名もなき毒

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宮部 みゆき
名もなき毒

宮部みゆきさん久々の現代ミステリーの刊行でよく売れているよう。


さすがの筆力と安定感は、いまの日本のミステリー作家のトップクラスには違いない。ちょっとどこかで読んだような印象があったのは、おそらく狂言回しとなる主人公(財閥のお嬢様をもらったけれど、なぜか役職にすらついていない社内報編集者)が何度か出ているからだと思う。


今回の作品は、無差別毒殺事件に端を発し、日常生活に転がっている社会の毒をテーマにストーリー展開したものだ。その毒の多くは、人間の心の中にある毒だが、土壌汚染の話もエッセンスとして交えられている。単なる謎解きではなく、人間の深層心理に迫った社会派ミステリーになっている。


おもしろくて一気に最後まで読んだので、基本的には批判する気持ちはないのだけど、人間描写に関してはもう少し優しさや救いがあっても良いのではないかと思う。特にトラブルを起こす女性アシスタントの描き方、犯人の描き方は、ちょっと気持ち悪くなってくる。確かに不幸だから、理由があるから、こういうことをするようになったという背景を描いていて、そういう意味では救いがないというのはちょっと違うと思うが、何だか同情ができない。つまり人間が弱すぎる。その弱い人間が反動で凶行に転じるというのが私の気持ちの中でうまくつながらない。それは自分に強さが残っているからかもしれないけれど…。


犯人と被害者の間に本当の人間関係や憎しみの伴わない犯罪は怖い。その怖さを感じたければ、この作品は秀逸だと思う。ただ、エンターテインメントとしては暗さ、後味の悪さも少し残ってしまう。これはもはや好き嫌いの範疇かもしれないが、私はもう少し作品に温かみがほしい気がする。もしかしたらそう感じる根っこは、この変な境遇の主人公にあるのかもしれない。私は彼に人間味を感じない。そもそも事件にかかわる必然性が希薄すぎる。この人を素人探偵として、シリーズ化しないほうが良いと思う。

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僕たちの戦争

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荻原 浩
僕たちの戦争

ドラマでもやっていましたが、文庫本になったのを機に読んでみました。著者の萩原浩さんは『明日の記憶』 での著者でもあります。元広告代理店ということが影響しているのでしょう。「明日の記憶」では主人公が、今度は現代描写のほうのお父さん・勝利が広告代理店勤務です。まあ、それはともかく、在職中はCMでもつくっていたのでしょうか?表現がやや映像的で、そして深みが少し足らない。これが前作と共通する欠点です。でも発想がわかりやすくておもしろい。あと戦争時代のことはよく調べられていると思います。もちろんマニアな人には物足りないかもしれないですが、普通の人には十分です。


ストーリーは昭和19年の若い軍人(飛行訓練生)・石場と、21世紀のフリーター・健太がある日突然タイムスリップで入れ替わる。姿かたちはそっくりなので、どちらの時代でもまわりに受け入れられます。石場はマジメな軍国少年。健太は今の時代だとわりと普通のフリーター。茨城県在住で居酒屋で働いたりしています。すぐ仕事をやめたりはするけれど、特別尖がっているわけでも、ニートに限りなく近いわけでもなく、しっかりミナミという短大生の彼女もいます。入れ替わりやすいギリギリの線の人物描写かもしれません。石場も健太もそれぞれの時代で戸惑い、元の時代に戻りたいという気持ちは同じです。でも時間と共に、それぞれの時代に溶けこんでいく。時代や環境が異なるだけで、人間そのものは普遍であるということでしょう。


そしてやがて終戦を迎えて、この小説は終わります。


ストーリーには隙がなく、またわかりやすいのであっという間に楽しく読めます。ただ、時代ごとの描写が表層的で、もう少し異なる時代に投げ出された二人の悲しみや戸惑いを知りたかった。19歳の男の子を主人公にしてしまったので、この程度かなと思わくもないけれど、確かにこれ以上歳をとると、時代変化を受け入れがたくて自殺してしまうかもしれません。そういう意味でも19歳男の子は絶妙の選択だったかも…。あとは書きぶりでしょうか?考えてみれば「明日の記憶」は、中高年層の話でしたが、それでもやっぱり軽めでした。深みのある小説の好きな方にはおすすめできませんが、普通の映画・ドラマファンがたまには小説も、という時には良いかもしれません。

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書評-8【女たちは二度遊ぶ】

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吉田 修一
女たちは二度遊ぶ
女の生態と男の心理をリアルに描く、
著者会心のイレブン・ストーリーズ。
…って帯に書いてある。

『女たちは二度遊ぶ』  吉田修一  角川書店
ちなみにこのブログは、観た映画や芝居、読んだ本の勝手な備忘録だが、最近書評は書いていなかった。ボチボチ本は読んでいたのだが、映画の感想を書くより面倒くさい。でも何読んだかも忘れてしまって、同じ本をまた買いかけたりするので、これまでのものも含めて遡って書いていこうと思う。

ところでこの作品、はっきり言ってタイトルで買った。
良かったのはタイトルだけだった。タイトルは大事だと改めて思う。

内容は冒頭の通りで11の短編だが、軽くてすぐ読めるので、暇つぶしにはいいと思う。
でもどうも男の描く、この手の短編に出てくる女は浅いというか、その女性の温度を感じない。その女がいくつで、どんな人生を歩んできて、何を考えているのか、書かれていること以上のプロファイルも感情も伝わってこない。
それぞれの話で男と女の関係性も希薄で、そこが今っぽくてオシャレでもあるのだが、男女どちらの痛みもうまく伝わってこない感じがする。何だか普通の話ばかりで、人間的に魅力的だなと思う人が出てこないのだ。短編なんて、そこが勝負だと思うのだけど、男性がこれを読めばちょっと違うのかな?実はこういう女たちが魅力的なのかなぁ~。

だからそれこそ、備忘録でも書かないと、1ヶ月もすれば本に書かれていた内容なんてすぐに忘れてしまいそう。
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歌野 晶午
女王様と私
本の帯を見てつい買ってしまうことが稀にある。これはまさにそう。装丁だけでは絶対に買わなかった。ちょっとコミックぽい感じだったし、「女王様と私」というタイトルも、タイトル文字の感じも、いまいちだった。その私の財布を開けた帯のキャッチコピーとは?
「戦慄的リーダビリティが脳を刺激する超絶エンタテインメント!」って、だけなのだけど、何で買ったのだろ?そんなわけで、まったく作家にも内容にも予備知識がなく、ただ読み進めたわけだが、戦慄的かどうかは別だが、リーダビリティは確かにある。アキバオタクを彷彿させる、描かれている妙な話し言葉に好き嫌いはあり、私は嫌いだが、それでも次へ次へと先が気になる。この作家のアイデア力と筆力はすごいと思う。

『女王様と私』  歌野 晶午  角川書店


この物語は、44歳引きこもりの主人公「真藤数馬」が、ある日妹(といっても人形)と出かけた日暮里で来未という小学6年生のスタイリッシュな女の子と出会う。この女の子のまわりで、同級生、教師など、次々殺人事件が起こり、真藤はその渦中に巻き込まれていく。そして挙句に真藤が犯人として警察に逮捕される。無実を証明すべく、脱走し、来未に会いに行くが、来未は真藤のことを知らないという。最後に突き詰めた真相は、思いもよらないもので…簡単に書いてしまえば、こんな感じ?ここまで要約すると、そんな単純な話と思われるかもしれないけれど、そうではなく、かなり突飛な要素もあり、おもしろい。ストーリーの組み立ては、なかなか絶妙だ。
それでもミステリーなのだけど、ミステリーなのかなぁ~と思ってしまう理由は、物語の大部分「真藤数馬」の妄想だからだ。フィクションである以上、突き詰めればすべてが誰かの創作物(ある種の妄想)なわけだが、創作物の中にさらに妄想を詰め込まれると、さすがに興ざめしてしまうことは確かにある。この小説の最大の批判的な感想の源は、この部分につきる。プラス、主人公への嫌悪感。44歳、無職、親掛かりの引きこもりのキモイ男なのだ。こんな致命的な2つの要素がこの物語の柱でありながら、途中で投げなかったのは、作者のストーリーを創るアイデア力と、筆力に尽きる。
それでもちょっと皮肉を書かせてもらえれば、リアリズムを追求したフィクションには必ず矛盾や引っ掛かりがあるが、妄想なので引っ掛かりようがない。奇想天外でOKだから、矛盾がないわけだ。だからテーマ性と物語の展開に集中できる。このテーマが今の私に親近感が持てるものかと聞かれれば、NOだか、現代社会の病理は確かについている。
ただ、真っ当に生きている(と思っている)人が読んでも、何の感動もないことは確か。そして主人公をはじめ、すべての登場人物にひとかけらも魅力は感じない。かといって、オタクの引きこもりが読んだら、どうなのだろう?やっぱり感動はしないと思う。この小説にそういう真っ当なものは求めてはいけない。

*そのほかの歌野晶午作品↓

歌野 晶午
葉桜の季節に君を想うということ
歌野 晶午
世界の終わり、あるいは始まり
歌野 晶午
動く家の殺人
白石 一文
私という運命について
白石一文という作家に出会ったのは、初めて。作品を読んだことがなかっただけでなく、名前も知らなかった。いまだに男か女かもわからない。この作品は1人の女性の29歳から40歳の“揺れる10年”を描いていると、帯に書いてあり、ちょうどもうすぐこの10年の終盤にさしかかろうとしている私はふと目が留まってしまった。作家や本との出会いなんてそんなものだ。
さてこの作家が男か女かだが、本当にいまだに知らないのだが、読後感で判断すると、この人は男だと思う。女性を描いているようなので、女性かな…と読むまでは思っていたが、読んでみるとどうも男の描いた女に思えて仕方がない。ただ、それだけ。女性だったら、ごめんなさい。でも「かずふみ」って読むとすれば、普通に考えても男性だよね…。

『私という運命について』  白石 一文 角川書店

この小説のストーリーをすごく簡単に言うと、冬木亜紀(←ちょっとふざけた名前)という女性の10年の物語。その10年を丹念に現実に起こった事件や事実とあわせて、時系列で追っているのだが、1区切りごとに出てくる年表みたいな事実表記(といっても、図表で出てくるのではなく、あくまで文章の中で記載)がちょっと鬱陶しくもある。変に物語までドキュメンタリーじゃないかと錯覚を持ってしまってまぎらわしい。

主人公は一流大学を卒業後、一流企業の総合職として働く東京のまあまあ裕福な中流家庭生まれの容姿端麗の女性。彼女を織り成す人の出会いと別れの物語なのだが、ドラマチックな出来事が次々起こるわりに単調に感じる。

彼女は出会いと別れを繰り返すなかで一応成長していくのだが、どこか他人任せ。本当にドラマチックなのは彼女の人生ではなくて、彼女の彼氏であったり、のちに結婚する男性であったり、弟であったり、義妹の人生で、彼女はただ、その人たちとの出会いと別れに流されつつ、結局運命だと受け入れているだけなのだ。これでは主人公に共感できない。単に運とタイミングの悪い女でしかない。

多分これはこの作家が女を主体として、女の人生を描くことにムリがあったのだと思う。だから単純に男だろうな…と思ったわけで、多分それは真実なのだろう。この主人公は男が描いた女。本当の女はもっとしたたかで、もっと自分を持っている。自分を持たない女もいるけれど、そういう人は主人公にはなりにくい。


*そのほかの白石一文作品↓

白石 一文

一瞬の光

白石 一文

不自由な心

白石 一文

僕のなかの壊れていない部分

東野 圭吾
容疑者Xの献身

ふと入った本屋で買うとはなしに買った。まず本の装丁がキレイで、久々に読む東野圭吾作品。この人の作品はう~んと心に残るってほどじゃないけど、「うまいっ」って思う。特に最近の本はトリックやパズルのような謎解き、犯人探しにはまらず、きちんと人間を描く。そのうえで意外性もちゃんとある。この作品のクライマックスのある種どんでん返しも、伏線があって唐突感はない。本を何冊も読むとわかる。力のある作家ほど、余計な描写は少ないものだ。海が青いとか、風がそよいでいるとか、街の賑わいとか、風景をあらわす表現以外は、だいたいどこかにつながっているもの…そう考えれば、おのずと結末のポイントとなる謎が解けるはず。


『容疑者Xの献身』  東野 圭吾 文芸春秋


ホステスを辞め、中学生の一人娘・美里を育てながら、日本橋あたりの弁当屋で働く花岡靖子が、働かない前夫からの執拗に復縁を迫られ、うっかり娘の前(というより一緒に)で殺してしまう。主人公の石神は、靖子の隣の部屋に住む独身の数学教師。数学にしか興味がないというか、実は天才数学者という設定。そのうえ、柔道をやっているくらいだから、かっこいい感じに思うが、外見や表層的な性質は冴えない中年男として描かれている。その石神は内心靖子が好きで、ややストーカー的に(毎日弁当を買いに行ったり)見守っているものだから、殺人のことも知ってしまう。

死体遺棄と証拠隠滅を自ら進んで引き受けた石神は、数学的頭脳(といっても、時刻表の計算とかそういうことではない)を用いて、完璧なトリックを組み立てる。

この謎を大学時代、彼のライバルだった母校の助教授湯川と、その友人の刑事・草薙が真相に迫るべく、追い詰めていくというのがストーリーの核。

この物語のひとつのテーマは、付き合っている女でもない靖子に対する石神のとてつもない献身さなわけだが、一応最後の説明で心理的に辻褄は合う。ただ、身近に理解できる感じではないから、ミステリーでなければ成立しない人物描写のような気がする。もうひとつ靖子もちょっとご都合主義な気も…。

ラスト近くで美里のとった行動が悲しいが、救われる。また彼女の行動がなければ、ラストの靖子の行動もなく、靖子は最後まで意思のはっきりしない、さらには最後には残酷な女として重いものをひきずって生きていくしかない救われない役どころになっただろう。また、石神の献身さゆえに犯したことは、かなり罪深い。人物を描くといっても、やはりミステリーありきだし、それが東野圭吾のおもしろさでもある。

全体には読み応えがあり、次々と先が気になる小説だった。本代の価値はあると思う。


*そのほかの東野圭吾作品↓

東野 圭吾
白夜行
東野 圭吾
秘密
東野 圭吾
分身
四つの嘘

たまたま時間が空いたので、本屋に立ち寄ったときに見つけた。積極的に読みたかったわけではないが、中年女性の群像劇が興味深い作品として成立するのかを読みたくて、迷った末に買った。作家は、脚本家として有名な大石 静。脚本家の書く小説は、人物像がはっきりしていて読みやすいが、やや極端にふれるきらいがあり。この作品もそういう意味では、4人の女性の人生のありようが、やや極端に描き分けられていた。だから私自身、主人公たちよりちょっと若いとはいえ、ほぼ同世代でありながら、誰に自分の人生や考え方を投影できるとかといえば、ちょっと誰もいないな…という感じ。でもそれぞれの女性にリアリティがないかといえば、そうでもない。このあたりはドラマを書きなれている作者の技かも…。


『四つの嘘』  大石 静 幻冬舎


淫乱に生きるしかない、詩文。

平凡に生きるしかない、満希子。

仕事に生きるしかない、ネリ。

平凡に生きるはずだった、美波。

これは帯の書かれていた4人を規定する表現だが、こんな感じの女子高で同級生の4人が繰り広げる高校時代の日々と、それから月日が流れた41歳の彼女たちの岐路がストーリーの主軸。

物語は、美波がニューヨークで水難事故に巻き込まれて、死亡するところからはじまる。平凡な主婦だった美波が共に水難事故に巻き込まれたのは、高校時代に詩文と取り合い、傷つき、敗れた、詩文の元夫だった。ここから長い高校時代の回想がはじまり、現在の彼女たちの日々と交差してストーリーは展開する。

特に詩文が極端な女として描かれている。神保町の本屋の娘で、幼い頃から文学を愛し、波乱のない恋愛や夫婦生活を受け入れない。その詩文が物語の軸になっている。他人の人生に対する嫉妬が深く、その人の恋人を誘惑することでしか満たされない女。なんて嫌な女だろうと思うのだが、どこか憎めない真摯さがあって、このなかでもいちばん魅力のある女にも思えてくる。そういう意味で、登場人物はすべて生き生きしていて魅力的かもしれない。中年女性の群像劇と書いたが、いま41歳が中年かどうかもちょっと疑問。ただ医者になっているネリを除いては、仕事に就くことなく早くに結婚しているので、やや現実社会より年齢が上のイメージに描写されている。

いずれにしても、この小説は女性向け。30~40代の女性が読めばそれなりに共感できると思う。男性が読めば、女は怖いと感じること間違いなし。

山田 真哉
さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学
私にとって会計とは?小さな会社をやっているので、自分で会計ソフトにお小遣い感覚で入力くらいする。税理士の指示通り、税金は預かり金とか、一応科目分けもするし、貸方、借方もいまいちちゃんと理解していないが振り分けている。これを簿記をしているといっていいのか?自慢ではないが、決算などできない。自分の会社の決算書もちゃんと見たことはない。こんなこと間違っても、オフィシャルサイトには書けない。でも関心はある。関心はあるから、この本を読んでみた。少しはこれで会計を理解できるか?

『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学』  山田真哉 光文社新書

結論から言って、私程度でも「よく知っている」から「まったく知らない」まで5段階に成績表をつけたとすれば、最低でも2か、まあ普通に3くらいの感じなのだろう。このレベルでも勉強をするつもりで、この本を読んでしまうと物足りないことは間違いない。1~2くらいの人向けだ。売掛金とか売上とか、多少高度でキャッシュフローとか、そういう基礎的な会計用語を日常的な疑問と絡めてわかりやすく解説する。その一例が「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」で、この疑問以外にも「ベッドタウンの高級フランス料理店の謎」とか、「あの人はなぜいつも割り勘の支払い役になるのか?」とか、いろいろある。ちなみにさおだけ屋の謎は、「利益の出し方」の説明に使われ、割り勘役の謎は「キャッシュフロー」の謎に使われる。

読み物としてはとても面白いが、あくまで会計の初歩の初歩として捉えた方がよさそう。ただ、もう少し進んだ段階のことを書いている別の著書も文中で紹介している。商売上手な会計士である。最近は弁護士といい、会計士といい、ある種のエンターテイナーでないと、アタマ一つ出られないのかもしれない。

この本は薄くて安いので、通勤t電車の中で気軽にアタマの体操くらいの感じで読むにはちょうどいい。そういう点ではおすすめ。


*こちらもどうぞ↓

石井 和人, 山田 真哉
非常識会計学!―世界一シンプルな会計理論
山田 真哉
<女子大生会計士の事件簿>世界一感動する会計の本です[簿記・経理入門]
山田 真哉, 宮崎 剛, 緒方 美樹
図解 山田真哉の 結構使える! つまみ食い「新会社法」
藤原 伊織
シリウスの道

男性作家のハードボイルド系は苦手なのだが、この人の作品は別。“テロリストのパラソル” 以来のファンだが、あまり作品が出ないのでつい忘れがち。今回読んだ“シリウスの道”は、たまに読む週刊文春に連載されていたのだが、何しろ“たま”なので読み飛ばしていた。だから単行本を見つけ、思わず買ってしまった。この人の作品がハードボイルド系の例外なのは、全体に静かなのだ。暴力シーンも出てくるが、人物描写がしっかりしているので、むやみやたらに暴れている印象はない。今回も同様。主人公はアウトローなのだが、本質的には組織人で、寸でのところではみ出てしまわないところに、妙なリアリティがあり共感できる。


『シリウスの道』  藤原伊織 文藝春秋

この話には2本の柱がある。主人公の辰村が中学生の頃に過ごした大阪での思い出と、彼を入れて3人の中学生の間で起こった衝撃的な出来事。もう一つの柱は、40歳近くなった辰村が勤めている広告代理店で、1つの大手クライアントのコンペをめぐる職場の人間模様。この2つの柱が見事に絡み合い…と言いたいところだが、大して絡み合わない。中学時代の友人の1人(女)と、クライアントの二代目役員が婚姻関係にあり、その役員も登場するが、大した役柄ではない。これはこれ、それはそれ、といった感じ。

それでも面白いし、一気に読める。部分的に不満点はあるのだが、それを少なくとも読んでいる時には忘れさせるだけの確かな筆力と、職場描写のリアリティ、登場人物の魅力がある。

私は広告代理店のことを多少なりとも知っているので、やや誇張があることは否めないが、それも小説ということで(エンターテインメント性を加味するという意味)十分許せる範囲。女性部長の描写などは、リアリティがあるし、政治家の息子の戸塚という若手の人間性もよく理解でき、魅力的だ。広告代理店内部にいないと知り得ないし、不可能といっていい描写も所々に出てくる。作者が電通勤務なので当然といえば当然だが、だからといってここまで見事に描けるものではない。

それだけに残念だったのは、もう一つの柱だ。この小説の大筋は、中学時代に犯した犯罪(厳密には違うのだが)に端を発して、財界人の婦人になっている女性宅に送られてくる脅迫状の送り主をつきとめることが主題のはずなのだが、むしろ職場の描写の方にひきつけられてしまう。それだけもう一方のプロットが弱く、ご都合主義的な面がひっかかるのだ。

そういう意味で、今回はちょっと得意分野の描写に終始したかな?と思ってしまった。何しろ、いちばん印象に残っている登場人物は、本筋とはあまり関係がない戸塚の存在…。25歳の彼の成長と苦悩のインパクトが、3人の主人公と準主役、つまらない職場の権力争いをするオヤジたちに勝ってしまったのだから。


*こちらもどうぞ↓

藤原 伊織
テロリストのパラソル

著者: 角田 光代
タイトル: 対岸の彼女

角田光代という作家の本は読んだことがなかったが、確か日経新聞でエッセイ連載をしていたことがあって、読みやすい文体でテーマの切り取り方も好きだった。だからこの本が直木賞をとって話題になったときに読みたいと思っていたのだが、何だか読みそびれていたのは、伝え聞こえてきた物語の断片が何だかつまらなそうだったから。専業主婦が働きに出て…みたいな平凡な話ぽくて、しかも私のそれこそ対岸にある生き方だし…と。でもそれはいい意味で裏切られたかな?

『対岸の彼女』  角田光代 文藝春秋

伝え聞いた内容だと考えてみたら長編で話が持つわけはないもの。引っ張るだけのことは十分にある読み応えだった。物語は専業主婦の小夜子が公園ジプシーの日々に嫌気がさし、働きに出るところから始まる。こう書くと、ここだけを読んで、私が最初抱いたように「つまらない話」と思う人もいるかもしれないが、この心理描写がうまい。小夜子の過去や性格を上手に絡め、日々に抱いている漠然とした憤りや不安を滲み出している。その小夜子を採用した会社の社長は、彼女と同い年、大学の同級生の葵(大学時代は接点がないので旧知の仲ではない)。彼女は独身。単純にまとめてしまえば、この2人の関係を描いた話なのだが、交わるようで交わらない心の襞が丁寧に描かれている。冷静に考えれば、リアルタイムでの物語展開上は衝撃的な出来事はほとんど起こらない。ミステリーではないので、刑事事件は起こらないし、徹底的に誰かと誰かが激しく争うこともないし、小夜子が離婚や浮気をすることもない。小夜子の夫は、すごくいいヤツではないのだが、嫌悪するほど悪いヤツでもない。姑は嫌味っぽいが、それでもこの程度のことはまあ…というレベル。若干特異なキャラは、葵なのだが、それでも「ありえないでしょ」って程ではない。

そういったリアリティのある出来事の積み重ねと、途中からは葵の過去の物語が交互にストーリーを形成していて、それでも飽きずに先へ先へと引っ張る原動力は何だろうと思う。

考えてみれば、この物語の主人公たちは私と同世代。そう私たちは歳はとるが成長は驚くほど遅い。子供の頃の性格や感情や思いをなんとなく引きずりながら、環境だけが徐々に変わっていき、肉体だけが徐々に衰えていき、明日への希望だけが徐々に失われていく。そこに激情を伴う悲しみはないけれど、切なくて空虚な思いを抱えている。多分そんな物語全体に流れる空気に引き込まれ、シンパシーを感じたのだ。