山田常之(1942615日~)


生まれた奉天の記憶はないが 生き延びた命は妹にもらった
父はシベリア抑留 1年半の妹は母25歳の懐で息絶えた
あの時 北から南へと 越えていなければ 3歳の己もまた
かの地の土か 残留孤児の列
身を寄せた 父方の本家は 東京の薬局
6歳の時に 父が戻った 品川での出迎え 大量の涙
やがて8歳違いの妹が生まれた
父が務めていたという商社へと 進路を決めたのは
父を超えたい 負けん気だった
意気揚々と入社した三菱商事は 日々 驚愕の連続
商社という複合有機的な怪物は 戦争最前線の熾烈の日々
33歳にして ポーランドワルシャワ駐在員の 未体験ゾーンへ
私生活もまた 超加速度に 見合いの4ヶ月後には結婚していた
最初から空気の妻は その後もあらゆる変化を受け入れてくれた
3歳の長女と2歳の長男は 駐在先での幼稚園へ
東欧共産圏での日々は 思えば 諜報部員のような連続
一挙手一投足が 見張られ 盗聴も日常の 緊張感の中
上司の司令は さらに過酷だ もちろん自ら身体を張っている
車が雪に突っ込んでも手放すな! 注文書が命だ! の檄が飛ぶ
就職活動に励む若者に告げよう「地獄へ行くつもりで 社会にでろ」
それは命がけの 自己革命を起こすこと だが....
ある夜 ユーゴのホテルのベッドで ひとり「燃え尽き」た
闘志を 燃やし続けてきた己の価値とは?
仕事の成果が 嬉しいと実感できない自分とは?
40代 50代の上司を 数人失った このままで自分も良いわけはない
しかし この後に 悟ることがあった
他人と同じ土俵はイヤなのだ 勝負や競争は 身を削る邪念だ
ライバル意識は変容を遂げ 会社内での出世は止まった
出世するより 知恵者になろう 自分の確実な証を優先しよう
応用数学自動制御の授業が ふと浮かび それを「商術」と名付け
これが「未来術」の基礎となった


40代を過ぎた頃 大きな転機が訪れた 耳が聞こえなくなったのだ

生がこれで終わる やり残したことはなんだろう
・老後 ・音楽を聴く・女性の友人がいない。
退職するまでの10余年 私生活では老後の先取りをすることに決めた
男性の友人は斬り 手話を通じて 若い女性の友人を作った
だが難聴者の生き方を考えた そして 1年で手話を脱出!
耳が聴こえないというだけで 世間を狭めてしまうのは怖かった
中途障害者は 臆病になる 自信をなくす 自分から世間を縮めてしまう
疎外感を持つ 意志の疎通が億劫になる そんな実感があるだけになお
己は 自分の言葉を持とう 聴かれたことに 答えていこう
何かになることが人生の目的ではなく いかに暮らすかが大切だ
56歳での準定年退社 もう 老後も終わっていた
手話を捨てて飛び出した なんと社会の暖かいことよ
東大の学生が 喰い付いて来てくれた 女性たちの MLにも参加した
そのひとりに誘われて 鎌倉の私塾を訪ねた時に
その後の生き方を決定づける 言葉をもらった
「君はプロデューサーになることだね」
「未来塾21」はこうして生まれ 独自にMLを管理した
20092月に8年目を迎えた この不思議な活動に 今は
ほとんどの大学を網羅するメンバー そのOBたる社会人 総勢330
ある時 息子の嫁に聴かれた 「未来塾21ってなんですか?」
明るい長女は 快活なママに 優しい長男は 福祉に向かっていた
ある時点から すっかり放任してしまった子供たちが
新しい形の 親父を この中に みつけてくれた
「未来塾21」は 綴り続ける 己の遺言 己の生き方
父にこの姿を見せることは叶わなかったが
88歳の母には 100まで生きてもらおう
すさまじい勢い とてつもない変化について来てくれた妻には
創意と工夫の昼食担当「主夫宣言」 今年は それを実行している
機会損失を零に近づける究極の術を 若者たちに手渡し
社会への道筋を サポートしながら....
本は読まないと公言していたが それは借り物の智慧だから
だけど最近気がついた 高校時代に読んだ 薄い文庫のデューイ
それが いつのまにか血肉化していた 己の「実践論」だと
己は己の思索に生きる...
沢山の人が問う 「山田さんのエネルギーは どこからくるの?」と
振り返ってみると いつも戦略、戦術を考えて来た そしてくまなく準備する
憧れるのは「路傍の石」...........
石は「宇宙の叡智」のすべてを記憶しているという


                      制作:織理 摂 2009.2.25














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