mother

マザー・テレサについて、きちんと映画化されたのは初めてらしい。ちょっと意外だった。もちろんドキュメンタリーでは何度もとり上げられたのだろうが、考えてみれば没後まだそれほど経っていない。2003年製作だから、準備期間を考えれば満を持してようやく…といったところか。

久しぶりに映画を観ながら、涙が出た。決して過度に演出しているとは思わない。ややメリハリに欠けるくらい、淡々と描かれているし、オリビア・ハッセーの演技も適度に抑制されている。それでも真実の力は強いし、フィクションからみればズルイとも言えるかも。キレイに描きすぎという向きもあろうが、少なくともまったくのフィクションで、「彼女のような人」を描いたとしても、誰も感動しないと思う。そう考えれば真実は偉大であり、映画やドラマをつくる者からみれば「ズルイ」かもしれない。


『マザー・テレサ』  ファブリッツィオ・コスタ監督/オリビア・ハッセー主演

マザー・テレサがカトリック・スクールで教鞭をとる生活から一変、強い意思により宗教の垣根を越えて、街に出て貧しく恵まれない人々、病に苦しむ人々とともに生きていく。自ら宣教者会を設立し、共に暮らす施設や村をつくり、晩年にはノーベル平和賞を受賞、そして亡くなる直前までが丁寧に描かれている。とはいっても、いかにも足跡だけをなぞった伝記という感じではなく、きちんとドラマもあるので、2時間退屈せずに見られる。従って、どこまでが真実で、どこからが脚色という疑念はなくもないが、映画としての完成度は高い。

抵抗勢力の行政や市民などの適役や詐欺まがいの義援金提供者も出てくるが、彼女の信念を支える支援者も数多く出てくる。正しいことはどんな時代にも100%支持されないが、100%否定されることもないことを教えられる。抵抗勢力は継続しないが、支持者はすべてではないが、多くは生涯彼女の力になったことが本当に救われる。

「私たちの行いは大河の一滴にすぎない。けれども何もしなければ、その一滴は永遠に失われる。」

確かにマザー・テレサの没後も、世界ではまだ多くの人々が苦しんでいる。彼女は劇的に世界を変えたわけではない。でもこれからも彼女の意思を引き継ぎ、彼女ほどでなくても、不遇な人々に心を砕き、手を差しのべられる人が多く出てくることが、マザー・テレサが後世に残した最大の贈り物になる。

映画館もほとんど満席のようで、このテーマへの関心の深さがあらわれている。私もこの映画はおすすめ。久々に見ごたえがある映画に出会えた感じ。


*読みたくなりました↓

シャーロット グレイ, 橘高 弓枝
マザー・テレサ―世界のもっとも貧しい人々をたすけた、“神の愛の宣教者会”の修道女
間所 ひさこ, たかはし きよし, 沖 守弘
マザー・テレサ

マザー・テレサ, 片柳 弘史

聖なる者となりなさい―マザー・テレサの生き方

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hutari

フランソワ・オゾンの作品だったから期待して行った。しかも2回も振られた。シネシャンテが全席指定制で2回も完売だったのだ。こうなると期待は否応なく膨らむ。私の中でやっぱりオゾン作品でいちばん好きなのは、「8人の女たち」 。これを超えるか?いや、そんな贅沢は言わない。超えなくても、同じくらいでも、少しくらいは届かなくても…。

そして結果は、途中眠くなった。前の日台風と仕事で、眠れなかったからかもしれないけど、それにしても。最近は映画を観る前に情報が多すぎて、わかって観てしまう部分があるけど、本当はもったいないことだと思う。だから、これは前知識を入れなかった。そしたらわからなかった、序盤。何がしたいんだか。でもわかっても、時系列を逆さにしたらイイってもんじゃないでしょって、単純にそう思った。


『ふたりの5つの分かれ路』  フランソワ・オゾン監督・脚本/ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ主演

この映画は主人公の男と女、ジルとマリオンの離婚調停のシーンから始まる。機械的に、法律的に、さまざまなことが決められて、離婚と相成ったのだが、その直後のシーンが2人のベッドシーン。ここでまずカラクリ(構成)が見えていないものだから、驚いたわけだ。でもすごく面白いな~と思った。ここまでは…。離婚してもカラダが離れない男と女って、あるんじゃないかな、そういう世界観ってすごいな、と。でもこれは大いなる勘違いだったわけで…。そして次のシーンは結婚生活。子どもと夫婦が3人で暮らしている、そして結婚式、出会いと続く。そう、時計がさかさまになっているだけなのだ。

わかるよ、この映画が言いたいことは。でも面白くない。一刀両断に切れば、まともな時間軸でやって、例えば面白くないと想定される映画は、さかさまにしても面白くない。むしろ、突飛さが本来男と女に流れるであろう、心の機微の描写まで、観念的になることで、伝わってこない気がしてならない。確かに運命的に出会い、愛し合っていた男と女の別れを冒頭に見せられるというのは、ある意味衝撃で意味性はあると思うのだが、それだけじゃないかと。1回しか使えない手だと思う。

私的には、2度振られてまで観た甲斐はなく、1時間半が長く感じた。映像と音楽の雰囲気はすごく好きなのだけど、狭いシネシャンテの座席で観ると、それだけの魅力ではちょっとつらい。


*こっちをもう一度観たい↓


ジェネオン エンタテインメント
8人の女たち デラックス版

ジェネオン エンタテインメント

8人の女たち プレミアムBOX

東北新社

スイミング・プール 無修正版

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bokoku

キャストが豪華すぎるでしょ。しかも男ばっかり。どうでもイイことみたいだけど、著名人ばかり出すと、視点が散ってしまうということもある。みんな重要な役割だと思うと、それぞれの背景が気になってしまう。そうすると2時間で収められないから、結局みんな薄っぺらになる。それで結局、誰が人間としていちばん印象に残ったかというと、背景も何も関係がない政治家の面々。特に内閣総理大臣(原田芳雄)。役柄も妙に冷静でいいヤツだったりして。それと小泉さんならどうするだろうなんて、余計なことを考えたりした。

肝心の中身だけど、前評判、私の周りでは悪かった。期待して行かなかったからか、そんなに外れって感じではない。少なくとも「戦国自衛隊」よりも、もちろん「宇宙戦争」よりもよかった。戦闘・アクション系では、最近ではヒットかもしれない。人間の背景がよくわからず、薄っぺらなことを除いては…。どうもそのためには原作を読まないといけないらしい。


『亡国のイージス』  阪本順治監督/真田広之・寺尾聰・佐藤浩市・中井貴一主演

簡単に言うと、某国(想定はミエミエ)の工作員ヨンファ(中井貴一)とそれに共謀する副長の宮津(寺尾聰)以下の部下に、海上自衛隊のイージス艦が乗っ取られ、東京が攻撃される危機にさらされる。それを伍長である仙石(真田広之)と如月(勝地涼)がそれぞれの立場で守るという話。

見ていてちょっとつらいな~と思ったのは、2時間という限界と登場人物の多さから、人間の深い部分、それぞれに行動をさせる本当の理由みたいなものがちゃんと納得できなかったこと。ヨンファの事情はなんとなくわかるとして、肝心の日本人たち。宮津の恨みや悲しさはありがちの設定ではあるけれど、一応説明はついているとして、如月の事情も今ひとつわかりにくかったし、それ以外の部下に至ってはなんのために大挙して、副長に同調したのかさっぱりわからない。日本のありかたを憂えたり、問うたりするほどの強さも、堅い意思も伝わってこず(キャスティングの失敗かも)、命をかける意味が弱い。それと某国側の女性工作員も原作では意味があるらしいが、映画では描ききれていないので、男ばかりだとむさ苦しいからムリムリ入れたように感じる。

じゃあ、何が良かったのか?時々イイ台詞があった。強い意思を感じる台詞が散りばめられていた。今の日本の危うさを語る台詞もあった。

「平和は、戦争と戦争の隙間にある」(ちょっとニュアンスやフレーズは違っているかも)

さりげない語りだけど、心に残った。そう、今でも世界のどこかで、決して狭くはない範囲で戦闘は繰り広げられている。戦争が日常の国がある。

久々に原作を読んでみたいと思わせる映画だった。

福井 晴敏
亡国のイージス
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山田 真哉
さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学
私にとって会計とは?小さな会社をやっているので、自分で会計ソフトにお小遣い感覚で入力くらいする。税理士の指示通り、税金は預かり金とか、一応科目分けもするし、貸方、借方もいまいちちゃんと理解していないが振り分けている。これを簿記をしているといっていいのか?自慢ではないが、決算などできない。自分の会社の決算書もちゃんと見たことはない。こんなこと間違っても、オフィシャルサイトには書けない。でも関心はある。関心はあるから、この本を読んでみた。少しはこれで会計を理解できるか?

『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学』  山田真哉 光文社新書

結論から言って、私程度でも「よく知っている」から「まったく知らない」まで5段階に成績表をつけたとすれば、最低でも2か、まあ普通に3くらいの感じなのだろう。このレベルでも勉強をするつもりで、この本を読んでしまうと物足りないことは間違いない。1~2くらいの人向けだ。売掛金とか売上とか、多少高度でキャッシュフローとか、そういう基礎的な会計用語を日常的な疑問と絡めてわかりやすく解説する。その一例が「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」で、この疑問以外にも「ベッドタウンの高級フランス料理店の謎」とか、「あの人はなぜいつも割り勘の支払い役になるのか?」とか、いろいろある。ちなみにさおだけ屋の謎は、「利益の出し方」の説明に使われ、割り勘役の謎は「キャッシュフロー」の謎に使われる。

読み物としてはとても面白いが、あくまで会計の初歩の初歩として捉えた方がよさそう。ただ、もう少し進んだ段階のことを書いている別の著書も文中で紹介している。商売上手な会計士である。最近は弁護士といい、会計士といい、ある種のエンターテイナーでないと、アタマ一つ出られないのかもしれない。

この本は薄くて安いので、通勤t電車の中で気軽にアタマの体操くらいの感じで読むにはちょうどいい。そういう点ではおすすめ。


*こちらもどうぞ↓

石井 和人, 山田 真哉
非常識会計学!―世界一シンプルな会計理論
山田 真哉
<女子大生会計士の事件簿>世界一感動する会計の本です[簿記・経理入門]
山田 真哉, 宮崎 剛, 緒方 美樹
図解 山田真哉の 結構使える! つまみ食い「新会社法」

ドラマ評-1【女王の教室】

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最近は映画を観ても「震える」ような展開を見せつけられることは皆無と言ってもいい。今日久しぶりにドラマを観て震えた。このドラマは初回からずっと観ている。正直最初は否定的、というより、怖かった。何を考えて日本テレビはこの作品をオンエアしているのだろうと疑った。「あり得ない」というのが正直な感想。単なる批判ではない。少しでもテレビドラマ制作のセオリーを知っていれば、これは冒険。『水戸黄門』まで極端じゃなくても、基本的にプライムタイムのテレビドラマは勧善懲悪なのだ。犯罪者であっても、主人公はどこかイイ人でなくてはいけない。それが視聴者、強いてはスポンサー満足につながる。そしてわかりやすくなくてはいけない。予定調和とバカにされても、ある程度ドラマのセオリーを知っている人には展開が予想できるくらいがちょうどいい。ところがこのドラマはそんなセオリーの反対側にある。ましてや舞台は小学校。普通のドラマ以上にさわやかでなくてはならないシチュエーションなのに…。


『女王の教室』  日本テレビ土曜21時00分~


いろいろなサイトで紹介されているので、これまでの話の詳細は省略する。前回までの展開はとにかく1人の女の子が教師(天海祐希)にもクラスメートにもいじめられまくる。挙句に他のクラスメートが犯した財布を盗むという罪までかぶってしまう。今日の展開は、その真犯人の女の子が最初は教師に「本当のことをばらさないから、自分のスパイになれ」と言われ、クラスメートのある種内部告発者になるのだが、結果的にそのことがクラス全員にバレる。追い詰められたその子が教室に火をつけようとするのをカラダを張って、教師が止めるという展開。その際の女の子と教師の台詞の応酬が圧巻。片や、12歳の子どもをここまで追い詰めるのはおかしいという子ども。教師は子どもだからといって、何でも親や学校や友だちのせいにして、自分で自分の人生の責任をとろうとしないその子を強く批判する。

全体のドラマの展開や教師のありようを現実にはあり得ないと批判する人も多いようだが、確かに実際はそうだと思うが、この台詞の応酬、やりとり、シチュエーションをドラマにしているだけでもすごい。この展開を考え、臆せずオンエアしているだけでも…。現実社会で、小学6年生が同級生を刺し殺す事件が起こっている。追い詰められた子どもが教室に火をつけようとすることは、非現実的でもなんでもなく、むしろ生ぬるいくらいだ。それでもフィクションの世界ではそういうことに目を背け、キレイごとを描いて、事なかれ主義を貫き通している。このドラマの教師もある面ではキレイごとで、表面的には冷血なイメージで描いているが、実際に自分の私生活の一切を犠牲にして、個々の児童の私生活や行いの隅々まで把握している教師はいないと思う。

私が考えるのは、ドラマがリアリティがあるかどうかということではなくて、人間を深く、薄ら暗い部分まで描いていることがすごいと思うし、観る側に意味を与えてくれると思う。そういう意味でこのドラマは、連ドラでは久しぶりに私の中ではヒット。打ち切り希望という声も出ているらしいが、もしこういうドラマが視聴者の声で打ち切られるなら、やっぱり事なかれ主義の甘いドラマか、マンガ原作の本当に非現実的なファンタジーしか残らないように思うのだが…。

余談だが、これまでドラマでイイ印象がなかった日テレのドラマが軒並み面白い。

藤原 伊織
シリウスの道

男性作家のハードボイルド系は苦手なのだが、この人の作品は別。“テロリストのパラソル” 以来のファンだが、あまり作品が出ないのでつい忘れがち。今回読んだ“シリウスの道”は、たまに読む週刊文春に連載されていたのだが、何しろ“たま”なので読み飛ばしていた。だから単行本を見つけ、思わず買ってしまった。この人の作品がハードボイルド系の例外なのは、全体に静かなのだ。暴力シーンも出てくるが、人物描写がしっかりしているので、むやみやたらに暴れている印象はない。今回も同様。主人公はアウトローなのだが、本質的には組織人で、寸でのところではみ出てしまわないところに、妙なリアリティがあり共感できる。


『シリウスの道』  藤原伊織 文藝春秋

この話には2本の柱がある。主人公の辰村が中学生の頃に過ごした大阪での思い出と、彼を入れて3人の中学生の間で起こった衝撃的な出来事。もう一つの柱は、40歳近くなった辰村が勤めている広告代理店で、1つの大手クライアントのコンペをめぐる職場の人間模様。この2つの柱が見事に絡み合い…と言いたいところだが、大して絡み合わない。中学時代の友人の1人(女)と、クライアントの二代目役員が婚姻関係にあり、その役員も登場するが、大した役柄ではない。これはこれ、それはそれ、といった感じ。

それでも面白いし、一気に読める。部分的に不満点はあるのだが、それを少なくとも読んでいる時には忘れさせるだけの確かな筆力と、職場描写のリアリティ、登場人物の魅力がある。

私は広告代理店のことを多少なりとも知っているので、やや誇張があることは否めないが、それも小説ということで(エンターテインメント性を加味するという意味)十分許せる範囲。女性部長の描写などは、リアリティがあるし、政治家の息子の戸塚という若手の人間性もよく理解でき、魅力的だ。広告代理店内部にいないと知り得ないし、不可能といっていい描写も所々に出てくる。作者が電通勤務なので当然といえば当然だが、だからといってここまで見事に描けるものではない。

それだけに残念だったのは、もう一つの柱だ。この小説の大筋は、中学時代に犯した犯罪(厳密には違うのだが)に端を発して、財界人の婦人になっている女性宅に送られてくる脅迫状の送り主をつきとめることが主題のはずなのだが、むしろ職場の描写の方にひきつけられてしまう。それだけもう一方のプロットが弱く、ご都合主義的な面がひっかかるのだ。

そういう意味で、今回はちょっと得意分野の描写に終始したかな?と思ってしまった。何しろ、いちばん印象に残っている登場人物は、本筋とはあまり関係がない戸塚の存在…。25歳の彼の成長と苦悩のインパクトが、3人の主人公と準主役、つまらない職場の権力争いをするオヤジたちに勝ってしまったのだから。


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藤原 伊織
テロリストのパラソル