久々に良質の韓国映画を観た感じがした。「シュリ」「JSA」で韓国映画にはまった私としては、当然といえば当然の嗜好かもしれないが。ただ、この映画にも100%満足というわけではない。まずエンターテインメント性を追求したからか、戦闘シーンが凄まじすぎて、それでも兄弟がラスト近くまで二人とも生き残ることに「あり得ないだろ」と引いてしまう。戦闘シーンのえぐさと比較して、人間ドラマが浅いような印象を持たれてしまうのも残念といえば残念。決してドラマが浅いのではなく、全体のバランスの問題だと思うのだが。また、同じ民族同士の戦争という悲しく切ない宿命をいま一つ描ききれなかったように思うのは、北朝鮮の戦士として戦った人々の描き方に血が通っていなかった点だろう。軸をぶらせないというストーリーメイク上のセオリーはあるのだろうが、もう少し同じ民族であるという視点を感じたかった。

『ブラザーフッド』 カン・ジェギュ監督 チャン・ドンゴン、ウォンビン主演

ジンテ、ジンソクは仲の良い兄弟。ジンテは兄として、父亡き後、言語障害の母親を助けながら、18歳のジンソクの大学進学をかなえようとしていた。本人も結婚を決め、貧しいながらも幸せな家庭を築こうとしていた。そんな時に朝鮮戦争が勃発し、訳がわからないまま、兄弟共に戦場に連れて行かれる。兄は弟を除隊させるために、勲章を願い、前線へと突き進んでいく。懸命に戦う中でジンテは、本来の精神が徐々に麻痺し、戦うことそのものに自分を埋没させていく。そんな兄の変化を受け入れられないジンソク。それでも順調にジンテは戦果を挙げ、望んでいた勲章を手に入れる。ところがジンソクは除隊を拒否する。ところが戦地への移動中に立ち寄った家族が住む家で、ジンテとジンソクが見たのは、母親と自分の妹たちを支える婚約者が国家にアカの汚名を着せられ連れ去られるまさにその時だった。そこから二人の運命はさらに複雑なものに…。
普通の暮らしが国家に抉り取られるように破壊する戦争の悲惨さ。それ以上に戦う相手が同じ民族であるという不条理、そして戦ううちに心が徐々に麻痺してしまう人間の尊厳の儚さが狂おしいほどに迫ってくる作品だった。中盤までは戦闘シーンに懲りすぎて、せっかくのドラマが浅く見えた残念さはあったものの、韓国の恥部も描いたアカ狩りのシーンあたりから、作り手の公正さが多少なりとも見えてきた。某国で今も行われていると世界の非難を浴びている思想統制が韓国でも、そしてもちろん戦前戦中の日本でも行われていたことを別に誰も忘れているわけではないが、蓋をしてしまおうとする傾向がある。私たちは歴史の中で多くの罪を犯し、そして今も犯し続けている。一人一人の命は決して今でも重く捉えられていない。朝鮮半島の南北問題は、日本にとってもっとも身近な人が生きる尊厳を問う問題で、今なおくすぶり続けている。

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性懲りもなく韓国映画を2本借りた。1本はブラザーフッド、もう1本はこの「悪い男」。両方既に準新作になっていた。月日が経つのは早い。本命は前者だったが、先に「悪い男」を観た。好みの問題だが、南北問題が直接絡まないテーマの韓国映画は、正直まだ成熟していないと思う。南北問題というテーマが大きく、さらに人生の重い宿命が絡んでくるだけに、比較対照として他が霞んで見えるということももちろんあるだろう。しかしそれ以上に、政治が絡まない個人の欲望や想いを映像化して、そこにリアリティと感動を伴うためには、根底に自由で豊かな生活を保証された世界がなければ難しい。そういう意味で韓国はまだ十分に自由な国とは言えないと、こういう映画を観ると思い知る。

『悪い男』 キム・ギドク監督

やくざ(売春宿のカシラ)のハンギに街中で見初められたソナ。恋人を前に突然キスをしてきたハンギに、唾を吐きかけ侮蔑の言葉を投げつける。それがきっかけで罠をかけられ、策略で背負ってしまった莫大な借金を返すために売春宿へ。最初は絶望で逃げ出すことばかり考えていたソナだったが、徐々に生活に馴染んでいく。ハンギは用心棒のようなことをしながらも、直接ソナに手を出すことはない。しかし抗争に巻き込まれ、刑務所に送り込まれたあたりから、ソナの気持ちは徐々にハンギに傾きだし…。
全体に中途半端な気だるさがあった。エロティズムといえるほどの露出度はない。設定も厳しい。罠も荒唐無稽。街中の本屋で美術書を立ち読みしている時に(しかもソナは1ページを破いてそこだけ万引きしてしまう)、そばにお金の入った財布を置かれ、ついネコババしてしまい、その中身(もちろん入っていた金額より高額を請求される)を返すよう脅されるというもの。このシチュエーションくらいで、女子大生が売春宿に身を落とすって発想が普通あり得ない。その後の展開も意外性はない。
ただ、ソナが徐々に汚れた美しさを身に着けていくところは圧巻。ただ、その彼女を愛していくハンギの方の過程、心の変化をもっと丁寧に描いてほしかった。ソナの気持ちも同じ。心の機微を描くのは、日本映画の方がうまいと思う。ラストの展開もストーリーとして納得はできるのだけど、何もソナが体を売り続けることはないのではないか、ハンギはそれでいいのかと、甘っちょろい日本映画を見慣れていると思っちゃうわけだ。

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新聞で桐野夏生が新刊を出すと知り、前に買った「グロテスク」もまだ読んでいないのに買ってしまった。でもこの本は一気に読んだ『アイム ソーリー、ママ』。面白かったから?多分簡単だったからだ。ただ、ちょっと読み進めてもつらくなるばかりで…。別に悲しいとか、主人公や登場人物が哀れとか、そういう感情ではなくて、出てくる人が誰もきれいではない。別に美人という意味ではなくて、善人という意味でもなくて、生き様がきれいじゃないわけで。殺されても仕方がないよ、というほどでもないけれど、殺されても、感情移入ができなかった。

『アイム ソーリー、ママ』 桐野夏生 集英社

長編なのだけど、本当に簡単にこのストーリーを説明すれば、アイ子という主人公が次々と人を殺していく。ストーリー上、リアルタイムで殺す人もいれば、過去に殺した人もいる。別に犯人探しではない。序盤から犯人はアイ子に限定されている。あえていうならアイ子の母親探しか。アイ子というのは本当に不幸な生い立ちで両親共に誰かわからず、売春宿で育てられた(というより勝手に育った)という設定。汚れたワケありの大人の中で、誰にも愛されず、挙句は養育院に預けられ、そこでも蔑まれる。でも彼女が殺人を犯すのは、やむにやまれぬ理由ではない。カネのためであったり、ほとんどお門違いな嫉妬によるものであったり…。でも最後には母親がわかることで、初めて悔悛の念を持つというもの。はっきり言って、フィクションなら何でもありなのって思った。もちろん現実社会にもおそろしく不幸な人はたくさんいる。もしかしたらこの主人公より恵まれない人もいるかもしれない。社会には表があれば裏もあると思う。でもだから人を殺し続けるというのは、フィクションとしても短絡的過ぎないか。もちろんこの物語の肝は、母親と初めて感情を交わす終盤以降なのだが、じゃあ、それまでに出てきて、主人公に翻弄されたり、殺されたりした人たちがストーリーを支える価値や存在意義って何なのだろう。挙句に大して登場もしていないのに、誰に殺されたのか、アイ子だとしたらどうやってなぜ殺されたのかわからないまま、死んでしまった男女もいたり。出てくる人は誰も(子供までも)決して愛すべき人ではないし、桐野さんの作品って確かに傾向としては登場人物が暗いけれど、ここまでのものってあったかな?確かに筆力があり、文章を無駄に難しくしないので、読みやすくて次へ次へと引っ張っていかれる勢いはあったけど、どうにもこの作品は後味が悪かったのだけど、どうだろうか。

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