5/8/2015 @Saalesporthale in Zurich
●久光1-3 Krasnodar (25-21 21-25 14-25 18-25)

開幕戦で欧州女王に勝ち、その勢いでロシアにも勝ちたかったところだけれど、負けてしまった。グループB全チーム一勝一敗ながら、ポイントで及ばず今年も予選ラウンド敗退。まぁ一勝出来たことは大きいよね、しかも結局優勝したチームに唯一土つけたのが久光。例によってタラレバだけど、間あかずに翌日2試合めだったら少し違ったかもね。まぁ、これは勝ち上がった実績がとかがモノをいうから、恐らく来年出たとしてもグループも日程もイイ条件にはならないでしょうね。

Krasnodarの監督は最近までロシアの代表セッターだった? なかなかテレビ映りの良さそうなひとでした。そのロシア、序盤から飛ばしてリード保ったまま終盤に。17-21でブランキがサーブに下がり、なんとそこから日本は8連続取って一気にセットをものに。国際戦公式、マッチでは、もしかしたら日本がイタリアに負けた「あの試合」以来では?もっともあの時は日本は逆転された方だけど。で、その8連続得点だけ、中大路と長岡が交代し、新鍋が主にでセットしてたのが何とも皮肉。

1セット取られて逆にKrasnodarに火がついた。まだまだ1-3で勝ちさえすれば久光を上回って決勝までいけるのだから。久光のサーブが平凡に入れば11コシュレワと、16ガライがサイドからバックからブロックをものともせずに切り込んでくる。しかもその打点が時間をおう毎に高くなり、触るのもやっと。そしてブロックのその先でどれだけポジションよく構えていてもボールのあまりの勢いに思わず顔を背ける新鍋ちゃんをなんどみたことか。せめてワンチで勢い削がれたらと願うばかりだった。そしてリードされるにしたがって久光に効果的なサーブが入らない悪循環。だんだんミスも増える・・・・・。

結局2セット取り返され、後が無くなった第4セット、確かにこの日は攻撃が決まらなかった新鍋ちゃんに変えて長岡。見たことの無い久光の戦い方。長岡は気持ちよく点を取りにもいったけれど、ブランキにもミスが出ると決め手に欠いた久光は時間がたつにつれてまとまりが無くなりバラバラになった。そして、セットカウント1-3で負けグループリーグで敗退した。勝ったトルコ戦は最後までチームでプレーができた、個々のプレーでスター軍団相手に劣るかもしれないが、それを補いながら1+1+1+1+1+1>10なプレーが出来た。ところがこの日はKrasnodar の選手にギアが入り選手1人1人がチームへとまとまっていく増幅感におされると、久光の個々人はますます萎縮しバラバラになった。サーブもイージーに、ブロックも遅れる・・・決めごとも戦術も、絵に描いた通りには決してならないのがバレーだよなと思い知らされた試合となった。

V決勝で敗戦した時、バスにのる選手たちに悲壮感は全くなかった。むしろ先があるからもう切り替えている感じだった。
しかし、このKrasnodarに負けた後のメンバーは、全員が全員暗かった。シーズン最後というのもあったかもしれないが、巧くやれば十分勝てたチームに負けたと感じたから悔しかったのだと思う。ただただ参加出来た=当たって砕けろ~な立場でなく、常にこの大会を目指して口にして、準備して来た選手たちだからこその落ち込みだったのだろうと想像する。


チューリッヒは、物価が高い以外は素敵な街で、また来年もここであるなら来たいと思える街だった。女子バレーもかっこいいと思えるプレーがたくさんあった。へんてこりんなブロードも、マーカー際でちまちま低いトス上げて無意味に何回もリバウンドとるくだらないラリーとかのない、ただただ力強く俊敏で美しい女子バレーをまた見たいとシンプルに思えた。

地元チューリヒのチームも侮れないのがわかった。スイス人は登録で2名だけであとは世界中から。なにより資金力ありそうだったのでこれからもいい選手取れそうでこれから楽しみかもしれない。

尚、当方はスマホを紛失して写真がない。



AD
5/6/2015 @Saalsporthalle, Zurich Swiss
◯Hisamitsu  3-2 Eczacibasi VitrA(トルコ)
(12-25  28-26 25-20 19-25 15-11)
{F41DC61A-8DB8-4252-8005-3919696A1BE6:01}

世界女子クラブ選手権、開幕戦は久光が欧州女王のEczacibasiにフル勝ちを収めた。会場はざわめき、公式サイトでは大番狂わせ的な扱いだった。この勝ちについて、記者会見ではわざと殊更「メンタルが勝った」って久美さん発言をクローズアップしてるけど、ずっと感じたのはブロック含めてデフェンスが良かったということで(というか修正され)、久光の周到な準備を感じた。なによりずっとこの大会のことを口にしていた選手たちの迷いの無さが1セットをあっけなく落とした後でも伺えた。
{63A6F8A7-FBED-4EF7-A20B-AFD7CBD6131A:01}

{88B83843-E5FE-4007-8A37-AF029F0062B0:01}

{207E6793-4A88-4693-BAF7-57D1D2C5226D:01}

{E7D13875-1972-4324-8876-C98D7D5DA16B:01}
この日、古藤は練習せず球出し。練習中から中大路が長岡と合わず、試合が始まるなりドシャット食らう場面も多く1s途中からブランキに変わる。彼女とは何故か合う中大路、トスもだんだん上にあがるように。

2s、序盤でリードするも徐々に追いつかれ、2ndTTOはトルコ、更に点差をつけて先に20点台にもっていかれる。この時点では欧州女王に余裕も感じられたが、そこから石井を中心に点を集めて先にセットポイント。決まったと思ったらトルコ監督のチャレンジ成功でタッチ取られてデュース。その後しのいでセット取りきったことが試合のポイントだったかな。

3s久光、4sトルコと取り合ってフルになったけど、久光のディフェンスの方がうまかった気がする。中大路のサーブが良かったので、彼女がサーブに下がって後衛のローテで連続が取れる展開に上手く持っていけた。久光にほぼセンター攻撃がなかったので石井、新鍋にはブロックがしっかり付いたけど、上手にブロックアウト取って、トルコはこれにお手上げだったのかも。

ファイナルは久光がよかったというよりトルコの噛み合わないプレーで8-3とリードしてコートチェンジ。トルコも11-9の2点差まで追い上げ、冷や汗ものだったが、ここで中大路に上がってボールをネットに向いて彼女が相手コートど真ん中に打ち込んで12-9とすると、不意を突かれた会場中がこの日一番の大盛り上がり。久光がそのまま逃げ切った。

リーグでは椅子に座ったままほとんど動かない久美さんは終始コートサイドで立って檄をとば、感情表現の控えめな加藤陽一も椅子から立ち上がらんばかりのガッツポーズを何度も。色々な意味で国内と違う久光だった。

この勝利で、ファイナルラウンド行きが決まったので土曜日も試合が見られることに!
チューリヒ周辺観光と共に、残り試合も存分に楽しみたい。
AD
都澤凡夫先生を偲ぶ会
3/28/2015@つくば市・ホテル東雲

筑波大学OBOG会主催のこの会の末席に座る栄誉を得たわたしはひと月ぶりにつくばへ、先生とのお別れに。行きのTXから中垣内さん、小林さん、小田さん.....他にも名前を存じ上げないけど背の高い方比率高め。
{EA9AA9F1-C0B1-4EB5-B5FF-AEC3E03604C6:01}

第一部は祭壇に向かって着席(といっても周りはびっしり立ち見)。祭壇には花に埋め尽くされた先生の遺影が笑いかけ、花の間にバレーボールが三つ。都澤先生の前の筑波大監督杤堀先生が先生について語り始める。富士フィルムで30歳までプレーして、コーチとして筑波に来て、杤堀先生の監督の下で指導者としてのキャリアがスタート。当時は珍しかったビデオを使って相手を分析したり、背が低い事を言い訳にしない、勝つための別の考え方をしようといつも話し合ったとか、大学では定期的に論文提出が必要だった中で研究論文にも熱心だった話。当時のバレー強豪国監督は大体きちんとした指導書を出していて、その中で訳書が出されていなかったセリンジャーの指導書を都澤先生が訳す事になった話・・他、などなど、今も筑波の試合は欠かさず見ている先生が、先に言ってしまった後輩への暖かい語りかけが続いた。

お別れの言葉は、つくば市長市原氏、大学バレーの市川会長、JVAを代表して小田氏(元ブレイザーズの)、筑波大学スポーツ系長の中川氏、筑波大バレー部OBで文科省スポーツ振興課の森岡氏・・・・だったかなの5名。メモを取ってないので一部うろ覚えだけれど、それぞれ印象に残るお別れの言葉だった。市長からは、先生がスポーツを通しての地域振興についていつも気にかけてくれていたこと。市川会長からは、杤堀+都澤体制になって一年で入れ替え戦に行き、早稲田を破って第一部に昇格した事、他二人だけでバレーについてつきない談義をしたこと。小田さんは、倒れられたひと月前の昨年11月に電話をもらい、「男子を頼むぞ。若い子を育てろ。学連とも連携しろ。・・・・・・様々なアドバイスをもらって」と話しながら涙で声が詰まったり。中川氏は、バレーだけでなく筑波大全てのスポーツ競技・指導法に多大な影響をもたらし、特に理論だけでなく結果を出していた先生のお言葉に説得力があった、と。森岡氏はバスケ部と体育館をシェアしてたバレー部に専用体育館が出来、それは同時に24時間練習出来る環境になって、生徒は(ヤバい・・)焦った、とにかく練習が厳しかった・・話など。とにかく皆さんから「常に先を見ていた」「現状に満足しない」「人の考えない方法を常に考え実践ていた」そんな話がたくさん聞けたのは嬉しかった。

お別れの言葉を受けた、家族代表で三女のみどりさんがマイクを。秋山先生が持って来たバレーのDVDを流してたら下がっていた血圧が上がったとか、バレー関係者が来る度に反応したことなど、病床で意識がない中でもバレーがお好きだったそうだ。そして、そのあと先生の遺志をひきつぎ自分が頑張ると宣言。一瞬「え!?」とは思ったものの、或る意味先生よりも理事長という立場には合っているのかなと反射的に肯定したわたし。その後の懇親会でお会いしたみどりさんと同級生だったという方もその様は話をされていた「強い!」と。先生がプレー以外には目が届かなかった部分も何とか補ってもらいたいなと思った。

そして一部お開きの前に、来場者一人一人が祭壇に進み、先生の遺影に語りかけながら白いカーネーションを献花。献花を終えた順に二部会場へ。そこからは少し飲み者食べ物をいただきながらの談笑時間に。遠くて見えなかったのだが、献杯のご発声は協会の不老氏だったのかな?ともかく会場中に有名な知った顔だらけ・・・凄かったです。久光の部長がいらしていて久美さんから電報も届いていたので(加藤さんは今日は練習でいないのかな)と思ったら、オーラ完全に消して、背も低く見せてたんじゃないかという位に控えめな感じで・・いたわ!相変わらずオーラのオンオフ自由自在だなぁと笑いました。OGの水田選手は練習を抜けられなかったようです。

妹さんが久光に入団する筑波の兒玉君と加藤さんが話しているところ通りかかり、私も先週鹿児島でお見かけしたベティーちゃんのように可愛い妹さんの話で加わりました。どうやら練習で加藤さんと対人パスしたりもするそうで「僕だってやったことないのに・・・」とお兄ちゃんがぼそっと嘆いていました(笑

ともかく、こうして都澤先生に関わってバレーをした選手たちが、各地に広がり、また別の縁をつないでいくのだなぁとしみじみ思ったのでした。

さて、思いつくままお見かけしたV関係選手元選手・・・サンガイア、筑波大学現役以外に、加藤小川朝長永野増村山口ゴッツ北島出耒田田城三上浦田和井田高橋寛ミキヤスさんetc、恭平さんもいたらしい。もちろん筑波OBOGは全国から大集合。教育関係者が多いから、この日が最良の選択だったのだなと改めて思いました。500人位いたらしい会場ではファイナル3やチャレンジマッチの戦況を確認しながら、先生の話から他の話へと話題がふくらんで、第二部はにぎやかなお別れの会でした。

「都澤先生、知ってたつもりでしたが、ここまで偉大だとこの日までよく知らなかったです、ごめんなさい。素人の私の話も面白そうに聞いてくれましたね、今改めて感謝します。ありがとうございました。わたしもいつまでも色々な場所にバレーを見に行く旅を続けるつもりですから遠くからまた呆れてみててください。そしてなにより、日本のバレーの未来が明るくなるようシッカリ見守って、上手に導いてくださいね。お願いです!!」
AD