ハケンの品格

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中島美嘉
見えない星

日本テレビで1月10日(水)22:00から始まった『ハケンの品格』 を観ました。


こんな素材、ドラマになるのか?と番宣では半信半疑でしたが、キャラの濃さがリアルすぎる素材をうまく料理していて、単純に面白かったです。スポンサーに派遣会社が2社くらいついていたのは、ご愛嬌ということで。


通称スーパー派遣、時給3,000円の大前春子(篠原涼子)が大手食品会社にやってきます。就業時間キッカリしか働かない。飲みに行くなどの付き合い、部署以外の仕事、一切しない、いわゆるコミュニケーション能力はない、など、扱いづらいがパソコンは速い、お茶はうまく入れる、とにかく仕事と割り切ってやることについては超優秀で、直接事務職と関係ない資格もたくさん持っているというキャラです。彼女が今時いるのかってくらい、古臭いタイプの隣の課の東海林主任(大泉洋)、仕事はいまいちっぽいが気が小さく優しい直接の上司・里中(小泉孝太郎)などと関わっていくというのが、初回の展開。


リアルな素材だけに実際は突っ込みどころ満載。大前春子のオフィスでの仕事の能力は、まあこういう人もいるわな、という感じですが、西村知美じゃあるまいし、そんなに資格(フォークリフトとか)をとる暇があるなら、もう少し自分を活かせる働き方があるでしょう。里中のような社員はいるだろうが、30歳そこそこで東海林のような社員(派遣にやきそばパンを買いに行かせたり)、あまりいないよな…とか。そもそも入社当時の正社員中心の家族主義的な会社を懐かしんで、派遣を毛嫌いしているような台詞が出てきたけど、30歳だとしたら長くて社歴10年くらい。その時代、既に派遣社員がうじゃうじゃいたと思いますが…。リストラだって始まっていたし、本人だって氷河期入社では?最初にデータ的なことを出していたわりには設定がやや甘め。


でもまあ、篠原涼子が今回は結構はまり役かも。というか、篠原涼子をあてて書かれているような気も。東海林役も少し古臭い匂いのする大泉洋だから許せる部分も大きい。あと、突っ込みどころに目を潰れるのは、展開が結構面白いから。設定の現実性とドラマらしい非現実性(いきなりフォークリフトに乗った主人公が現れるとか)のバランスもいい感じです。


最近日テレの水曜日のこの枠、好きなドラマが多いです。ドラマはフジテレビのように言われていますが、最近のフジテレビのドラマって、どうも印象が薄い。月9の『東京タワー』 もちょっとだけ観たけど、速水もこみちを主役したことからして、もう結構という感じだった。2話目からは観ないと思う。そもそも『東京タワー』、2時間ドラマだけの映像化で十分だと思います。この時も大泉洋、結構はまっていました。リリーフランキー役は、せいぜい大泉洋くらいでしょう(バカにしているわけではなく、はまり役だったし、そもそも大泉洋は良い役者さんだと思います)。映画化も要りません。二匹目、三匹目のドジョウを狙うほどの話ではないと感じるのは私だけでしょうか。

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スウィーニー・トッド

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suini
楽しみにしていました。何しろ好きな市村正親さんと、一度は観てみたかった天才的な女優大竹しのぶさん、なんとなく好きな宮本亜門さん演出と、豪華なコラボレーション。これだけでも食指が動きますが、実話に基づいたホラーのような話。私はホラーは嫌いですが、この実話というのが大事。本当のことというだけで、急に観たくなります。ただ、実際は実話らしいというだけで、どうもはっきりしません。理髪師が復讐心から人を殺すところまでは理解できても、人肉のパイを本当に売っていたのだとしたらそれは凄すぎます。19世紀ってそんなに昔ではないだけに、かなり理解を超えています。


楽しみにしていたわりに、半年くらい前からチケットをとっていたので、年が明けてちょっと忘れかけていました。芝居やコンサートを観に行くのは本当に大変です。


『スウィーニー・トッド』  宮本亜門演出 市村正親/大竹しのぶ主演 於:日生劇場


舞台は19世紀のロンドン。好色なタービン判事(立川三貴)に妻に横恋慕され、無実の罪でシドニーに島流しにされた床屋・スウィーニー・トッド(市村正親)は、15年ぶりに脱獄。ロンドンに戻ってくる。ところが妻は自殺したと噂され、当時小さかった娘ジョアンナ(ソニン)は、当のタービンに軟禁されている。すっかり様相を変えていた街だが、唯一当時の床屋の1階にあったパイ屋は健在。女主人のミセス・ラヴェット(大竹しのぶ)は変わらずパイを焼いていた。しかし肉が高くて買えず、そのパイはロンドン一まずいと評判で客はさっぱり入っていない。再び2階でタービンとその片腕の小役人に復讐するために、ラヴェットの助けで店を始めるトッド。その復讐とは、床屋に客として彼らをおびき寄せ、彼らを刺殺すること…。ところが彼の過去を疑う人たちが次々と現れ、ターゲットの2人を殺す前に、多くの連続殺人を犯してしまう。死体の処理に困ったトッドとラヴェットは、その人肉をひき、パイの肉とすることを思いつく。その肉はおいしく、もともと腕は良かった床屋だけでなく、パイ屋も大評判になる。怪しげな脇役は、浮浪者の女。この女は二人の秘密を知っている風だが、常にラヴェットが施しをせずに追い返す。実はこの浮浪者が何者かはすぐにわかるが、ここにはこれ以上は書かないけど…。


ストーリーは決して難しくないのですが、第一幕、特に冒頭から群集役の人たちがよく歌うので、ストーリーをわかりにくくしています。台詞に曲をつけると、ソロでもわかりにくいことがありますが、多人数だとどんどんわからなくなります。無理にミュージカルらしい華やかさを演出する必要はなかったのでは?と思います。ただ、確かに全体に暗い話なので、途中少し眠気が襲うことも確か。そのために華を添えたのでしょうが、少人数でじっくり演じる場面の方が引き込まれて、眠気を覚ましました。


ところで大竹しのぶさん。怪演です。正直ミュージカル俳優である市村正親さんがかすむほどです。彼女はやはり凄い。この芝居はミュージカルであることを殊更意識して演じない方が良いのかもしれません。そしていつも意外にうまいと思うのが武田真治さん。今回も脇役だけれどキーパーソンを見事に演じきっていました。ずっと誰だかもわかりませんでした。小役人役の斎藤暁は出てきた瞬間から、誰かわかりましたが、この人は舞台ではいまいちだな、と思いました。滑舌が良くないのか、ちょっと台詞がわかりにくい。映像向きなのかもしれません。

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thankyou
日比谷でやっていた時から観たかったのですが、忙しくて思い叶わず、渋谷で年末から公開すると聞き、新年早々行ってきました。場内はガラガラ。ゆったり観られて、ちょっと得したかも。水曜日で1,000円だったし。でも1,800円出すほどでもないかも。


『サンキュー・スモーキング』  ジェイソン・ライトマン監督 アーロン・エッカート主演


今、世界的に嫌われモノ、特にアメリカではボロボロなタバコをPRするニック・ネイラー(アーロン・エッカート)の奮闘を描く。その話術のすごさがこの映画の中心だが、少なくとも英語が理解でき、できればアメリカ人のユーモアセンスや文化がわかってこそ、笑えるのかも。残念ながら私は笑えず、むしろ職業人としてのニックの悲哀さえ感じました。

しかし出張に別れた奥さんとの間の子どもを連れまわすところは悲哀というより、設定がアメリカ的で笑えました。また、この子どもがしっかり父親の影響を受けていて、すごい交渉術でディベートコンテストでも優勝します。なかなかいい親子関係だけど、やや映画的ファンタジーかなと。


全体的には悪くはなかったのだけど、その後すぐに「硫黄島からの手紙」を観てしまったので、何だか薄れてしまい、よく覚えていないのです。でもニックが息子と共に、出張ついでにタバコのために病気になったと訴訟を起こしている男を訪ねるシーンはなかかなおもしろかった。大金を前にしたときの人間の心理を絶品のユーモアを交えてうまく描かれているのです。この作品のストーリーをつくっている女性ジャーナリストの裏切りは、ちょっと陳腐でがっかりだっただけに、余計何気ないこの買収シーンが心に残りました。

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硫黄島からの手紙

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iouzima
ようやく観てきました。『父親たちの星条旗』は観ていませんが、ぜひこちらを観てみたいと思いました。

『硫黄島からの手紙』は、いわずと知れたクリント・イーストウッド監督の「硫黄島2部作」の日本側からの視点の作品で、日本では圧倒的にこちらの方が観られているようです(興行期間も長いですし)。でも勝者の視点というのも非常に重要だと、こちらを先に観たからこそ思いました。

ただ一つ言えることは、この映画は日本人では撮れないでしょう。欲を言えばこの作品はアメリカ人が撮り、『父親たちの星条旗』を日本人が撮って、どちらも秀作と言われたとき、本当に両国の関係は成熟したと言えるのでしょうが、それもまた現時点では不可能でしょう。『硫黄島からの手紙』は、アメリカ人が撮ったからこそ価値があり、また素直に感動できる。今回は作品としての素晴らしさもありますが、まずは企画がよくできていると思います。


『硫黄島からの手紙』  クリント・イーストウッド監督 渡辺謙/二宮和也主演


内容はもはや観ていない人にも周知でしょう。太平洋戦争末期に硫黄島を舞台に繰り広げられた36日間に及ぶ激しい戦闘が描かれています。本来兵力の違いから5日程度で終わるとされていたこの戦いに奇策をもって戦い抜かせたのは、当時の日本軍人としては稀な経歴の持ち主であるアメリカ留学経験のある栗林中将(渡辺謙)と、その良き理解者として支えた西中佐(伊原剛志)でした。この西中佐もまた、オリンピック選手として渡米経験があり、英語を話せる国際人。このストーリーは、彼らと身重の妻を残してきた元パン職人の若い兵士・西郷(二宮和也)の家族に送った手紙を軸に描かれるが、手紙は重要なモチーフではあるが、必ずしも必要ではありません。重要なのは日米の兵士ともに家族を気遣い、また気遣われながら、それでも国のために戦い抜いた戦争の事実です。

だから戦争はいけない、悲惨だ、やめようというのは、簡単だけれど、今なお人は世界で戦っています。私は必ずしも人にとってもっとも重要なものは家族だとは思いません。だからといって戦争賛美者ではないが、家族、愛する者だけが、戦争を抑止したり、戦争の悲惨さを伝えることのできるギミックにはなり得ないのです。

例えば9.11のテロの時も、家族の悲しみが大きくとり上げられたが、だからといってアメリカや各国は戦争をやめなかった。むしろ戦う原動力になっていたように思います。

愛以外に何が戦争を止めることをできるのか、私たちはまだなおその答えにはたどりついていません。おそらくこの映画の後にも戦争映画はつくられるでしょうし、つくられるべきだとも思います。できれば日本人がこの映画を超える戦争を総括する映画を、国際的に通用する映画を撮る、そのことが敗戦国として、少なくとも60年以上戦争をしていない国としての役目なのかもしれません。だからこの映画は太平洋戦争を描いた映画の最高峰であってはいけない。でも少なくもと私がこれまで観た太平洋戦争を描いた映画の中では傑作でした。