「歌舞伎四〇〇年の言葉」公式ブログ

このブログでは本書をより深く楽しんでいただくために
書き下ろし解説などをお届けします。
なお記事はどこから読んでいただいてもお楽しみいただけます。気になるタイトルを拾い読みしてみてください。

古今東西の歌舞伎役者たちが残してきた「言葉=芸談」をひも解くと、 現代人の琴線にも触れる教訓や苦心談が散見します。
本書では、「学ぶ」「演じる」「育てる」を切り口に、処世に通じる言葉を厳選して紹介。 1ページ1メッセージの金言集でありながら、各ページに加えた解説により、歌舞伎の入門書としても読める1冊です。

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(文中の俳優名俳優名すべて当時のものです)

2001年10月、御園座。
十代目坂東三津五郎襲名公演でのこと。

その月、勘九郎は昼の部に「娘道成寺」、夜の部で三津五郎の忠信に、静御前で「吉野山」と菊五郎の与三郎で鳶の金五郎で「与話情浮名横櫛」の見染に出演していた。

到着して楽屋に挨拶に行くと、尿路結石で大変だと冷や汗を流しながら言う。その痛みで花子をいつも通りに踊っているのか!と驚きを隠せなかった。

さて、2日目の夜だったか。勘九郎が「皆んなで食事に行くから一緒においで」と声を掛けてくれた。一も二もなく「はい!」と返事をしたのは言うまでもない。

御園座から徒歩で行けるこぢんまりとした中華料理屋で、そこの女将さんと気さくに挨拶を交わすと、奥の小さな個室に案内された。

顔ぶれは勘九郎、勘太郎、小山三をはじめとして中村屋の面々、総勢10名ほど。勘九郎の手まねきに甘えるまま、目の前の席に座った。

みんながビールを頼む中、手を挙げない小山三に「どうしたの?小山三さん具合悪いの?」と心配する勘九郎に「あたしはラオチュウ」と返して万座の笑いを誘うなどの一幕もあるなど、席は常に笑いに包まれていた。

話は終始、芝居の話で、特に翌月に控えた平成中村座「義経千本桜」の話題がメインとなった。

そんな中、初の試みとなる試演会の話になった。
この時、勘太郎が吉野山の忠信を父・勘九郎の静御前で踊ることになっていた。
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『あのさ、忠信の最後に笠を投げるだろ?あれは最後に少し手首を返して手前に引くんだよ。そうするとちゃんと藤太のところに届くんだ』

『お父さん、それはこのあいだ伺いました』

『ばかやろう!俺が教えてやってんだからハイハイって聞いとけばいいんだよ。なんだよ、もうお前には二度と教えてやんねーよ!』
---------
一同、これには大笑いで、勘太郎の弱り顏も忘れられない。

さて、この時はただの笑い話として思い出に残ったのだが、改めて勘三郎の思慮を思わずにはいられない。

これは
【先輩にものを教わる時は、たとえ何度同じことを言われたとしても、口を挟まずに聞いていろ。二度と教えて貰えなくなるぞ】
という、息子に対する教育ではないだろうか。

その場でお説教を始めたのでは座がシラけてしまう。全員を気持ちよく過ごさせながら、大切なメッセージはきちんと伝える。あまりに見事というほかない。

偶然だというひともあるだろうが、私はそうは思わない。時が経てば経つほど、十八代目勘三郎という人は深い思慮の人であったとの思いは強くななるばかりだ。

勘三郎は人を育てるということにおいても、稀有な人であったのだとの思いを新たにしている。
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