またまた久しぶりになります。今年はもちっとマメに書きたい!

最近図書館で借りた「成長戦略が日本を滅ぼす」。ミスター円と呼ばれた元大蔵省の榊原英資さんがこんなこと言うんだ、と読んでみた。正直言って本論の部分は物足りなかった。低成長でいいって、結局物差しが経済成長・GDP基準の枠内に留まっているように見える。

 

でも江戸~明治初期に関する文献紹介・分析は、面白かった。幾つか抜き出すと、

●1850年頃、日本の庶民の生活レベルは世界有数だった。

●江戸初期に牛や馬の労働を人力に変えて、生産性を高めた。

●人々は楽しく暮らしており、食べたいだけ食べ、着物に困らず、家屋は清潔で日当たり良く、気持ちよい。窮乏を1人も見ず、子ども達の顔はみな満月のように丸々で、男女ともすこぶる肉付きがいい(1856-57年・駐日アメリカ講師のハリスさん)

●郊外は豊饒で山の上まで見事な稲田があり、海の際まで耕作されている。地上のパラダイス。人間がほしいもの全てがこの幸せの国にある(同時期のプロシアの商人)

●南に繫栄する米沢の町、北に温泉場、エデンの園だ。色んな作物を栽培し、実り豊かに微笑む大地でアジアの桃源郷だ。彼らは葡萄・イチジク・ざくろの木の下に住み、圧迫のない自由な暮らしをしている(明治初期・英国人のイザベラ・バードさん)

 

ここまで極端に書かれると、いや彼らは海外の珍しいものに感動したあまり極端に振れてるだけだろ、とも思う。最近の外国人に言わせる、ここが凄いぞ日本!みたいな自己陶酔的な番組は共感しないし、江戸時代最高!とも単純に思えない。実際は貧困・飢餓・差別・災害・破壊などなど、色々な闇があったはず。でも産業革命・「近代化」を進めてきた国からやって来た、彼らの視点・評価には真理も相当含まれているんじゃないかな。江戸時代に単純に戻ることは不可能だし望まれてもない。でも、これから目指す社会へのヒントとして(ビジョン・価値観・方法論)、西洋近代からのグローバル化に飲み込まれ、失われていった美しいもの・尊いものには、現代に活用・再生できるものも多いはず!

 

そして、子どもに関する記述が特に印象深い!

「これ程自分の子どもに喜びをおぼえる人々を見たことがない。他人の子どもにもそれなりの愛情と注意を注ぐ。毎朝12-14人の男たちが低い堀に腰を下ろして、それぞれ自分の腕に二歳にもならぬ子どもを抱いて可愛がったり、一緒に遊んだり、自分の子どもの体格と知恵を見せびらかしているのも面白い。この朝の集まりでは、子どもが主な話題となっているらしい。」(バードさん)

「子どもの楽園」(英国の駐日総領事・オールコックさん)

「子どもの天国だ。日本ほど子どもが親切に取り扱われ、子どものために深い注意が払われる国はない。ニコニコしているところから判断すると、子ども達は朝から晩まで幸福であるらしい。」(アメリカの動物学者・モースさん)

 

これらも同様に、違う側面も色々あるだろう(例えば乳幼児死亡率なんかは今よりもはるかに多かっただろうし)。でも児童虐待が25年連続で増え、2015年に10万件(児相への相談件数)を突破した今の「虐待先進国」とは全く違う社会だったはず。ちなみにこの件数は90年は1,100件、2000年は18,000件、2010年は56,000件、と凄い右肩上がり。以前は虐待と問題視されなかった行為がされるようになったり、社会が発見・対応に力を入れるようになった面を差し引いても、実際に急増しているとしか思えない。

うーん、タイムスリップしてみたい☆

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家も仕事も故郷も失った人々が寄せ合って暮らす、水上スラム。アンさんは日本のNGOと協力してエコたわしを編み始めた。10軒の女性が加わり、7年間で2,170個売れたが、暮らしは厳しい。夢の来日が実現してもっと売れれば、スラムに希望が広がり、日本人の暮らしももっとエコでヘルシーに。ご協力をお願いします!

 

クラウドファンディングを始めました☆ベトナムの漁師村やNGOの人々、そして日本からワークキャンプに参加したり、日本でエコたわしを売る仲間達みんなで考えて生み出した計画です。
このプロジェクトをもっと沢山の人に知ってもらいたいので、ぜひご支援頂くと共に、皆さんのFacebookやツイッター、LINE、インスタ等でシェアして頂けないでしょうか?ご質問やアドバイスがあれば、お気軽にご連絡ください。
Anhさん来日を実現し、漁師村の方々の希望や交流する日本の方々の幸せが広がるように、応援よろしくお願いします!詳細はこちらをご覧ください☆

 

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8/4-7にネパールに行ってきました!

ワークキャンプは、4-14日間参加者・計17名(日3・韓9・仏・伊・英・ネパール2)。
 
 
 
再建中の公民館。
 
 
今回は漆喰を塗る準備として、天井のプラスチックを剥がしました。大木を運ぶよりも、肉体的には楽でも、精神的にかなり骨が折れる作業でした。
 
8/6に広島の日の平和イベントと併せて、クラウドファンディングで皆さまに頂いた寄付の贈呈式を行いました。これにより、壁・天井の漆喰塗り、戸と窓の取り付け等を仕上げ、10月には完成する見込みです
ネパールの提携NGO・FFNは毎年場所を変えて、8/6に「広島デー」の平和啓発イベントをやってます。日本から持ってきた原爆の被害の写真を発表したら、
 
 
終了後に住民の人達が寄ってきて、真剣に見てくれました。
 
それとNVDAでアジア中に呼びかけてるローカルSDGs(持続可能な開発目標)作り。公民館を軸にしてどんな地域に2030年にしたいかをみんなで考えました!

 

それとNVDAでアジア中に呼びかけてるローカルSDGs(持続可能な開発目標)作り。公民館を軸にしてどんな地域に2030年にしたいかをみんなで考えました!
 
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SDGs(持続可能な開発目標)

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9/25-26の国連サミットで、SDGs(持続可能な開発目標)が
正式に採択されましたね。IGESさんの和訳 があります。作業部会の原案ですが、ほとんど変わってないのかな。正式な(たぶん)英文はこちら です。

前身のMDGs(ミレニアム開発目標)と比べて、今回は内容(「物価の安い国」の貧困・開発問題中心から、「物価の高い国」も含めた人権や環境等、より広範に)も過程(様々な声を一応ヒヤリングする様々な機会あり)も進化したと感じます。

一方で、相変わらず貧困をドルベースの収入で定義づけたり、「現代的なエネルギーを推進する」には原発も含まれていそうだし、突っ込みどころもあります。そもそもどんな文明を目指すのか、という大きなビジョンも不十分に感じます。この辺はNICEでもこれからみんなでしっかり読み込み、意見表明をしたいです(MDGsに対しても、NICEの理事会や合宿で修正版をまとめ、発信しました)。

それでも基本的には賛同する部分も大きいので、その部分はNICE・国際ボランティア界としても、達成に向けて、各セクターと協力していければ…!皆さんも、このSDGsに対して意見・アイデア等ありましたら、ぜひお聞かせください。

日本人の現地スタッフもスタート☆



彼女の名前は、ムギ。昨秋から栃木、インドネシア、そして福岡で、森を再生する3ヶ月のワークキャンプを渡り歩いてきた、元気娘です。

「震災に苦しむ方は沢山いて、でも日本ではニュースで取り上げられる事もほぼ無くなり、忘れかけている人も多いと思います。そんな中で、私が少しでも日本とネパールを繋げていけたら!」


そんなムギの半年間のネパール生活が、8/10に始まりました。Walk with Nepalの現地コーディネーターとして。Banepaでモケシュ達と共に学校の再建作業に打ち込み、ボランティアのお世話をし、寄付の使われ方を確認し、日本に活動を発信します。

9-10月からは、更に1-2人がスタッフや長期ボランティアとして半年間入る予定。ある人は企業の管理職を辞め、またある人は教員生活を休んで。

彼らの活躍に期待し、盛り立てていきましょう!




ネパール・ナイトもやりました★



広島デーの86日。新宿のNICE事務局には、カレー臭が溢れていました(6日経った今でも…)。ムギを打合せで愛知から招待した機会を使って、これからネパールに行く・行きたい人、何かアクションしたい人などなど、10人が集まったのです。


その中には、FFNの職員時代に出会ったボランティアと結婚し、13年間日本に住んでいるナラヤンの姿も(プラカシュさんの弟です)。2児の父となった彼は、祖国への想い、ネパールの人達や文化のこと、日本の会社への不満、色々と語ってくれました☆

7月後半にVINで活動し、帰国直後の大野コータも駆けつけてくれ、現地の様子を見せてくれました。彼は10年ぶりの参加。こういう積み重ねを実感することがあると感慨も深まり、ビールも進みます。


ムギ:左から2人目。ナラヤン:真ん中。

コータ:その左の光り輝いている男

その他、短期・長期で行く人3




ネパール・ナイト、次回は9月か10月の予定。皆さんの地域でも企画したかったら、ご相談を!



ご協力のお願い!



Walk with Nepalはまだ始まったばかり。これからの歩みは皆さまのお力にかかっています!!

①ワークキャンプに参加する1/31までで1週間~6ヶ月間(2/1以降も延長する可能性大)。特に11/20-23は祭日も含むので、有給2日だけで可!



②寄付をする:学校1つ再建するのに8 US$(約100万円)かかります。1円からでもぜひ!



③ワークキャンプを企画する:自分の職場・学校・サークルでしませんか?祭日を絡めて4日間からでもOKです。日本人も現地にいるので安心☆



④イベントを企画する:チャリティー・ディナー、ボランティア報告・説明会など、自分の地域でやってみたい方は、一緒にチャレンジしませんか!?





最後にちょっと自分のことも…



ネパールの山奥にあるボルレ村。アジアのNGOリーダー達を集めた「NVDA総会」。会議の合間に村人達とセメントをかき混ぜて水タンクを作り、家にも泊めてもらって踊り、笑い合った、11年前の日々。





ネパールの人が可哀想だから助けるんじゃない。「平和と愛」を守り、育む世の中を創っていきたいから、大家族として一緒に力を合わせるだけなんだ。

秋になったら、俺も何とかネパールに行くぞー。

425日の大地震


NEPALは、Never Ending Peace And Loveの略なんだよ」。20年以上前の設立時からの盟友・FFNFriendship Foundation Nepal)代表のプラカシュさんは教えてくれた。平和を強く求め続ける彼は毎年86日に各地のワークキャンプで「広島デー」を企画して、核廃絶を目指す輪を広げてきた。


その平和と愛の国で起きた大地震は瞬時に8,700人の命を奪い、80万の建物を壊し、学校に行けない子ども達が80万人、国連は人口の3割・約800万人が被災したと発表しました。今も車が入れない山村部を中心に、復旧には程遠い状態です。


そんな数字だけでは実感は湧きにくい。けど、その中には今まで日本から行った数百人のボランティアが第二の故郷のように思っているワークキャンプの開催地でも、あのおっちゃんが、あの学校が、痛ましい生の話がいっぱい含まれているのです。




東北に来てくれたあの男は??


その男の名はモヘシュ。料理の天才だ。陸前高田の寺に着いた夜、ありあわせのもので絶品ディナーをぱきぱき作る見事な腕に、俺達は感動した。彼は占い師でもある。「うーん、あと2年は彼女ができないねえ」。そう通告された某NICE職員は、その呪縛に苦しみ続けることになる…そして本職は、Banepaという山奥の村でワークキャンプのリーダーをし続ける、FFNの中堅職員なのだ。

20119月から半年間NICEが実施した、被災地復興・特別国際ワークキャンプ。彼はボランティアとして一生懸命汗を流してくれた。



そのことは俺がネパールに尽力したい原動力の一つだ。彼とは、「Walk with Nepal」の活動拠点・Banepaの受入責任者として、再びタッグを組む。



日本からも、熱い漢が立った!


大地震から1ヶ月。まずは現地に日本から「先遣員」を送って、状況を見たり、向こうと一緒にプランを作ろう。職員や理事とそんな話をしていた時、真っ先に手を挙げてくれたのが尾崎ヨシ。NICEや福島のNPOを経て、今は函館のHIFで働く彼は、学生時代に参加したネパールでのワークキャンプが人生の転機の一つになったから、力になりたい!と。


69日~13日に現地に入り、活動の計画をFFNとまとめ、帰国後も函館から慈善コンサートや説明会で寄付やボランティアを募り続けている。

彼(と支える北海道ワークキャンプセンター/ HIF)の行動がなければ、今回のWalk with Nepalは全く違った姿になっていたことは間違いないす。



73日付函館新聞。http://www.nice1.gr.jp/media



Walk with Nepalって!?


主にBanepaDamanで、まずは倒壊した小学校、次に公民館や家屋の再建に取り組むプロジェクト。子ども・教育は復興に欠かせない未来への力。そのためにNICEでは、寄付を集めて建築の資材や事業の運営経費に充て、ワークキャンプで集まったボランティアや住民達と作業を進めていきます!

また、別のNGOVINとも連携し、カトマンズ近郊のJipturで仮設住宅等を再建しています。

日本から10人が8-9月のワークキャンプに参加が決定。寄付も28万円集まりました!詳細はhttp://www.nice1.gr.jp/nepal-earthquake/ https://www.facebook.com/walkwithnepal を!





4つ目の会議は、アルメニアで、ALLIANCE(欧州のネットワーク)の技術会議。


80団体・160人が集結する国際ボランティア界最大規模の会議!


こうやってひたすら1:1の話し合いを繰り返して、去年の協力を振り返り、今年の協力を話し合い、互いの課題やノウハウ、お菓子!も共有したり。


タンザニアのNGOリーダー、Benと。


いつもはホテルの同じようなご飯だったけど、一度だけ外に出て、おしゃれランチ。これだけ食べて確か1人600円くらいで済んだけど、美味かった!!

アルメニアでは、なぜか朝飯だけケーキが出る。隣のロシアの子に言ったら、「それで?」(当たり前の顔)。旧ソ連の共通文化か??


記念パーティーでの踊り。小さい子が1人だけ入ってるのが微笑ましかった。


5連チャンの最後は、同じ場所で引き続き「CCIVSデー」。CCIVSは150団体が加盟する国際ボランティアNGOの世界ネットワーク。こっちは他の2人と共に運営しました。



46人が参加して、去年の総会で決めた世界アクションを肉付けしたのだ。俺は「世界の国際ボランティア界の動向」「環境」「成果」の3つの議題を担当しました。みんな疲れてるのに、最後のエネルギーを使って活発&和やかなムードでした☆

怒涛の5連チャンを終え、帰りに寄ったパリでは、前世紀からの友達一家を訪問。

恐るべし、フランス家庭料理!下のコンロで溶かしたラクレット。茹でたジャガイモをスライスした上にたっぷり乗せて、サラミやパン、そして赤ワインと共に口に流し込む。これをトレビアンと言わずしてどうする!





子どもたちも手伝ってくれたズッキーニ?の上にサラミやクリームを乗せて焼いたのも絶品。5連チャンの会議・半徹夜続きでボロボロ&空っぽになっていた身体はパラダイスに送り込まれ、その後9時間爆睡しました。

3つめの会議、ベルギーの古都Tounaiで、中長期ボランティア世界会議。

4大陸・14ヶ国の17団体から24人が集結。

経験・ノウハウを交換したり、協力を話し合い、実りいっぱいでした。




ベルギーに来たら、やっぱこれでしょ(ビールもだけど)!焼き立てワッフル&ほかほかスープ、うまし!建物や夜景も美し!

ベルギーのフランス語圏の「首相」、ルディさんとの会合も、和やかに終了。CCIVS財務長として、国際ボランティアのスピーチもやりました!政府・政治セクターとNGOセクターの連携に一つでもいい成果が生まれるといいなあ。



どこの町でしょう?ヒントはクロワッサン。これから怒涛の国際会議5連チャン。

①フランスの田舎で、「国際ボランティアNGO・地球会議」。6ネットワークの代表が集まり、「平和・人権宣言」作り等に取り組みます☆
②同じ所で、CCIVS理事会(世界ネットワーク)。ワイン飲みすぎ注意。
③ベルギーの田舎で、「中長期ボランティア世界会議」。20ヶ国30人が集結予定。今回は何と、フランス語圏の「大統領」との会合もあります☆
④アルメニアの都会で、ALLIANCE技術会議。40ヶ国・80団体・140人が集まる、国際ボランティア界最大の会議。コニャック飲みすぎ注意。
⑤同じ所で、CCIVS特別会議。④の参加者が40人程、集まります。
①③⑤は企画者として。世界をよくする力を少しでも生み出せれば!



2/20 国際ボランティア・ネットワーク「地球会議」がフランスの美しい田舎、ベアウモッテでスタート!昨日は「平和と人権」の共同宣言作りや、パリのCOP21に向けての気候変動防止アクションを話し合いました。


村人たちとの交流会もありました!



2つ目の会議は、世界ネットワーク・CCIVSの理事カイ。環境・福祉などの2年間プランを熱く語り合ったのだ。昨日の夜は100人以上(村人のほとんど!)が集まった、交流カイ。そして夜中は、大音量のいびき大カイ…


また久しぶりになります。。今回は1月に代表を務めるNVDA(アジアの国際ボランティアNGOネットワーク)の総会で、タイに行った時のことですが、その前企画で訪ねた農家が面白かったので、ご紹介します!





マカオ、中国、カザフスタン、タイ、日本からのカラフルな笑顔。ここタイ最南端のソンクラで汗を流している彼らは、それぞれの国の国際ボランティアNGOのリーダー達なのだ!



パパイヤを持ってる、ガタイのいいおっちゃん。おっと失礼、カムヌンさんはタイでも有名な有機農家なのだ。VSA(NICEの提携団体)のワークキャンプも受け入れている。タイの有機農業ネットワークには6年前から入ってて、各地から噂を聞いて大勢の人達が学びに来るそうだ。俺も日本・世界で色々と見てきたけど、彼の農法はかなりユニーク☆



こんな風に、廃タイヤを重ねて野菜を育てたり、


プラスチックの小さなポットをいっぱい浮かべた田んぼを作ったり。

なんで直植えしないのか聞いたら、①海に近く、土が塩分を含む。②持ち運べて管理が楽。野菜は洪水から逃れられる。③生育もいい。米は年4回取れる、とのこと。
稲のポットは上下を交互にしながら、ずっと使えるそうだ。


土管で育つパパイヤも低いのに沢山なるので、人気。


下の段に入れた水を根が吸い上げる仕組みで、水は1ヶ月毎に補充すればいいので、手入れも楽ちん。


果樹の周りに段ボールを敷いたり(保湿・雑草防止かな)、


工場から魚の頭などを無料でもらって発酵させ、鳥や牛の糞、稲藁、サトウキビのかすも混ぜ、堆肥にしたり。とにかく独創的で色々な資源を有効活用しているのだ。



ドリアンみたいのは、ガンの予防・治療にいいらしい。


井戸。3つ掘ると、水がもっと集まるそうだ。地下7mまで掘って、下をつないでいる。

カムヌンさんは元々、学校で建設作業をして働いていた。でも給料をもらっても食費が出ていくので、4年間、普通の農業をして、10年前から有機に切り替えたそうだ。
「家族のためにいい食べ物を作り、村人も学べる場にもしたかったんだよ。環境にも健康にもいいしね」。このやり方なら、庭のない所でもできるのも魅力的だなあ。

本番の会議は次の機会にレポートします。お楽しみにっ!