恵聖会ドクターKc の ブログ

恵聖会クリニック(大阪/京橋・心斎橋)理事長からの時事通信


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先日、私の小学校時代の恩師が訪ねてきてくれました。

私が小学校5、6年のときの担任の先生で、当時教師になりたてだった熱血教師の伊藤孝男先生の思い出は語り尽くせません。

70歳を迎えられても尚、全国かるた協会に所属し、年間100を超える講演を日本全国で精力的にこなされる伊藤先生は、今も昔も変わらず熱血そのものでした。

 

大阪まで訪ねて来てくださった伊藤先生に焼肉を振る舞いながら、話題は先生お得意の百人一首から、平安時代の貴族の日常を鮮やかに描いた紫式部の源氏物語に至り、当時活躍した女性たちの話に及んで大いに盛り上がりました。

 

 

 

平安時代中頃から、藤原氏ら中央貴族が摂政政治を始め権力を握るようになった頃、貴族の子息の教育係として和歌や文学を嗜む優れた女性たちが教育係として宮中に多く呼び集められました。

男性が使用する漢字とは異なり、女性にも扱いやすい仮名文字が誕生したことと、当時の「通い婚」という風習が背景となって、女性たちの教養が大いに育まれ、多くの優れた女流文学が生み出された時代です。

 

伊藤先生は、光源氏を主人公とした男女の恋愛を描いた源氏物語をはじめ、宮廷貴族の優雅さを物語った文学が開花した時代、女性たちが活躍した時代をお得意の和歌を通し色々と解説して下さいました。

 

 

伊藤先生とのお話に興じながら、平安時代に思いを馳せる一方で、平安以降、こうした活躍する女性たちの名前が歴史上途絶えることにふと気が付きました。

 

平塚雷鳥が雑誌『青鞜』に寄せた有名な文章、「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のように青白い顔の月である。」を思い出しました。

大正から昭和にかけた時代、雷鳥の言うように女性は他に頼って生きる存在であったのかもしれません。

 

では現在はどうでしょうか。

多くの女性に接する美容外科医という職業柄、男と女の力関係が随分と逆転したなと感じることが多いものです。最近ではシングルマザーも増加し、生き生きと活躍する多くの女性と接する中、「通い婚」が当たり前だった平安時代に回帰したような心持ちがします。

 

「源氏見ざるは歌詠みの遺恨」と歌人、藤原俊成は言いました。かつて和歌を読めることが貴族の嗜みであり、美しい和歌で恋文を送ることができる男こそが女性の心を掴んだように、現代は話し上手で面白い男がモテるようになるのも当然の帰結なのかもしれないなぁ。

 

国のために死ぬとか、金や仕事に男が必死に競争して争う果てに女性を引き寄せる時代は終焉しました。

 

今日も太陽のように活躍する女性たちが美魔女になる手助けをしながら、男は弱い時代になったなと感じます。

伊藤先生とお会いし、ふと感じたことの独り言です。

 

伊藤孝男 著

 

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