Shostakovich: Symphony No 1/Ot/Gimeno

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 スペイン人の指揮者といったら、フリューベック・デ・ブルゴスとかロペス・コボスとか、国際的に著名な人ったらそんなに多くない印象がある。いても、ファンホ・メナとか少なくともCD上はスペインものが多い人とか、アルトゥーロ・タマヨのような現代音楽専門みたいな人。
 ところがこのところ若手に生きのいいのが登場している。ひとりはパブロ・エラス−カサドで、もうひとりがこのグスターボ・ヒメノ。若手といっても指揮者の若手だから、エラス−カサドが1977年、ヒメノが1976年生まれだが。

 ヒメノはコンセルトヘボウで研鑽を積んで、代役でデビュー。2014年にコンセルトヘボウのメンバーで室内アンサンブル版のマーラー第9の録音とチェリストの伴奏盤があるが、今回、Pentatoneでショスタコーヴィチとブルックナーのそれぞれ第1交響曲がメジャー・デビューとなった。

 ショスタコーヴィチの“作品1”である交響曲第1番は実際は作品10。その前に管弦楽曲でいえば、ここに収録されている2曲のスケルツォと《主題と変奏》がある。これら初期作には、ロジデーストヴェンスキイ盤があったが、あまり録音されない曲なので貴重。
 スケルツォ嬰ヘ短調はまったくチャイコフスキイ的。《主題と変奏》もショスタコーヴィチのスタイルとはほど遠いロマンティックなもの。スケルツォ変ホ長調は管弦楽中のピアノの扱いがストラヴィンスキイのようなコープランドのような。しかしピアノの走句にはショスタコーヴィチ風が垣間見えてくるし、曲想にあざといところも目立ってくる。いずれも音楽院時代のもので確かな音楽技法を持ちながら、自己の個性を見いだせていない、しかし後年にも明らかなようにどんなスタイルでもかけてしまう器用さをすでに示している作品。
 そして卒業作品として作られる交響曲第1番で飛躍的な進展をみせるのだが、これが最初に置かれている。その飛躍はこうして並べて聞いてみるともう圧倒的だ。
 最後に置かれたのは《5つの断章》、第4交響曲の習作的作品で、一部楽想の重複がある。つまり第1交響曲で始まったモダニストの発展の帰結を示しているのである。

 手兵のリュクサンブール・フィルを振るヒメノは暖かい音色で、しかし雑に流れることなく、自発性に満ちた音楽を繰り広げている。ブルックナーも買おうかどうしようか悩んでいるところ。
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