大学。

テーマ:

卒業と入学シーズンがやってまいりましたね。

 

そんな中、めでたく高校を卒業したうちの子は、まだ志望校に振り回されています。

 

振り回されているうちがまだ夢があるw

 

みんな諦めているが、私は拝んでいる。

 

なんとかなんとか入れちゃってもらわれへんやろかとw

 

もう、頼み方も変になっている(*’艸3`):;*。 プッ

 

なんとかならんもんかのぉ(^人^)

 

私は拝みつずけます

 

 

 

 

 

AD

2017年1月1日。

テーマ:

明けましておめでとうございますカナヘイうさぎ

 

去年は本当に色んなことがりました気合いピスケカナヘイびっくり

 

今年はどんな一年になるんやろカナヘイ!?

 

今までは、今年はどんな年になるんやろとか考えもせんかったけど、年々色々なことが変わりつつあるので思ってしまいましたかねてへぺろうさぎ

 

半世紀生きている年でもありますとびだすうさぎ2

しかーし、ブログのタイトルは永遠に47歳てへぺろうさぎ

 

さてさて気をつけて日々を送りましょうかねカナヘイ花カナヘイ花

 

 

 

 

AD

なんだか。

テーマ:

かれこれ、24年の付き合いになる友人と呼ばせてもらおうかな。

 

その人とは、趣味も何もかも違うけど、

 

うまく距離感を持てる人なので、

 

こんな私とでも付き合ってくれた。

 

私の友人と言うよりは、間に人を挟んでの友人。

 

ある意味、生活が似ていて、苦しいもん同士だったかな。

 

その友人が、今、自分の人生で、自分の要望通りの生き方をしている。

 

私からすると、考えられない事だが、友人はそれが幸せのようだ。

 

オジの事も、いろんな事も相談に乗ってもらっていた。

 

よく考えると、友人からの相談は、今の幸せな生き方についてだけだった。

 

友人がその生き方をしたいと言うことは、

 

もうあまり会えないと言うことになる。

 

私は寂しいけど、友人はその生き方に日々取り組んでいるのなら、

 

それはええこっちゃやな。

 

自分の好きなように生きれるように努力している友人が羨ましいな。

 

 

AD
どこにいても自信がない。

何をしても、他の人に文句を言われないように、怒られないようにと真面目にしてきた。

で、やればやるほど、喜ばれもせず、当たり前のように接しられまだまだと色々言われる。

そして、抗議すると、相手は怒る。

そして、また真面目にやってしまう。

で、隠れたところでずるいことをして発散をする。


これって、間違ってることにやっとこ気づく。

相手がというよりは、物事がどうか、そして周りにどんな人がいて、どのようにすればいいかを自分で見る。

そして、私はそんなに怒鳴られるほどな人間ではない。

普通にすれば中々なもんだw

ってわかっても、今までの態度を改められず、改めようと気を使いすぎて、神経を使い疲れてしまう。

私を支配していた親は、もういない。

もう支配はされない。

しかし、おそろしいもので、わかっていてもその時のものが残っていて中々払拭出来ない。

みう、これは付き合って行く覚悟でやろう。


驕りたかぶらずやる。


そんなことがわかってから、質の悪い人たちは私に起こっている。

争いを好まない私は、自分を犠牲にして物事を収めようとしてしまう。

必要な争い、いざこざはやらなければならない。

どんなに気持ち的にしんどくても。

本を読むとよい。





なんとなく昔から誰彼なしに言っている事を素直な私は信じていた。





なので、国語が苦手な本を読むのが大っ嫌いな私はそれに嫌悪感を抱き自分がダメな奴だと思ってきた。





私は、まず自分を責める。





ほんで、それを堪能すると今度は他人を責めだす。





逆の場合も多々あり。





性格と頭が悪い奴だと思ってきた。





そばにいる人たちは、堂々と悠々と生活していると思っていて、ちょっと悩んでいる人の話を聴くと仲間のように感じその人にプチ依存していた。





当然その悩んでいる人は、私にただ単にグッチっているだけで、私になにも求をめていないので、私がプチ依存し続けていると疎遠にされていく。





まあ、四半世紀その繰り返しだったなwwww





よく考えてみると自分の意思は確かにあり、結果は自分が求めているものではないと思っているが、よくよく別の見方とかをすると、100%ではないが、ぎりぎりの線でそれに沿うように生活をしているようだ。





ふと気づくと、物事が文句を言いながらでもできているうちはうだうだ、ぐだぐだ、ぶつぶつ、しながらでも遂行している。





でも、何か、私の心、身体、頭の中で自分にとってこれでは、危険とかヤバいとわかると、自分でわかって計画を立てて実行するのではなく、思考ではなくなんていうのだろうか?? たいそうだが、本能の赴くままに動くようなところがある。





これは、めったにないので自分は後でわかることになる。





四半世紀で、数えるほどしかない。





みなそうなのだろうか、人間は本能で自分を守るようになっているのかな。





でも、計画をしたり、物事をわかっているので徐々に行動すると、物事が他人とか自分にはすんなり受け入れられて過ごしやすいのだが、本能と普段の動きが正反対なので、とっさに本能で動いてしまうと他人にもじぶんにも反感をかう。





自分の身は確保されるが、後味が悪い。





これって、ただ経験不足だと今の私は思っている。





それか、ただのあほかwww





あ、そうか・・





Σ(・ω・ノ)ノ!





ちょっと、別のことを考えたら書こうと思っていたことを忘れた(+o+)





・・・・・・・・(^◇^)





思い出したw








そうだ、私は人とかもの事、雰囲気とかもろもろを五感で感じどんなものかというのがだいたい80%はわかる。





ただ、その状況をどのように自分のものにし、進めていったらいいかがわからず、分かるように考えなかったし、わかっていてもその状況を維持することができず、ズルズル流されるまま
自分の甘い感情のままやってしまい失敗ばかり。

今は、ええのか悪いのか、その結果の尻拭いをバリバリやっています(´・_・`)


ぐるぐる遠回りをしながら自分の意見半分、
自分の意思ではないこと半分でやっているのだろうかな。




私が今思うのは、人生50年とか小田さんが言っていたが、そんな年代になって後何年生きられるだろうかと考えると、よくよく考えて生きないと、こんな私だから、歳をとっても文句ばかり言ってるだろう。

自分の感情の赴くままにしてはいけないし、かと言って他人の思うように生きるのは文句が出るし、ぼちぼちやっていける方法。

ぼちぼちとか普通ってのが一番難しい。

なんか、まだ、これからどうするかが決まっていないことが今判明した(^ν^)


色々と考えるおばちゃんでした|( ̄3 ̄)|






















初体験 恥を掻く。

テーマ:

初体験の彼岸会にさんかする。

初体験の場所って、下調べをしなければならないが、調べるにも聞ける知り合いがいない。

そう、聞ける知り合いがいない。

もしくは、奴らに聞くくらいなら恥をかいてもええで〜ってやつぅ〜www

まぁ、偏屈なわたしと言うことだwww


奴らと言うのは、親類の間でも好き嫌いがはっきりされているやつらだ。

私も代々の人の雰囲気が悪いのは薄々ではなく濃い濃いわかっていた。


オジの事で、親類に会う機会が増え、やはり小さい頃から可愛がってくれている親類は親切だ。

色々と聞きやすい雰囲気を出してくれるし、おぼつかない私に何気にポイントを教えてくれる。

し、これが一番大事だが、人間ええわ。

気性はキツイし、厳しいが人間がええんやなー。

その人間のええ親類も言っていた、
知ってるくせに教えてくれへん、わかってるくせに知らんぷりすると。


なるほど、私も素知らぬ顔をされ大恥をかいた。

物凄くめちゃくちゃええ歳をして恥ずかしかったけど、それでええで〜

だって〜、聞きたないもーん。

上手いことよいしょでもして聞けばええのにww

あはははははは(^◇^)

やだやだ、ええとしこいで素直さがないよなwww


彼岸会では、隣に座って話しかけてくれた方が色々と教えてもらった。

お寺の事とかを色々とはなしてたので、それを聞きながらわからんことを聞いたりした。

で、わかったのが、昔お世話になった先生だった。
昔も厳しく優しい先生だったが、今も変わりなく素敵な先生でした。

めっちゃ恥ずかしかったけど、ちょっと気持ちが落ち着いた日でした( ´ ▽ ` )ノ















その後。


病院でのリハビリを嫌がり、看護師長に退院を急いいでくださいとはいわれないが、
そのような雰囲気がムンムンだしていました。

どうなのかわからないが、この病院はそのようなシステムのようだ。

退院してからの生活の仕方で、看護の対応やリハビリのやり方が決まるらしい。


いろんなことを主に私1人で考なくてはならず、答えを出すのは辛かったが、

施設でお世話になりたいとケアマネさんにお願いした。

オジの住んでいる地域の特養のショートが一つ空いているので、

ロングショートで入所できるようでした。


ほぼ一ヶ月経ち、オジも生活に慣れてきた様子です。

先日孫を二人連れて面会に行った。

今までのように会話もなかなかできない状況で、うわのそらが多いが、
帰り際には、寂しなるなとか言っていたので、
体の状況と気持ちの状況と、思考回路が中々歯車が合わないのだろうかとも思った。

在宅で介護していた時は、兎に角余裕はなく、バタバタとしていたが、
今は施設に助けてもらってるので、
これからの私に何ができるか探しながらやっていこう。

でもまだ今は、いろんな気持ちや考えが頭をぐるぐるまわっているじょうたいです。

























手術後、食欲がなく約一ヶ月栄養と水分の点滴をしていました。

6月の末から急に食欲が戻り、リハビリがはかどるようになり

今現在は車椅子にしっかり座り、片足でちょっとちょっと少しずついどうができるようになった。

しかし、自分での移乗と立ち上がりも歩行は無理です。

もう一人暮らしは無理だし、ちょっとダークな出来事もようさんあったしで、
施設にお世話になろうとケアマネさんに動いてもらってます。


オジに施設での生活をお願いしてみたが、

もちろん嫌なのだろう、理解はちゃんと出来てはいないが、

雰囲気はわかるので、訳のわからんことを言っていた。

でも、もう次の日は忘れていた。

気長に言って、向き合って、付き合っていこうと思います。

そして、私が気長に最後まで向き合えるように出来ればと思っています。


周りの人は、施設に入所というと、いろんな事を言う。

私も、介護というものをしてみて初めてわかった。

色んなできごとがあり、その人の想いがあったり、全然なかったり、

情もあったり、なかったり。

その人がどのような事をしてきたか、どのように想ってきたかなんかしらない。

適当にだいたいこんなもんだから発言に呆れてしまう事が多い。

介護のことにかかわらず、私も偉そうに知ったかぶりして言うてたんだろうと思うと情けなくなったりしています。

さて、また忙しくなる。

でも、ゆっくりじっくり取り組もう。