ヨン様が韓国に帰った日、夕方の有楽町は若い女性でごった返していた。韓国映画のラブストーリー「僕の彼女を紹介します」の試写会。さすがに年齢層はヨン様ファンより低めだが、女性だらけには違いない。そして映画が終盤に差し掛かるとそこかしこからすすり泣く声。うぅ~ん。それなりにおもしろかったけど、泣けなかったなぁ。途中まではラブコメディとしていい線いっていたのだけど、急に荒くなってきた感じがして。でも本当に最近は韓国映画、いろいろなものが入ってくるから、ちゃんと選ばないと。

『僕の彼女を紹介します』 クァク・ジョヨン監督 12月11日(土)公開

ある日若い女性の巡査は、非番の日にひったくりと間違えて善良な高校教師を捕まえる。ところがすぐに誤認逮捕とわかるが、なぜが二人は恋人に。(このあたりはテンポの良いラブコメ風)強引な彼女に振り回されながら、大小さまざまな事件に巻き込まれるチャン・ヒョクが演じる女子高教師。それでも彼は本気で怒ることなく、あくまでラブラブ。そんなある日、二人は休みを利用してドライブ旅行に出かけるが、そこで一つ目のアクシデント。(でもいきなり山から意味なく岩が落ちてくるって、それもどうかと思い、このあたりでちょっと興ざめモード)それでも命拾いする二人だが、その後大事件に巻き込まれ、ストーリーは急展開。これ以上書くと完全にネタバレするのでやめておくが、まずなぜこのタイトルなのかわからなかった。また勝手に的外れな邦題つけちゃったかな?と思ったのだが、ラストで理解。でもタイトルの意味を理解しただけで、このラストこそが興ざめモード全開になる最大要因だった。ラブストーリーに「オチ」は要らないって…。全体に軽いタッチでおもしろいのだけど、マンガちっくな感じで荒っぽさがある。同じあり得ない話でも、今流行のドラマにはしっかりある韓国特有の情念や情感も希薄。韓国ではとても大切にされている家族関係がほとんど出てこない(話のなかで彼女の既に死亡しているという設定の双子の姉妹は出てくるが、親子関係は彼も彼女も皆無)。そういう意味では伝統的な韓国映画らしさみたいなものが良くも悪くも削がれていて、新しいのかもしれない。好みの問題ではあるけれど、同じ純愛ラブストーリーでも感情に深みを求める向きには、ちょっと厳しい。二人の恋愛関係が行動やセリフでは表現されているのだけど、あくまでストーリーメイクのためにつくられた関係であること(その通りなのだけど)が透けて見えすぎて、私は途中から見続けることに飽きてしまった。

*より多くの方に読んでいただきたいので、ランキングアップにご協力をお願いします(→Click,please)
AD
映画は必ずしもエンターテインメントでなければならないか(おもしろくなければならないかということとはちょっと違う)ということは、私には難しい問題だと思う。でも例えば映画の勉強をしている人がいる。そういう人はたくさんいる。映画監督を目指す人、役者を目指す人、シナリオライターやスタッフを目指す人。でも映画はこういう人のためにあるものではない。これは映画だけでなく、テレビドラマも小説も、それらはスタッフやそれを目指す人のためにあるのではなく、それらを楽しむ一般の大衆(この言葉は嫌いだし古いが)のためにある。たとえメジャーな映画でなくても、最低限国際的に出品するのであれば、それは世界の人々のためにあるのだと思う。

『戦場の中で』 ダニエル・アルビッド監督 東京フィルメックス・コンペティション作品

戦時下のレバノン。比較的裕福な大家族。内戦に苦しみ、爆撃に怯えながらも、父親は博打に明け暮れ、そのために借金取りに追われ、夫婦仲は悪い。感受性が豊かな娘のリナ(主役)は、そんな家族に反発しながらも、それぞれの家族のことを内心愛している。その一方で彼女はお手伝いの年長の女の恋愛関係、性的な関係が気になって仕方がない。お手伝いの女は、リナの伯母の支配から逃げ出そうとして、リナに助けを求めるが裏切ってしまう。簡単に言えばそういう話。
この映画は戦時下のレバノンが舞台。でもそのことに気づくことに時間がかかった。この作品のストーリーの基軸は、主役である12歳リナにあり、彼女の性の目覚めにある。12歳前後で性的なことに関心を示すことは、平和ボケした日本にも、戦時中の国にもある。おそらく監督であるダニエル・アルビッドが描きたかった世界には、その背景に内戦下のレバノンがあることの意味が彼女自身(監督は女性)の中にはおそらくしっかりあったに違いない。だからこそ、タイトルが『戦場の中で』であったわけだし、あんなにつまらないストーリーに魂を込めることができたのだ。でもそれが世界に出品された時には理解できない。何故ならば世界の人々はレバノンの実情を知らなからだ。多くの国の人々にとって、12歳の性的な関心に対する大人が抱く想像力に、背景の戦争は関係ないのだ。
子供をターゲットにした映画でない限り、主役を子供にするのは難しいし、危険だと私は思う。子供は子供でしかなくて、観客の想像力は脇役や端役の子供に感情移入をするレベルには、郷愁を持ち合わせても、それが主役になるとよほど物語性がなければ気持ちのどこかで白けてしまう。共感は等身大の人の中にある。だから大人は大人の心に反応し、自分の理解が及ぶ範囲の世界観に心を揺さぶられる。この映画には戦闘シーンは出てこず、爆撃音でそれを表現している。でも別に戦場でなくてもこの物語はおおよそ成立する。でも戦場でなければありふれた世界になっただろう。結局ストーリーの甘さが、戦争に逃げたことで中途半端な作品になったように思う。

*より多くの方に読んでいただきたいので、ランキングアップにご協力をお願いします(→Click,please)

AD
韓国映画はいうまでもなく人気が高い。封切から半月以上経った今日も劇場はほぼ満席。けれどもここまで人気が出ると、ありとあらゆる作品が輸入されるようになり、選択肢は増えるが中には駄作も入り交じるようになる。この作品はどうだろうか。JSAと同じ監督ということで期待感は大きかった。ただ、正直言って暴力シーンは過激で目を覆いたくなった。そのわりに設定(動機)が甘いというか、辻褄が合っているような合わないような、そんなことでここまで壮大な復讐計画が企てられるものだろうか、犯人の男が自分勝手すぎるのではないかと思わずにはいられなかった。監禁された男の復讐心は理解できるが、監禁した男の復讐心がよくわからないのだ。聞けば原作は日本の劇画。確かに漫画的な要素は強い。

『オールド・ボーイ』 バク・チャヌク監督 上映中

酒癖の悪い主人公「オ・デス」は、娘へのバースデープレゼントを買いながらも泥酔して、ようやく帰路につこうとしていたときに何者かに襲われる。そのまま15年もの間一室に監禁される目に遭い、その間に妻が殺害され、容疑者として手配されていることを知る。15年後突然監禁を解かれ、やがて妻殺しも時効に。オ・デスは自分の自由を15年もの間奪い、家族をバラバラにした犯人を憎み、強烈な復讐心を持つ。その過程で出会った若い料理人の女性「ミド」を最初は疑いながらも、助け合い、そして愛し合うようになる。それでも犯人を追及する手は緩めず、原因は学生時代の出来事に遡ることを知る。事件の全貌が見えかけた時、さらに大きな罠が自分にかけられていたことを知るオ・デス。
確かに壮大な構想で、ストーリーの組み立ては巧みだ。オ・デスを演じたチェ・ミンシクの鬼気迫る姿はスクリーンに目を釘付けにする。ただ、それに比較して犯人が輝いていない。愛すべきところがまるでない人物に思えるのだ。発端となったこの黒幕の学生時代の恋愛話もとってつけた感じで嘘っぽい。彼の人物像が描ききれていないから、すべてが軽く思えてしまう。そのわりに随所に描かれている暴力シーンは凄まじく、不快感すらしてしまう。これはライトなエンターテインメントなのか、シリアス巨編か、なんとも中途半端な感じ。たまに挟まられる劇画チックなおかしな画像処理も不要。カンヌ国際映画祭グランプリ作品にしては物足りない印象が残った。

*より多くの方に読んでいただきたいので、ランキングアップにご協力をお願いします(→Click,please)

AD
在日韓国・朝鮮人の歴史と現実には思いがある。近しい叔父がそうだからだ。叔父は日本人(叔母)と結婚し、日本社会にどっぷりつかっているように見えるが、心にも生活にも踏み込めない一線がある。関西で生まれ育った私は、民族の混在に限らず一筋縄ではいかない差別の歴史と無縁ではない。だから今の韓流ブームには、別に反発はないけれど、軽々しさはどこかに感じていた。この「血と骨」は公開前にはビートたけしが演じる男の暴力シーンと、鈴木京香の汚れ役ばかりが取り沙汰されていた。実際に観ても、確かに暴力シーンはすさまじい。他の役者も皆ある種の狂気をもって演じていたが、たけしの持つ魂のこもった狂気の前には、どうしてもやわに映る。日本人が演じる在日の社会は、本来嘘っぽさが付きまといそうなのに、この人にはそれがない。

『血と骨』 崔洋一監督 11月6日(土)公開

主人公「金俊平」は、金とセックスに執着し、そのためには並外れた肉体にモノをいわせた暴力を厭わない男だった。それはすなわち生への執着でもあって、子供を残すことにもこだわった。鈴木京香演じる本妻との間にも息子と娘を、愛人との間にも子供を望み、一人目の愛人「清子」とはそれがかなわないうちに、清子が病に倒れる。彼は血筋・家族に執着しながら、その家族を狂わせた。妻はやがて癌に倒れ、娘は父親から逃れるために望まない相手と結婚をし、やがて不遇のままに自らの命を絶つ。息子も父を憎みながらも、まっすぐには生きられない葛藤に苦しむ。俊平自身、病に倒れた清子を一時は支えようとしながらも、支えきれずついには自分で手をかけてしまう。俊平は悪役でありながら、100%悪役ではなくて、そこにとてつもない哀しさと重さがある。時に目を背けたくなるような重苦しい暴力の世界は、けれどもやくざの抗争などとは一線を画す、あくまで家族間、民族のうちで繰り広げられる葛藤である。そこには濃密な血と血のつながりがあり、だからこそ彼らは葬式だ、結婚式だとしょっちゅう集い、酒を酌み交わしている。明らかに生きている人生の重み、苦しみ、深みが、現代の日本を生きる私たちとは異なり、けれどもどちらに身をおくことが幸福かと問われれば即答はできない。生まれ落ちた境遇の違い、時代の違い、国の違いは、それぞれの生の宿命であり、誰にも逆らえない。俊平はこの物語に登場する誰よりも自由に生きたようでいて、誰よりも自分の宿命に縛られていた。この映画は泣ける映画ではなかった。最後まで渇いた目で見続けたが、最後まで目が離せなかった。ただ、ラストシーン、俊平が北朝鮮で老い果てるのは、少し安直な展開のような気がした。いかに孤独なラストであっても、最期まで在日社会の中で生き抜いてほしかった。

蛇足だが、私がいちばん印象に残ったシーンは、男が豚を屠殺し血が噴き出す隣で女たちがキムチをつけている日常の風景の描写。普段豚を食べているくせに、このシーンをグロテスクだと感じる自分の感性の脆弱さ…。

*より多くの方に読んでいただきたいので、ランキングアップにご協力をお願いします(→Click,please)
あまのじゃくだから私はあまりハリウッド映画が好きではない。だから最近の韓国ブームはこと映画に関しては歓迎だ。でももともとはヨーロッパ映画を結構観ていた。それでもさすがにアクション系はちょっとつらいなあ・・・と思っていたのだが「TAXi」だけは別だった。大好きで全シリーズも観ている(多分)。だから今回の「マルセイユ・ヴァイス」も期待していた。フランス映画でカーアクションや銃撃シーンが出てくる。でもフランス映画だから、単なるアクションだけじゃなくて底抜け感はないけれど知的なユーモアを感じられるかな?スタイリッシュな大人の男女の色気があるかな?「TAXi」がそれに見事に当てはまっているかというとちょっと自信がないが、「マルセイユ…」の方がキャスティングに期待できる。

『マルセイユ・ヴァイス』 ジル・パケ・ブレネル監督 11月13日(土)公開

多分疲れていたのだろう。ずっと睡眠時間が短かった。あるいは前座(?)のトミーとマツと変な日本人の水着のオネエチャンたちの寸劇のせいか、始まって15分ぐらいで眠気が襲ってきた。私だけかと思うと、隣の女性はしっかり眠っていた。どこが悪いのかと聞かれても困る。ただ冗長な感じ。笑いが起きないし、実際に笑う場所も少ない。じゃあ、スリリングかと言われればちょっと中途半端。ミステリーやサスペンスではないので、期待するのもおかしいが、犯人探し(身内の協力者という設定)もあまりにもありふれた設定で、わりと早めにわかるようになっている。お色気もあるという触れ込みで、確かに美しい女性も出ていたし、セクシーなシーンも時々あったが、すべて中途半端。マルセイユの景色が美しかったのが救いか?とにかくおいしそうなものをいっぱい詰め込んであるのだけど、詰め込みすぎて一つ一つの特徴が薄れている幕の内弁当みたいだった。だって映画のキャッチコピーが「スリル!お色気!!興奮!!!こんな南仏初めてだ!」だもの。ちょっと厳しい。ストーリーはタイプの違うカルロスとマックスという刑事がタッグを組んで、でかいヤマを追いかける。途中でカルロスにまであらぬ疑いがかけられたり、容疑者を拷問している途中に、弁護士を名乗る男に容疑者が殺されたり、本当になんでもあり。事件の真相に迫っていく過程もちょっとわかりにくかった。わからなかったわけではなくて(起きていたし)、時々ストーリーが分断されている感じがした。すぅーと続いていかない。複雑だとかそういうことではなくて、平坦な道に時々石が置かれているといった…。公開前なのにこれじゃ、ボロボロ?でも感じ方は人それぞれなので。私としては、救いはカルロス役のストーミー・バグジーがいい男だったことぐらいか?ジーナのアクションもかっこ良かったかな?生意気で動じない子供もいい味出していた。とにかく出ている人々と景色は美しかった。

*より多くの方に読んでいただきたいので、ランキングアップにご協力をお願いします(→Click,please)