最近のアメリカドラマブームで、枕詞につくのは「24-TWENTY FOUR- を超えた~」。つまり24がいちばんおもしろいということ。でもシーズンⅣが出るまでまったく観ていなかったのだが、まんまとはまった次第。


まずこのトリロジーボックスを購入↓

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
24 -TWENTY FOUR- トリロジーBOX (初回限定生産)

借り続けるより少し高いくらいまで値段が下がっていたので、購入。いつでも観られるし、と思ったが、1本目を観だすと次が観たくなる麻薬のようなおもしろさ。スピーディな緊迫感が半端ではない。普通こんな24時間を送ったら、人間死んじゃうよと思いながらも、ウソっぽさをそれほど感じないのは、役者の演技力とセットや撮影、演出技術か。それでもハリウッド映画に比べると、格段予算がないらしく(結果的にヒットしたので儲かっただろうが)、撮影クルーも1回こっきりの爆破シーンなど、緊張感を伴うらしい。


内容は言わずとしれたテロ対策ユニットCTUロス支局(CTUは架空の組織だが、FBI、CIAなど実在組織もストーリーには組み込まれている)が舞台。ジャック・バウアー(キーファー・サザーランド)が中心に、数々のテロに立ち向かうというもの。同時多発テロとタイミングよく製作・発表されたシーズンⅠは、大統領候補者の暗殺計画というほかのシーズンに比べると甘いものだったが、現実とリンクしてどんどんエスカレート。それでもこの作品がアメリカ以外でも評価されるのは、現実と一線を引いていることはもとより、必ずしもヒロイズムを強調していないからだろう。ジャックを単なるヒーローだと評価する人もいるが、作戦の失敗も多く、仲間までも殺してしまう葛藤も経験し、自身も傷つく姿は、共感を呼ぶ半面、むしろ敵側にシンパシーを感じる人もいるのではないかと思う。決して単なるヒーローとして描いているとは思えない。ただ、主人公なので、途中で死ぬことはないけど。


ところでシーズンⅠの話↓

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
24 -TWENTY FOUR- シーズン1 DVDコレクターズ・ボックス

第1作は2作目以降に比べると、女性受けする内容。これがいちばん好きだという女性も多い。

テロのテーマが暗殺と、比較的ソフトな題材のうえ、ジャックと妻と娘の関係が中心に描かれる。ただ、私はシーズンⅡがいちばん安心して観られたかな。


シーズンⅠは、この後のシーズンでもキーパーソンとなる米国初の黒人大統領デイビット・パーマーの暗殺計画。以前ジャックもかかわったアフリカでの作戦の指揮官だったということで、ジャックともども標的となる。前半はジャックの妻と娘が誘拐されたことによる救出作戦、後半は犯人逮捕に向けて奔走する。


24はすべてのシーズンにおいて人物配置が秀逸だが、シーズンⅠで唯一納得しづらいのが内通者(特に主役級の人の方)の存在。設定としてはずっとCTUの重要ポジションで働いているのに、まったく気づかれず、しかも複数の男性と関係まで持っているというのは、ちょっとウソっぽい。まあ、絵空事としてはおもしろいけれど、矛盾を感じて逆に緊張感をそがれてしまった。彼女に関しては、悪役として出てくるシーズンⅡとⅢの方がリアリティがあった。


あとは人間らしいジャックをもっとも見られたことが、Ⅰの良いところ。それだけにラストシーンは衝撃的。最後の最後まで息が抜けないのが、このシリーズの魅力でもあるが、さすがにハッピーエンド案も考えられたらしい。どっちも捨てがたいが、甘い女性感情としては、ハッピーエンドであってほしかったという気持ちもあった。でもⅡ以降にジャックの感情をスムーズにつなげるには、製作者としては選択の余地はなかったのかもしれない。


とにかくシーンに最初から最後まで無駄がない。脚本も素晴らしい。日本の連ドラが子どもっぽく思えてしまう。テーマがテーマだけに眉をひそめる人もいると思うが、エンターテインメントとしては最高の出来ではないかと思う。

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united


いわずと知れた9.11同時多発テロを描いたもの。唯一建物に激突せずに墜落したユナイテッド93 便に焦点を当てたものだ。シーンの大半は機内と管制塔の緊迫した様子が描かれている。


もうかなり長い間ロードショーをやっているところをみると、人気があるのだろう。しかも時節柄ちょうど5年で、これから先も「ワールドトレードセンター」 など、関連映画が公開される。でもこういう映画って、けなせないという心理が働いていると思う。けなすならとことんけなす。つまり政治的に反対の立場をとらない限り(つまりテロはアメリカの自作自演という)、こういう悲劇のドキュメンタリータッチの映画は心情的にけなせない。


でもあえていえば、私は見て損したという気持ち。別に政治的に反対の立場ではないし、あのテロで犠牲になったアメリカをはじめ、世界各国の罪のない犠牲者のかたがたには心から気の毒に思う。でも映画としての価値がなさすぎると感じたのだ。映画としては唯一の救いは、むしろ犯人側の人間性や心情が垣間見えたことくらい。でもそれすらが浅い。


もちろんこれは事実を描いているから、誇張できないし、できるだけ客観的にしようとしているのはわかるが、映画としては中途半端。辛らつに書くと、安い再現ドラマを見せられた感じ。安くないのはテーマと素材だけだ。ドキュメンタリーなら、本来事実に忠実でなければと思うが、乗客の外部との交信や回収された証拠の品々から、断片的な情報から蓄積されたものでしかなく、本当のところ深くはわからない。かといって、フィクションでは意味がない素材だ。また、フィクションにするとプロパガンダと言われる。だからギリギリの勝負だったのだと思うけど、見せられる側としては「だからどうなの?」と思う。


巻き込まれた人々がどんなに恐ろしかったか、緊迫したか、悲しかったかは、あえて表層的に見せられなくても想像できる。映画として見せるなら、やっぱり心情が描かれないと説得力がない。ニュースや知識としてあの日あったことを、というのなら映画で見せられなくても、テレビや数々の書籍で十分の情報量がある。映画で描く意味がいまひとつわからない。


「ワールドトレードセンター」 は、陸地の人間ドラマなので、こちらには期待したいと思う。

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mach


『マッチポイント』  ウディ・アレン監督 ジョナサン・リース・メイヤーズ/スカーレット・ヨハンソン主演


ウディ・アレンの作品の上品な古臭さは結構好き。しかも今回は舞台がロンドン、サスペンスということで、余計にそそられるものがあった。でもニューヨークがレトロに描かれるのと、ロンドンがレトロに描かれるのは少し趣が違う。ヨーロッパだからって、即上流階級、しかも別荘でポロやテニス、猟というのは、あまりにステレオタイプすぎないか…というのが最初の印象。


物語は元プロのテニスプレーヤーだった主人公クリスが、高級会員制テニスクラブでコーチの仕事を始めるところからスタートする。そこに客として現れた同世代の大富豪の息子・トムと出会い、お互い趣味がオペラ(←クリスのオペラ趣味は多分ウソ)ということで急速に仲良くなる。トムの妹・クロエを紹介され、とんとん拍子に婚約。しかもトムとクロエの父親の会社に入り、出世街道を歩む。ところがトムの恋人であるアメリカ人のノラは、超セクシーな挑発的美人。やがてトムの母親に嫌われていたノラは、トムと別れることになる。そしてトムは別の女性とめでたく結婚、子どもまでできる。その頃、偶然再会したクリスとノラは、危険な不倫の道へ突き進み…。


あまりにありがちな設定。そしてサスペンスを期待しても、その要素は後半に凝縮されていて、前半はここに書いたような話がわりと淡々と進んでいく。ウディ・アレン特有のコメディ的要素も少ない。


ただ、ただ、偶然の積み重ねだ。偶然に偶然を重ね、常に幸運に恵まれているクリスは、最後まで社会的に抹殺されることはない。むしろ上り調子のままだ。もちろんだからといって、罪の意識から解放されるわけではない。ただ表面的にはマッチポイントをモノにし続けるわけだ。


確かにその切り口やラストの味わいは、ウディ・アレンの持ち味そのものだし、この部分は良いと思う。オペラをモチーフというか、演出の要としているので、設定の古臭さも趣として捉えることができなくもないが、ただあとひとひねりほしかったというのが正直なところ。世の中は偶然だらけだけど、ご都合主義的に積み重ねすぎるとウソになる。ここのさじ加減が難しい。今回の作品ではちょっと偶然がご都合主義に思えた。ラストの偶然はおもしろいと思うが、もう少し再会の仕方に意図的なものがあっても良かった。そこと前半の冗長さが残念に思えた。

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ライブ評-11【壁抜け男】

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『壁抜け男』 (劇団四季) アラン・サックス演出/石丸幹二主演 於:自由劇場


こじんまりとしたオシャレな芝居ではあったのだけど、ストーリー的にはちょっとついていかなかったというのが正直な感想。


「壁抜け男」は、その名の通り、ある日自分が壁を自由自在に抜けられるようになった元々は郵政省勤務の平凡な公務員の話。ちなみに舞台は戦後すぐのパリ。民営化される現代日本の話ではありません。


まあ、着想はある日透明人間になったら?という世界観に近いものがあるが、それよりせこい感じ。すぐに主人公が思いつくのは、宝石泥棒なのだから。ここがいまいち理解しがたい部分。考えることが単純すぎて…。主軸は暴君のような検事の夫に家に閉じ込められている美女との恋物語なのだが、これも何だか希薄な話。壁を抜けられることで、貸金庫から手に入れたその夫の不正を暴く書類を盾に戦うのだから、むしろ主人公の方が卑怯じゃないの…と思ってしまう。


これでキャッチコピーで「全ての人を幸福にするミュージカル」と言われても、フランスのエスプリとやらがわからなくなってしまう。音楽もメインの曲はとてもシンプルで良かったけれど、他はあまり印象に残らなかった。


雰囲気は悪くないのだけど、原作が私には向かなかった。劇団四季はもちろん小品でも圧倒的な安定感で料金並みの価値はあると思うが、やっぱり大作をやるべき劇団だと改めて感じた。

マルセル エイメ, Marcel Ayme, 長島 良三
壁抜け男
これ、普通(…じゃないか!)のラブストーリーなのに、タイトルがコワい。ほぼ原題忠実なのだけど、バージンが童貞になると、なんか生っぽく気持ち悪くなってしまう。確かに下ネタは満載だけど、エッチな映画ではない。ドラマでやっている「結婚できない男」を生々しくした感じというか、主人公を少しドレスダウンさせた感じというか。だって、結婚できない男、阿部寛が建築設計事務所の所長なら、多少変わった性格でも、彼女くらいできるもの、普通に。その点、この映画の主人公はスティーヴ・カレル(まあ、ブ男ではないが)だし、仕事は家電量販店勤務だし、いわゆる3高(←古い!)男ではない。

『40歳の童貞男』  ジャド・アバトウ監督 スティーヴ・カレル主演


今年40歳になるアンディ(スティーヴ・カレル)は、いまだ童貞。フィギアとテレビゲームに囲まれているところは、日本のオタクに通じるところもある。自転車で家電量販店に通い、裏方として商品管理の仕事をしている。いわゆるオタクと違うのは、明るく付き合いもよく、結構普通にもてることである。これって、もしかしたら、アメリカ人が日本の風俗を少し参考にしているのではないかと思う。表層的にはとり入れたけど、キャラまで描ききれなかったという感じ。だって、単に主人公の趣味だけではなく、デートで日本食を食べに行って、バースデーに「幸せなら手をたたこう」を歌ってもらったり、脱毛エステの掛け声が「いち、にっ、さん」だったり、ところどころに“Japan”が顔を出す。


まぁ、それはいいとして、そんなアンディは童貞であることを隠していたのだけど、ある日、ひょんなことから同僚たちにバレてしまう。彼らのキャラも最高で、翌日からいかにアンディに童貞喪失をさせるかに力を尽くす。単にからかってということではなく、結構みんな真剣でいいヤツばかり。常識的とはいえないが…。


そんなある日、向かいでショップを経営している女性・トリシュ(キャサリン・キーナー)が店にやってくる。なぜか恋に落ちるが、彼女は3人の子持ち+1人の孫持ち。歳がいくつかははっきりしないが、とても早熟な女とおくてな男の組み合わせである。まあ、結果的にはハッピーエンドなのだけど、最初は童貞を隠しているものだから、誤解に誤解をよんで…。


基本的にコメディだけど、ラブストーリーとしてもみられる。前半やや退屈したけれど、トリシュと知り合い、彼女の娘が出てきたあたりからおもしろくなる。押し付けがましくない程度に、セックスって何?ってことも考えさせてくれるし…。多分男でも女でもこういう人ってもっと本当はいると思うけど、絶対表に出せない雰囲気がある。でも本当はそんなに恥ずかしいことじゃないと思える。小品といえば小品だけど、よくできた大人のコメディ映画。なぜたった1館、しかも豊島園の上映なのか、謎だ。

ライブ評-10【詩人の恋】

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『詩人の恋』 (加藤健一事務所) 久世龍之介演出/加藤健一 畠中 洋主演 於:本多劇場


加藤健一さんが好きに観に行ったこの作品。

不安は彼が歌を歌うということ。どうしてもイメージできなかった。

でも思いのほかうまかった。しかもドイツ語の歌詞だと思うのだけど、違和感なかった。さすがです。

何でも3年間練習しているそうで、本当にこの人は舞台人だと思った。


物語は音楽の都「ウィーン」、1980年代で既に戦争の爪あとは浄化されつつある頃。

落ちぶれたアル中気味の声楽家マシュカン教授(加藤健一)は、かつて神童といわれたピアニストのスティーブン(畠中 洋)を教えることになる。スティーブンもまたスランプに陥っていた。

反発するスティーブンにマシュカン教授は、シューマンの連作歌曲「詩人の恋」を課題にした。

この2人が徐々に理解しあっていく過程では、やはりヒトラー時代のユダヤの問題がテーマになっていた。

2人とも実はユダヤ人だったということだ。


格調高く、でもユーモアもあり、本当に良い芝居だと思うが、加藤健一事務所以外は演じていないのだという。ユダヤの問題であることが日本人にはわかりにくいのでは?という見解もあるが、おそらく日本人がこのテーマを演じることに違和感があるからではないかと思う。どうも入り込めなかったのはこの1点だ。しかも歌唱も含め、部分的にドイツ語が使われたので余計だ。この点だけは私もちょっと否めなかったのだけど、全体としては満足な内容。


しかし本多劇場って、今となっては古い。スタバが小さく出店していた(常時じゃないかも)のは、びっくりしたけど、それ以外は必ずしも快適とは言えなくなっている。トイレの数も少なく、座席も狭い。往年の芝居ファンからは、それが良いところといわれるかもしれないけど。

ゲルハーヘル(クリスティアン), フーバー(ゲロルド), シューマン
詩人の恋~シューマン歌曲集

オムニバス(クラシック), ドレスデン国立歌劇場管弦楽団, サヴァリッシュ(ヴォルフガング), シューマン, フィルハーモニア管弦楽団, ムーティ(リッカルド), クリュイタンス(アンドレ), リヒテル(スヴャトスラフ), モンテ・カルロ国立歌劇場管弦楽団, マタチッチ(ロブロ・フォン)

コンポーザーズ・エヴァー!シューマン

アレクサンドル ソクーロフ, Aleksander Sokurov
映画『太陽』オフィシャルブック

これはどういう感想を持てば良いのか。ちょっと戸惑う。こういう映画がドキュメンタリー以外の手法で製作されることに、どこまでを客観的に真実と捉えるべきか、どこから先が誇張なのか、嘘なのか、その判断が難しい。

いずれにしても、圧巻なのは映像美だろう。

モノクロでもない、カラーとも言い切れない。この時代のこの国と、宮中を哀感豊かなカメラワークと美術で、一貫したトーンで描ききっている。そして何よりもギリギリまで挑戦しきったにちがいない、イッセー尾形の演技。

その2点だけでも素晴らしい映画だとは思う。


『太陽-The Sun-』  アレクサンドル・ソクーロフ監督 イッセー尾形主演


昭和天皇の人間宣言を中心に客観的に描いた、多分最初の映画だと思う。

例えばヒトラーは、随分映画化されているが、外国人の目で描いた場合も、批判的に描かれている。日本の天皇に関しては、いわゆる独裁者や戦犯的位置づけでは、世界のコンセンサスとしてないのでこうなったのだろうが、かなり敬意をもった描き方である。もちろんユニークすぎる人柄の描写は、違和感を持つ日本人も多いだろうし、侮蔑だと考える人もいるだろう。


でもここに描かれている天皇を(それが誇張や嘘が含まれていても、あくまで映画のなかの天皇を…という意味)憎んだり嫌ったりする人はそんなにいないと思うのだ。外国人が描いていながら、日本人の心情に寄り添っている部分がかなりある。そこがまたこの映画の素晴らしさである。


また、映画の感想以外で感じたのは、天皇として生きることは、本当に重過ぎる宿命で楽ではないということ。こういう作品を観ると、軽々しく皇位継承権の話や、もっと言えば皇室のスキャンダルめいた話を誰もが口にする、今の世の中が平和であるということも言えるが、一方ではあまりに軽率でもあると考えたりもする。それは何も天皇を尊敬すべきものとか、不敬だとかそういうことではなくて、深みがないと思う。天皇家には今も昔も、本来人間に与えられている(少なくとも今の世の中では)、最低限の自由がないのだから。一般庶民も自由がないと言う人がいるかもしれないが、与えられている自由の幅は、明らかに国民の方がある。


この映画の終盤で、人間宣言の録音技師が自決したことを侍従から聞き、「止めなかったのか」と声を荒げたが、「いいえ」という侍従の言葉に何も言えず立ち去ったシーンには胸が詰まった。

TLIP
おいしい殺し方 A Delicious Way to Kill 特別版

インターネット放送とBSフジで評判だったものが劇場版になって登場。2週間限定のレイトショー上映ということで、ネットもBSもどちらも観ていないけど、行ってきた。シネマGAGA! っていう、渋谷の映画館も初めて行ったけれど、思いのほかいい映画館だった。今さらながら渋谷の映画館の多さにはビックリ。

肝心の内容は、ミステリーコメディで、深みはないけれど実験的内容としてはまあ退屈はしない。謎解きなどに新鮮味はないので、ミステリーファンには物足りないと思うが…。


『おいしい殺し方』  ケラリーノ・サンドロヴィッチ監督・脚本 奥菜 恵主演


ストーリーは料理が下手でもてない小学校教員の消崎ユカ(奥菜 恵)が、習いに出かけたカリスマ料理研究家・東大寺が講師をする料理教室に通いだすことから始まる。その料理研究家がある日自殺をすることから、ユカと小学校の教頭の奥さん・白石カナ(犬山イヌコ)とその友人・山内の3人が行き当たりばったりの捜査に乗り出す。

ちょうど自殺した日にユカが東大寺からメールをもらっていたことから、ユカに振られた東大寺がヤケになったと勘違いし、真相究明に乗り出すというのが探偵ゴッコの大義名分になっている。

だけどまあ、あんまり筋書きとか、謎解きは重要ではないと思う。おもしろいのは、舞台を主に活躍の場としている役者たちの大げさだけどコミカルな演技。また、素のキャラクターそのものが映画やテレビのタレントにはない、リアリティというか迫力があるので、見ごたえがある。特に太ったオバサン・山内役の池谷のぶえさんは、いかにも舞台人という感じ。あの顔ぶれは、メジャー映画にはムリだろう。

正統派の映画を見慣れていると、どうもついていけない箇所があるのだが、たまにちょっと変わった軽い作品を観たい時にはいいかもしれない。既にDVDも発売されている。こちらで十分だと思う。実際フィルムではないので、映画館だとちょっと視覚的に違和感がある。