映画「ブルックリン」平成28年7月1日公開 ★★★★★
原作本「ブルックリン」  コルム・トビーン  白水社


アイルランドの町で暮らすエイリシュ(シアーシャ・ローナン)は、
きれいで仕事もバリバリこなす姉ローズとは正反対だった。
内気な妹の未来を心配するローズの考えもあり、エイリシュはニューヨークに渡ることを決意する。
だが、田舎町での静かな生活とは全然違う暮らしが彼女を待ち受けていた。(シネマ・トゥデイ)

アカデミー賞関連作品としては、本作でほぼ打ち止めでしょうか。
受賞は逃したものの、作品賞、主演女優賞、脚色賞の三部門でノミネートされ、
日本公開の情報は早かった割には、ずいぶん遅れた公開となりました。

1950年代にアイルランドの田舎町から海を渡って、ただ一人NYのブルックリンにやってきた
内気で不器用なエイリッシュの成長物語・・・といってしまえばそれまでですが、
移民の経験なんてないはずの私たちが観ても、彼女と一緒に泣き笑いができる、
そんな作品です。
繊細な情景描写、ていねいにすくい上げるエピソードの数々が琴線に優しく触れます。

アイルランドの田舎町エニスコーシーでは、
エイリッシュは週末、口うるさく噂好きで差別主義者のミス・ケリーの店を手伝っているのですが
なんでこんなクソババアのところで働いているかというと、こんな田舎町にはろくな働き口がないからです。

それを気にしていた姉のローザは、知り合いの神父にたのんで、妹のアメリカ行きを実現させてくれます。
ひとり旅立って、年老いた母の面倒も姉の負担になってしまうのが心苦しいエイリッシュ。
旅の荷造りをしながら、ローズが言います
「あなたの望む人生を買ってはあげられない。自分で生きていくのよ。姉さんも自分の人生を生きるわ」

アメリカに向かう船内では船酔いに悩まされますが、三等室の相部屋になった女性がアドバイスしてくれます。

「船が揺れそうな場所では食事はとらず、トイレは鍵をかけて確保すること」
「入国審査ではアイルランド移民となめられないように、まっすぐ立ち、毅然とすること」
「メイクをして、靴も磨いて、娼婦のように派手でもなく、あどけないのもNG.よ」

ブルックリンに到着したエイリッシュは
アイルランド移民の女性専用下宿をとりしきる「キーオ母さん」の下で、新生活がはじまります。
デパートの売り子として働き、夜はブルックリン大学で簿記を勉強し、
アイルランド人ばかりのダンスパーティーや、老人たちに食事を配るボランティアに参加したり、
同郷のコミュニティーに支えられながら、ホームシックと戦う毎日です。

来たばかりのころは、訛りもひどくて、いかにも田舎っぺの娘だったエイリッシュが頑張る姿は、
「always三丁目の夕日」のろくちゃん(堀北真希)の姿と重なります。
デパートの売り子、ということでは「キャロル」のテレーズ(ルーニー・マーラ)みたいですが
ああいう作りこんだ話ではなく、「ブルックリン」は、50年代の移民たちのリアルを淡々と描きます。

ある日、ダンスパーティで、トニーというイタリア移民の青年と知り合い、逢瀬を重ねるようになります。



配管工として働く、優しい目をした草食系の彼ですが、
普通映画だと、実はイタリアマフィアだったり、過去になにかあったりするんですが、
そんなこともなく、恋するふたりの交際は微笑ましく、簿記係の試験にも受かって、幸せの極み。
エイリッシュの夢は、さらに試験に受かって、売り子から事務職へ転身すること。
トニーの夢は、兄弟3人で建設会社を作ってロングアイランドに家を建てること。
将来を誓いあう二人に悲しい知らせが届きます。

なんと、一番の理解者だった姉のローズが突然死んでしまうのです。
ローズは病気をかくして、妹に夢をたくしていたのです。

「発つ前に結婚してくれないとおかしくなりそうだ」というトニーの願いを聞いて、
二人だけの結婚式をあげ、ひとりアイルランドに帰りますが、葬儀には間に合わず。
姉の墓参りをして、(墓石には1952年7月1日 ローズ・レイシー死去)
墓の中の姉だけには、トニーとの結婚の報告をします。

親友のナンシーの結婚式に出るために帰りの船を遅らせるのですが、
ナンシーと遊ぶ約束をしていたら、彼女の婚約者のジョージが友人のジムを連れてきて、
なんだかダブルデートみたいになってしまいます。
ジムは金持ちのお坊ちゃまで昔からの知り合いですが、アメリカにいってすっかりあか抜けて帰ってきたエイリッシュを
見直してしまったか、紳士的にアタックしてくるのです。
彼は姉のローズとも親しかったから、姉の話がつきないうちに、
この二人ははた目にも「お似合いのカップル」に見えて
田舎町なので、またたく間に噂となってしまいます。

ローズの勤めていた会社も、彼女がいなくなって仕事がたまって困っていたので
エイリッシュを臨時に雇い入れ、忙しくなったエイリッシュは、
トニーからの手紙に返事を書くこともできず・・・

ええっ!もうニューヨークには戻らないのっ?!と思ったとたん、
ある意外な人の意外なひとことで、運命の歯車は大きく切り替わるのです。


嫌な奴は「ミス・ケリー」だけで善意の人しか登場しないし、大きな事件も姉の死だけ。
ストーリーで見せるのではなくて、人情の機微に触れた繊細な脚本が素晴らしくて
エンドロールで思い出し泣きできる映画です。

永い事生きていると、いろんな老廃物が体の中にたまってくるのを自覚する日々ですが
この映画を観ていたら、自分が人生の中で知りえたものは、後から来る人たちに伝えることで
自分の生きた証になるんだな、とちょっと希望が持てました。

新天地にやってきた移民たちは、同郷のコミュニティで確立した支援システムで助け合って生きてる一方、
その濃密な相互扶助から手痛いしっぺ返しを受けることになるのが皮肉。
故郷に帰ると、ホッとすると思いきや、なんでもすぐ噂になる狭い世間に嫌気がさしたりして・・・
故郷って不思議。

シアーシャ・ローナンは、過酷な運命を背負っちゃったような役が多くて
いい男二人に同時に惚れられるような美味しい役は初めてと思いますが
彼女は本当に何を演じても上手。
↑一番上の画像は、ラストシーンのカットなんですけど、このカーディガンのアイリッシュグリーン、
来るときに着ていたコートも、水着も、この色でしたが、アイリッシュの郷愁を誘う色なんでしょうね。

キャストの2番目にクレジットされるのはトニー役のエモリー・コーエンではなく、ジム役のドーナル・グリーソン。
知名度順かもしれないけれど、ちょっとしか登場しないジムを今最高にノッているドーナル・グリーソンがやることが大事!
彼は由緒正しきアイリッシュだし。
私も個人的に大好きなので、あの状況で揺れる彼女の気持ちがすごくわかってしまいますよ。

もうアカデミー賞はとっくの昔に選ばれてしまいましたが、
作品賞も主演女優賞も脚色賞も・・・・全部獲ってほしかったです。

エンドロールが終わってもしばらく立ち上がれませんでした。
映画館は超満員でしたが、みんなエンドロールで人の前を通ってどんどん帰っていくから、
他の人はそうでもなかったのかな?