株で食べて行く♪ ~元OLの投資日記~

お小遣い稼ぎにやってたはずの株なのに気が付くと会社辞めて専業に・・・。

素人のあなたでも大丈夫!!(多分)

一緒に世界の機関投資家たちと戦いましょう


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(オマケ2 ~センチメンタルジャーニー編~ )

会社にいる間は、まとまった休みもなかなか取れませんでした。
インフルエンザで2日休んでも家に仕事の電話がある始末。
なので、会社を無事に退職した私は、
クタクタになった心と身体を癒すために 憧れの海外旅行に・・・

行き先は、そう 華の都「パリ」、そして パリから近い
「ブリュッセル」
元同僚の女の子(彼女もどっちかというとイビリ出されたクチ)と
2人旅です。
行きたい場所に思う存分行きたいので、パック旅行はやめました。
JALの悟空で格安チケットを買い、ホテルは家族経営の小さなところを
ガイドブックで探して FAXで予約しました。

初めてのパリとブリュッセルは、もう楽しいことと美味しいものだらけ
でした。
ルーブルやオルセーなどの美術館では
テレビや教科書でしか見たことのない絵や彫刻の隣に立って写真を
撮って、エッフェル塔や凱旋門にも上って、フォションでお茶した後は
ヴァンドーム広場でウィンドーショッピング。
本場のフランスパンやクロワッサンは、日本のものとは一味も二味も
違います。
 パリからタリスという新幹線のような列車に乗って1時間半で
着くのがブリュッセル。
本物の「小便小僧」にあいさつして、世界一美しい広場と言われる
「グランプラス」で王室博物館を見学した後、
ベルギーチョコ、ベルギーワッフル、ベルギービールに舌鼓。
時間があればアントワープまで行って「フランダースの犬」のネロと
パトラッシュの像に会いたかったのですが、それは次回の宿題に
しました。

人は パリのお菓子が美味しい、と言いますが、パリのケーキや
チョコは甘すぎる物が多いと感じました。
繊細で甘さを抑えたベルギーの方が私は好きです。
パリのお菓子屋さんでお勧めは「ダロワイヨ」。
オペラというチョコケーキを最初に作ったお店です。
ベルギーのイチオシは チョコなら「ヴィタメール」
「ピエール・マルコリーニ」「ガレ」「ノイハウス」などの
特にプラリネ類、日本の物とは新鮮さが違います。安いし。
クッキーは「ダンドワ」。
さくさくして香りの良いクッキーがいろいろ。
ここのワッフルも絶品です。職人さんごと日本に連れて
帰りたくなります。
・・・なんか食べてばっかりでしたね(汗)

パリにはコンビニもないし、スーパーもインターネットカフェも
あんまりないし、非常にアナログ的な生活が出来て
身体中の細胞が生き返った気がしました。
時間の流れ方も全く違う気がします。
1時間でも2時間でもカフェで座っておしゃべりするのが
当たり前になって、暗くなってきて慌ててホテルに帰ったり。
パン屋さんで「クロワッサン1個だけ」って買うことがごく普通で
(日本のパン屋さんで1個だけ買うのって なんだか気が
 ひけますよね)
お店の人も普通に紙にくるくる巻いて渡してくれます。
ビニール袋なんかありません。
日本に帰る日の朝に、家に持って帰ろうと長いバケットを2本
買ったら、お店のおばさんが怪訝な顔をして
「そんなに大家族なの?」と尋ねるので「日本にお土産です」と
言うと、ああそう、とニッコリ笑って 普段よりも厳重に(笑)
紙でくるんでくれました。嬉しかったです。

今のように生活のために毎日トレードするようになると
場が気になってなかなか旅行にも出づらいのですが、
どうにかやりくりしてまたぜひ行きたいと思います。
ペイオフ相場が本格化して塩漬株たちが全て片付いた頃が
狙い目ですね(笑)

なんか書いてみたら 全然センチメンタルじゃなかったなぁ・・
食べっぱなしだし(恥)
でも 美味しく食べられるってとっても素敵なことですよね、
と言い訳してみる私。

みなさんも 楽しい旅の思い出 教えてください~
ここでは言えないハナシ(謎)があれば
← 左上 プロフ欄にメアド入れてますのでメールください(笑)
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さて、ここで
このブログの私のID「kabukabu-mamikoro」について。
mamikoro というのは、以前 私が飼っていた2匹の
ジャンガリアンハムスターの名前
「まみちゃん」「ころちゃん」に由来します。
まみちゃんは頭が良くておとなしいメス、ころちゃんは
わんぱくでイタズラ好きなオスでした。
当初 まみちゃんをペットショップで購入して1匹だけ
飼ってたのですが、ぜひ可愛い子ハムを産んで欲しいと思い
お婿さん候補にころちゃんを知り合いから譲り受けました。
しかし ころちゃんは まみちゃんの理想とは
合わなかったらしく、日頃おとなしいまみちゃんが
本気で威嚇して ころちゃんを寄せ付けないため
2匹は結ばれることなく 結局ずっと私は同じ形の小屋を
2つ並べて分けて飼育していました。

ハムスターは夜行性です。
昼間はほとんど寝ていて、夜 暗くなると起き出して来て
活動しますので、毎晩遅くに私が会社から帰って来ても、
2匹は必ず起きてくれていて(←当然ですが)
私に眠る前のひとときの幸せをくれました。
ジャンガリアンハムスターは人にとても良く慣れます。
部屋で放し飼いにして 帰宅すると玄関に迎えに出てくる、
なんて人の話も聞いたことがありますが、
うちはそれほどではなかったにせよ 小屋の戸をノックして
名前を呼ぶと 「きゃっ♪」っていう顔をして飛んで来て、
「開けろ開けろ、出せ出せ」と ゴソゴソ催促し
小屋から出して手の平に載せると 指を舐めたり甘咬みしたり、
そのわずかな重さと(栗饅頭みたい、と人から言われたけど)
心地よい温かさが、もう何とも言えません。 
良く 頭から「かぷっ♪」と 口に入れたりしてました。

しかし 悲しいことに ジャンガリアンの寿命は
2年から3年です。
うちの2匹も もうすっかり家族のような、人間であるかの
ような気がしていたのですが、例外ではありませんでした。
早くうちに来たまみちゃんが 先に逝ってしまいました。
確か私が 会社を辞めようと決意した頃だったと思います。
忙しくて眠くて なかなかたくさん遊んであげられなくて
ごめんね、と詫びながら 厚紙で棺を作って
庭の陽当たりのいい場所に埋めました。
その数ヶ月後 私が会社を辞めた日 その最後の出勤の日に
私が家に戻って来ると ころちゃんが寝床で冷たく固く
なっていました。
せっかく明日からずーーーっと一緒にいられるっていう日に
これからたくさん遊べるし 掃除ももっと丁寧にして
あげられるようになるっていう日に
ころちゃんは いなくなってしまいました。
ハムスターは元々 小さくて外敵の多い動物なので
身体の調子が悪くても それを周りにさとられないようにして
生きるのだそうです。
弱っていることを知られてしまうと 敵に早く狙われてしまう
からだそうです。
ころちゃんも 本当はずっと具合が悪かったのに
私に心配かけまいとして 私が会社に行ってる間はがんばって
私と遊んで励ましてくれていたのかも知れません。
もう1回 指を「ガブッ!」と噛んでくれるかも知れない、と
口元に指を持って行ったりしてみましたが、ころちゃんは
冷たくて固いままでした。
翌日、もう会社に行かなくて良い私は 朝ゆっくり起きて 
ころちゃんを まみちゃんのお墓の隣に葬りました。
その後 近所のホームセンターに行って きれいなお花の苗を
買って来て 2つのお墓の前に植えました。
花の苗を自分で植える、なんて 忙しくて何年もできなかった
ことでした。
名前も良く知らない花でしたが、しばらくするときれいな花を
たくさん咲かせました。
お腹が空かないように、と お墓にいっしょに入れて埋めた
好物だったひまわりの種やそばの実も ちょろちょろと芽を
出していました。
(蒔く時期が違ったのか その後は育ちませんでしたが)

大好きだった2匹の名前を取って 私はいつの日か
「まみころファンド」というファンドを立ち上げることを
目標にしています。
(その節にはみなさまぜひご出資を・・・)
その熱い思いをこめたIDが「kabukabu-mamikoro」
ファンド設立は いつのことになるやらわかりませんが
(でもわかりません。宝くじ当たるかも知れないし)
こうしてパソコンに向かっている時も なんだか肩の所で
ゴソゴソと音がして、2匹が私のパジャマに
しがみ付いてるような気がします。
ちゃんとしてないと また「ガブッ!」と噛まれて
「しっかりせぇっ!」と怒られるような気がするので
日々努力精進して もっともっとがんばらなくては、
と思います。

長々とお読みいただき どうもありがとうございました。
かわいいハムスターを飼ってらっしゃる方のコメントも
お待ちしています。
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(前回からのつづきです。1~5をお先にお読み下さい)

生活の不安はありましたが、まぁ家族といれば飢え死にすることは
ないでしょ、とw 昨年の春で会社を退職することにしました。
ありがたいことに上司は慰留して下さいましたが
(まぁ便利ですもんね、私みたいなの)
もう迷いはありませんでした。
株や為替の取引は会社にいる頃から興味があって少々試して
みてました。
ただ株価を気にする暇もなく ほとんどが塩漬け株か
マンスリートレード程度でしたので、
本気でやればもう少しどうにかなるのではないか、と
漠然と考えていました。
時機も良くなって来ていましたからね。
結果、今 こうして元気に生きていますからw
多分正解だったと思います。
体調もすっかり良くなりました。
ぐっすり眠れすぎて、朝バタバタと慌ててパソコンの前に
着くことも多いです。
これが人間らしい生活なんですよね。 
市場の動きに気を揉むことも多くそんなに楽とは言えませんが
まぁやってるうちにもう少し上手になれるのではないか、と。
何の仕事を新しく始めても大変ですからね。
通勤がないだけ恵まれています。

私のつたない記事をいつも読んで下さってる方々も
きっと毎日 会社にトレードにと 忙しい日々を送って
らっしゃることと思います。
でもくれぐれも 無理は禁物です。
気付かないうちに 身体も心も毎日 大変なダメージや
ストレスを受けているはずです。
自覚がないことは怖いです。 
知らない間にどんどん傷が深くなります。
どうぞ 会社よりも仕事よりもお金よりも
ご自分自身を大事にされて
1度しかない人生、自分のために 悔いのないように
お過ごしになることをおススメします。

「金で何でも買える」と豪語しているほりえもんだって
「命の次に大事なお金を投資している株主に対して・・」
と発言されてました。
やっぱりお金よりも命が大事なんですw
そしてその大事な命が尽きるとき、最後の瞬間を迎えるときに
「素敵な人生だったわ。どうもありがとうね」と
 愛する誰かに告げて 笑って死ねるように、
っていうのが 私の最終目標です(爆

大変 長々とご精読くださり、どうもありがとうございました。
途中 ちょっと思い出して泣きそうになったりしましたが
書き終わるとすっきりして元気になりました。
人生 せいぜい長くてももうあと 100年もありませんから
くよくよ泣いてるヒマなんかもうありません。
明日からまた気を取り直してがんばります。
どうぞ またよろしく ごひいきのほどを・・

(おしまい)

※次回 オマケを書きます。
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(前回からのつづきです。1~4をお先にお読み下さい)

さて、
再び あきらめて毎日おとなしく新幹線通勤を続ける
私でした。
が、
ふ、と 私いったい何のためにこんなことやってるんだろう、
と考えて、一人落ち込むことが多くなりました。
誰かに「遠くて大変だね」って言われただけで涙が止まらなく
なったり、
ちょっとしたことで 情緒不安定になって、ヒステリックに
なったり。
夜中に布団に入っても全然眠れなくてフラフラで会社に行く事も
度々、でも睡眠薬を飲むと朝 薬が抜け切れなくてまたフラフラ。
会社へ行こうと一旦 家を出て、でもどうしても途中で足が前に
進まなくなって
「今日は休ませて下さい」と電話して 家に引き返したことも
あります。
微熱が続き、頭痛・胃痛・吐き気・目まい・手のしびれ・・・
でもいくら体調が悪くても、仕事は待ってくれません。
隣の部署の女性社員が途中で退職しましたが人員の補充はなく
その分も私の所に回って来ました。
経理も担当していましたので徒歩で往復30分かかる銀行に
行って戻って来ると、いつも机の上は仕事の書類で
手が付けられなくなっていました。
今考えると、あの状態で良く働いていられたと感心します。
在来線や新幹線のホームで待っているとき、
このまま線路に飛び込んだら死ねるかな、楽になるかな・・と
考えたことも1度や2度じゃありません。
あまりに辛いので、昼休みにあちこちの病院に通って
診てもらいましたが、身体のどこを調べても何の異常も見つからず、
お医者さんたちはみな
「わからない。精神的なものじゃないですか?」と。
最後にすがるようにして駆け込んだ診療内科の優しい女医さんが
処方してくれたのが
「セディール」という名の「抗うつ剤」
(ごくごく軽い物だったらしいですが)
いぶかしがりながらも服用してみると、心も身体も
すぅーーーっとすごく楽になりました。
私、うつ病だったんですね。 その時気付きました。
その先生は 私が半ベソをかきながら語るグチを
うんうん、と 頷きながら聞いてくれて
「会社辞めたら? 生活なんてなんとかなるよ、きっと」
と 明るく笑って言ってくれました。
あの「会社辞めたら?」の言葉が 悩んでいた私の背中を
押してくれました。
思い返すたび 本当にありがたいな、と思います。
あのまま仕事を続けていたら、どうなっていたかわかりません。
おそらく今頃 遠い夜空のお星さまに・・(涙

(もうすこし続きます)
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(前回からのつづきです。1~3をお先にお読み下さい)

思いもよらぬ 困ったことも起きました。
まだ夜も明けぬうちに家を出て、帰りは毎晩
夜半遅くなる私のことを
近所の人たちが疑いの眼差しで見始めていました。
朝 出て行く時には 近所の人もあまり見ていないので
夜中 真っ暗になってからタクシーで帰宅し 
ごそごそと玄関を開けて家に入るところだけが
多数の目撃情報を得てw
・・・ある日 うちの母が言われたそうです。

「娘さん 大変ね~毎日遅くまで。
 夜のお勤めに替わられたの??」


・・・・泣きました。わたし。


その後、私も2回ほど 本社に戻して欲しい旨
社長にまた直談判しました。
でも答えは
「(ここは地方だけど)東京や大阪なら通勤2時間
 なんてザラ。
 新幹線は座席に座れるだけありがたく思え。
 遠くてツラいなら支社の近くに引っ越せばいい。
 それがイヤなら辞めてもらわないと」
・・・・・・・ 開いた口がふさがりません。
話し合いにもなりません。
そんな考えだから会社儲からなくってリストラ
しないといけないんでしょ??
そもそもうちの会社は古風で
「女性社員は自宅通勤が原則」なんて言ってたクセに
なによ その言い草???
私も何度か、支社の近くにアパート借りて
引っ越そうか、と考えましたが
家には足の悪い母がいます。
夜中にでも何かあったら、と思うと心配です。
むぅ・・ 私さえ辛抱すれば済む話なのか。

あとでわかったことなのですが、当初 支社には
その年に入ってきた新入女性社員が赴任することに
なってたらしいのですが、
その彼女が学校出たての 実に可憐な子で、
社長が自分の手近に置きたいために本社勤務にしたそうな。
それで私が支社に回された、という事情らしいです。
誰も公式には認めませんが。

ここで注: 私のいた会社はさほど大きくないと言っても
従業員が20~30人の会社、ってことでもありません。
単独で200人以上、連結だと1,000人近い従業員を抱える
上場企業です。それでやってることはこの程度です。

(次回へつづきます)
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(つづきです。「1」「2」からどうぞ。)

ところ、が。。
会社って恐ろしいところですねぇ~~、
自分の気にくわない社員はどうにでも
できるんですねぇ~、
私に命じられたのは、自宅から通勤2時間
かかる支社への転勤。
途中 新幹線使って2時間ですよ! 
ずっと在来線使うと3時間半!
(もちろん片道の話です)
5時に起きてお弁当作って6時前のバスに乗り、
始発の新幹線。
新幹線降りたら在来線に乗り換えて
(田舎なので乗り継ぎも悪い、しかもしょっちゅう
 遅れる)
20分ほど乗ったら駅降りて徒歩25分。
雨の日も風の日も雪の日も暑い日も。
毎日片道2時間。往復4時間。
しかも、このご時世です。
社員の数はギリギリまで減らしてます。
毎日毎日仕事は山のよう。
お昼ごはんも食べるか食べないか。
田舎の会社なのでお茶くみもします。
おじさんたちは電話鳴ってても取りません。
人の雑用やってたら自分の仕事はたまる一方。
事務所を出られるのは早いときで夜9時くらい
→家に着くのは11時。
どうかすると最終新幹線にギリギリで滑りこみ、
新幹線降りてタクシー乗って、
(バスもう終わってるから。当然タクシー代は自腹)
這うようにして玄関に辿りつくのは夜中12時すぎ。
それからごはん食べてお風呂入って、
髪乾かすとお布団に入れるのは午前1時半くらい。
で、また翌朝5時に起きて・・・
新幹線乗って行けるんだからまだいいじゃん、
って思う方もいらっしゃると思うんですが、
新幹線って案外身体にこたえるんですよね。
飛行機みたいに気圧が低いのか、
何か外からの力が作用してるのか
良くわからないんですが、毎日朝晩乗ってると
身体にずしーーーんときいてきます。
やっぱり時の流れに逆らってる物って
どこか無理してるのかな。
しかもまた通勤時間帯に乗ってるのは
髪に何つけてるんだろ、ってニオイがするような
おじさんばかり。胸がムカムカ。
残業代だって当然全部は出ません。
申請しても月50時間だかなんだかで切られちゃう。
仕事で帰れなくなって近くのビジネスホテルに
泊まったり、
土日も2時間かけて休日出勤したり。
でも別にお給料は増えません。

(次回へつづきます)
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(つづきです。「1」から読んでね。)

当初、私は自宅から車で10分ほどの本社に
通っていました。
通勤が楽だから就職したようなものでw
仕事は営業セクションの事務です。
そんなに楽でもなかったけど、残業で遅くなっても
タクシーですぐに家に着くし
その部門ではおじさんたちの中に女が一人で
結構かわいがってもらって、
その頃は会社辞めたいなんて思ってもみずに
毎日楽しく働いていました。
ところがある時、その会社の 私のいた部門がまるごと
会社のリストラ策の一環として、よその会社へ
譲渡されることになりました。
同じ部門の社員は全て その会社への出向扱い。
当初は、出向期間が終わればまた元の本社へ戻す、
ということを 会社側は言っていましたが、
当然 部門がリストラされたのだから、戻っても
人員は余ることになります。
1人でも従業員を減らして経費を節減したい会社は、
私たち全員を出向先の会社へ転籍させようと
して来ました。
もちろん、出向の間だけはお給料は元の金額を
保証してくれていましたが、
転籍となると2割~3割程度は落ちる形に。
(注:元のお給料だってそんなにたくさんもらってた
   わけじゃありません!念のため)
他のおじさんたちは、もうあと数年で定年、って
人も多かったし、その年になって今更戻って来て
他の部署に行っても・・と言って
転籍を選ぶ人も多かったのですが、でも私は
どうしてもイヤでした。
だって私のせいじゃないんだもんっっw
なんで私のせいじゃないのに、今よりお給料安くて
小さい会社に移らなくちゃいけないのよぉ???
そんなことってある???
何より私は、経営陣の思う通りに モノのように
動かされてしまうことがいやでたまりませんでした。
私は1人で部長に抗議し 社長に直談判し、
必ずや元の会社に戻って来られることを確約させて
出向しました。
そして先方の事務員に仕事の引継ぎをし、
半年程度で元の会社に戻って来ることに。。

(次回へつづきます)
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さて。 1週間終わりましたね。
今週は、というか 今週も、(涙)そんなに儲かってません。1ケタ。
こんなんで「株で食べて行く♪」なんて言えるのぉ??わたし。
ブログ名詐称だわw

こんなことなら、会社辞めたりしないで辛抱して
OL続けてたら良かったかなぁ~、
この生活も想像してたほど楽じゃないしなぁ~、
なんて今でも思うことあるんだけど、
でもやっぱりね、もしあのまま続けてたら
私いま ここにこうして存在してないかも知れません(ぅぅ
きつかったですね、やっぱり。
ちょっとその頃のハナシを書きますね。
同じような思いしてる方たちも きっとたくさん
いらっしゃると思うので
もっと自分を大切にしよう、ってことを考えてもらえる
きっかけにでもなれば。
少々 重い話になりますが、まぁ元OLの昔話と
グチってことで(笑
毎日ぼちぼち書いて行きますので、もしお時間あれば
お付き合い下さいませ。
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