おふくろさん

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大晦日メモ


おふくろさん・森進一


歌というより、芸として、素晴らしい

そのように感じるのはコロッケの影響

であることは明白・というのは、

どうしてもコロッケを思い出してしまい、

それと比べてしまうのだがそれはそれ


素晴らしい

しかし、芸なのだと感じた

というか、感じてしまう

NHK教育のベートーベンの第九は素晴らしい

聞こえない人間があぁしたものを創造できるというのはどういうわけだろう


芸と芸術の違いを自分として使い分けると

 芸は今の自分に感じられるもので、

 芸術はいつもどこでも何度でも・というもの


まぁそれはさておき、やはり、表現の目的というべきテーマの強さを追求することをこれからは考えていくことがよいのだろうと思った。




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受賞スピーチ

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「受賞スピーチを求められることが、誰にでも一度はある。

誰でも後悔する」

ということばを思い出した。


映画「有頂天ホテル」の受賞セレモニーにて

鹿の研究における受賞者スピーチ


「鹿には、二種類あります

一つは、牡鹿です。

一つは、雌鹿です。
以上です」


見終えて、すごい脚本だと思いました

しかしおもしろい

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ダム

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ダムに行った






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駐車場には水が浸水していて、入れなかった


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観測所に行くためには、ボートが必要


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振り返ると、車がやってきた


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007-4

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映画が始まった。

逃げる悪い男と追いかける007


とにかく走る、飛ぶ、落ちるのだが、これがすごい

筋肉番付 あるいは SASUKE といったテレビ番組のチャンピオンを決めるための逃走劇のような感じで、過去のどの番組よりも危険な感じでそして速い

「おー、プロだー」と、感じ入る


なぜ逃げるのか、なぜ追うのか、そういったことは、しばらくの間、意識されなかった

とにかく理屈ぬきにすごい


が、もちろん終わりはやってくる


ここで、隣の方からつっこみが聞こえる

「違う」


確かに、「われわれと同じように、失敗し、苦しみ、悲しむ」感じからはほど遠い、超人的アクションシーンであった


スクリーンではボンドガール(要するに、「美女」)が登場した


2,30分すると、2人目のボンドガールが登場した

「あんた(007)なんか大嫌い」という意思表示がとても強い

そしていろいろあって幸せな関係になり、そして再び残念な関係になる

実に、はっきりと変化していく


その節目節目で隣の席の方が大きく体を動かす


かつての007ならきっと小声で「失礼」と言って、優雅に席を立ち、スマートに席移動をするに違いない

しかし今回の007は違う

なまなましい


特に拷問のシーンはいたいたしい

007は、なぜか全裸


一回目の拷問では「まさかそこなの?」

と思わせる

続いて二回目

「本当なのか」


まさかの三回目

「あぁ、確かにそこなのだな」と認識し、

「それは本当にイタイ」というか、コトバでは表現できない辛さをイメージせずにいられない

そして007は、非常にワイルドに叫ぶ

「@@@@@@@@」

とにかくいたいぞという気持ちはよく伝わってくる


で、結局007はどうやって解決するのだ

と思い始めたころ、自力で解決するのはなく、なぜかタイミングよく助けが入る


かつての007にあった優雅なイメージはこの場面においてひとかけらもなくなった


(かつての007であれば、まず全裸ではない。

それどころか、感じのよいスーツを着ている

乱れていても、それは拷問を説明する程度のものである

そして絶対に「@@@@@」などとワイルドに叫ばない

もちろん最後には自力で解決する

拷問さえクール)


この、イタイシーンを「イタイ」と叫ぶシーンをもって、「われわれと同じように苦しむ007」といわれれば

(そのようなコメントが某ブログにあった)

それもそうかとも思う


007-3

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前回の続き

 上映予定時間を過ぎたがまだ始まる気配はなく、老カップルの会話は続いた。


「今回の007は、役者が変わったんだよ」

「へぇ、そう」

「それはなぜか、わかる?」

「わからない」

「実はね、自分が言ってやったから」

「・・・誰に」

「映画会社だよ、もちろん」

「・・・」

「手紙出したんだ」

「どんな?」

「今の007はよくない」

「どこが?」

「何かね、かっこよすぎてね、もっと人間っぽい方がよいですってね、言ってやったんだよ」

「・・・」


 カップルと反対に座っている老人が、体を大きく縦にゆらした。

 席は連動しているので、われわれ(自分と老人カップル)の席などもゆれる。

 迷惑なのだが、なんとなく「そういうこともあるか」みたいな気分にもなる。

 妙な匂いがただよう。


「まぁね、そればっかりじゃないとは思うけど、やっぱりね、大きい会社はお客様の感想を大切にするんだろうね」

「あぁ、そういうことならそうね」

「だからさ、今回の007は、けっこう人間っぽい感じになったはずだよ」

「人間っぽいって?」

「われわれのように、失敗し、苦しみ、悲しむキャラクター性も出る、みたいな」

「われわれのように?」

「そう。われわれのように」

「で、今まではなかった?」

「そう。そこが、前回とはかなり違う。らしい」

「だったら、007じゃなく008とかに変えた方がいいんじゃない?」

「・・・いや、それはない。水戸黄門と同じなんだよ」

「何が」

「水戸黄門の顔というか役者も変わるだろう」

「それとは何か違うような気がするけど・・・」

「まぁ映画を観ればわかる。・・・いや、あれ、そうでもないのかな」


スタッフ「お待たせしました。007、まもなく上映となります」

暗くなっていった。

007-2

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前回の続き


4席並んで空いていた真中に座った

左右が空席だとうれしい

両ひじをひじかけにかけていると、なんとなく優雅な感じがする


自分が座った直後に隣に老人が座った

なんとなく残念な気持ちになる


まもなく、彼からの視線を感じた

それとなく相手を見てみる

 確かに自分を見ていたように感じる

しかし、自分にとっては記憶にない、知らない老人である


またしばらくすると、新たに老人カップルが私のもう片方の隣に座った

それとなくひじあてに乗せていたひじを、自分のひざに戻す

なんとなく残念な気持ちになった


老人カップルは、会話を楽しんでいた

「ゼロゼロセブンは・・・・」

「ゼロゼロは違うらしいよ」

「じゃ、何?」

「いまは、『ダブルオウ・セブン』というらしい」

「どうして」

「ゼロゼロを正式に発音すると、ズィーロウ・ズィーロウらしい」

「・・・」

「かっこよくないだろう」

「うん」

「で、ゼロとオウは同じ形だろ?」

「うん」

「で、ゼロが二つでダブルオウ」

「オウダブルではだめかしら」

「かっこわるいんじゃないか」

「なるほど」

「まぁそんなわけで、ダブルオウ・セブンらしい」

「ダブルオウ・で、くぎるの?」

「そうそう。ダブル・オウセブンより、ダブルオウ・セブンの方が、かっこいいからに違いないと思うね」

「なるほど」


幸せな老人カップルの会話はその後も続く







007

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映画『007』を観にいった


映画館の中には二つの上映室がある
で、受付は、どちらを見るのかを最初に尋ねる


受付は、マニュアルをきちんと守る

一つの上映室の上映時間が10分後でもう片方が1時間後でも

つまり二つの上映開始時間にかなりのひらきがあっても、

必ず

「どちらの映画をご覧になりますか」と尋ねる

そういうマニュアルがあるのだろう


しかし、受付の反応が今までとは違った

『007』が20分後、もう一方の映画は30分後である。

差がほとんどないので当然、

「どちらの映画をご覧になりますか」と思っていたら、

映画のタイトルを聞いてきた

「○○でよいですね?」

○○とは、某戦争映画である


つまり、受付は「この人(私)は、『007』を観に来たのではない」と、判断したわけだ

なんで?と、思った。

察するに、『007』を観に来る客は、カップルばっかりだからではないかと

と思いつつ劇場に入った

(007とは、言うまでもなく、タフでクールでハンサムな男とゴージャスな美女と、そしていかにも悪役としたルックスの方々とのアクションをウリとする娯楽映画であり、カップルが観る映画としてふさわしい映画だと、思っていた)


しかし、中に入ってみると、そうではない理由がわかった


老人の方々ばかりだった


「007を観るのが老人ばかりの図」に、

なぜか不思議な心象絵画のような印象を受けた


続く


集金

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6


フロに入っている


玄関のチャイムが鳴る

もちろん、フロから出たくない

どうしようか、迷っていると、

またチャイムが鳴る

あきらめてフロから出て、タオルでふきはじめる


またチャイムが鳴る

そして玄関のドアが開けられた

ドアを閉めていなかった

「すみません、N○○です」

「はいはい、ちょっと待ってください」


人が来るのは何ヶ月ぶりだろう

しかし何でまたこんな時に・・・

フロからの強制退場で機嫌が悪い

「お待たせしました。何でしょう」

とてもいやな感じの小さい老人がいやな感じの声を出した

「すみません、受信料払ってもらえますか」


「え。払っていませんでしたか?」

「えぇ、そうだと思いますが」

思いますといいつつも自信たっぷりに強い口調で言う

「あぁそうですか・・・」

で、払う

雰囲気に弱い


後日、念のためと電話で調べてもらうと二重に支払われたことがわかった

自動引き落としである


自分も学生のころ、集金をやっていた

新聞配達の集金である

日中不在の家は夜まわる

夜中に集金をして回っていると、しだいに追い詰められていくような気持ちになっていく

みんな不機嫌なのだ

ところで集金用のサイフは非現実的に大きく、暗い

ある家を出て、次の家に行く途中、ふとその集金サイフを見ながら、「さっき、つり銭に千円札を渡したが、実は五千円札だったのではないか」などと思うともうだめである

自分の家に戻って、じっと集金サイフをみつめている

しわがたくさんある。

とにかく古いのだ。


集金をしながら、ついでに新規に契約をしていただくお願いもする

で、ごくまれに契約が取れることがあると、景品を差し上げる


今だからいえることだが、余った景品の一部を家に持って帰ったことが、何度かある

それは「ルーブル美術館の名作絵画」であった

ダヴィンチの名画をいたるところに貼った

トイレに貼った作品をもっとも長い時間細かく見た

「岩窟の聖母」であった