教師を過労死に誘う「給特法」     柿沼昌芳

      

時間外勤務を訴えて

 時間的には過去になるが、進学指導や会議など手当のつかない時間外勤務に追われて、教員としての本来の仕事が十分できずに精神的な苦痛を受けたとして、愛知県大府市の元中学校教師深谷巖さんが、愛知県と大府市を相手取って百万円の損害賠償を求めていた訴訟の判決が名古屋地裁で出されたと報じられた。(「朝日新聞(夕)」1991029)

いまなお教師の多忙が今日の学校教育の混乱の大きな要因であるといわれているとき、この裁判での判決は検討に値すると考えるので、判決の中でどこの学校にも関わるような内容を中心にして紹介することにしよう。(『判例タイムス』No.10552001.5.15))

まず、はじめに周知のことと思うが、公立学校の教員の時間外勤務について、判例の中から簡単に紹介しておくことにする。

 愛知県の「義務教育諸学校等の教職員の給与等に関する特別措置条例」(「給特条例」)は、「国立及び公立の義務教育諸学校等の教職員の給与に関する特別措置法」(「給特法」)に基づいて「正規の勤務時間の割り振りを適正に行い、原則として時間外勤務は命じないものとする。」(「給特条例」7条)としていて、時間外勤務を制限している。公立学校の教職員には、労働基準法の時間外、休日及び深夜勤務による割増賃金は適用されず、それに代わって、俸給月額の4%に相当する額が支給されていて、とくに、時間外勤務を命じ得る場合としては次の四項目(限定四業務)に限定している。

(1)生徒の実習に関する業務

(2)学校行事に関する業務

(3)教職員会議に関する業務

(4)非常災害等やむを得ない場合に必要な業務

したがって、これ以外の業務は勤務時間内で処理して時間外勤務を行わないのが原則である。ところが、深谷さんの記録では時間外勤務の時間数は一月59時間55分、二月は54時間55分で合計二ヶ月で100時間以上になったという。

 卒業・修了認定会議の出席は自由

この裁判の原告、深谷巌さんは中学校の教師で三年生の社会科の授業を担当し三学年主任でもあったが、平成元年一月から二月にかけての入試業務に関わって校長から明示又は黙示の職務命令によって時間外勤務を命じられた。そのことによって精神的苦痛を被ったとして愛知県と大府市にたいして損害賠償を求めたものである。

 そこで、まず、はじめに、どこの学校でも行われている進路指導委員会、推薦委員会、卒業・修了認定会議について見ることにする。

 被告である愛知県・大府市は、これらの「会議が時間外にわたる場合には自由に退出できる。原告は、これらの会議について、第三学年の学年主任として出席が義務づけられていた旨主張するが、原告は学級担任を持っていたわけではないので、出席の必然性はなく。まして勤務時間外にわたって出席する必要はない。」と主張している。  

 これに対して、裁判所は、これらの会議による時間外勤務は「各会議はいずれも校長主催の会議であり、開催期日は校長が決定し、やむを得ない支障のある場合を除いて出席が義務づけられており、勤務時間を超えても校長から退席を認める旨の発言はなく、現実に退席するものもいなかったことからすると、原告の意志は事実上拘束されていたものと認められるが、これらの会議はいずれも教員の本来的職務に付随する業務であり、各会議が開催された回数及び勤務時間を超えた時間数等を考慮すると、かかる時間外勤務の実状を放置することが給特条例7条の立法趣旨にもとるものとまではいまだいえず、黙示の時間外勤務命令の発令を肯定するほど原告の自由意志を強く拘束する状況下にあったとは認めることはできない。結局、各時間外勤務は、原告の自発的、自主的意志に基づいて遂行されたものと推認するのが相当である。」としている。

学校の状況から見るとき、入試業務は単純に教師の自発的、自主的意思に基づいて行われた判断できるのだろうか。

入試業務の煩雑さは工夫次第で回避できる

 よく知られているように愛知県では1989年から高校入試に推薦入試と二回の一般入試と二次募集を組み合わせた複合選抜制度を導入した。この制度導入による進学関連業務の事務量増加について、深谷さんは次のように指摘している。

 深谷さんの勤務する中学校では制度導入の年には「公立高校推薦入試志願者は73名に及び、そのうち35名が推薦されることになったが、その数は例年の約10倍であった。一般入試は、A日程とB日程に分離されたグループから各一校を選択し、これを志願順位を付して二回受験するものである。したがって、平成元年度の公立高校の入学願書及び調査書は、248名分476通に及んだ。」このように制度変更に伴って、進学関連業務は膨大になり、とくに初年度であったことと一般入試の日程が一週間繰り上げられたために前例のない過密日程の中で行わざるを得なかった、と主張している。

 現在では、多くの都道府県でかっての愛知の複合選抜制度のような入試制度が導入されているので、このような入試制度が複雑化することによって業務が過重になることについての判断を次に見ることにする。

 まず、被告である愛知県、大府市は次のように主張する。

 *「進学関連業務に要する時間は、その計画性や合理化、効率化の工夫によって左右されるし、実際にも、勤務時間外に及ぶことを回避しようと思えば、空き時間の教員に分担させたり、進路指導主事や副担任に任せることも十分可能であったが、原告が自己の裁量により、全教員が集まって遂行する方法を選択しため、勤務時間外に作業しなければならなくなったにすぎない。」

 *複合選抜制度導入についても、「日程調整等の事前準備も十分可能であったから、計画的に業務を遂行すれば、本件のような長時間の職務遂行は回避できたといえる。結局、原告が主張するように職務時間外に及んだとすれば、それは原告の無秩序、計画性のなさに起因しているといわざるを得ず、校長に責任(過失なし)なしというべきである。」

 *「原告は、第三学年の学年主任として、研究主任、教務主任及び他学年主任等と連絡調整して、進学関連業務時間を確保しうる地位にあったのに、一切それをなさなかった。また原告は、学年主任として運営委員会の構成員であったから、同会の席上で、予定されている学校運営の時間配分について意見を述べることも可能であったが、そこでも原告は一切意見あるいは異議を述べなかった。このように、原告は、当時予定されていた学校運営の時間配分を十分理解し了解した上で、進学関連業務を遂行していたものであるから、原告が主張する本件時間外勤務は、原告の自主性、自発性、創造性に基づくものと評価せざるを得ない。」

 *「学年会を除く各種会議については、勤務時間外にわたった場合は自由に退席することができたし、それによって不利益を受けたわけでもなく、また、学年会や進学関連業務につては、計画的な運営を行うことにより、あるいは、作業を分担するなどの合理的な運営をすることによって勤務時間外に及ぶことを回避し得たし、仮にどうしてもできないということであれば、研究主任、教務主任、他学年主任らと事前に日程調整をして職務遂行時間を確保することも十分できたわけであるから、原告主張の本件時間外勤務は、いずれも原告の自主性、自発性、創造性に基づくものであり、校長の職務命令に基づくものではないし、少なくとも原告の自由意志を強く拘束するような状態ではなかったというべきである。」 臆面も無く、このような身勝手な主張が出来る行政の精神構造を疑ってしまう。

自発的、自主的意志で遂行

 これに対して裁判所は、次のように判断している。

 「進学関連業務の処理は入試日程に拘束されるものであるところ、進学関連業務は生徒の進路に関する重要な事務であり遅滞や過誤は許されないこと、道徳研究の各会議が一月中旬以降頻繁に開催されていたことを考慮すると、進学関連業務のうちかなりの部分は、時間外勤務によって処理せざるを得なかったものと認められる。

しかし、学年会や進学関連業務は、いずれも教員の本来の職務に付随する業務であること、学年会は、学年主任である原告が主催するものであり、その開催の要否、時期、議題、進行等は原告の判断にゆだねられていたこと、学年会は学年主任である原告の考え方、運営方法によって大きく左右されるものであること、進学関連業務に要する時間は、計画性や合理化、効率化の工夫によって左右されるものであるところ、進学関連業務を、いつ、どのような方法で実施するか、またでの程度まで実施するかは、主として学年主任である原告の判断に基づいて決定されていたこと、原告は、道徳研究の各会議にってについて、教務主任や道徳研究主任にその調整を申し出たり、運営委員会で意見を述べることもなく、これを了承していたこと等を総合考慮すると、学年会及び進学関連業務による時間外勤務は、黙示の時間外勤務命令を肯定するほど原告の自由意志を強く拘束する状況下でなされたものとは認めることができない。また、進学関連業務は一月及び二月に集中するものであり、三年生担当教員らがその時期忙しいことはやむを得ないことであって、その反面、三年生が卒業する三月七日以降は他学年よりも時間的余裕が生ずることを考慮すると、学年会及び進学関連業務により原告がなした時間外勤務の実状を放置することが、給特条例七条の立法趣旨にもとるものとまではいまだ認められない。

 結局、これらの時間外勤務は、原告の自発的、自主的意志に基づいて遂行されたものと推認するのが相当である。」

 このように裁判所は何でも「自発的」、「自主的」という論理にもならない「論理」で、しかも被告である県・市の主張にほとんど沿った判断をなぜするのだろうか。その理由は基本的には学校教育についてまったく無知であり、しかも、基本的スタンスは行政側に立っていて、教師のおかれている状況が見えないし、見ようともしないということであろう。

以上、単に判例の紹介に終始してしまったが、いま、あらためて公立学校での「給特法」が持つ犯罪性を明らかにする必要がある。

AD