昼は会計、夜は「お会計!」

会計をキーワードにコンサル業とASP(アプリケーション サービス プロバイダー)業のメールの二つの仕事をするmoriyanの言いたい放題ブログです。
テーマは、ブログ、会計あれこれ、医業未収金管理、小説・本、エンターテイメントなどなど。


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突然、その人の息子からの電話で死亡を伝えられ思わず声尾をあげて呆然とした。家人が何日か不在時で帰宅したら、ベッドの上で眠っているように穏やかな顔で亡くなっていたという。それから数日、ばたばたとして監察医務院での検視を終え、恐らく急性心不全から心筋梗塞を発症したものとみなされ、昨日、無事に家族を中心に弔われた。

 

 同世代の死が続いてもい不思議でもない年代だが、しかし、今年初めは大学の同期で、その後の人生も何かと一緒に歩んできた同志で

あった。今回のは私がまだ若い事務職員時代に外部からの講師として知り合い、その後、公認会計士として何回も教えられたが特に現役最後の職場では、彼は100億円を超える債務を抱えた法人の顧問として、私はそこの本部経理部長としていつもいつも相談しなければならない人だった。だからボスと言えるほどの師であり、時代を共有する戦友でもあった。

 

 私が一浪後入学してすぐ参加した早稲田大学の授業料値上げ反対の集会に行ったきに、まだ低学年だった彼が一兵卒で集会準備に走り回っていたという。そんなことを契機に仕事の後もそれ以外でもよく一緒に飲食する機会も多かった。

 その後、私が諸事情で早期優遇制度を利用してその法人を退職し起業することになったときから、またいっそう一緒の仕事が増えていった。所属会計事務所の監査業務の補助で実査同行することも多かった。また一方で、当時各法人、なかでも資金的余裕がない法人で使われていた会計システムの不備を何とかしてやりたいということから、クラウドコンピューティングを利用したASP(アプケーション・サービス・プロバイダー)業を起こすことになった。いわば表の顔として私と当時一緒に仕事してたものと二人で起業したが、初期投資額の不足を補う措置やリース契約の保証人など裏で差配をしてくれた。

 個人的には、子どももほぼ同じ世代で、偶然にも下の子と彼の娘が同じ地方大学に合格したがその後退学、再受験ということになったこともあった。

 彼は、大変な子煩悩で息子二人、娘一人の自慢話も絶えなかったがそれはまだ笑える程度だが、少々辟易としたのは、自分も70歳というのに、異常なほど母親が若くて美人であると自慢をすることだった。確かに母親が20歳の時の子どもとだから、確かにそうだろうとは思う(こちらは母親が40歳の時の子どもだから理解不能だった)が、もう90歳を過ぎる母親のもとを時々訪れて食事を作ってもらうのだと嬉しそうに話していた。(昨日はその母親が体調がすぐれず参加されていなかった)

 彼は学生時代に難病である眼病が発見されて、司法の世界をあきらめて会計士になったという。その病気について相当早い時期にあきらめていたようで、医療に頼ることを基本的にしなかった。それが歯がゆくてしようがなかったし、悔いが残ることであった。もう少し視力が保持されていたら、今どき会計士としては早いリタイアを選択することもなかったと思う。ただ、医療機関受診など人の言うことを聴く人ではなかった。視力がどんどん衰えて、一緒に出掛ける時は、私の肩に手をかけて誘導するというパターンだが、危ないからと注意しても一人で朝の散歩をやめなかった。公園の杭を結ぶチェーンか何かに引っかかって怪我をして、幸い散歩中の人が救急車を呼んでくれて助かったという話をしても、どうしても歩くことをやめなかった。さらにほとんど明暗くらいしか判別できないのに、白杖を持つことはどうしても拒否した。

 妙なプライドなのか頑固さなのか、家人たちもあきらめていたようだが、息子はいつも散歩中かぶるキャップと木製の手作りの杖をお棺に入れていた。

 

 本ブログは匿名ブログでスタートしてきたので、敢えてそのままでいくので、故人には申し訳ないが、本欄の多くの読者には誰の事なのか解ってもらえるものと思います。

                              合掌。

 

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昨日、新宿武蔵野館で久しぶりに映画を観た。

   一時帰国していた息子や孫たちが嫁の実家へ帰って20日経過し今日にはまたアメリカに戻りまた一年は会えないということと野球もない月曜日ということでネットで話題になっていた標題作をやってるというので出かけてきた。
 「余命1ケ月の花嫁」「さよなら歌舞伎町」で世間にも名が伝わる広木隆一監督の原作小説を自ら映画化した。
 2011年3月11日、故郷福島へ帰るため新幹線車中で東北大震災に遭遇。宇都宮で避難所に入るが翌日には郡山に向かった。いくつもの映画を撮りながらも心の整理がつかないことを小説に著した。そして、それを第三者に脚本を依頼し映画化にこぎついたそうだ。
 映画は薄暗い仮設住宅を出ていわき駅前から長距離バスで東京でのデリヘル嬢のアルバイトをするヒロイン・みゆき(瀧内公美)が福島から高速を抜けて都内に入るところから始まる。行先は渋谷のデリヘルで、事務所の三浦(高良健吾)に送迎されながら客からの暴力も守ってもらう。父親(光石研)は農民だが汚染で農業ができない日々を保証金でパチンコと酒の日々を暮らしている。
 みゆきは月曜日からは真面目な市役所勤めの女性、その市役所に家族が被害にあいながらも実直に働く新田(柄本時生)もいる。東京から女子大生が卒論のためとあの日のことを矢継ぎ早の質問を浴びせられるが、まともに質問に答えられない。新田はその夜、泥酔する。
 そんな福島の人たちだが、少しづつ変化が起きてくる。みゆきは、ある週末、渋谷で出向くが三浦が辞めたという。そのことを知りたくてあるところをたずねることから何かが変わり始める。酒浸りだった父親も仮設暮らしの少年の野球の相手をするところから、何かが変わりはじめる。
 
 この映画はデリヘルがある渋谷以外は、すべて福島で撮影されたという。仮設住宅と復興途上のいわき市内の様子など全体はどんよりした映像が多い中、みゆきが週末にバスで渋谷に向かう時に、空には多くの巨大な鉄柱が映り込んでいる。福島でつくられた電気が東京へ向かう象徴だ。
 そんなある日、父親は立ち入り禁止区域のなかの自宅へ戻り、いくつもの
女性用の服を持ち出す。船を出して、いまだ遺体も戻ってこないお母さんを偲んで、「寒かろう」「冷たかろう」とセーターや洋服を海に放り込みながら、泣き叫ぶシーンがある。たんたんと描くシーンが続くなか、珍しい剥き出しの感情表現がジーンとくる。
 終盤で渋谷から朝帰りしたみゆきが生まれたての子犬を拾ってくる。小さな無邪気な子犬に父親とみゆきに初めて人間らしい表情が生まれてきたところでラストをむかえる。
 今の福島とそこに生きる人たちを粛々と描いているが、最後に希望のようなものを感じさせ、福島にあたたかい映画がであることは間違いない。
 
 
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新宿の免許更新センターに行って無事更新完了した。
   何せ高齢者講習が義務化されその予約取りに始まり、その時の講習時にちょっと質問したら教習所の指導員にたらたら嫌味を言われて不愉快にさせられたり、その時の検査で視力が危ないというので大手眼鏡店でいろいろ検査したら、そんなに悪くないのだが眼鏡で補正が効かないタイプだと言われ、体調次第で裸眼のままでも変わらないとかの情報をもとに、サプリメントも買わされたり、カミさんも突然眼にいいからも鰻をよういしてくれたり、朝のヨーグルトにはブルーベリソース、ホッとアイマスクも購入など結構気になる日々を送っていた。
   ふだん目が悪いからと不便な思いをしたこともないし、多くの同世代が老眼鏡になってからもいっさい眼鏡なしの生活だったから、視力検査のCのどこが開いているかというやつだけで判断されることに得心がいってないのだ。
   更新センターでは、「視力に自信がない人は申し出るように」と掲示があったので申し出たら、いろいろ言われて要するに手数料が戻ってこないかもしれないがそれも承知で受けるのかという。失礼な態度だなと思うが目の前のけ 権力には弱い。黙って、はい、と視力検査に回ったら、ギリギリなんとかなり一部ヤマカンも含めてOKだったようで「裸眼で合格です」といってくれて、ホッとしたという次第。

 歳をとるということはどうでもいいことが気になったり、カープが目下の敵の阪神に2連勝しても、晴れなかった気持ちがようやくスッキリした。
   ということで、手続き事態は更新のたびに合理化が進んで実にスムーズであっというまに完了したので、まっすぐ事務所に帰る気になれなくて、ドトールでひとやすみということでした。
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