うつるんです

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うつるんです

といえば

20年前は「伝染るんです

10年前は「写ルンです

今は「鬱るんです」

10人にひとりは鬱らしい


チェック してみた

5個だった

外れたおみくじをひいたようだ

こちら の方がよい



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映画館

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映画館を出てみると、車がわずかに移動されていた
壁ぎりぎりに移動されていて、乗ることができない
それで、近くにいた映画館のスタッフに戻してほしいと言った
しかし、職場の同僚が補助席から入ればよいでしょうと言って、
「あ。それはそうだ」とフリーズしている間もなく、
彼は車の鍵を私から受け取り、中に入って車をエンジンをかけて移動して車から出てきた
が、やや坂道だったためか、人がいない車は勝手に動き出した
「やばい」と、彼は追いかけていった。
交差点に近づいていった 
こちら側は赤だった
交差点の左から車がかなりのスピードで走ってきた
衝突し、さらに、炎上した

このときの気分は、昔、車で衝突したときに近い
10年くらい前、車で走っていて気がついたら何かに激しく衝突し、その直後、頭に浮かんだことは、「これは自分に責任があるのだろうか。だとしたら大変なことだ」ということだった。
数秒後、ブロック塀に激しく衝突した。
何とか車から出ることはできた。
何やら人々が近づいてきて、
「救急車を呼んだから、動かないでじっとしていなさい」
と言った。
自分はかなりひどいなりをしているらしいことがわかった。
車は前半分が大破していた。
道路をはさんで同じように大破していた車があった。
相変わらず、「自分が悪いのだろうか。だとしたら大変だ」
おろおろおろおろ、という感じだった
(結局相手が悪い事はわかった)が、そんなときの気分に近い

で、今度も「自分が悪いんじゃないだろうか。だとしたら大変だ」と感じ、
なぜか、酒を飲んでいたわけではないが、「自分は飲酒していたような気がする」と思い、
水を大量に飲まなければと思い、コンビニを探し、見つけ、牛乳を買い、レジにいた中年の男性に「水ください」と言って、水をもらって水を飲み、店を出た。
こう書いてみるとなぜそのような行動をとっていたのか不自然だがその時はそのようには思っていない
事故現場に戻ると警察か消防員かが近くの人に話しを聞いている
「あ。やばい。車の持ち主が今まで何やっていたと聞かれたら何と答えよう」と思った。
うーん、どうしよう、と考え込んでいるうちに眠ってしまった。

目が覚めたらさっきの一連の出来事は全て夢だったとわかるまでにしばらく時間がかかった
あんなに不幸でリアルで継続的な夢は初めてである。
それだけに夢でよかったと少し幸せになった。
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マジェスティック

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二日展終了後、マジェスティックという映画をDVDで見ました。
よかったです。
印象に残ったあらすじは以下のとおり。
肝心なところは書いていないので、これから見ようという人が読んでもよいと思います。
というか、多分以下の文は多くの人が感じるであろうテーマとずれていると思います。

主人公は映画脚本家である
ある日、主人公は検察から危険思想の持ち主だと疑いをかけられる
その日の夜、事故にあい、川に落ち、遠くまで流される
次の日の朝、浜辺で目が覚める
自分が何者か記憶がない 記憶喪失になってしまった
自分を見つけた者が、「お前は○○ではないか!」という
自分にはそうだという実感がないが、町中の人々から○○だと言われるためか、少しずつそのような気持ちになっていく
自分を知る者の話しによれば、自分は10年前に行方不明になっていた
自分は賢くて優しくて勇敢な町のヒーローだった、
自分の家では映画館「マジェスティック」を経営していたが今は営業していない
などということがわかった
次第に○○であるような気持ちになっていき、「マジェスティック」再建に向けて活動する決心をした
町中の人間の協力を受け、「マジェスティック」はより新しく立派なものとなり、経営が再開された
「マジェスティック」には町中の人間が訪れ、映画を見て泣き、笑い、怒り、感動した

ところで、疑いをかけた当日に行方不明になった主人公を重要参考人と判断していた検察の捜査は行き止まりかけていたが、ついに見つけ出すための手がかりを発見した

「マジェスティック」では順調に映画が上映され続け、町中の人々は感動を与えてくれた主人公にあらためて感謝した
主人公はかつての○○と同じように、町中のヒーロー的存在になった
が、主人公は映画を見続けるにつれ、かつて映画の脚本家であったためか、○○である自分自身について違和感を感じ始めた
とうとう、ある映画を見て、突然、本当の自分を思い出した
自分は○○ではなかった!
その映画の脚本を書いたのは、かつての(本当の)自分であったためである

自分が何者かを思い出した日から間もなく、検察は主人公を見つける
町中の人間に見られる中、主人公は連行される
あっという間に連行理由が知れ渡る
○○は○○ではなかった! 反社会的思想の持ち主だった!
主人公の周りにかわるがわる人がやってきて、嫌悪感をあらわに、しかし何も言わずに去っていく

自分が住む世界のすべてのものから注目され、期待をかけられ、愛される人気者になった。
それがある日突然、すべてのものから疑われ、否定され、嫌悪され、無視される
その後、脚本的には大きな出来事があり、それがアメリカ的感動場面につながる。
この間の主人公の気持ちと、本当の自分となった主人公が、大きな不安をもって、かつて○○として住んでいた町に戻る時のその不安とに強く共感できれば、この映画に感動できることになると思います
自分の所属する世界の人々
抑圧の強い世界で輝くものは抵抗表現
 抑圧の少ない世界で輝くものはいやし系

トゥルーマンショウでもよかったですが、主人公のジムキャリーはここでもけっこうよいで思います。

降臨

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15

すべてを飲み込むところに立たされている

と、ソレが降りてくる

やれやれ


今朝のテレビでは、何度も

「静かに戦争について考えたいのだができませんね」

と言っていた。さらに続けて

「まったくですね」

と熱く続けていたのが印象的だった

今日は8月15日

今日も制作

毎年8月15日は制作

特に理由はない

オトーサン

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スーパーマーケット、出口にて

20才くらいの男性店員がにこやかに近づいてくる

「オトーサン、買い物ですか?」

「(オトーサン?)・・・はい」

店員「どうぞ、くじひいてください」

「はぁ」

店員「おめでとーございます! 2等です、オトーサン!」

「(オトーサンに見えるのか?)」

店員、不思議な顔で近づいてくる

「・・・うれしくないんですか?オトーサン」

「(確かに、そういう年だ)」

店員、不満そうに言う

「5人しか当たらないんですよ、もっと喜んで下さいよ、オトーサン」

わたしも不満そうに言う

「・・・それ、何ですか」

店員、うれしそうに言う

「これはですね、ぺらぺらぺら・・・で、契約料がですね・・・、あ、オトーサン、帰るんですか、ちょっと、オトーサン・・・」

いま、会いにゆきます

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あまり聞き取れない・仕事上・20人以上の知人(というか生徒)・ことばにできないくらい疲れきっているバスの中


という状況で見た初めての映画。


で、「いま、会いにゆきます」の感想

聞き取れなくてもわかりやすい、そして美しい絵(画像)

バスの消灯時間のため最後まで見られなかったのだが、

あらすじは、死んでしまった妻がおばけになって、夫(と息子)に会うため現世に戻ってきたということなのだろうか

(おばけというのは結果論で、画面途中では、例えば実はふたご?という現実的な感じだった)


自分の絵の世界でも

現世と別世があり、

彼(わたし)は、

なぜ・どのようにやってきて・戻っていくのかということ(きっかけ・方法・理由)をよく考えたりする


で、この映画の場合、

彼女が戻ってくる理由は、通常のおばけであれば恨みの強さですが、

愛の強さと感じた 

具体的には、数年前、彼が学生の時、陸上競技で不当にころばされるシーン

前半では彼のナレーションによって、「ぼくはくやしかった」という意味だったものが、

ラスト近くで再現されるときは、彼女のナレーションによって、「わたし(彼女)は、実は、昔から、あなた(彼)のことを愛していた」、

という意味に変わる(彼は、学生のころ、自分の一方的な片思いだと思っていた)

そういった、「実は昔から想っていた」ことが、ラストシーン近くで、たたみかけられていくように感じられた

あれもこれも、実はそうだったのか、ということが、重ねられていくことが、愛の強さという表現になって、その強さが、あの世から現世に、条件付き期間限定的(廃工場やトンネルや雨降りなど)に、彼女をまいもどらされた、といった感じでした


もっと数多くの「あぁそれなら現世に戻ってくるのうなずけます」と感じられるところがあったんじゃないかと思いますが、途中で上映中止(バスストップ)になりました

などなどと、書いていて、テーマは、「純情さに関する寓話」だったのかなというような気がしてきました


映画はよく見るのでまた書こうかと思います