女の人から、

西新宿の大型レコードショップに、

レコード会社の男の子がいるから、届け物をしてほしいと

頼まれまして、行ったんですよ。

そしたら、スーツだったか、たしか、ジャケットは

着ていたと思うんですけどね、

笑顔が眩しいこれまた2枚目くんが待ってまして。

『あっ、鬼塚さんですね・・・。』と。
それが、村上くんだったわけです。
二人とのの出会いはそんな感じかな~。


-で、かかしが生まれるわけですね?-


かかしはねえ、92年の春ぐらいだったと思いますけど。

菊池も出入りしていた放送局のバンド大会がありまして。

1回目を見ていて、もう、出るバンドすべて、

アメリカンロックか ブラジリアンの音楽をやっていて(注2)

その2回目のバンド募集の告知がその放送局のトイレに

張ってあって。
出たいなあとぼんやり思ってたんすけどねえ。
で、あるとき、会社のスタジオってのがありまして、

そこで、菊池といっしょに、

片付けかなんかやってたんすよね。
で、チラシ見た?と。見た見たと。俺たちも出たいねと。
あれ、ADでも出れんだよね。
そんな会話したと思います。

で、出るならフォークかなと。いいねと。

フォークやってるの今ないもんねと。

二人でさ、暗ーい感じでさ。

絶対笑わないでさ。ぼそぼそしゃべってね。

みたいな感じで、コンセプトが固まったんだよね。

で、バンド名どーすると。で、僕が即答したんですよ。

かかしって。

もちろん、さだまさしのあの名曲「案山子」から

きてます。

僕、高校の頃ね、フォークバンド、一瞬、組んでいて。

高二の文化祭用に先輩の女子二人と三人で組んでて。

いちごみるくって言う。(笑)

そこで、当時流行っていた、あみんの「待つわ」を

カバーしてたんだよねえ。

あみんもさだまさしさんの

『パンプキンパイとシナモンティー』って曲の中に

出てくる喫茶店の名前、あみんからつけてて。

それで、それに習ったんすよ。かかしって言ったら、

菊池がげらげら笑ってねえ。そこで、なにやる?と。

「いちご白書をもう一度」とか「サルビアの花」とか

小椋桂が僕好きだったから、

「さらば青春」やろうとか決まって。

オリジナルもなんか作る?ってことになって。

さだまさしみたいな、

グレープみたいな曲を作ろうということになってね。

じゃあ、エントリーしとくねと菊池が言って。

その日はそれでおわったんだよね。


-まだ、そのときは村上さんはいないんですよね?-


そうだね。まだ、村上とは出会ってもいなかったね。


-そして、バンド大会に出ることになって-


そう。でね、一回はリハしとこうということになって。

実はこれ、僕はすっかり忘れていたんだけどねえ。

菊池に確認したら覚えててね。

渋谷のヴォーカルレッスン用の、

いわば練習スタジオ(注3)に入ってね。

せっまいスタジオでした。そこで、「サルビアの花」、

「いちご白書をもう一度」、「さらば青春」、

そして、オリジナル曲の制作をしたんだよ。

さだまさし的な曲はあの独特なメロディーに

どシュールな歌詞を乗せようということでね。

思いつくままにいろんな言葉をだしてみて、

一番しっくりくるものをつながりとか関係なく、つなげたの。
そしたら、たどり着いたのが、

成仏してないよ、無縁仏だったわけ。


で、こりゃ面白いと。

二人でげらげら笑いながら作ったのは覚えてます。

で、そのとき、勢いのある激しい曲もつくろう!

ということで、「手錠」ができたんだけど、

あれ、アイデアから、歌詞のほとんどは

菊池がつくったんだよね。

菊池さんは歌詞の並び順をすごく気にしてましたね。

で、ラストのライラライラライラ・・・は

僕がくっつけて歌ったら、菊池が笑ってねえ。
そんな、印象に残るフレーズがあるフォークの曲って

多いよねってことになって。

後々、作ることになるんだけどね。


-パフォーマンスはどんな感じだったんですか?-


その、バンド大会はね、

六本木にあるライブレストラン?の

ケントスというところでやったんだけど。

当日はたしか、

ええと、これは菊池と記憶が分かれるんだけど、

全身タイツで出たんじゃないかなあ。

いや、菊池がジャージで僕がオーバーオールで・・・。

どっちかです。

とにかく、決まり事が有って、

絶対、パフォーマンス中は笑わない。

MCは暗く、ぼそぼそしゃべる。

サルビアの花と無縁仏で泣く。

登場するときと、退場するときは

二人、手をつないでとか。一応、全部やって。

1曲目の「サルビアの花」から、ウケてねえ。

「手錠」のライラライをすべての曲の最後に

くっつけたんですよ。お客さんは放送業界の人達で、

それなりに、お年を召した方達もいたので、

どかんどかんウケまして。

なんと、その大会で優勝しちゃったんだよね。


-初出場、初優勝ですか!-


うん。まさかねえ。ウケたいがタメに出たんだけど・・・。

(次の記事に続く!!→)


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