バイキング

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「そろそろ……食べることを中止してはどうだろう」

 厳格で、少し苦しげな声がした。

 私としても満腹中枢が刺激され、食欲が失せてきたところなのだが、元を取りたい気分だった。

 そんな私は本日、友人と二人で時間制バイキングに来ているのであった。脇目も振らずカレーを貪る、いや飲む。

「元を取る、くだらないな。満腹にも関わらず食品を……無理に詰め込むなど愚行、だ。バイキングとは食したいものを食したいだけという……点が良いのであって、もはや体が欲していないなら歯をすり合わせるべき、ではないのだ」

 さっきよりも苦しげな声がよろよろと耳の高さまで這い上がってきた。さすがに腹を締め付けるベルトが苦しい。

「長々と講釈をどうも。苦しいなら黙ってればいいんじゃないの」

 即座に切って返す彼。

「そうもいくまい。君の過食は僕の危機と密接な関係がある」

「私、普段食べないし、たまにはいいんじゃないかな」

「君の体など……心配してはいない。可愛いのは自分、だけだ。僕が、切れてしまうことを……恐れているのだ」

 ただ苦しそうな印象だった声に、怒気の炎が宿り始めていた。さすがに不味いな、と思った。彼はかなり前から切れ掛かっているためナイーブになっているのだ。

「了解。もう止めるって」

 やれやれと、私は皿を持って立ち上がった。

「どこへ行くつもりなのだ。僕をどこへ連れて行くつもりだ」

「そりゃあ、デザートだよ」

 私の態度に、彼は猛抗議の構えを示した。

 もうやめるのだ、デザート食べないとバイキングは終わらない、もう腹がきつきつだろう、別腹だよデザートは、それは感覚的な話であって……

 これ以上の話し合いは無駄なので、私は最終作戦を取らざるを得なかった。だらしないが仕方なかった。

「ずいぶんと長いトイレだったじゃないか」

 トイレから舞い戻った友人に、私は言った。

 ほっとけと言うと、一緒にバイキングやってきた友人は、私の腰辺りに視線を留めた。

「なんだ~その格好、見っとも無いなぁ」

「このベルト、腹が膨れるときつくなるからしょうがないんだよ。もっとも圧迫に耐えられないのはベルトの方だけどね。ちょっと前から亀裂が入ってるんだ」

 私の腰元でゆるゆるになったベルトは、ほっと一息。

「切れなくて良かったのである」

 そう呟いた。彼の声は、もう苦しげではなかった。




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つぶらな瞳に恋してる

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 日が落ちてから決められたコースをウォーキング、途中から走って三十分ほど汗流したらゴール。

 私、運動不足に気が付き、そのようなことを始めたわけです。

 動かないから食欲がない。だからごろごろしてるのに太るではなく、体重が落ちる。なにかすごく危険な香りがしたので走っているのです。お腹を減らすために。


 今日も行って来ました。そして、また会ってしまいました。

 私は毎日決まった時間に家を出るのですが、途中で決まって同じ人物に出会います。

 彼女は私とすれ違うとき、必ず挨拶をしてくれます。誰にでもしているのかは定かでないです。

 でも「こんばんわ」。「あ、こんばんわ」。ただ、それだけ。

 私は彼女に話したいことがあって、会うたび言おう言おうと思うのですが、いざとなるとあと一歩が踏み出せなかったのです。人見知りですからね。


 しかし今日、勇気を振り絞ってみました。

「あの……こんばんわ」

「あっ、こんばんわ。毎晩会うね」

 予想以上に可愛らしい声で、この声使えるな、いや、いいなぁと思いました。

 彼女。顔、覚えてくれてたみたいですね。となると、もう勝ったようなものですよ。

「その、触らせてもらってもいいでしょうか」

 私が俯き加減に訪ねると彼女は笑顔で、

「どうぞっ」

 と白い歯を覗かせました。

 その後ですか?

 ご多分に漏れず、もうわしゃわしゃと触りましたよ。

「いくつに…なるんですか」

「まだ八ヶ月くらいね~」

 彼女は涼みながら、私の頭を見下ろす形で立っていました。

「チワワですよね」

「そうよ、サクラっていうの」

 しばらく私をノックアウトしてくれたサクラ君をなでなでして、立ち上がりました。お手を五回くらいやっときました。

「ありがとうございました。おばさん」

「ええ、またね」

 そういって彼女はのしのし去っていきました。ダイエットなんでしょうね。

 あーチワワいいなぁ。あのつぶらな瞳がたまりません。また触らせてもらおうっ。





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