森で迷う

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県民の森に行ってきた


昔、20才のころ、群馬に住んでいて、よく県民の森に行ったことを思い出した

群馬の県民の森、というより、県立美術館に行ったら、県民の森の中に美術館があった

森を歩くのは気持ちよく、スーパーカブ(新聞配達をするのに使ったバイク)で、よく行った

ながーい用水路に沿って、田園風景の中を、とろとろと走っていくのがまたよかった


森を歩くのはおもしろい。

今日もそうなのだが、ちょっと迷ってしまい、そして無事抜け出せた

そのようなとき、なぜかとても有意義な時間を過ごしたように感じる


森に限らず、いってはいけない、でも、いってみたい、と、感じることがある

「多分、だいじょうぶ」と考えて、そのラインを踏み越えていく


去年尾瀬に行ったときもそうだった

山小屋に到着するまでに7時間かかるというコースを昼すぎに向かった

「多分、夕方までに山小屋に着ける」と考えて、昼過ぎに車を降り、山を登っていった

予想以上に時間がかかり、夕方近く、山頂に辿り着いた

氷点下近い気温、尾瀬ヶ原のはるかかなたまで一望に見渡せた

尾瀬ヶ原は、ナスカの地上絵のような、何か大きな不思議な力によってできた、大きなしるしのように見えた

 感動した、というより、何かを体験している、という感じがした

 と同時に、山は暗くなり始めており、無事に山小屋に着けるのか強い不安も感じた

で、山を急ぎ降りている途中、空は鮮やかな夕焼けとなった

あと30分もすると真っ暗になるのではないか、というところだったが

 山小屋に着くのはまだまだ先のような感じだった

大小の岩がつらなり、またぬかるんだ小川も点在するようなひどい悪路を駆け下りるなか、どんどん暗くなっていった

やがて真っ暗になった

というわけで、一歩一歩足場を確認しながらゆっくりと歩いていった 

見通しが甘かった

という気持ちと同時にわくわくする気持ちもある

山の中で真っ暗になると、自分の何かが変わる

それを覚悟していたわけでない場合、ちょっとしたパニックになる

という気持ちと同時にわくわくする気持ちもある

落ち着いて考えたことは、遭難したらどうなるのだろうか、ということだった

ハジの気持ちと、ハレガマシイ気持ちが混在する


やがて立派な木道に変わった

山小屋に着いた時、シャツはぐっしょりと濡れ、くつはぼろぼろになっていた

充実感と、「モウニドトスマイ」の気持ちが混在する






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尾瀬ヶ原

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尾瀬ヶ原に行ってきました


oze1

今年は二回目です。


中央向こうに見える山は、至仏山といいます。


しぶつさん です。

仏に至る山


ご覧のように、本当に人が少ない

約2時間、誰とも会わずに山道を歩く


出会う人の数が少ないと、その分、いろいろと考える


人は何に感動するのかと考える

いつものことである


答えは限りなくある


美しい○○


○○に何を思い浮かべるのか


もちろん、そのときは尾瀬であったり風景であったり


で、なぜか先生に向いてるか向いてないかなどなど書いて削除したが

それはその時、テレビで、

高校の履修不足問題が報道されたこともある


安部首相が文科省という会社がぬるいことやってるから、

 ライバル会社のようなものを新たにつくった

 つまり競争が自然に生まれる状況をつくった

 で、今回のように、「自分(文科省)の命令をきけ」

 というような現象がではじめた

  一歩スタートが早い、という感じになった

 春に出せば行政上の問題は5分の1に減り

 春に出せば一生についての不満をもつ生徒は100分の1に減るのではなかったかと思う

「上からの命令です」みたいな仕事が今後さらに強まったり増えたりするのかと思うと

 なにやら面倒である


と、感じられるようなことが述べられていた


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ワールドトレードセンター


という感じは、あまりしなかった。

つまりあの建物あるいは爆撃による破壊を

ということではなく、

奇跡的に助かった二人とその家族を描こうとしている

という感じ

最近のパニック映画というと、

例えば最新のCG技術を駆使し、「パニック時の恐怖」をありありと感じさせることに第一に力を入れている、などと感じている

で、この映画もそうしたもので、さらに本当に起こったことだから、さらにその「パニック時の恐怖」感を体感できるのかな、と軽い気持ちで見に行ったように思う


しかし、監督は、そうした感じ・つまり娯楽性をもたせようとは、ほとんど考えていなかった

あの出来事を忘れまい・というメッセージが強いようであった

誰に・というと、第一に、アメリカ人に


最近は事前にネットでの宣伝を見てから映画を見に行く

宣伝での印象は、感動大作! まぁつまり娯楽性も多分にある

しかし実際の内容は、ドキュメンタリータッチだった

宣伝と内容が、かなり違う(少なくとも自分は)

映画会社の落胆と監督の意地が感じられた


映画館では、それでも感極まって泣いている方もいた

それはなぜかというと

かつて自分が同じような目にあったからかもしれない

例えば、自分(または家族)がひどい事故にあって

助かるのか、助からないのか

 死ぬほど心配させて(心配した)経験があれば

感極まるのだろうなと感じました


映画としてどうなんだというと、対照的な作品が、「24」

24とは、もちろん今非常なブームになっているアメリカ連続ドラマ

映画ではないが同じくらいの予算とスケールが十分にあります

しかもうれしいことに非常に長い

こちらの展開の速さと脚本の緻密さは素晴らしい

と見ているときには感じさせないくらい没頭できる

見てない人にはオススメです




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夜のピクニック

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多分小説の方がよいと思います


映画:夜のピクニックについて

主人公の表情から受ける印象が極端に違います

ポスターを見ると、かわいい小学生みたいな感じがしないでもない

映画の最初と最後は、やはりそんな感じがしないでもない

ですが、基本的には、上映中、非常に、いやな表情をしている

そういう設定なのが理由

高校三年生

クラスに、非常に魅力的な男子生徒、トオルがいる

ところが、トオルと主人公タカコは異母兄弟の関係

しかも年は同じ

つまり、同じ年に、違う女性・同じ男性から産まれているふたり

トオルの母が、父にとって正式な妻で、タカコの母は、正式な妻ではない

そんなこともあってか、タカコは、トオルから嫌われていると感じている

しかし、タカコの友達だけでなく、トオルの友達も、そうした事情は知らず、それどころか、タカコはトオルのことが好きなのだと、ほぼ断定している

そして、夜のピクニックという一大イベントの中で、告白させようと盛り上がっている

ところで、タカコは、ある賭けをしていた

 

そうしたストーリーはさておき、

特に今回の映画のことをいっているわけではないのだけれど

よい表情をつくることができる役者は偉いものだ

と感じました

映画に限らず、地顔が笑顔の人は、大変魅力的なものだと改めて感じます


ところで、

夜のピクニックを観る前に福島県立美術館に寄りました

目的は、明日からはじまる東邦画廊 での個展のPRです

思いがけずご同業の方に出会いました 


機会がありましたらお立ちより下さい。

ついでに上野の美術館+博物館 もお勧めです

個人的には博物館の仏像展 がよかったです